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蛇の村

月の宮の北東の空き地に、蛇の村が出現した状態になっていた。

奥の空き屋敷10には、筆頭、次席、そこから序列十位までの軍神の妻や家族たちが入り、他の仮設にはまた、順に振り分けられた家族たちが入って、幕屋のほうは帰って落ち着くような感じに一家族ずつが振り分けられて入っていた。皆がそこへ入って落ち着いた頃、恵も家族と共に、空き屋敷と聞いていた広い屋敷を与えられてそこで茶を飲めるまでになった。

子達は広く新しい屋敷に嬉々として走り回っている。ここは、気が驚くほど清浄で、しかも命の気が豊富で、清々しい。子供はそんなことにとても敏感なので、すぐに元気になって生き生きとし始め、恵も驚いていた。

王の己多がおかしいと、夫の賀烈が言い出してから数か月で、軍神の家族は全て、王の結界に拘束されて足にいつ爆発するとも知れない輪を付けられ、人質として一か所に篭められて暮らしていた。

満足に着るものも与えられないまま、ほぼ野ざらしのような状態に何か月もおかれ、家族たちは疲弊していた。

時に大雨が降った時など、皆で入りきれない洞窟が傍にあっただけだったので、弱っている者、子供を中に入れ、他の元気な者は外で雨に打たれるままだった。

そんな毎日を過ごしていたのに、急にこんな所へ連れて来られて、何が起こるのかと、何も信じられなくなって来ていたのだ。

「失礼します。」戸口の方から、声がした。「我が王より、こちらを下賜されましてございます。」

恵が戸を開けると、侍女らしき女達がそこに立っていて、大きな布の包みを持っていた。

「これは?」

恵が聞くと、侍女達は答えた。

「はい。お着物でありまする。皆さまにお配りしておるものでありまするので、他意はないと言うようにと言われておりまする。」

つまりは、受け取ったから婚姻をと言われることがない、と言っているのだ。見ると、他の戸口のほうにも、同じように包みを持った侍女や軍神達が訪ねて回っている。恵は頷いた。

「感謝致しますると、お伝えくださいませ。」

侍女は頭を下げた。

「はい。失礼致しまする。お屋敷には湯殿が付いておりまするので、良ければお使いくださいませ。」

侍女はそれだけ言うと、出て行った。

恵が湯殿が屋敷に?と戸惑いながら探して歩くと、曇りガラスの戸を開けた先に、広い風呂があるのを見つけた。

「まあ…。」

恵がびっくりしていると、義妹の(りん)が来て言った。

「ここは空き屋敷であると聞いておりましたのに。このように恵まれた屋敷も、空いたまま置いておくことが出来るなんて、なんと豊かな宮でありますることか。」

恵は頷いた。

「驚いたわ。皆ももう、ゆっくりと湯あみなど出来ておらぬでしょう。順に入るように手配を致しましょうか。」

すると、幼い息子の烈心(れつしん)がそれを覗いた。

「あ、母上!我も入りたい!とても広い湯殿でありますね。」

恵は微笑んで頷いた。

「そうね。では、先に皆で入って、着物を着替えましょう。父上が、迎えに来てくださると言っておったから、それまでに綺麗にしておかねばね。」

そうして、皆で湯に入ってすっきりとして出て来て、下賜された着物に手を通した恵は、またその質の良さに心底驚いた。月の宮…聞いていた通り、龍の宮に並ぶ宮であるのだわ…。

恵は昇っている月を見上げて思っていた。


その少し前、明人はやっと解放されたと蛇の村の手伝いに向かっていると、王から連絡があった。

「明人!今度は神威様の宮の方達が来る!」

嘉韻の叫びに、明人は慌ててそちらを見た。

「なんだって?!もう場所がないぞ!何人だ?!」

嘉韻は答えた。

「それが、かなり少人数らしい。他は助からず、籠城していた数人しかいないのだそうだ。なので、我らの屋敷を開けて欲しいと言って来た。我はいいが、主、子らと(すず)殿を宿舎へ移さねばならぬぞ。慎吾はもう行った。主も早よう行け!」

明人は慌てた。今や明人には、(こころ)明輪(めいりん)(じゅん)という三人の年子の子達が居た。皆成人していて、明輪は軍神なので軍で今一緒に働いているが、娘の方はまだ家に居る。たまに治癒の対へ手伝いに出たり、宮へ手伝いに出たりはしているが、基本屋敷に紗と一緒に居た。

「えーっと何を持って出ればいいんだっけな。」

明人はそれを考えながら、屋敷へ降り立った。戸を開けると、紗が驚いたように明人を見た。

「まあ、明人様?どうなさったの、今大変だと聞いて…」

「ここを、避難して来る神威様の宮の者達に貸さねばならない。」明人は矢継ぎ早に言った。「とにかく当面の着物を持て!オレの宿舎へ行く!」

師団長の明人の宿舎はびっくりするほど広い。なので、家族全員が収まってあまりあるぐらいだった。侍女達が慌てて着物を持って来てどんどんと積み上げ、布に包んで行く。心が出て来た。

