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絵都子が春樹と過ごした街を去ってしばらくして。
絵都子は娘、春陽を生んだ。
そうして、四回目は。
たまたまこの街に仕事で来ていた澪の兄に力を借りることもあったが、仕事をしながら春陽を育てる毎日に幸せを感じていたころ。
絵都子の仕事先に、春樹が現れたのだ。
絵都子は管理栄養士である。春樹は調理師で、いつかこんなことがあるかもしれないからと、わざわざ遠くに引っ越したのに。
この職場は、保育所もついていて、子供の熱で休むことに関しても寛容であることから、絵都子はやめたいとは思わなかった。
幸い、春樹は一年だけこの職場にいるとのことだった。
一年間耐えれば、また元に戻るのだ。
その日から、絵都子の心の中の戦いが始まった。
父親似である春陽を春樹にばれないようにすること。
知り合いだと気づかれないこと。
春樹の周りを見ないこと。
これらはすべて、自分が傷つかないための戦いだった。
しかし、一つ目の戦いはあっけなく敗北に終わる。
お待たせ、といつも通りに春陽を迎えに行き、保育所から出た時。
「あ、町田さん、お疲れ様です。」
そこに春樹がいた。
娘さんですか、かわいいですね、と声をかける春樹に、どうして、と思わず声が漏れた。
春樹は、すみません、と苦笑して、うちの妹の小さいころにとても似ていたものですから、と続けた。
「この子は、夫にそっくりなんです」
あくまで他人の空似であることを強調するために、絵都子は既婚者のふりをする。
しかし、そんなふりをしながらも、無意識に左手を隠す。
今も、春樹からもらった指輪を付けている。
覚えてはいないだろうけど、本人の前で本人からもらった指輪で既婚者のふりなんて、あまりにも絵都子には酷だった。
「そうなんですか、じゃあ僕に似ているのかな、一度お会いしてみたいものです」
おそらく社交辞令であるその台詞をサラッと吐いた春樹に、鏡を見れば会えるよ!と言いたいのをこらえ、もう亡くなりましたので、と絵都子はつぶやいた。
実際、春樹が絵都子に冷たい目を向けたあの時、確かに今まで過ごしてきた絵都子の中の春樹は死んだのだ。
「お母さん、嘘ついたらだめでしょ。お父さんは、遠いところにいるって言ってたじゃない。」
そんな春陽の言葉に絵都子はびっくりしたが、子供に死を説明するときによく用いられる表現だったことも幸いし、春樹は本当に夫が亡くなったと受け取ったのであろう。
失礼しました、また明日よろしくお願いします。
そういって春樹と別れた。
また明日、こんな気持ちを抱えて仕事をしなきゃいけないなんて。
絵都子は泣きそうになり、そんな絵都子を見た春樹そっくりの春陽が「おかあさんよしよししてあげるね」といって頭を優しくなでる。
絵都子は、嬉しいのか切ないのか分からないまま、春樹の左手に指輪がなかったことに安堵している自分に気がついて、ため息をついた。




