攻め込む龍
「…西の果てへ進撃して行った。」十六夜が言った。「あの気は維心が先頭だ。あいつ、いきなり何万の蛇を一瞬で消しやがった…中には別の神も居た。まさに目にする者は誰でも殺してる状態だな。」
月の宮で、蒼が心配げに十六夜を見た。
「いつもなら、先にこちらへも連絡が来るのに。きっと急襲だったんだろう。将維から最後に聞いたのは西の果ての地が蛇に統一されようとしているという事だった。神威という縁を司る神の王の地が中央にあって、そこだけ残ってるらしい。」
十六夜は椅子に身を沈めた。
「それを助けようってか。それにしては闘気が激しすぎる。まるで親でも殺されたような激情を感じるな。」と宙を見た。「月から見えるのは、中央に維心が開いた道を将維と龍軍が抜けて行ってるのと、維心がたった300ほどの軍神達とどっかの宮へ向かってる所だ。回りを尽く殺しながらな。維心には炎嘉と南の軍神が付いてる。ま、大丈夫だろうがな。」
蒼はため息を付いた。
「将維はこうも言っていたんだ…最近、月の宮ではないが、神の世では軍神の子でも気が極端に少ない子が生まれるようになっていただろう?それが、蛇が掛けている術のせいだと。ここ200年、西の果てでも同じことが行われていたのだと推測される。そして弱い気の者が大多数の種族を次々に制して行ったのだとな。つまり、西の果てを制したあと、こっちの方へも侵攻しようとしているのだと見て取れると。これは蛇の長い天下統一の策略なのだとな。」
十六夜は眉を寄せた。
「維心が居なくなった途端にこれか。しかし、将維も力の無い神ではない。やはりあいつが神の世最強なのは変わらない。ただ、あいつは優しすぎるんだ。戦乱の世を生きていないからな…維心のように。維心は子供の頃からしょっちゅう命を狙われていたと聞いている。温室育ちの将維が、維心と同じことが出来るはずはねぇな…。」
十六夜は空に昇った月を見上げた。月の宮の結界は健在だ。ここは何の術の影響も受けていない。蒼は神の世にほとんど干渉しない…なぜなら、月の宮の軍がまだ未熟だから、他へ出すことは出来ないと判断しているためだ。何百年も前に一度援軍に出した時、多大な犠牲を出した…その時、月の宮の軍は宮を守る為だけのものと決めたのだ。しかし、宮は月の絶対的な守りの中にある。ゆえ、軍神達はこの中で、他の神の宮の軍に匹敵するものに育とうと日々精進しているのだった。
「どちらにしても、オレには戦の手伝いは出来ない。だが、蛇が侵攻して来るなら、なんとかしなきゃならないな。」蒼が言った。「十六夜は、ずっと戦の様子を見ててくれないか。すぐにでも動けるように、心積もりしておくよ。」
十六夜は頷いて空を睨んだ。なんかがおかしい…。蛇は臆病なのか。しかし臆病な種族が天下統一など謀るだろうか。確かに今の維心は止められない。恐らく自分でなければ無理だろう。だが、皆逃げ惑っているだけだとは、どういうことだ。仮にも軍神なのだろうが…。
十六夜はひたすら、月を通して戦況を見ていた。
明人達師団長は、会合の間に集められていた。今や600歳になって、初老の風格が出て来た李関と信明が並んで座っている。明人、嘉韻、慎吾は、その前に同じように並んで座った。
「我らが出撃することはないが、龍軍が今、西の果ての地へ進撃していると王から知らされた。」李関が言った。「蛇達が、西の果てを統一しようと回りの宮々を尽く支配下に入れ、侵攻していたらしい。今は、中央の神威様の宮だけが残り、抵抗しているとのこと。それを救い出そうとしておるのだ。」
信明が横から言った。
「王が懸念されておるのは、もしも蛇がこちらにも侵攻して参ったらとのこと。我らは自衛のためなら戦うことを王に許される。ゆえ、万が一に備えて、皆に心積もりさせよ。おそらくは無いかと思うが。」
李関がそれを聞いて、信明と目を合わせて頷いた。
「龍が打ち損じるはずはないゆえな。あの維心様の転生した姿である皇子は、今現在の時点で3万もの敵を一瞬にして滅してしもうたとか。そんな力を前に、蛇はなす術もないであろう。」
明人は息を飲んだ。いったいどれほどの力なのか。しかし、前世の維心様は決してそんな戦の仕方はなさらなかったはずなのに…。
「…何か性急な感じを受けるのですが…。」
明人が言うと、嘉韻も横で頷いた。李関が同じように頷く。
「そうだな。我らもそのように。それほどに切羽詰まっておるのか、それとも…」
李関は言葉を切った。明人が李関を見る。
「…それとも?」
李関は信明を見た。信明が代わりに答えた。
「龍の血を抑えられていないかだ。龍が本来残虐なことは、主も知っておるだろう。戦場では、正に殺戮の道具のようになる。それを抑えて調節出来るようにならねば、とても戦場には出られない。明人、お前も覚えているだろう。あの鳥との初陣の時、我を忘れた。誰かが傍に居て正気に戻さねば、己で正気に戻れないのだ。まして維心様ほどの力、抑えるには強い自制心が必要ぞ。それをもう身に付けていらっしゃるかどうか疑問でな。もしもそうでなければ、あれほどの力、いくら将維様といえども抑えることは出来まい。炎嘉様が付いていらっしゃると聞いておるので、おそらく大丈夫だろうとは思うのだが…。」
