5話目、理学部10号館
医学部棟を後にした俺らは、次は理学部棟へとやってきた。
「理学部10号館。今回はここよ」
今までとは違い、階段で上がったりせずに、エレベーターを部長は選択した。
きっと歩き回っているから疲れたのだろう。
俺がそう思っていると、エレベーターで6階へとやってきた。
俺も一緒に今日一日ずっと歩いているから、やや疲れてきている。
時間も、午後5時を回ろうとしているが、いつまで続けるのかわからなくなってきた。
「あ、ここだ」
全部で12階ある、手野大学でトップタイに高い建物の6階、それも特定の部屋へとやってきた。
「うん。ここであってる」
そこは理科実験室と銘打たれた、624教室だ。
「手野大学で行われている実験のうち、まだ安くて、危険性が低い実験を主として行う部屋よ」
そう言って突然部長は部屋の扉を開けて、中に入った。
「失礼しまーす、教授いますか?」
驚いている間もなく、その普通の教室の1.5倍はありそうな実験室の奥から、女性が白衣を着てやってきた。
「あらあら、今日は担当じゃないでしょ?」
「今日は部活でやってきました。あ」
ここでやっと俺のことを思い出してくれたようで、手招きして部屋に入れてくれる。
「こちら、うちのところの文芸部後輩です。そして、こちらはうちの指導教授。私の実験とか何たらかんたらを教えてくれる偉い人」
教えてくれたのはいいが、あどうもというのが関の山だ。
「部活ということは、ネタ集めかしら」
教授が言う。
勘が鋭い教授のようだ。
「はい、後輩が書くためのネタを集めたいとのことで。協力していただけませんか」
「でも、ここで小説書けそうなネタといえば……」
教授も思い当たる節があるようだ。
「ええ、あれを見に来ました」
部長と教授の間ではもうわかっているようだ。
だが俺は皆目見当もつかない。
「なんのお話をされているのでしょうか」
俺は思わず二人に尋ねた。
「午後5時ぐらいになればわかるよ」
あと数分は残っている。
その時になれば何か変わるというのだろうか。
俺は仕方なく、ここで待つことにした。
午後5時になると、いったんチャイムがなり、昼間部の授業が終わることを教えてくれる。
研究室は相変わらず静かで、時折聞こえてくるのは、冷蔵庫のモーターが動いている音だけだ。
何も起こらないじゃないかと俺は部長に文句を言おうと、顔をそちらに向ける。
ちょうど窓際、夕日をバックにして、部長はまるで女神のように輝いて見えた。
あるはずのない後光が見える。
でも、見せたかったのはそれではないようだ。
後ろを振り向くようにと、指で合図を送ってくる。
俺が後ろを見ると、赤、黄、青、桃、白、黒、他にも千差万別に色づいている光が、動き回っている光景だった。
言葉を失っている俺に一言、部長が教えてくれる。
「ここは、霊道が通っているらしく、午後5時になると神様が通られるの。和魂らしくて、穏やかに通っていかれるわ。1ヶ月に何回かは、荒魂が通っていかれて、目も当てられない惨状になるけど」
言葉を濁しつつ、部長が言った。
そういえばこのキャンパスのそばには確か手野八幡神社がいたはずだ。
そこの神様なのかもしれないと、俺は思わず、その光に手を合わせた。
光は数分かけて消えていった。
完全に消えるころ、部長と連れ立って、実験室を出た。
「研究室の部屋を変えるっていうことはしないんですか」
俺がエレベーターで降りようとして、ボタンを押している部長に聞く。
「あまりの部屋がなくてねぇ。それに、神様が実験を見守って下さるんだよ。これ以上にありがたいことはないよ」
その言葉が適切かは分からないが、なぜか実験の失敗例はないらしい。
そのため、あの部屋は空き待ちになっているとか。
当面は教授の研究室になるらしいが。