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少々時間が経ちまして…
18:00~ 飲み会直前から
「どうして俺は来てしまったんだろうか……」
心の中で何度も自問自答しても答えは出ない。
AnswerのないQuestionほど考えて空しいものはないのだ……。
「……帰っていい?」
「弱気になりすぎだろ。ちょろっと話しながら酒飲むだけだから大丈夫だって」
「そんな風に考えられないからこうなってんだよ……」
実際二人は気楽にこの場へ赴いている。特にユーゴは頭もよく社交性は群を抜いていると言えるだろう。
曲者だらけの大学で自治会長を務めているだけはある。
(今更だがこいつがどうして俺がやっといけるような三流大学に身を置いているのか理解できん)
本人は「他は面白そうじゃなかった」だというが、本当にそんな理由で決めたのか甚だ疑問だった。
「つかもう着いちまったぞ。ほら、あそこで手振ってる娘達がそれだよ。ウェーイ! 待ったー」
テツが軽いノリで手を振り返し、小走りで彼女達の下へ駆け寄っていく。
「どうも、お久しぶりで……。あの人は……?」
(あ~……俺のこと指差してる~、俺のこと教えてる~)
どうやらテツが、この中で唯一知らない人物のことを自己紹介前にべらべら喋っているようだ。
(自己紹介の手間を省いてくれたとありがたく思うべきか……ここまでされたらもう逃げられないじゃねーかと恨むべきか……って、ん?)
会話をしているテツ達に近づいたところで、あることに気づく。
「おいユーゴ、二人しかいないぞ。どうなってるんだ、俺は数合わせじゃなかったのか、帰るぞおい」
コミュ障の必死の抵抗である。
「まぁ待てって。聞いてみるから。どうも」
「あ、石島さん」
ユーゴに対して若干顔を赤らめて話す女性。
身長は高くなく、肩まで伸びた茶髪を緩くパーマしたヘアスタイルに淵のない眼鏡をかけている。
もこもこのコートに温かそうなマフラーを着けたスタイルも相まってどこか小動物を思わせるようである。
(む、この人ユーゴのこと狙ってるか……)
テツと話しているよりも少しだけ嬉しそうにユーゴと話しているように見える……。
それだけでコミュ障童貞は人の関係を疑ってしまう醜い生き物なのである。
「二人だけ? 天川さんがいないみたいだけど……」
「あ、美羽は大学で用事があって……遅れるそうです」
先程よりも若干声のトーンを落としてここにいない友人のことを話す姿は、少しつまらなそうに見える。
……童貞の勘もたまには当たるのかもしれない。
「こ~ら、石島さんが他の女性のこと気にしてるからって嫉妬心むき出しにしちゃ駄目だよ加奈」
「な、なに言ってるの真理子!?」
続いて現れたのは短くも美しい黒髪が長身にマッチした女性。
ショートパンツとロングブーツが冬でも活発さが見えるような大人なファッション。
しかし
(あれ寒くないのかね……)
そんなことしか思えない上にチラチラと何度もその足を見てしまう……童貞の悲しい習性である。
「うし、それじゃあ先入ろう!」
「ちょっと待ってテツくん。ウチらはもう彼のこと教えてもらったけど。彼はまだ知らないんだから、せめて名前だけでも自己紹介させてよ」
「えー、店入ってからでもいいじゃん」
「駄目、こういうことはきちっとしておかなきゃ」
(俺は別にどっちでもいいんだけどなぁ……)
今日以降はもう会うこともないという暗い思考。
実際そういうことは多いし、外部の人間と仲良くなったことのない彼にとっては当然のことなのだろうが……。
「あたしは早崎 真理子、よろしくね」
「えっと、田辺 加奈です。よろしくお願いします」
「……あっ、はい。どうも、こいつらのついででやってきました……よ、ヨロシクオネガイシマス」
※彼はコミュ障である
しょっぱなの挨拶がガチガチで失敗することなど日常茶飯事。
そのせいで空気が悪くなることもよくあることだった。
(ぬあー! またやっちまったよ!)
ここからどうすればいいのかなど分かるはずもなく、「あの……」や「えっと……」とあわあわしながら手の中でありもしない轆轤をまわし始める。
時間を戻せたらと何度思っただろうか。
今回もまた失敗した、そう思っていたが……
「いやー、テツくん達の友達だけあって面白いね、よろしく。それじゃあお店入ろうか」
「よっしゃー、ほらほら入った入った」
(え、あ、あれでよかったのか……?)
