2話目、教育学部N号館
教室を出て、さらに建物から出ると、なんとなく蒸し暑く感じる。
「もうすぐ梅雨かもね」
部長が話す。
俺はそうですねと返した。
まだ関西地方では梅雨入り宣言はしていないものの、中四国や中部地方は梅雨入りしたとみられると、2日ほど前に学食で聞いた。
「次はどちらへ行きますか」
「えっとね、教育学部棟だね。N号館」
教育学部は、ここからゆっくり歩いて10分ぐらいかかるところにある。
敷地が広いと、こういう時に不便だ。
「それで、ネタにはなりそう?」
部長に話しかけられる。
「ええ、まだまだ集めている途中ですが」
今回の目的は何といっても、文芸部として作品作りに生かすためのネタ集めという名分がある。
話しながらも、教育学部棟へたどり着いた。
N号館は5階建てで、目的の場所は最上階、つまり5階にある。
平地に建っているため、周りの建物と比べてしまい、5階は意外と低く感じる。
「静かにね」
4階の廊下まではとても賑やかだったのに、5階へと続く階段の踊り場になると、急に静かになった気がする。
「ほら、あの人」
壁際からこそっと廊下を覗き込むと、端っこまで一直線に続いている廊下が見える。
そのほぼ真ん中あたり、窓からぼんやりと外を眺めているスーツの人がいる。
もうすぐ梅雨入りというこの時期、グレーのスーツで、わずかにえんじ色のネクタイが見える。
しっかりとしてる人だとはじめは思った。
「教授さん?」
俺の知らない教授何だなと思うほどの風貌だ。
なにせ手野大学は学部の数が多い。
俺が知らない教授や助教がいてもおかしくはないし、他学部だとなおさら知らないのは当たり前だ。
「じゃあ戻ろうか」
そういっていったん顔を廊下からそらす。
そしてもう一度よく見ようと思いすぐに廊下をのぞき込む。
わずか1秒もあるかどうかという時間だったが、その人はいなくなっていた。
「え……」
「どうしたの」
部長が踊り場まですでに下りていて、俺に話しかける。
「いや…さっきまでいた教授がいなくて」
「あー、そのことについては下りながら話そうか。次のところに行きたいし」
部長に促されるままに、俺は階段を下りていく。
「えっとね、あの人は今回の目的だったの」
3階からさらに下へと階段を降りつつ、部長が話してくれる。
「教育学部元学部長らしいわ。それも、ここに移転してくる前のね」
「移転前ということは、まだここに建物ができてない時期じゃないですか」
「でも、来ちゃったのよねぇ。なぜかはしらないけれども」
部長の話が本当ならば、どうしてここに元学部長がいるのかという理由はわからないということだ。
「わからないものはわからないのよ。だから、それは当人にでも聞かないとね」
実際、本人に声をかけることはできないだろう。
見えたとしても、会話できるとは限らないからだ。
だから俺はこれ以上調べることなく、次へと行くことにした。
わからないことは、想像で補うのが一番だ。




