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疑惑

維心は、機嫌よく庭を散策する維月の背を見ながら追っていた。維月は時に振り返り、維心と目を合わせて微笑む。維心はそれに微笑み返しながら、維月の好きに歩かせていた。

それにしても、亮維の婚姻には驚いた。確かに、明維と晃維が相次いで婚姻を済ませ、あとは亮維だけだとさりげなく圧力を掛けたのも事実。宮にばかり篭っているのが悪いのかと、兆加と砦の駐在か、月の宮への滞在かなどと話し合っていたのだ。

そんな最中、この婚姻が決まった。何でも、小さい頃に助けたことがきっかけだと言うが、維心にはあまりすっきりしなかった。将維は、前世の維月をそれは必死に追い求めた。同じように維月を想う明維と、あれほどに冷静な将維が何度も兄弟喧嘩をやらかしたほどだ。

その陰に隠れて見えては居なかったが、亮維も維月を求めているのは維心には分かっていた。だが、兄たちの確執の裏で、密かに想い、己の力が満ちるのを待っている亮維を、維心は少し困ったと思いながら見ていた。何しろ、最後に生まれた亮維は、将維に匹敵するほどの力持っていたのだ。

だが、僅かに劣るのは立ち合いを見ていて知っていた。亮維もただ己の胸に収めておとなしくしているので、維心も何も言わずにいた…それが、前世の状況だったのだ。

維心が物思いに沈んでいると、何かが自分の顔を挟んで、柔らかいものが唇に当たるのを感じた。

「維月?」

維心が驚いたように、いつの間にか自分の腕にするりと入り込んで口づけていた維月を見た。維月は微笑んだ。

「維心様?そのように無防備に考え込んでいらしてはいけませぬわ。誰かにこんなことをされても、おかしくはないのですわよ?」

維心は笑った。

「何を申す。我がそのようなことをさせると思うのか。」と、維月を抱き締めた。「主は…我が別の方向を見ておったら、そのように己に関心を戻そうとしよって。」

維月はふふと笑った。

「はい。だって、そのお目が見ている先にあるものに、嫉妬してしまうのですもの…。」

維心は嬉しそうに維月に頬を擦り寄せた。

「妬むでないぞ。我だって、見なければならぬものもあるゆえの。しかし主以外の女など見ないゆえ。約したであろうが…愛いやつよ。」

朝からあまり機嫌が良くなかった維心の機嫌が良くなったので、維月は聞きたかったことを言った。

「維心様、何を考えておられたのですか?亮維の結婚の話があってから、何やら時に物思いに沈まれる様子…。」

維心は、維月がそれに気付いていたことに驚いた。

「ほんに主は、我を良く見ておるの。」維心はため息を付いた。「そうよな。しかし、我の杞憂やもしれぬゆえ。主は気にするでないぞ。」

維月は気になったが、あまり聞くとまたご機嫌を悪くしてしまう。午後からの会合で臣下達が大変な目に遭ってしまわないためにも、今は聞くべきでない…。

「はい。」

維月は頷いた。維心は満足げに頷いた。

「良い返事ぞ、維月。さあ、我と部屋へ戻ろうぞ。あと一時ほどで会合であるのだ。それまで主と部屋でゆっくり過ごしたいゆえ。」

維月は抱き上げる維心の首に捕まりながら、苦笑した。

「まあ、維心様…。」

「良いであろう?」維心は微笑んで抱く手に力を入れた。「十六夜とは維織(いおり)をなしたのだから、我も主との子が欲しい…。」

そう、維月は今生で、十六夜との間に娘が生まれていた。前世の蒼に続き、月の命を継ぐ子…。今回は実体を持ち、維月はそれで命を落とすところだった。十六夜との間の子だけは、維月にも知らぬ間に出来てしまったのだ。特殊な命の子だからだろう。

維月はため息を付いた。

「維心様…今しばらくお待ちくださいませ。前世の子達の幸せな様を見てからにしとうございます。」

維心もため息を付き、それでも部屋へと戻って行った。


華那は、亮維が毎日訓練に出て行くので、与えられた部屋で過ごす事が多かった。

亮維の対は宮の西にあり、世継ぎの皇子の対程ではないが、広々としていた。

そこの東の端に、華那の部屋はあった。亮維の居間が西の端にあり、その奥に亮維の奥の間、要は寝室があるので、ちょうど対極の位置にある。そして亮維は、そちらへ来る必要はないと申し付けていた。つまり、あちらから通うからということなのだった。

それでも、龍王は王妃の部屋をわざわざ自分の寝室の裏側に設えさせ、そして決してそこへ戻さないと聞いていたので、華那にはなぜこうされているのか分からなかった。王により違うと聞くので、皇子なら尚更であろうが、父のように何人も居るならまだしも、一人きりなのに部屋が離れているのは華那も不安だった。

亮維は、それでも対へ戻ると、甲冑のまま華那の様子は見に来た。そして一時話すと、では、と部屋へ帰って行く。思えば最初の夜以来、亮維が夜こちらで休む事はなかった。華那は、そんなものなのかと思い始めていたが、それでは子も生まれぬのではと心配になっていた。

今日も、亮維は訓練を終えて戻って来た。

「華那。大事なかったか?」

華那は頭を下げた。

「はい。亮維様はいかがでございましたか?」

亮維は、椅子にも座らずそのまま答えた。

「今日は一人残らず立ち合ったゆえ、疲れた。もう休む事にする。」

華那は驚いた。では、ここで?

