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19:00~ 飲み会途中から


「凄くない? 誰も知らないような美羽の出身地から、こうして偶然、しかも同い年の人に出会えるなんてさ」

「う、うん、そうだね……。凄いびっくり……」

(とは言っても、実際に俺と彼女に繋がりなんてまるでなかったしなぁ)


 繋がりはないとは言うものの、彼女……美羽の人気が最高潮の時、つまりあの主人公君のハーレム状態真っ盛りの時代にクラスメイトだったことはある。


(彼女はそんなこと覚えてないだろうけどな……)


 学園中のほとんどの人間の視線を集めていたヒロインの美羽と違い、彼はそれを見つめるモブキャラの"男子D"とでもいうところか。

 ……しかし、美羽の心内はそうは思っていなかった。


(どうして!? なんであの島の……しかも同年代の人がここにいるの!?)


 この状況は美羽にとって最悪なものだった。

 なぜなら、彼女にとってあの島の、あの時代の出来事はすでに黒歴史と化していたのだから……。


(あたしは今は誰とでもすぐに仲良くなれて気立てのいい女で通してるのに……あんな過去が知られたら)


 学園を卒業後、美羽も同じく上京していた。

 それが選ばれなかったショックからなのか、前から決めていたことなのかは定かではないが、美羽は新しい地へ胸を躍らせてやってきた。

 しかしそこで待ち受けていたのは大きなカルチャーショック……。

 のんびりとした島とは何もかもが違う、誰にも見向きされない広大で孤独なコンクリートジャングル。


(だから、今までの自分じゃ駄目だ……って一生懸命やってきたのに)


 『学園のアイドル』と呼ばれていた頃は望まずともいろいろなものが手に入り、生活も暖かい家庭で何不自由なく暮らし、誰からも友達になってとせがまれたこともあった。

 しかし今ではその180度真逆の生活、ほしいもののためにお金を稼ぎ、孤独な生活に耐え、友人との付き合い方も必死に努力した。

 ……そして美羽は知ったのだ、この競争社会の大都会で、『学園のアイドル』という過去がどれほどイタイ存在か。


(それなのに……)


 今この目の前にいる存在が憎らしく思えてしまう。

 やっと安定してきた、自分の今の生活を一瞬にして崩されてしまうような気がしたから。


「もしかしたらさ、学園生時代に美羽とすれ違ってたかもしれないね」

「え、えっと……」


 この瞬間、美羽は終わったと思った。

 彼も都会の大学生活をしているなら、自分の過去がどれほど面白いネタ話になるかわかるだろうから……。


(これで……明日から笑い者決定かぁ……)


 美羽はすべてを諦めたように乾いた笑顔で彼の言葉を待っていた。

 だが……


「え、あー……そうかもしれないっすねぇ……」

(え……!?)


 美羽の顔が諦めから驚きへ変わる。今、頭の中は混乱でいっぱいだった。

 なぜあのことを話さないのか……美羽の頭の中は疑問で埋め尽くされる。


(もしかして、かばってくれたの?)


 本当に彼の優しさなのか? それとも後で脅しつけようかという打算的な考えなのか。

 しかし、その実どちらでもない、なぜなら……


※彼はコミュ障である


 話をする度胸がないのだ。

 こんな話をして本当に面白いか? 美羽に怒られて変な空気になったらと正直正気でいられる気がしない。

 彼の心情は美羽以上にパニック状態なのだ。


「あ、こいつの親酪農家らしいんだけど、もしかして天川さんもそこで牛乳とか買ったことあったりして」

「う、う~ん、どうかなぁ。もしかしたらあったかも」


 とまぁそれからも二人が島で関わりがあったかもという仮定の話が議題になってしまって……


(うわ~、あそこの家の人だったんだ。あそこの牛乳凄くおいしいからいっつも買いに行ってた)

(そもそもあの島で酪農家の家っつったら俺の家だけだし、俺があの家の息子だと知らなくても島の住民は大体知ってんだよなぁ)


 こうして、お互いに本音を心に秘めた状態を貫き通したまま時間は過ぎていき、ついに退店の時間となった。


(あの人、結局あたしのこと全然しゃべらなかったな)


 いつの間にか美羽はずっと彼のことを気にしていた。

 そして知りたかった、なぜ自分の過去を黙っていてくれたのか……まぁそれは本当にどうでもいいちっぽけな理由なのだが。


(や、やっと帰れる……)


 そんな彼の頭の中はもう帰宅することでいっぱいだった。こんなことになるなら来なければよかったというおまけ付きで。


「よーし、二次会でカラオケいこーぜー! 来るやつは俺についてこい!」


 酒がまわっているのか、上機嫌なテツがとんでもないことを言い出す。


「あたしは行くよー!」

「俺も行く行く」

「あ、石島さんが行くなら……」


 ユーゴも他の女性らも、その案にノリノリでついていくとする。

 しかし彼の心はゆるがない。


「あ、じゃあ自分はここでおいとまさせて頂きます」


 正直これ以上は無理だった、友人達もそれを察したようで


「まぁ、だと思ったよ。それじゃな」

(物わかりのいい奴らで助かるわ)


 だからこそ友人関係を続けていられるんだろうとしみじみ思う。

 ともかくこれですべてが終わった、この会が終われば自分はもう二度と彼女達と関わりあうこともないだろうと考えていた。


 なのに……


「あ、ごめんなさい、あたしも今日はここまででいいですか? ちょっと疲れが溜まってるみたいで……」

(ファ!?)


 あろうことか美羽も同じようにここで離脱宣言。


「ん~、そっか、じゃあまた今度ね」


 あちらの友人もどうやら物わかりがいいらしい。


「それじゃあ、同郷の人同士でつもる話でもしながらゆっくり帰ってね~」


 そう言って、カラオケ組は賑やかに夜の街へと繰り出していった。

 残されたのは、元『学園のアイドル』とコミュ障の男。


「えっとそれじゃあ自分はここで……」


 三十六計逃げるに如かず。

 もはや一秒も関わりたくないという気持ちが誰にでもわかるような逃げ腰っぷりである。


 しかし……


「ちょっと待って!」


 逃げようとした腕をガシッと掴まれてしまう。


(くぁwせdrftgyふじこlp!!?)


 どうにかして逃げる算段を必死に考えはするが出てくるのは意☆味☆不☆明な羅列だけだった。


「少し、お話があるんですけど……いいですか」

「……イエス」


 彼は、ノーとは言えない日本人であった……。



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