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21:00~ 気まずい帰り道から
寒い冬の人通りのない帰り道、二人は距離を空けて歩いていた。
「……」
「なんで……何も言わないの……。最初っから分かってたんでしょ、あたしのこと」
言わないのではない、ただ言えなかっただけだけなのだ、なぜなら※
しかし美羽にはそんなことは分りもしない。
「……あれ、ですよね。学園のアイ」
「すとっぷ! それ以上は言わないで。あれはもう消し去りたい過去なの」
都会暮らしに慣れれば慣れるほど、あの頃"これが一般学生の日常"だと思っていたものは、あの島独特のものだったと今では二人とも理解している。
「あーっと……そんなに嫌だったんですか、あの頃の話するの」
自分にとっては周囲で起きていた他人事なので、今では面白おかしくネタ話にしているほどなのだが……当事者である彼女にとっては少々異なるようだ。
しかし、これほどまでに拒絶してはいるが、美羽にとっても学園時代は楽しい生活だっただろうということはクラスメイトであった彼も常に目にしていた。
「別にあの頃を全部消し去りたい……なんて思ってない。確かに楽しかったし、いい思い出……。けど、あの頃は子供だったんだなぁって都心に来てから凄い思い知らされて」
「まぁ、何となくわかります」
あの頃はただただ目の前で起こる出来事にしか目を向けていなかった、沢山の仲間と共に過ごしていくのが当たり前だった、だからこそ周りが見えていなかった。
けれど都会に来て現実を知った、物事は目の前に起きていることだけじゃない、自分の力で生きていかなければならないと痛感した。
「ほんと……子供だったなぁ。何があっても皆と一緒なら大丈夫、とか思ってたし。ちょっとカッコイイ男子に優しくされて、そんな数回偶然が重なっただけで運命だとか特別な関係だなんて思っちゃう。今思えばなんて頭のゆるい女なんだって、そう思うでしょ」
「いやー、さすがにそこまで自分を卑下することなんてないと思いますけどね……」
普段から自分のことを卑下しまくっている奴が言ってもまるで説得力はないが、今の美羽は凄くネガティヴな状態なので見ているほうも少々不安になってくる。
「……」
「……」
暫くの間、横を並んで歩く二人に静寂が訪れる。
気づけば、自宅のアパート近くの公園まで辿り着いていた。
(いつの間にこんなところまで……彼女の家もこの辺なのか? でもまぁ、このまま沈黙は凄い気まずい!)
とりあえず、何か話をしなければ終わりが見えない。
「え~っと……なんで天川さんはどうして上京を?」
「え!?」
何の脈絡もなくいきなり静寂を破っての発言に一瞬思考が定まらない美羽。
しかし許してほしい、これでも彼なりに頑張ってひり出した言葉なのだ。
「あ、うん……あたしが上京した理由だね。キッカケはやっぱり……失恋かな」
「あ」
さすがの彼でもあまり良い発言だとは言えなかったとわかってしまった。
しかし美羽について彼が知っていることと言えば、大部分はあの学園での出来事しかなかったためこうなってしまうのは時間の問題だっただろう。
「あ、そんな顔しないで。今はあたし、もうそんなに気にしてないから。……でもね、あの頃はほんとに彼のことが好きで……初めてだったから、あそこまで他人に興味を持ったのは。だから、あたしは彼とあの島で一生を過ごすんだろうってずっと思ってた。けれどあたしは選ばれなかった……」
それは彼も知っていた、あの場所ですべてを見ていたひとりなのだから。
「それからかな……自分の中で何かが変わったの。あたしは選ばれなかったことに苦悩した……凄く嫉妬深かったんだ。なのに一緒に選ばれなかった他の娘達は何一つ変わらない態度で彼に接していて、島の……学園の誰もがそれがあたりまえだとばかりに変わらない日常が続いて。あたし、凄く居心地が悪くなったように感じたの」
(……選ばれなかった……苦悩か)
誰だって失恋は辛いもの、それが初恋ならなおさらだ。
が、しかし……
(やっべー……そんなもん全然理解できない、どうしよう)
なんとこの男、生まれてこの方恋愛の経験がまるでなく、『どうせ自分に恋愛なんてできるわけがない』と女性とまったく関わろうともしないこのヘタレっぷり。
「……」
それ故に気の利いた台詞の一つも言えず、こうして立ち尽くすことしか出来ない。
自分にはこれが限界、美羽にも呆れられただろうと考えていたのだが……
「……何も言わずに聞いてくれるんだね、ありがとう」
(ファ!?)