明人と嘉韻は視線を合わせた。確かにあの力をいっぱいに放出されたら、何もかもが消し去られてしまうだろう。前龍王の力は、それほどに恐ろしいものだった。
「では、あちらがもしかして修羅場になっておる可能性も…」
慎吾が横から言うと、李関は頷いた。
「何を言っても聞く耳は持たぬであろうからの。将維様のやり方でないのは確かなので、命じておるのは間違いなく維心様。軍はそれに従って動いておるのだろう。炎嘉様が押さえて下さっておるので、これぐらいで済んでおると考えて間違いはないだろうの。」
明人は、窓から見える空を見た。西の果てでは、今頃龍達が蛇の大群を割って前進していることだろう。その向かう先に居るという、神威様は無事なのだろうか…。
軍が一応の緊急配備に従って、軍神達は皆屋敷へ帰らず宿舎にて甲冑のまま休む形を取っていると、宮が俄かに慌ただしくなったのを感じた。明人が様子を見に行こうと部屋を出ると、嘉韻も慎吾も出て来たところだった。
「宮が騒がしいな。」
明人は慎吾に頷いた。
「何か知らせが来たのかもしれねぇ。聞いて来るか?」
嘉韻が首を振った。
「いや、李関殿がもう行かれている。戻って来られるのを待つ方が良いの。あちらがいっぱいになってしまうゆえ。混乱する。」
嘉韻はじっと宮のほうを見て気を読んでいる。明人はそわそわしながら、李関が戻るのを待っていたが、李関はすぐに戻って来た。
「早いな。」
慎吾が言うと、嘉韻は飛び上がりながら言った。
「何を言う。筆頭軍神に迅速さは不可欠であるぞ。大軍を動かすのであるからの。」
明人ははそれに付いて慌てて飛び上がり、ついて行きながら慎吾に向かって肩を竦めて見せた。慎吾は苦笑して同じように飛び上がる。見ると、先に信明が李関の所へ到着していた。同じように信明も、李関が戻って来るのを待っていたのだ。
空中で膝を付く形になると、李関は言った。
「ご苦労。今聞いて参ったところ、龍の宮が敵の襲撃を受けて、負傷者が多数出ておるのとのことだ。少人数が宮へ潜み、守りの薄くなった宮の中を龍封じの術を使って斬って行ったようであるの。だが、あちらには退役された義心殿が残っておったゆえ、一人をこちらへ使いに出してあちらを収めようとしておられるらしい。」
明人は眉を寄せた。
「龍封じ?」
李関は険しい顔で頷いた。
「仙術の一つだ。我らがそれを受けると動けなくなる。抵抗出来ぬまま息の根を止められて死ぬよりない。ただ、かなりの「気」を使うゆえ、何度も放てないのだそうだ。術を繰り出した本人も死するゆえの。」
嘉韻が視線を下に向けた。
「それは厄介な。ここに居る全員が龍。我が軍も半数以上が龍でありまする。その術の前にはなす術もない。」
李関は頷いた。
「ゆえに、戦場よりこちらへ知らせに参ったのは、鳥の主の父の嘉楠殿と、延史殿の二人きりであったわ。」
明人達三人は、驚いて李関を見た。
「では、龍軍は封じられたのですか?!」
李関はため息を付いた。
「全軍の。しかし、月によると、あんなものは簡単に破れるのだそうだ。その間に策を講じて動くと申しておった。我らには何の命もくだらなんだが、宮で残っている龍の避難先をこちらにするゆえ、その待機場所などの設定に動くことになるやもしれぬ。人数は分からぬが、備えて置いて損はないゆえ、主らは避難用の幕屋の手配など、命じられてすぐに動けるように準備させよ。」
明人と嘉韻、慎吾は頭を下げた。
「は!」
飛び去って行く三人を見ながら、信明は李関に言った。
「あれらに任せて、楽になったものよの。」
李関は頷いた。
「そうであるの。我もそろそろかと考え始めておるよ。」
信明が驚いて李関を見た。
「…主もか?」
李関は笑った。
「なんだ主もか?何しろ義心殿が500歳で退役されたほどぞ。我らもう600歳を超えた。息子の李心がとっくに成人して軍に慣れておるのに、我ももういいかと先日涼と話しておったところなのだ。」
信明がため息を付いた。
「我など息子があれぞ。」と、遠く何やら連隊長達に指示をしている明人を顎で示した。「細かく言うと268歳になる。もう良い頃ぞ。桜とゆっくり過ごしたい。時に旅でもして。」
李関は遠い目をした。
「おお、良いの。涼もそのように言うておったわ。観光旅行とやらに行きたいとずっと言われておるのだ。まとまった休みがなかなかとれなんだので、結局行けておらぬが、この機会にと考えておる。しかし主、その前に椿の嫁ぎ先を決めておかねばの。退役軍神の娘であるより、次席軍神の娘であるほうが良い所へ嫁げるであろうが。」
信明は顔をしかめた。
「それを言うでない。娘はかわいいが、嫁ぎ先となると頭の痛いことぞ。」
李関は笑った。
「我には男だけであるから。そこは良かったことよ。」
二人は飛んで、軍の会合の間の方へと向かって行った。