侍女達もそう思ったのか、甲冑を解こうと歩み寄ったが、亮維は手を上げてそれを制した。

「いや、部屋で休む。」と、踵を返した。「ではの。」

華那は呆然とそれを見送った。今来たばかりで、そして帰ってしまうなんて…。明日も早くから出られるので、朝は顔を合わせる事もない。また明日の夕刻まで、顔を見る事すらないのに…。

華那は、意を決して部屋を出て、去って行く亮維の背に呼び掛けた。

「亮維様!」

亮維は振り返った。

「何ぞ?」

華那は恥ずかしいのを承知で、言った。

「今少しお話を。ご一緒しても良いですか?」

亮維は小さくため息を付き、言った。

「疲れておると申した。明日聞こうほどに。」

「ですが…未だゆっくりとお話も出来ず…。」

華那が涙を浮かべて亮維を見ると、亮維はしばらく考えて、頷いた。

「ならば後で参る。」

そして、自分の部屋へと歩いて行った。良かった…!亮維様は、お話を聞いてくださる。言えば無理も聞いてくださるのだわ。

華那は少し安心して、部屋で亮維を待っていた。

しばらくして、着物に着替えた亮維が華那の部屋へ入って来た。華那は満面の笑顔でそれを迎えた。

「亮維様。」

亮維は疲れたように側の椅子に座った。

「…して、どうした?何か侍女達にでも粗相があったか?」

華那は驚いて首を振った。

「いいえ、何も。ただ、このように過ごす事がなかったので、お話をしたいと思いましてございます。」

亮維は、眉を寄せた。

「…我は疲れておると申した。明日もまた、同じような訓練をしようと思うておるのに。華那、我は軍神ぞ。その妃がこうしたことも気遣えずに何とする。わかっておって我の妃にと申したのではないのか?」

華那は、まだ結婚したばかりで、このように放って置かれるのは普通なのだろうかと悲しくなった。

「亮維様…どうして我を妃にしてくださったのですか?」

亮維は答えた。

「約した事であるからだ。主がそれを果たせと申したのではないのか?」

華那は、愕然とした。それだけ…?

「…それだけでございますか?」

亮維は華那を見た。

「…他に何があるのか。我ら、あの時に会ったのが二度目であったのに、他に何かあったのか。あれほど安易に決めたのは、龍王の皇子の妃に収まりたかったからではないのか?」

亮維は、怪訝な表情で見ている。確かに、そう思われても仕方がない…。でも、我はお慕いしておると申したのに…。

「そのような…我はお慕いして嫁ぎましてございまするのに…。」

亮維は、驚いたような顔をした。

「では、あれは我の気を引くためではなかったのか。」

華那は首を振った。そんな風に思っていらしたのだ…。亮維はそれを見て、しばらく黙った。そして、眉を寄せたまま言った。

「…ならば主には謝らねばならぬの。我は主を想う事は出来ぬ。恐らく、終生の。主を想うて妃に迎えたのではない。もし帰りたいと申すなら、止めはせぬ。これからもここに通う事はないと思うてくれた方が良い。礼儀と思うたゆえ、一日は通った。しかし、妃として遇する以上のことは、我には出来ぬ…我に愛情を求めるならば、諦めた方が良い。」

華那は、あまりの事に声が出なかった。亮維様には、愛情はなかったというの…。

華那は、涙を流した。何も確認もせず、ただ思い込んで婚姻を行って、考えの違いを知るなんて…。だから、亮維様は、部屋を遠くに設えさせたのだ…。

侍女が、入りにくそうにしていたが、入って来て言った。

「亮維様…王妃様が、お話があるので、少しお庭に出られないかとお訊ねでありまするが…。」

亮維は弾かれたように立ち上がった。

「…来ておるのか?」

「はい。」侍女は答えたが、華那をちらりと気遣わしげに見た。「でも…お疲れならば良いとおっしゃっておられて…お断りを。」

亮維は首を振って足を戸口に向けた。

「参る。」

侍女は慌てた。

「あの、ですが華那様は、」

「もう、話は終わった。」亮維は言うと、侍女を押し退けた。「邪魔ぞ!」

亮維はサッとそこを出て行った。

華那は、ただ侍女達に気遣われて、泣き続けた。



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