選択した未來
亮維の居間へ入ると、そこには維月と亮維が並んで座っていた。その姿は、いつも王の居間で維心と並んで座っているのと変わらなかった。維心が、維月に手を差し出した。
「おお維月…。」
「維心様…!」
維月はすぐに立ち上がって、その手を取った。維心は維月を抱き寄せると、言った。
「主が悪いのではないぞ?気に病んではおらぬか?」
維月は涙ぐんで維心を見上げた。
「維心様…そのように私を案じてくださっておりましたの…。」
維心は頷いた。
「主が悩んでおったのは知っておるからの。維月…主が陰の月であるのは、主のせいではない。」
十六夜が気遣わしげに維月を見た。
「オレのせいだ。月がどんな性質かも知らずにお前を月にしたから…。」
維心は首を振った。
「我のせいよ。我が維月を乞わねばこうはならなんだ。そして、何人も自分そっくりの子をなさねばの。」と、維心は亮維を見た。「事は公にしておらぬ。主はどうしたいのだ。維月は我の正妃。主にはやれぬ。主ではいくら力を蓄えても我には勝てぬ。将維には勝ててもの。」
亮維は、維心を見た。
「…知っておられたか。」
「我に分からぬ事などないわ。」維心は、維月を離した。十六夜が代わって維月を抱き寄せた。「気の大きさは我が上。我が父であるのだからな。このままここで同じように過ごすか、宮を出て南へ下るか。西でも良い。月の宮でも良いが、将維がおるぞ。」
亮維は、じっと黙って考えた。南の砦か、西の砦へ行けと言うのか。ここに居るなら、知らぬふりをして今まで通り過ごせと…。
手にした今、離れて暮らす事など出来ぬ。さりとて側で、素知らぬふりで居ることも…。兄上はこれを乗り越えられたのか。
亮維は唇を噛んだ。これが地獄と言うものなのだ。
「…我に罰をお与え頂きたい。」亮維は言った。「王の妃に手をつけた軍神の一人として。」
維心は、眉を寄せた。それは斬り捨てよと言うことか。確かに我でも、同じ選択をしたであろうの。
維心は首を振った。
「それは出来ぬ。維月が望まぬ事であるからだ。わかっておろう…知っていて踏み込んだのではないのか。将維と、今こそ同じ立場ぞ。亮維、その覚悟なくこのような事をしでかしたのか?」
亮維は、維月を見た。そうではない。覚悟はあった。だが、何とつらい事であるのか…。
「…我は、ここで。」亮維は答えた。「ここで仕えまする。」
維心は頷いた。
「それで良い。だが、忘れるな。維月は我の正妃ぞ。」と、くるりと亮維に背を向けた。「主も、時に出掛けるがよい。月の宮への。」
亮維はハッとした。月の宮…それは…。
「父上…!まさか我に…、」
維心はふんと鼻を鳴らした。
「我は何も申しておらぬぞ?将維も居る。なかなかに思うようにはならぬだろうて。」
亮維は茫然としていたが、フッと表情を緩めた。
「今は我の方が力は上でありまする。隠居した王が何であろうか。」
不敵に笑うその様に、維心は苦笑した。
「月の宮を破壊するでないぞ。」と、華那を見た。「後は、華那と話し合うがよい。今後の事などな。ではの。」
維心は十六夜に頷き掛け、維月を連れてそこを出て行った。
そこで二人になった華那は、居心地悪げに身を動かした。この居間へは、入った事がなかった。
亮維が促した。
「座るが良い。」
指された向かい側の椅子に座ると、華那は下を向いた。何からお話すればいいのだろう…。
「あの時は、途中であったな。」亮維は言った。「それで、我の心は話した。主はどうしたいのだ。」
華那は、しばらく前まではここで他の宮の妃と同じように過ごすつもりでいた。そんな愛されない妃はたくさん居るからだ。
しかし、十六夜を見て心が揺れた。月の宮…癒しの気が常に降り注ぐ宮。戻って良いなら、戻りたい。そして、穏やかに、また姉の世話でもして暮らしたい…。
「亮維様、お許し頂けるならば、我は月の宮へ戻りたいと思うております。」華那は言った。「十六夜が連れ帰ってくれると…我はあちらへ戻ります。」
亮維は頷いた。
「では、そうするが良い。短い間であったの。我には妃など、到底無理な話であったのに。主を煩わせて悪かった。」
華那は、あっさりとしたその様子に、逆に吹っ切れた思いだった。
「いえ…ご無理ばかりを申して、申し訳ありませんでした。」
亮維は黙って頷いた。華那は立ち上がり、もう一度頭を下げた。これは夢…。華那は思った。夢が覚めるのだ。甘くつらかった、私の夢…。
華那は、亮維を振り返らずに、そこを後にした。
婚姻からひと月も経ってはいなかった。
蒼は、何も言わなかった。十六夜から事情は聞いて知っていたが、深く追及することもなく、ただ、心配しなくても父は不死であるから、死ぬまで面倒は見るとだけ話した。
華那は深々と蒼に頭を下げて、そして部屋へと戻って行った。しばらくは部屋に篭って出て来なかったが、何かを考え込んでいるだけで、沈んでいる訳では無いようだった。蒼も驚いたのだが、雪華が頻繁に自室を出て華那の部屋へと行き、妹を気遣う様子を見せていた。普段の雪華は他人に頼るばかりで誰かの世話をするなど考えられなかったのだが、侍女達が報告して来るのを聞くと、華那を気遣って好きな種類の茶を煎れたり、庭へと誘ったり、わざと明るい話題を持って訪ねたりと、甲斐甲斐しく通っているらしい。あれほどに他力本願で頼りなかった雪華だったので、蒼には嬉しいことだった。
