カエルに恋するカニ?
……そうして、気が付くと私はカニでした。
『ヌマコガニ』っていうらしい。でも私のことなんてどうでもいいの。
愛しい彼にまた会えた……それだけで私は……幸せ!
彼の愛読書のラノベのように転生した私たちは、何故かそれぞれカニとカエルになっていた。
どうして目の前のカエルがハルオキさんだとわかるかというと、それは私が持つエクストラスキル『偏愛者』による恩恵のようである。
普通は、対象である魔物の名前だけしか表示されないのだが、じっと意識を集中するとそのプラカードのような物がスーッと自分の目の前まで来て、それをちょんちょんとタップするとページがめくれて更なる情報が見れるのだ。
手当たり次第にそのステータス画面を見まくっている時、あるカエルの最後のページにそれを見つけた私は、気を失いそうなほどの衝撃を受けた……。
…………
…………
転生者 冬籠春起
天国で再び出会うはずだったあの彼と、まさか生きて会えるなんて……カニとカエルだけど。
これを運命と言わずして、何と言おうか。この奇跡こそ、私たち二人が一つになる未来を象徴しているわ。
一度、思いきって彼の前に飛び出してみたけど、彼には私のようにステータスが見えていないのか、すぐに逃げられてしまった。
でもいいの。これからも毎日一緒なんだから……。
私は恋するヌマコガニ。愛に一途な、見守る女よ。
ああ、愛してるわハルオキさん!
◆◇
……ッ!
カエルって風邪をひいたりするんだろうか?
俺はいきなり襲った強烈な寒気に、ブルブルと身を震わせた。
風邪をひくなら、ひいているかも知れない。何故なら最近の俺は水中の、さらに水底の泥に身体を埋めて隠れ、目だけを出して獲物を待つ、待ち伏せによる狩りを行っているからだ。
これなら、水底でじっとしているだけなので身の危険も少なく、舌の届く範囲に獲物が入った瞬間飛び出して捕食。少しだけ位置を変えてまた隠れる……を繰り返すだけでいい。
効率よく狩りを続け、順調にレベル上げをしていくうちに『身を潜める者』なんて称号まで手に入れた。
称号を得たことで身に付いたスキルは『気配遮断』。
発動中の行動が出来ない代わりに、完全に気配を消せるというもの。しかも、称号で得たスキルは進化を待たずに使えるらしい。
俺が確立した狩りのスタイルに、このスキルがあればまさに鬼に金棒。
おかげで、さらに狩りの安全性と効率が上がった。
◇◆
……さすがはハルオキさんだわ。素敵ね……。
私は、いくらスキルを使ってもプラカードが出もしないほど完璧に気配を消しているハルオキさんをじっと見ていた。
ハルオキさんからやや遅れたが、妻としてこのままではいけないと、私も彼とお揃いにスライムの核を食べて進化したのだ。
進化前の私たちにとっては、スライムは完全に捕食する側の強者。普通なら決して近寄ってはいけない相手だ。
でも、愛の前には関係ないわ。
私は、スライムのゼリー状の組織内に自ら飛び込み、その体内で核にかじりついた。身体はずいぶん溶かされていたけれど、その後の進化が済むと元通りになっていた。
いいえ、元通り……ではないわね。
進化後の私は『ストーカークラブ』という二回りほど大きな個体になっていて両のハサミは以前より鋭く、そして大きなものになった。
お揃いの称号だって手に入れたわ。
私が得たのは『つきまとう者』って称号。その時に得た『追跡』ってスキルのおかげで、気配を消しているハルオキさんの位置が把握出来るの。
……やっぱり私たちは、結ばれる運命なのね。
個体名 無し
種族 ストーカークラブ
レベル 10
称号 つきまとう者
装備 無し
エクストラスキル 偏愛者
通常スキル 水棲 挟撃 殴打 擬態 隠蔽 追跡
挟撃……ハサミなどを使って挟み込む攻撃。
殴打……腕や武器などで相手を殴り付ける攻撃。
擬態……体表面の色や模様を変化させ身を隠す。
追跡……一度ステータスを見た相手の現在地を把握出来る。
これからもマトイは、ハルオキさんだけを見つめながら生きていきます。
愛してるわハルオキさーん!
◆◇
「くそっ! あの忌々しいカエルめっ!」
王都の酒場では、初クエストを終えたダルムとキッシュが、貰った報酬で久しぶりにまともな食事と酒にありついていた。
「まあまあ、あの後なんとかスライムを見つけて核が手に入ったんですから。それでよしとしましょう」
「ま、まあそうなんだがよぉ……」
未だ納得のいかない様子のダルムはコップに残った酒を飲み干し、店主におかわりを注文した。それがテーブルに運ばれてきて彼がひとくち口をつけた辺りで、キッシュは話題を変えることにする。
「そう言えば……勇者タツヒコがいよいよ魔王城に乗り込んだらしいですね」
勇者……その言葉に反応しダルムの顔つきがガラリと変わる。
「おお! ついにか……やっぱりスゲーよな勇者って奴はよ。だが見てろ、いつか俺だってなあ…………」
ダルムはまるで子どものように瞳をキラキラさせながら、語り始めた。
これは長くなりそうだと、元気になった友の熱弁を聞きながら、キッシュも酒のおかわりを注文するのだった……。