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忘却、再び

「明人殿。」

明人が振り返ると、賀烈が子達に纏わりつかれながらこちらへ歩いて来るところだった。明人は賀烈に向き直った。

「賀烈殿。無事ご家族と再会されたか。」

賀烈は頷いた。

「どれほどにすし詰めで大変なことになっておるかと思うておったのに、僅かの間にここまで世話をして頂き、感謝し申す。」

明人は微笑んだ。

「部下達が頑張ってくれたので、何とかここまでは。しかし、まだ足りぬものもあるでしょう。長く患っている者も居る。少しずつ良くなっては居るようですが、心配なことだ。」

賀烈は首を振った。

「今見て参ったが、皆回復の方向へ転じておる。もう心配はないかと思うておりまする。あちらに人質として篭められておった時には、死んで行こうとなす術もなかった。」

それがどれほどに歯痒かったのかと、明人は同情した。他ならぬ、仕えている王に家族を人質に取られてそのために命を懸けるなど。考えられない…。

「よくご辛抱なされたもの。これからは龍王に仕えるのであろう。そのような卑怯なことはなさらぬゆえ。」

賀烈は頷いた。

「我らは、家族と我が一族が、平和に笑っておられる地を作りたいと願っておるのだ。それだけよ。他を侵略など、考えることもない。」

ふと、向こうから、月の王の蒼と、将維が歩いて来るのが見える。賀烈は急いで歩み寄って膝を付いた。

「王、それに蒼様。こちらで無事に家族と再会を果たすことが出来申した。皆を代表して、お礼を申し上げまする。」

将維は頷いた。

「よかったの。ここはこの人数には手狭かもしれぬが、この地は癒しの地。皆そんなことも気にならぬであろうて。ただ、主らの地を早く復興させて、落ち着く場を与えてやらねばならぬぞ。蛇達もそれを望んでおろう…他の軍神達も、早く家族に会いたいであろうて。」

蒼は賀烈に言った。

「復興までの間、こちらへ順番に会いに来ればよい。ただ、この場所しか用意できぬので、来てもあまり長く滞在するのは無理だろうがな。早く落ち着くことを祈っておるぞ。」

賀烈は、深く頭を下げた。

「ありがとうございまする。早速、現地の軍神達と連絡を取り、順を決めてこちらへお邪魔するように致します。」

将維は足を宮の方へ向けた。

「では、我は今夜はここに滞在するゆえ。」と、賀烈に背を向けた。「主らもゆっくりすると良い。ここでは有事は起こらぬゆえな。寛ぐが良い。」

「は!」

将維が去って行く間、賀烈はいつまでも頭を下げていた。

明人は、それを黙って見守った。


その夜、十六夜は、維月と共に部屋で月を見上げていた。

「…維心は来なかったな。やっぱり、お前と同じことを考えてるのかもしれねぇ。」

維月は頷いて、下を向いた。

「維心様が苦しむのは、私もつらいし…結局、この方がいいと思う。ねぇ十六夜、あなたはどうするの?」

十六夜は維月の肩を抱いた。

「オレはどっちでもいい。このままの方が良くないか?状況がわかってるのが誰も居ないってのはリスクが高すぎるだろう。なあ維月、お前はどうなろうと結局オレの嫁なんだが、維心の嫁になるかどうか、それでわからなくなるぞ。いいのか?」

維月は迷ったように左手の指輪を触った。

「…きっと、大丈夫よ。」維月は言った。「だって、記憶が無くても結婚したわ。きっと、何度繰り返しても大丈夫…そう思う。」

フッと、月に影が過った。十六夜が見上げる。

「来たか。」と維月を見た。「さあ、なんと言うかな。」

その影は、二人の部屋の横の庭に降り立った。維月は思わず走り出た。

「維心様…!」

維心は腕を伸ばしながら走り寄った。

「維月…!」

二人はしっかりと抱き合った。庭の真ん中で、月の光に照らされている。十六夜はため息を付いた。

「あのなあ、もう慣れたが、少しは遠慮しろよ。」と、戸を大きく開けた。「入んな。」

維心は、維月の肩を抱くと、頷いてこちらへ歩いて来た。

そのまま中へ入って来ると、三人は椅子に腰掛けた。

「で?答えは出たのか。」

十六夜が言うと、維心は頷いた。

「碧黎に、我の記憶を封じてもらおうと思う。」と、維月を見た。維月は、驚く風でもなく、じっと維心を見ている。「主も、同じことを考えたか。」

維月は頷いた。

「はい。私も記憶を封じてもらいまする。そして、いつか解けるようにと、お父様にお頼みして…。」

十六夜も頷いた。

「オレは、このまま残す。お前らの記憶が、もしかして何百年も戻らなかったらどうする?あんまり戻らなかったら、そこそこでオレが何とかするよ。でないと、維月はそれでなくても寄って来るヤツが多いんだ。お前らが再会するまでに、維月が誰かとそういう仲にでもなっちまったらどうする?維心だってわからねぇぞ。誰かを嫁に貰っちまうかもしれねぇ。別にそうなったらそうなった時だと思うなら、オレはほっとくけどよ。」

