避難
龍の宮からの避難民達は皆、宮の方へ収まる少人数で、あちらは侵入者も無事に拘束されて落ち着いたらしく、怪我人以外はすぐに戻って行った。
明人達はまさかのためにと思い、仮設住宅まで組む準備をしていたので、肩透かしを食らった形であったが、何もないに越したことはないので、良かったのかとまた、片づけを始めていた。
夕暮れも近付いた頃、明人がコロシアムで仮設のキットを袋に詰めていると、嘉韻が慌てた様子で飛んで来た。
「明人!片付けではならぬ!すぐに北東の空き地に運ぶんだ!」
明人は驚いて嘉韻を見上げた。
「え、龍がどうにかなったのか?!」
嘉韻は首を振った。
「違う、蛇だ!蛇の難民達が来るんだ!」と他の軍神達に叫んだ。「全て運べ!幕屋もぞ!あちらに慎吾が居る!指示に従え!」
軍神達はいつも冷静な嘉韻が慌てているのでただ事ではないと気取ったらしく、急いで片付け掛けた仮設キットを気で持ち上げて次々に飛び立って行く。明人は嘉韻を見た。
「蛇がなんだって?何事だ?」
嘉韻は唸るように言った。
「なんでも十六夜からこちらへ送ると…」
嘉韻が言い掛けた時、目の前に月の光が降りて来て、その光に照らされるように突然に大人数の蛇の人型が現れた。女子供が大半で、皆明人と嘉韻を見てふるふると震えている。出現した途端に、皆一塊にギュッと集まって、じっとしている。どうやら、かなり怯えているようだった。
「…なあ、嘉韻。多分仮設じゃ間に合わない数だぞ。」
明人は呆然として言った。
「とにかく早くあちらを準備させねばならぬ。明人、主は他の軍神達をこっちへ送るゆえ、そやつらと家族別に分けよ。我はこれを王にご報告してからあちらの整理をして参る。正確な人数と家族数を把握しないとこれは無理だ。」
「え、嘉韻!」
嘉韻はサッと飛び立って行った。一人残された明人は、ぶるぶる震えている蛇たちにどうしたものかと思ったが、とにかく落ち着かせなければと口を開いた。
「ここは月の宮の訓練場だ。今から主らを仮設住宅に振り分けて行く準備をするゆえ、家族別に分かれてもらえぬか。」
皆、もっと萎縮して小さくまとまって行った。明人は困った。言葉は同じだから通じているはずなのに、なんでこんなに怯えるんだよ。
「ええっと、」明人は一歩近づいた。「危害は加えぬ。まず主らの人数を把握せねば、我らも主らに居を与えられぬだろう。」
小さな子供が、ぎゅっと目を瞑って母親に抱きついているのが見える。抱きつかれている母親も、何とは子供を守ろうとこちらに背を向けて子供を抱いていた。明人は途方に暮れた。オレが軍神の姿だからいけないのか。それとも何か、殺すぞ!的なオーラが出ているのだろうか。
そこへ、他の軍神達と、何か巻物を持った玲と、紗羅が飛んで来た。明人はそれを見て、ホッとして言った。
「ああ玲。嘉韻に家族別に分けとけって言われたんだが、皆オレを怖がってるようで、話が通じてないような感じなんだよ。」
玲は苦笑した。
「明人は龍だし軍神だし、気が大きいからな。特に女子供は危機察知能力が高いから、そんな軍神は怖くて仕方がないんだと思うぞ。そうそう会う気の大きさじゃないからさ。」と紗羅を見た。「じゃ、紗羅、頼むよ。」
紗羅は、相変わらずおっとりと頷いた。
「はい、玲様。」と、皆の方を見た。「我は、月の宮の看護担当の紗羅と申しまする。これから皆さまを仮設のお屋敷へ移動させるお手伝いをさせていただきたく、こちらへ参りました。まず、何か手当が必要なかたはいらっしゃいませぬか?」
紗羅はやはりゆっくりおっとりとした口調で言った。こんな大変な時にこのスピードでいいのかと明人は思ったが、一人の女がおずおずと進み出て来て言った。
