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婚姻

華那は、夜空の月を見上げながら、その時のことを鮮明に思い出していた。亮維様…それを覚えていてくれたの…。でも、あんな小さな頃のこと、きっとただの幼い我の戯言だと思っていらっしゃるわね。

華那は、その道を、亮維の肩に乗って運ばれたのを思い出しながら、歩いた。亮維の肩の上は、もっと高かった。そこから見える月を、自分は見上げて、間違いなく亮維様に嫁ぐのだと、本気で思っていた。触れられたのが、ハンサムな方で良かったとか思っていた…たった3歳の時なのに。

華那は、自分に苦笑した。ませた三歳だったこと。

すると、記憶そのままに、木々がざわざわと揺れて、バサバサと音がしたかと思うと、空から黒い影が降りて来た。華那はその気に覚えがあった…あの時、降りて来た、龍。

「亮維様…。」

華那は、つぶやいた。亮維は微笑んだ。

「思い出したか。母上が、主が気にしておったと申すのでな。もしかして、ここへ来ておるやもと思って、来てみたのだ。」

華那は、急に恥ずかしくなった。

「亮維様…あの、我はなんと失礼なことを申しましたことか。いくら3歳とは申せ、助けに来てくださったかたに…。」

亮維は笑いながら首を振った。

「良い。気にせずともの。あれは赤子が申したことであろうが。我は気にせぬよ。」

華那は亮維を見上げた。将維にも似た、涼やかな目。整った顔立ちは、龍王から継いだ、皇子達のそれと同じだった。宮からは出ず、ずっと訓練に明け暮れていると聞いている。軍にしか興味がないという、末の皇子…。

「亮維様…でも、指切りしてくださいました…。」

亮維は、驚いた顔をした。

「華那?しかしあれは、二百年以上も前のことぞ。主は今でも、あのように思うておる訳ではあるまい?いくらなんでも、手を取られたことぐらいはあるであろうて。」

華那は首を振った。

「我は、宮の奥に篭められておったので…。それに抱き上げられたことなどありませぬし。」

亮維はさらに驚いた。蒼、そこまで箱入りにしておるのか。やり過ぎではないか?

「…それは…その、では、我はどうすれば良い?」

華那は、黙って小指を差し出した。その指は、小さなあの小指ではなかった。美しく白い、細く長い指…亮維は、黙ってそれを見ていたが、思い切ったように、その小指に自分の指を絡めた。

「…知らぬぞ?安易に決めおって。しかし約したこと。我は違えぬ。」

華那は、パアッと微笑んだ。その顔があまりに美しかったので、亮維は戸惑った。なんと美しく育ったことか。

「亮維様…我は、思い出しましてございまする。」

亮維は、華那を抱き寄せながら言った。

「何をだ?」

華那は、亮維を見上げてふふと笑った。

「我は、あの時確かに、亮維様に一目惚れしたのでありまするわ。なので、あのようなことを。」

亮維はまた驚いたような顔をして、そして、笑った。

「なんとの。我は主に引っ掛けられた訳であるな?」と、華那に唇を寄せた。「主は策士よの…だがそれでも良いわ。」

亮維は、華那に口づけた。華那は緊張しながらそれを受け、まるで溶けてしまいそうな感覚に、まさか自分にこんな時が来るなんてと、ただただ驚き、わき上がる幼い頃からの記憶と相まって、亮維を愛おしいと思う気持ちに身をゆだねたのだった。


次の日の朝、誰より驚いたのは維心と維月だった。二人並んで頭を下げる亮維と華那に、朝早く起こされた憤りを忘れて言った。

「なんとの。亮維、主が母離れする日が来ようとは。」

維月は維心を咎めた。

「まあ維心様、亮維は早くからしっかりしておりましたわ。」

亮維は黙って頭を下げている。維心は頷いた。

「そうであったかの。だがしかし、めでたいことよ。これで皆片付いたの。将維は妃を里へ帰してしもうたが、まあ一応子もなしたし務めは果たした。これでやっと前世もおさまった事であるし、そろそろ今生でも子をなそうぞ、維月よ。主がその気にならねば、我がいくら頑張っても子は出来ぬであろう…月とはこういう事に調節がきく分、不便よ。」

