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カエルを追う者?

 ……私の名前は『阿斗月纒(あとつき まとい)


 片想いの彼を追いかけて、転生までしちゃった愛に一途な女です。


 まあ、今はカニですが……。


 私が隠れている泥の中から、少し離れた場所では、愛しいあの彼が脱皮した自分の皮を食べている。


 ああ、脱皮姿も素敵だわぁ……ハルオキさん。


 ◆◇


 それは私が十八の頃。

 間違いなく人数合わせで呼ばれた四対四の合コンの席で、私は完全に孤立していた。高校の同級生、とはいえろくに話したこともなかった女性と駅前で会い、半ば無理矢理連れてこられたのだから無理もない。

 形式だけの挨拶以降は、場はまさに戦場。男性も女性たちも、自らのアピールに必死で、人数合わせの私になど誰も構いはしないのだ。


 せめて夕食くらいは食べて帰ろうと、勝手に何品か注文して食べていたのだが、何かが合わなかったのか突然お腹が痛くなる。同級生にひと言告げてトイレに急ぐと、一つしかないトイレからは、ちょうど一人の男性が出てくるところだった。


「あ、あの……使っていいですか?」

「はい。ただ…………」


 私が尋ねると、その男性は私が通れるように体を避けながら、確かに何かを言おうとしていた。だが、私はすでに一刻を争う状態になっていたので軽く会釈して彼の前を過ぎ、急いで駆け込んでトイレのドアを勢いよく閉める。


「はあはあ、間に合った。……でも、さっきの男性(ひと)。きっと変な女だと思ったわよね……」


 そんなことを思いながら、何とか痛みの原因を全て押し出した私は、ふと手を伸ばした姿勢で固まった……


「嘘……か、紙が……無い」


 席に置いてきたバッグの中には駅前で貰ったティッシュが入っている。だが、慌てていた私は財布だけを掴んで来ていてハンカチすら持っていないのだ。

 辺りを見回すが、代わりになりそうな物は無い。そのままパンティを履いて出ようにも、腹痛から用を足した便は柔らかくお尻は結構汚れていて……。


 トントン!


 絶望感から、泣きたくなってきた私にさらに追い討ちをかけるようにトイレのドアがノックされる。今はとてもじゃないが出ることが出来ない……ノックを返してその旨を伝えようと、ドアに近付くと、その声が聞こえた。


「すいませーん、紙無いでしょ? さっき切れてて出来なかったから俺店から貰って持ってきたんですけど……」


 紙……いや神さま! ありがとう。

 私は、彼の言葉に感動して涙が零れそうになるのを我慢しながら、勢いよくドアを開けた。


「すいません。ありがとうございます」

「いいえ、……ひっ、あわわ。じゃ、じゃあこれで!」


 私はこの時、運命というものを感じた。

 純白のロール越しに触れ合う手と手。一瞬だけ感じた彼の熱に思わず目線を向けたら、彼ったら耳まで真っ赤にして目線を逸らしていたわ。……ふふ、可愛い。


「はうわぁっ!」


 直後、トイレットペーパーを受け取ってドアを閉めた私の、叫びにも似た声が響いた。

 何故なら……


 ……下はまだ脱いだまま……つまり、丸出しだったのだ。


 ◇◆


 全てを見られた以上、これはもう彼と結ばれるほかない。


 それからの私は、そんな信念……いや運命に従って行動した。

 席に戻ったところで、合コンの戦場に私の居場所など存在しない。運命の彼が違うテーブルで友人と飲んでいるのを確認しつつ、頃合いを見て用事があるからと店を出た。

 無論、本当に帰るわけではない。

 店の入り口が見える場所に身を隠し、彼が出てくるのをひたすら待った。愛って偉大なものね……彼を待つ三時間なんて、あっという間だったわ。


「冬籠春起……ハルオキさんっていうのね。愛してる、愛してるわハルオキさん」


 酔って帰る彼のあとをそっとつけて行き、アパートと名前を確認した。店の裏に停めてあった自転車で帰り始めたのは予想外だったけど、愛さえあれば走ったって苦しくなんかなかったわ。

 本当に、愛って素敵ね!


 私は、それから毎日彼をそっと見守り続けた。

 彼に関することを何から何まで調べ上げ、合鍵だって内緒で手に入れた。

 彼が会社にいる間に部屋に入ってデータをとり、実家の自分の部屋を全く同じようにリフォームする。家具やベッドはもちろん、愛読書や文房具、洗濯に使う洗剤や柔軟剤まで、細部にまでこだわった自信作よ。これならいつ彼の部屋に泊まっても緊張しないわね。

 彼の歯ブラシにキスするのは毎日の日課。愛しい旦那さまですもの、それが間接であっても毎日のキスは欠かせないわ。

 彼が昼休みに、会社の近くの定食屋が気に入って毎日通い始めたから、当然店主に土下座して昼だけのアルバイトをさせてもらった。私が運んだお冷やを美味しそうに飲む彼を見ていると、それだけでとても幸せだった。もちろん、そのコップは毎日バイト代に貰って帰った……まあ当然よね。


 ハルオキさんのためだけに、自分が存在しているのだと実感する日々。それは至福の毎日だった。たとえハルオキさんは、私を全く知らなくても……。


 でも、そんな幸せは突然終わりを告げる……。


「……う、嘘よ。ハルオキさんが……死んだ……」


 朝、会社まで見送ったハルオキさんが定食屋に来なかったことを不審に思い、こっそり侵入した彼の会社のオフィスでそんな話題が耳に入ってきた。

 なんでも、視察に行った建築現場でクレーンに踏み潰されたらしい。


「こうしてはいられないわ。彼のそばに行かないと!」


 私は急いでそのビルの屋上に上がると、彼の元へとダイブした……。



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