騎士たちの戦場。その頃カエルは?
「いいか、死んでもこいつを玉座の間に行かせるんじゃないぞ!」
「わかってるよ!それにしてもこいつ硬すぎ……る……だろっと!」
玉座の間の階下にあるホール、そこには全身に漆黒の装備を身に付けた一人の騎士と、それを囲むようにして対峙する、揃いの白銀の鎧を身に纏った四名の騎士たちがいた。
右端で彼らに指示を出すのはルーベンス。
彼は本来、盾と片手剣を使い先頭に立って戦うスタイルなのだが、先ほどの勇者タツヒコとのやり取りで背中を傷め、いつもの動きが出来ないために下がっているのだ。
黒い騎士の正面には、巨大なタワーシールドを持った巨漢の騎士と、その背後から槍を突き出す細身の騎士が立ち攻撃を仕掛けているが、まったく有効打にはなっていない。
もう一人はそんな彼らの回復役に徹しており、戦場はやや膠着状態になりつつあった。
『我を相手に互角に死合うとは見事なり。貴殿らはさも名のある騎士たちなのであろうな』
黒い騎士の顔、いやその鎧の隙間から覗く身体は全て朽ち果てていて所々で骨が露出している。そんな骸骨さながらの顔に似合わず、太く渋いよく通る声で彼は騎士たちを称賛した。
「涼しい顔をしてよく言うぜ。こっちは四人がかりでいっぱいいっぱいだってのに。まあいい……王国守護騎士団『四聖』が一人『聖盾』のゴリアテだ!」
真っ先にタワーシールドを持った巨漢が名乗りを上げた。
「『聖槍』のイヴァンだ。ってか、何でそんなに硬いんだ!……ったく、自信なくすぜ」
「『聖光』のラインハルト……もう休みたいです」
次いで槍使い、そして回復役の魔法剣士。魔力の消費が著しい彼の顔はすでに顔面蒼白。動いてはいないものの、最もしんどそうである。
「私が団長の『聖剣』ルーベンスだ。本物の聖剣を持つ勇者が現れてからは肩身が狭いがね……」
ルーベンスが名を名乗ると、うんうんと満足そうに頷いた黒い騎士は背筋を伸ばし、右手に持った長柄の大斧、ハルバートと呼ばれる武器を地面に突き立てて胸を張った。
『我こそは三魔将が一柱『暗黒騎士ゲルハルト』である。勇敢なる人族の騎士たちよ』
「さ、三魔将……と申されましたか。失礼ながら、我らはここまで多くの貴軍の軍勢と剣を交えました。しかし、そのようなものは初めて耳にいたしますが……」
魔王城に辿り着くまで、驚異的な早さで進軍してきた勇者軍ではあったが、そこに何の抵抗もなかったわけではない。それこそ、合計すれば万を超えようかという魔物の群れとの戦闘を余儀なくされ、率いていたボス級の魔物もかなり強かった。
とはいえ、それは数は圧倒的であっても所詮は『群れ』であり、『軍勢』と呼べるほどの統率や練度などは見受けられなかったのだ。
『ふっふっふ。はあぁーっはっはっは!』
ルーベンスの問いに、暗黒騎士ゲルハルトは突然骨だけの口を開いて大声で笑い出した。それは攻め手であるルーベンスたちにとっては千載一遇のチャンスであったのだが、この時すでに彼らは半ば死を覚悟してしまうまでに疲弊しきっていたのである。
この会話こそ回復のための時間稼ぎであり、虚勢でもあったのだ。
『……ふむ、どうやらちょうど魔王役も倒された様子。貴殿らとの語らいも名残惜しいが、我は真なる魔王になりし御方にのみ忠誠を捧げし身ゆえ』
「ま、待ってくれ……真なる魔王?魔王は倒されたのではないのですか!」
暗黒騎士ゲルハルトの背後にはすでに、一部の上位魔族のみが使えるとされる『魔闇門』らしき黒き渦が、その身体が通れるまでに膨れ上がっている。
『また戦場にてまみえようぞ。その時は互いに本気で死合いたいものよ。ふっふっふ……』
そう言い残すと、振り返った暗黒騎士ゲルハルトの姿は闇に紛れて消え去った……。
「……三魔将と言ったな。あれほどの御仁があと二人。それらを従える真なる魔王とは……これは、人類の存亡にかかわる一大事だ!皆、急ぎ勇者タツヒコ様と合流して、お預けしてある転移結晶で王都に戻るぞ!」
この時すでに、勇者タツヒコは自分だけでその貴重な結晶を使い転移していた。結果彼らは、魔物の残党ひしめく魔王城からの決死の撤退行を強いられることになる。
この中の生き残りが、王都に辿り着くのはおよそ一ヶ月後。
それは……偽りの魔王討伐の報に浮かれる人族にとって……致命的な軍備の遅れを生むことになる……。
◆◇
……こいつはやっぱり、そういうことなのか。
水から出て、草地でのんびりと冷えた身体を温めているとズンズンという地鳴りのような足音とともに森から人間が姿を見せた。
いつも来る二人組などと比べても、明らかに身分の違うであろう豪華な装備。
しかし、問題はそこではない。
まだ、この世界の人間たちを見て回ったわけではないのでそれが普通なのか珍しいのかは不明なのだが、その人間の髪は黒く、瞳も同じ。さらには彫りの浅い、ややのっぺりとした顔立ちがどうしても俺に、ある疑念を抱かせるのだ……
……こいつはまさか、日本人なのではないか、と。
レベル差が有りすぎるのか、何かのスキルか、例のプラカードは出現しない。だが、次に彼が発した言語は間違いなく、聞き覚えのある……
『日本語』だった!