こちらの『失敗した!』という気持ちとは裏腹に、周りはまるで空気を変えることなく入店していく。
たとえ自分にとっては大失敗や恥ずかしいと思っていても、他人にとってはどうでもいいことだったりするのだ。
……しかし悲しいかな、それを信じきることができないからコミュ障は自分を卑下し続けるのである。
(表面上は明るくふるまってくれてるけど、絶対「こいつちょっとキモい」とか思ってるんだろうなぁ……)
全然そんなことはないのに、一人だけ凄く嫌そうな作り笑いで無理に周りと合わせようとするのだった。
(はぁ……帰りたい)
「よーし、皆グラスはいきわたったな! それじゃあビール注ぐぞー」
「ちょっと待ってテツくん。先にお好み焼き焼いとかない?」
そんなこんなで飲み会開始。
入ったのは鉄板焼きの店、3500円で2時間の間お好み焼き、もんじゃ焼き、焼きそばや牛豚鳥のステーキが食べ放題と揉み放題がついた、ガチで"食べる""飲む"を追求した店である。
(2時間もこの空間にいなくちゃならないのか……)
気まずいと思っているのは彼ひとりだけなのだが、こうなってしまうと基本的に会が終了するまでこうである。
「あ、石島さん、ビール注ぎますね」
「いやいや加奈さん、こういうのは自分達男がやるよ」
そう言って何のためらいもなくピッチャーを加奈さんから取り、慣れた手つきでグラスへ注いでいく。
(やっぱユーゴは手慣れてんな~。流石超リア充)
本当になぜこんな男があんな三流大学に通っているのか、考えれば考える程謎なハイスペックぶり。
「ほれ、お前もグラス出せ」
「ん、おう」
いつの間にか渡され、かき混ぜていたお好み焼きのタネを置いてグラスを差し出す。
そして注ぎ終わると再びタネをかき混ぜ始める……何かしていないと落ち着かないのだろう。
「いやもうそのぐらいでいいだろ」
「とりあえず乾杯するからそれ置けって」
「おう」
諦めたようにボウルを置き、グラスを手に取る。
「それじゃ、俺達の出会いを祝って……乾杯!」
「「「カンパーイ!」」」
「かんぱーい……」
しかしこの男声が小さい。
おとなしめの女性である加奈よりも声が出ていない。
「ゴクゴクゴク……プッハァー! うめぇ!」
「ワォ、さすがテツくん豪快だね~」
乾杯して早々にグラスのビールを飲み干すテツ。
彼はこういう場を何度も経験したことがあるらしく、お酒もかなり飲みなれているらしい。
……数か月前に成人したということはあえてつっこまないでおくが。
(あ~ビール苦ぇな~……そうだ、酒だ! きっとこういう時は酒の力がモノを言うんだ!)
この時彼の頭の中には 酔う→はっちゃける→潰れる という図式が出来上がっていた。
つまり酒をがぶ飲みし酔いつぶれて、早々に場を離脱しようという安直な考えである。
(ベネ(よし)! 俺は酔うとかなりおかしくなることは自覚しているが今はこれしかない! カルーアがぶ飲み大作戦だ!)
この男、成人して間もない頃にぐでんぐでんに酔って大騒ぎし、最後にほとんど動けなくなるという大失態を犯したことがある。
しかもビールなどの苦みが合わず、度数の低い甘い酒だけでそのザマという弱さ。
「何かビール以外に飲む人いる~?」
「俺ウォッカのロック頼むわ」
(キタ!)
今こそまさに作戦を決行する時……だったのだが。
「え、え~っと……」
「あ、俺は梅酒のロック。……んで、こいつにはコーラね」
「え?」
突然のユーゴの裏切り! と言っても別に示し合わせていたわけでもないのでそんなこともないのだが。
「お前顔赤いぞ、ビールをそんなに早く飲み干すからだ。この前みたいなことにならないように今日はゆっくり飲め」
「そ、そうだな」
そう、飲み会に彼が友人と共に行かないはずもなく、以前酔いつぶれた現場には当然二人もいた。
(終わった……)
「あ、お肉届きましたよ」
「あ、じゃあ自分が切り分けます……」
もはや自分にできることはひたすらに給仕に徹することだけ。
配膳と食事を繰り返すだけのマシーンとしてこの場を乗り切るしかないと。
「おお、お肉切るの上手だね~」
「え!? あ、はい」
ただ単に肉を切っているだけだったのに、思わぬ方向から声をかけられるなど微塵も思っていなかった。
「あ、こいつ焼き肉屋でバイトしてるんだよ。それに実家は酪農家らしくて、そういうのに慣れてるんだと」
(言わなくてもいいことを)
別に嫌というわけではないが、他人に自分の情報を知られるとちょっと恥ずかしいという気持ちがあるらしい。
しかし真理子はそんなことお構いなしに……
「へ~、実家ってどこなの?どこのガッコ?」
「○、○○島っていうとこの○○学園ってとこっす……」
グイグイ押してくる積極的な女性にコミュ障は逆らうことができない、とんだへたれである。
しかしすんなりと答えられたのにはもう一つ理由があり
(ま、こんなド田舎島、知ってるわけないだろうけど)
知られてもすぐに話題から外れるだろうという考えがあったからなのだが……
「えー!? それって美羽と同じ出身じゃん!」
「ぶっ……!?」
あまりの衝撃的事実に口から噴出しそうになるコーラを抑え、そのかわりに鼻からたらりと流れてくる。
(マジぇんた……三人目の名前を知った時は本当に単なる偶然なだけだと思ってたのに!)
そう、初めて聞いた時はただの同姓同名だと思っていた。
しかしその実は……
「お待たせー。ごめんなさい、講義の後片付けがなかなか終わらなくて」
共学でむせている中、遅れてやってきたのは、愛らしい栗色の髪を肩下まで伸ばしたストレートの女性。
「石島さん、長井さん、お久しぶりです。そちらの方は……?」
謝罪をする姿、キョトンとする姿、どれをとっても男心をくすぐるようなかわいさだ。
(けど、俺はそれを知っている)
「あ、美羽! いいところに。実はさ、テツくん達が連れてきた彼、なんと美羽と同じ学園出身なんだって!」
「え゛!?」
一瞬、先程までの天使のような頬笑みががらりと崩れたように驚愕の表情を見せる。
それもそのはず、なぜなら……
「う……ど、どうも……」
彼女……天川 美羽は、彼が通っていた学園で知らぬ者はいない、『学園のアイドル』だったのだから。