妹の不幸で、何とかしてやりたいと奮起したのだろうか。しかし、それで華那が元気になって来たのもまた事実だった。雪華のためにも、今度のことは必要だったのかもしれないと蒼は思った。
明維に嫁いだ美羽、晃維に嫁いだ和奏から、揃って子が出来たと報告があった。前世のこととはいえ、ついに維心がおじいちゃんになると、維月が大喜びしているらしい。維心は気まずそうにしているようだ。今生では、まだたったの230歳、人でいう23歳なのだから、当然だろう。
維月は、月の宮に居る十六夜と自分の娘に会うために、頻繁に里帰りして来ている。なので滞在期間は短く、一週間から二週間で、維心もそれを追って来ることは少なかった。しかし、最近では珍しい客が増えた。維月が戻って来ると、必ず亮維もこちらへ一日はやって来た。最初は驚いた蒼も、もう驚かなくなった。しかし来るたびに将維が異常なほどイライラするので、それには困っていた。
十六夜が、娘の維織を抱きながら言った。
「まあなあ、維月が唯一の女の月だから、いろいろあらあな。だが、こいつのことは心配だ。まだ赤ん坊だから何もないが、もしも陰の月寄りだったら困ったことになるじゃないか…。」
蒼は、十六夜にそっくりの維織の顔を見た。気を読んでも、この気は十六夜に似ている。きっと、母さんではないなあ。
「思うけど、維織は十六夜にそっくりなんだよ。」
十六夜は顔をしかめた。
「分かってる。姿のことを言ってるんじゃねぇ。」
蒼は首を振った。
「違うって。気まで似てる。維心様と将維みたいに。だから、維織は陽の月じゃないかなあ。」
十六夜は、じっと維織の顔を見た。維織は十六夜を見上げて、きゃっきゃと笑った。まだ一人でハイハイすら出来ないが、皆の顔はもう認識していて、十六夜や維月、蒼の顔を見るととても嬉しそうにした。もちろんのこと、孫を猫可愛がりしている碧黎と陽蘭の顔を見てもそうだった。そしてなぜか、たまにしか見ない維心の顔を見ても、抱っこして欲しいと手を伸ばした。維心はそこは複雑なようだった。
「…そうか。そうだな。オレに似てる。なら、こいつは維月みたいな苦労をしなくて済むな。」
「ぷぅー」
維織が、十六夜が自分のことを言っているのは分かっているが、自分に話し掛けている訳ではないのが分かるようで、文句を言うように言った。十六夜は苦笑した。
「ああ、わかったよ。お前は維月に中身はそっくりだな。文句ばっか言って、オレを困らせるなよ?さ、おばあ様の所へ行きな。」
維織は、素直に迎えに来た陽蘭の手に移ると、機嫌良く抱かれて出て行った。維月が居ない時は、陽蘭が育てる。今の形はそうだった。
「…あいつの責務は何なのか、何のために生まれたのか、オレも維月も気になってるんだ。お前はこうして地を守るために生まれた。あいつにも、何かあるはずなんだ…。」
蒼は、ため息を付いた。
「今から心配しても仕方ないんじゃないか?オレを見ろよ、娘達が生まれた時には何も心配なくてただ可愛がってたのに、今は嫁ぎ先が何だと悩まなきゃいけない。今から悩まなくても、そのうち嫌でも悩む時が来るから。今は素直に可愛がってたらいいんじゃないか?」
十六夜は苦笑した。
「そうだな。だが、嫁ぎ先だって?…考えたくないな。」
蒼は笑った。十六夜が、父親らしくなって来たなんて、驚いた。
「だが、事実だ。そのうち大きくなって、口答えするんだぞ?あの母さんの娘なんだから、分かるだろう。」
十六夜は諦めたように笑った。
「わかってるさ。オレは女を育てるのは、慣れてるんだよ。」
聞きようによっては危ない言葉だが、十六夜が言っているのはそのままの意味だ。守って来た家系が皆女ばかりだったから…。
蒼は、空を見上げて、明るい中に薄く出ている月を見た。人の頃からの思い出。十六夜と初めて話した夜。初めて実体化させた十六夜。闇と戦った時。そして、龍族に出逢ったあの時。神の世に巻き込まれて行って、そして今…。
「ああ、本当によくここまで来たなあ…。」
十六夜がそれを聞いて、からかうように言った。
「なんだ、じいさんみたいなこと言いやがって。ああ、人の世から見たらとっくに死んでる歳だったな。じいさんどころでないか。」
蒼は十六夜を軽く睨むように見ると、これからのこと、そして生まれて来る孫のことなどに想いを馳せたのだった。
本編に追い付いたので、これで、しばらく新・迷ったら月に聞けはお休み致します。本編の方は、10/8までで一か月お休みをいただきまして、全く違うお話「ディンダシェリア」の方をまとめて書いて行きたいと思っております。本編の連載開始は11/1の予定です。本編が進み出しましたら、新・迷ったら月に聞けもまた連載の構想を練ります。それまでの間、迷ったら月に聞け~別ルート特別編 http://ncode.syosetu.com/n5240bu/を急遽10/9に投稿することになりました。これはいろいろな構想の中で、書き溜めて置いてあったものに加筆したものです。こんな話しになったかもしれなかったのか、と思って頂けたらと投稿することにしました。今のまよつきからですとかなり前の話になりますので、良かったら読んでくださいませ。ありがとうございました。




