人形の見た夢 その3
出会ったのは、まだ彼が少年の領域を出ていない頃「次の源十郎だ」そう、その時の主に言われ、引き合わされた。その瞬間から彼女は”源十郎”に譲り渡された。彼は何もいわなかかった。そして彼女も何も望まず、ただいつも通り、諾と答えたのみだった。
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「何故? ですか…」
迫りくる一台の大型車両は、彼女に安寧をもたらすほどに己自身を壊してくれるかもしれない。茫洋とした期待、それが彼女をその場に留めた。わかっている事だ、たとえこの意志が、それを求めたとしても、己の身体がそれを拒む。儚い抵抗。
しかし、その行動は、起こらなかった。気づいた時には、彼女は少年の腕の中にいた。それは、信じられない出来事だった。すくなくとも彼女を知るものに、そんな事を、するものはいない。だから、そう尋ねた。
「目の前で人の形をしたものが壊れるのをもう、見たくなかった」少年はそれだけを言った。引き渡されたときに覚え込まされた少年の情報を引き出し、該当する項目を引き出す。彼の両親は彼の目の前で壊れた。成る程、そう言うことか、理解してみればなんと言うこともない代償行為、ただそれだけの事だった。
「無駄な事を…」少年は知っていたハズだ。その場で起こるはずであった出来事を、決して彼女があそこで少年が描いたような情景を描くことは決してなかったであろうことを…
言って、何事もなかったように歩き出そうとして、少年がその場にとどまったままであるのに気づく「傀儡針…ですか」呆れる、という感情がまだ、自分の中にあった事に彼女は少なからず驚いた。
「他に方法を思いつかなかった」「成る程、今度の主は幼いだけでなく大莫迦だということを理解致しました」他の言葉をかけられるほどには彼女も成熟してはいなかった。何事もなかったように歩きだそうとして、「お前はいつも泣いているな」不意にかけられた言葉に立ちすくむ「…莫迦ですかあなたは、人形は笑わず、人形は怒らず、人形は泣かず、ただただ操者の心の鏡たらん。それが人形と言うものです」静かな拒絶、その間、少年はまっすぐに彼女の瞳を見ていた。
少年の言葉、それは彼女が怖れていた事、それは彼女が怯えとともに望んでいたこと、それは彼女自身に初めてかけられた言葉だった。
その言葉が彼女を救った、自分の中で溺れかけていた彼女を救いあげた言葉だった。そうして彼女の刻が始まった。