予想外の反応に内心驚きまくりである。
しかし美羽にとっては彼のような人間は新鮮だった、彼女の中で一番印象深い男性といえば言わずもがな学園時代の主人公くんだ。
大学内でも美羽と関わりのある人間といえば社交的な人間ばかりだったし、学外の付き合いもユーゴのような、俗に言う"リア充"と呼ばれるような人物がほとんどであった。
弱音を吐けば皆優しい言葉を投げかけてくれた……。
「同じ島の、同じ学園の出身で、お互い話したことも無かったけど……こうして同じ土地で生活してるキミだからわかってくれてるのかな……なんてね?」
見れば、美羽の顔は先程よりもスッキリとした表情に変わっていた。
いろいろと打ち明けて気持ちが軽くなったのかもしれない。
(成り行きでいろいろと聞いてしまったが、これで良かったのかもしれない)
彼女には優しい言葉で心の苦悩を抑えこませるよりも、何も言わずにすべてを受け止めてくれる……そんな人間が必要だったのかもしれない。
「ま、まぁ、天川さんにもいろいろあったみたいだけど、頑張ってください。それじゃあ自分はこの辺で……」
「ねぇ、これから少し一緒に飲み直さない? スッキリしたらなんだか飲みたくなっちゃった。飲み会では緊張であんまり味わからなかったし」
(うえええええい!? 何いってんのこの人!?)
彼としてはもう帰る気満々だというのに、美羽の方はこれから二人で飲む気のようだ。
いつの間にか、彼女は彼に心を許し始めていた、自分でもわからない内にハッキリと。
……今、この数時間の間に二人の間に何かが芽生えていた、それは本人達は気づいていないかもしれない。
けれど
「あー……でも近くには飲める店もないし……」
二人の距離は
「大丈夫、ここに来る途中に酒屋さんがあったから、そこでいくつか買って……ここで飲もうよ」
ゆっくりと、けれど着実に
「い、いやいや!? さすがに寒いって! 俺んちこの近くだし、飲むならそこで……あ」
近づいていくのであった
「あ、そうなんだ、じゃあ今夜はキミの家で乾杯しよ!」
「マジでえええええ!?」
今はまだわからないかもしれない。
けれどいつしか二人がそれに気づくことができれば、あるいは育んでいければ……。
(でもまぁ……こういうのも悪く無いかな)
いつかすれ違っていた、まだ子供の頃の『学園のアイドル』である大舞台のヒロインと、そのヒロインを遠くから見ていただけの『モブキャラ』のような彼が、大人になってこの大都会で出会えた奇跡。
「それじゃあ行こっか……。えーっと……ごめんなさい、名前……なんだっけ?」
そういえば自分で名乗ったことは無かった、名が明かされたのは美羽が動揺している時に友人から一度だけ聞かされただけだったのだから。
「そういや自分から自己紹介してなかった……。じゃあ改めて、俺の名前は……」
ここまで読んでいただきありがとうございました。
いかがでしたでしょうか、自分でもキチンと恋愛ジャンルで書けたかどうかわかりませんが少しだけでも気に入ってくだされば嬉しいです。
それでは、また短編を書く機会があればどうぞよろしくお願いします。
でわでわ