「我は軍神、賀烈の妻、恵。こちらには、長く悪い環境におって体調を壊しておる者が多数おりまする。子らの擦り傷すら治すことが出来ず、そのまま放置され跡になっておる者もおりまする。こちらでは、そういった者の世話もして頂けるのでしょうか。」
玲が頷いた。
「はい。こちらの治癒の者達をそちらへ向かわせましょう。今は何より、緊急の症状の者がおらぬのならば、屋根のある所へ落ち着かれるのが一番かと思いまする。出来れば家族ごとにお部屋を割り振りますので、それでは順に、お名と人数をお教えいただけないでしょうか。」
玲は軍神ではないので、穏やかな気だ。恵はじっと見ていたが、頷いて玲の前に出た。
「我には妹が一人、子が二人。」
玲が頷いて、巻物に手を翳した。
「はい。賀烈様の奥様恵様は合計四人…。お加減は?」
恵は首を振った。
「皆壮健で、問題ありません。」
「わかりました。では次のかた。」
すると、それに続いて一人ずつが進み出て来た。紗羅も同じように巻物を開いて、一組一組記して行く。
そのうちに、皆が慣れて来たのを見て明人の部下の軍神達も加わって、どんどんと処理されて行く。明人は呆気に取られて見守った。オレの気って、そんなに殺伐としてるんだろうか。
嘉韻が、降りて来た。
「明人、どうやら何とか収まっておるようだの。あちらはまだ大変なことになっておるがな。」
明人は嘉韻を見た。
「オレじゃお手上げだったんだぞ。怯えちまって、話しも聞いてもらえなかった。玲と紗羅が来て、やっとだった。」
嘉韻は笑った。
「軍神は怯えられてやっと一人前と申すぞ?良いではないか。主は軍神なのだからの。それで、合計何家族だったのだ。」
「玲に聞かなきゃな。」明人は玲を見た。「玲!」
軍神達と紗羅と輪になって何か話していた玲は、こちらへ向かって歩いて来た。
「やっと集計出来た。全員で3022人。760家族。」
嘉韻が仰天した。
「760と?!…すまぬが、一家族に一つの仮設は無理ぞ。軍神達が必死に作った仮設キットが200。傍の空き屋敷が10。後は幕屋で300。すまぬが、仮設の方では中の部屋が四つほどなので、一家族で二つといった使い方をしてもらわねば、入らぬ。」
玲が頷いた。
「そこは序列があるから。賀烈様って筆頭軍神らしいから、その奥さんは屋敷へ入ってもらって、その他の振り分けはあっちで決めてもらおう。」
明人は顔をしかめた。
「そうか、神の世ってのは厳しいよな。嫁の序列はダンナの序列に準じるんだもんな。」
玲は同じように顔をしかめる。
「今更何を言ってるんだよ。序列の高い軍神には、王族の奥さんだって居るんだから、身分が高くて当然じゃないか。現に恵様は、蛇じゃないよ。この近くの宮の、師廉様の皇女だったかただ。」
明人は感心した。
「よく知ってるな、玲!」
玲はふふんと顎を逸らした。
「伊達に教師やってないんだよね。その辺のデータはばっちり入ってるのさ。」
と、指でとんとんと額を叩いた。明人は神の中でも頭のいい玲に、ただただ感心しきりだった。
ふと見ると、紗羅が一人一人、子供の傷跡などを見て回っている。すぐに消せるものは、その場で消しているようだ。玲がそれを見て、言った。
「嘉韻、じゃあ振り分けを決めたらあっちへ移してもいいか?」
嘉韻は頷いた。
「いいだろう。まだ寝台以外の家具などは全くだが、それは後々で。簡易の寝台はまだあるゆえに、足りなかったら言うてもらえれば良いと伝えてくれ。」
玲は頷いた。
「わかった。」
玲は、嘉韻から手書きの見取り図を受け取って、それを手に蛇たちのところへ戻って行った。
明人はそれを見て、ホッとした。これで何とか落ち着いたか…。
しかし、まだ終わらなかった。