維心は眉を寄せて、必死な顔で言った。

「将維に、我に妃を娶らせぬよう言うておいてくれ。あれの命なら、従わねばならなくなるだろう。我は子であるのだしの。そのようなことになって、記憶が戻って維月が我に愛想を尽かしでもしたら、我は狂うわ。」

十六夜は苦笑した。

「違いねぇ。ま、大丈夫だろう。あいつはわかってるよ。オレも見てるし、安心しな。」と維月を見た。「お前もな。お前は頑固だから、他に誰かと結婚するとか言い出したら困るだろうなとは思うがな。」

維月は膨れた。

「もう!黙って見てないで止めてね?私も取り返しがつかなくなってたら、記憶が戻って絶望してしまうわ。」

維心は維月をじっと見た。

「維月…次に会う時は、どれぐらい成長しておるのかの。以前の姿ぐらいであるのか…いずれにしても、我は早よう己を律するように努力するゆえ。記憶がのうなっても、それはするように、自分に宛てて書をしたためて来た。大丈夫ぞ。急ぐゆえ。」

維月は目に涙を溜めながら頷いた。

「はい。維心様…。」

そんな二人の様子を見て、十六夜はため息を付いて、立ち上がった。

「仕方ねぇな。オレはどうせずっと一緒だ。ここで過ごせばいい。お前の対には今日は将維が泊ってるだろう…オレは親父達の所にでも泊るよ。で、ついでにお前のことも話しといてやる。明日、記憶を封じてもらえばいい。わかったな。」

維心は驚いたように十六夜を見たが、頷いて微笑んだ。

「感謝するぞ、十六夜。」

十六夜は出て行った。維心は維月を抱き締めて、次に会うまでと、精一杯維月を愛したのだった。


「そうか。」次の日、蒼が十六夜から聞いて言った。「維心様と母さんは、もう一度記憶を封じてもらったのか。」

十六夜は頷いた。

「維心があれほど龍を押さえ切れなかったなんてな。だが、これでいいんでぇ。成長してから会ったほうが、きっとうまく行く。維月はまた維心を好きになるんだと確信して記憶を封じられていたが、果たしてどうなのかな。オレは記憶を封じちまったら、またややこしいかと思って、そのまま残したんだよ。だから蒼、頼むぞ。あいつらがまた記憶が無いばっかりにこじれそうだったら、お前も手伝え。」

蒼はええー!という顔をした。

「面倒なんだよね、あの二人って。母さんは頑固だし維心様は思い詰めるし慣れないし、どうしたものかっていつも思うんだよ。前の維心様なら、少しは慣れて来てたのにさ。記憶が戻らないと、大変なんだよなあ…。」

十六夜が顔をしかめた。

「おい、その大変なのをオレ一人に押し付けるな。あいつらを平和に保つこと自体が、とにかく難しいんだからな。」

蒼は面倒そうに手を振った。

「はいはい、何とかするって。今はそれどころじゃないよ。蛇たちだってまだ戻れてないし、神威殿だってそうだ。で、維月はどこへ行った?前世の記憶が無くなってるんだろう?」

十六夜が苦笑した。

「親父が引っ張り回されてるよ。蛇の村に居るんじゃねぇか?珍しいものが好きだからな、維月は。」

蒼は、気を失ったまま、将維に背負われて帰って行った維心を思った。

「…維心様も、今頃は将維をまた、父としてしか記憶になくて、恐縮してるんじゃないかな。背負われて帰ったから。」

十六夜は笑った。

「あいつの場合は恐縮するんじゃなくて、恥じるんだろうよ。子供扱いが嫌な子供っているだろうが。あれだよ、あれ。」

蒼は笑った。確かにそうかも知れない。また何年も会うことのないだろう維心に思いを馳せ、蒼は龍の宮の方の空を見上げたのだった。

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