無楯
「くっ、Victoria、Nike、融合、フレイア、紫刃っ!」声に応ずるように二体の人形が身体を重ね、その一瞬の後には背に翼を生やした女神が現れ、滑るようにして大鎌を縦横無尽に疾らせる。
「成る程、多重に人形を律する法に、人形同士の融合か、名を継ぐ資格そのものはあるか、神凪」動じず再度、男は巫女の名を呼ぶ。
「承知、静嵐」神凪は主に頷くと、小太刀を構え、己の身体を中心として刃風を巻き起こす。その中にフレイアと呼ばれた女神の大鎌が吸い込まれるようにして導かれ、金属と金属の咬み合う硬質な音がし、その攻勢が停滞する。
「チッ、Victoria押さえていなさい、Nikeっ!」閃光が一瞬、分かたれた女騎士が神凪を押さえ込む間に、金の光条が一閃、源十郎に向かって疾る。が、寸前で不可視の壁に弾かれる。
「神凪ぐ盾が主を護れぬようでは意味がない。ここは”無楯”の効果範囲だ」
「ならばっ、Nikeっ! 神槍形態、幽玄っ、群がりなさい」再び群がる傀儡どもの攻勢によって神凪の動きが一瞬停滞する。その中に再び光が疾り、それが女騎士の手の中に収まった時、その掌中には一条の槍が現れていた。
「無駄だ。行かせてもらう。神凪」しかしその槍を投擲に入ろうとする女騎士の動きに目もくれず、男は揺らぎもせず無造作に呟くのみ。
「承知、無拍子」緋の巫女が黙然と呟く、
その瞬間、二人以外の刻が止まった。
彼女と男の歩みは変わらない。しかし無数の人形を操る彼女にも、同調している神速を誇るVictoriaやNikeの感覚を通してさえ、コマ落としのように一瞬その姿を見失う。
人の体内に流れる、呼吸、心拍数、意識されないリズム、その間にある無の空隙に神凪は入り込む。それは、容易に彼女を彼女の間合いの内に入れる。
そして、そこで荒れ狂う波は一瞬、しかしそれだけで彼女には事足りる。
まるで無人の野を行くがごとくに次々と人形どもが打ち倒されていく、気づいた時には目の前に男の顔があった。そして彼女は自身の完全なる敗北を知った。