「お父様?どうなさったの、この騒ぎは何?」

明人は疲れて来ていたが、辛抱強く言った。

「心、父の宿舎へ移るんだ。ここは避難民に解放する。純は?」

「きっと宮ですわ。」心は答えた。「着物の縫製が追い付かないと言っておるので、手伝いにと言っておりました。」

きっと、蛇たちに下賜した着物が足りないのかもしれない。明人は頷いた。

「よし、とにかく行くぞ!」と明人は大きな布の包みを気で持ち上げ、紗を抱き上げた。「侍女、主らはここへ来る神威様の臣下達の世話をしてやるのだ。わかったな!」

侍女達は戸惑いながら頭を下げる。

それを見て明人が屋敷から出て飛び上がると、先を行く慎吾が振り返った。

「明人!間に合ったか!」

明人は心が付いて来ているのを見ながら、言った。

「なんとかな。結奈は?」

「宮だ。」慎吾の娘は、同じように成人していた。宮で仕えているのだ。「結朋だけだったから、こっちはまあ着物も少なったが、主、すごいな。その包みの大きさは。」

明人は苦笑した。

「何しろ女三人分の当面の着物だからな。」明人はホッとため息を付いた。「もう暗くなるのに、落ち着かねぇな。早くこのごたごたが終わって欲しい。」

慎吾は同じようにため息を付いて、言った。

「まだ始まったばかりぞ?我だってもう疲れたがな。」

宿舎に家族と着物を置いて、明人と慎吾はすぐにまた蛇の村へと取って返したのだった。


嘉韻は、そんな二人の代わりに、コロシアムに到着した神威達一向を迎えに行っていた。神威は落ち着いて堂々とこちらを見上げている。

「神威様とお見受け申す。月の宮軍神、嘉韻と申しまする。王がすぐに参られる。そのままお待ち下さい。」

神威は頷いた。ここの気は、驚くほどに清浄で邪気一つない。そして、常に癒しの気が辺りを包み、まるで別世界に来たようだった。月の宮の結界の中は、思っていたよりずっと穏やかで、守られた地だった。

ふと何かの気を感じて見上げると、暮れて行く空に、黒髪の月の気が強くする男が舞い降りて来た。慌てて飛んで来たような様子だった。

「神威殿か?」相手は神威の前に立った。「我がこの月の宮の王、蒼と申す。この度は大変な事態、お疲れであろう。蛇達もこちらへ収容したゆえ、場が限られており、手狭になるかと思うが、ご案内しよう。」と、嘉韻を見た。「臣下の方達は宮の東の屋敷三つへご案内せよ。王は宮の方へお連れ申す。」

嘉韻は膝を付いて頭を下げた。

「は!」

「さあ、こちらへ。」

神威は蒼に付いて行き掛けて、臣下達を気遣わしげに振り返った。臣下達は心細げに神威を見ている。無理もない。あのような目に合って、初めての場で王と離れるとは…。

「…蒼殿、せめて落ち着くまで付いてやりたいのだが…。」

蒼は眉を上げたが、頷いた。

「では、我も付いて参ろう。こちらへ。」

嘉韻と蒼が飛ぶ後ろに付いて、臣下達と飛びながら、神威は月の宮を見た。

月の宮は、龍が建設したというだけあって、大きく頑丈な造りになっていた。まるでダムのように宮を囲む大きな高い建物からは、軍神達の強い気が感じ取れる。おそらく、あれは軍の建物であるのだろう。

その後ろに守られるようにあるのが、手前から小さな対がたくさん立ち並び、奥へ行くほどに大きな対になり、一番後ろには中央に大きな宮、そしてその両脇に対が付き、高台になっていて全てを見渡せるようになっている。

攻め入るのは困難な作りであるが、おそらく月の宮の結界を破れる者など居ないので、この造りでなくとも良かっただろうが、龍の設計なのでこうなったのであろう。どちらにしても、月の宮が難攻不落であるのは身に沁みてわかった。

その宮にほど近い、三つの大きな屋敷の前に、蒼達は降り立った。

「ここは、軍神の将達の屋敷であるのだが、急遽軍宿舎の方へ移ってもらい、解放した場所。この人数には手狭かもしれぬが、もしも滞在が長引きそうであれば、別に屋敷を建てさせるので、しばらくは我慢して頂きたい。使用人達は残しておるので、なんなりと申し付けてもらえば良い。」

神威はそれを見て驚いた。この王は、軍神の将達に宿舎の他にこのように大きな屋敷を与えて、使用人も与えておるのか。

「充分であるように思う。世話になり申す、蒼殿。」

蒼は頷いて、出て来た使用人達にも頷き掛けた。使用人達は微笑んで、逃れて来た神達を促した。

「お召し物のお着替えをご用意致しておりまする。どうぞ、中へ。」

ためらっている臣下達に、神威は頷き掛けた。

「三方に分かれて世話になるが良い。我は主らと目と鼻の先にある、あの宮で厄介になるゆえ。あちらから、こちらの様子はよく見える。それに、我もこちらへ様子を見に参るゆえ。安堵せよ。」

臣下達は頷き、深く蒼と神威に頭を下げると、屋敷の中へと入って行った。それを見届けた後、神威は蒼に頭を下げた。

「何から何まで、申し訳ない。お気遣いに感謝致す。」

神がそうそう頭を下げないことを知っている蒼は、慌てて言った。

「そのような。頭を下げて頂くことではありませぬ。我らも世話になることがあるかもしれぬ。お心安く滞在してくださいまするよう。」と、嘉韻の方を向いた。「では、主はあちらの蛇の村のほうを引き続き頼んだぞ。」

嘉韻は頭を下げると、飛び立って行った。蒼は、神威に向き直った。

「では、神威殿。宮の方へ。全てご準備させておるゆえ、少し寛がれれば良い。」

神威は頷き、この若い王の統治する月の宮という恵まれた宮に、少し羨ましく思いながら後に付いて飛んで行ったのだった。

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