神凪
「迎えに来た」男は一人、ただそれだけを呟いた。目の前には古びた屋敷があるだけ、他はそれに似つかわしい広い庭が在るだけ、周りの木々は雑然とその意を示し、長らくそこに人の手が入ってない事を示している。
「囚われの姫を救いに来た王子様ってところかしら、源十郎、しかし哀れ王子様は、その行く手を阻む魔物に喰らわれてしまうのでした」芝居がかった彼女の声に答えるかのように無数の木偶が立ち上がる。
目の前に立ちふさがる人形はまさに木偶、手はあり足もあり頭もあるが、そこに浮かぶべき表情はない。
「幽玄か…、ここが、どういう場所か知っていて選んだのか」自身を取り巻く傀儡どもを一瞥して、ぼそりと彼は呟く。
「愚問っていうものね」その言葉が合図であったか、男に幽玄と呼ばれた傀儡達が男に群がる。
「ならば遠慮はしない、神凪」呼ばれて男の影より静かに出ずるは、緋の袴の巫女「静乱」黙然と呟かれた声の主を中心として一陣の風が吹き荒れる。
「神凪、ですって!?」吹き飛ばされた木偶の中心に颯爽と立つ彼女を一瞥し、慶子が驚きの声を上げる。「三剣のうちの二振りまでが解封されているって、源十郎、これはいったいどういう事よ!! いや、いいわ、ますますあなたを亡き者にしなくてはならなくなっただけの事、ヴィクトリア、ニケっ、出陣っ!!」現れ出でた二体の速さは神速、人の目には二筋の光条にしか見えない。しかしそれを事も無げに神凪と呼ばれた巫女は受け止める。
「嘘っ!?」驚愕の声が響く。
「人型のモノに高速機動させれば、当然その軌道は限定される」その答えを男がぼそりと言う。「くっ、それでも、そんな旧式に私の人形が負けるはずが、ないっ」主の声に答えるようにして再度、影が交わる。しかし、結果は変わらず二つの影はただ一人の巫女の持つ小太刀にその動きを阻まれる。
「弱いとは言え、神を薙ぐ為に造られた三剣の一体だ。そう容易くはない」男は変わらず緋の巫女の勝利を微塵も疑う様子はない。