維月は苦笑した。

「もう維心様ったら…。」

亮維は居心地悪げに顔を上げた。

「では…失礼致します。」

維心は頷いた。

「幸せにの。」

亮維は黙って頷いて頭を下げると、華那と共に出て行った。


回廊を亮維について歩いていた華那は、亮維の表情が険しい事に気が付いた。

「亮維様…?いかがなさいましたか?」

亮維は、ハッとしたように華那を見た。

「いや、何でもない。ところで我は、これより訓練場へ参る。主は我の対の、主の部屋を好きに設えるが良い。東の端に部屋を申し付けてあるゆえ。」

華那は驚いた。婚姻の次の日であるのに…?

「本日も訓練に…?」

亮維は頷いた。

「軍神達を放っては置けぬゆえの。夕刻には戻る。」

亮維はそう言い終えると、くるりと踵を返して歩き去って行った。

華那は、そこに一人取り残された。


蒼にその知らせが届いたのは、その日の昼を過ぎた頃だった。居間で十六夜と、華鈴の三人で話していた時に知らせが来たのだ。

「なんと!これで龍の皇子達に三人が嫁いだことになるではないか。我は幸せ者ぞ。の、華鈴よ。」

華鈴が、蒼の横で微笑んだ。

「本当に。気がかりは雪華のことでありまするが…。」

蒼は困ったように華鈴を見た。

「そうよの。だが、嫁がぬというなら、オレがここで一生面倒を見るゆえ。主は案ずることはないぞ。」

華鈴は嬉しそうに蒼を見た。

「はい、蒼様。」

そこへ、将維が慌てたように入って来た。

「蒼!居るか!」

蒼は驚いて顔を上げた。将維がこれほどに慌てているのはあまり見ることはない。

「どうした、将維?主らしくない。」

将維はそれには答えずに蒼に詰め寄ると、言った。

「宮から連絡があったが、本当に亮維は華那を娶ったのか。」

蒼はためらいながら頷いた。

「ああ…維心様から正式に知らせて来たゆえ、そうだと思うが。どうしたのだ。」

十六夜も、驚いたように将維を見て、言った。

「まあ、座れよ。オレも月から見てたが本当のことだ。昨夜庭で一緒に居て、そのまま宮へ一緒に帰って行ったよ。まさかと思ったが、維心が言って来たからやっぱりそうかと思った。」

将維は、椅子に座りながら視線を彷徨わせた。

「…いや…ならば良いが。」

蒼は、将維の様子に気になった。娘を嫁にやったというのに、何か問題があるというのだろうか。

「将維…?亮維が、どうかしたのか。」

将維は言われて視線を上げたが、息を付いてしばらく黙った。そして、考えていたが、口を開いた。

「主が案じてはいけないと思うての。だが、最早娶ったと申すなら、我の杞憂かもしれぬ。」と、言いたくなさそうに言った。「亮維が、なぜに宮から出なかったと思うか?あやつは軍にしか興味がないと言うて、戦の時か父上の命がある時以外は宮から絶対に出なかった。月の宮にもこなんだであろう?」

蒼は頷いた。確かに、明維や晃維はよくここへ来たが、亮維はたった一度、維月について来ただけでそれからは来ない。いつも宮で、ただ軍の訓練に明け暮れていると聞いていた。

「…確かにな。それがどうかしたのか?」

将維は蒼を見た。

「あれは、誰よりも我や父上に近付こうとしておった。我らの気にも質があって、吸収する気の質で力の強弱が若干変わる。父上とてそうだ。だが、父上ほどの力だと、少しぐらい下がっておっても問題にはならぬのだ。だから気軽に月の宮へもやって来て、長期滞在をしたりするのよ。だが、実際の所、我ら龍は龍の宮の気を吸収したほうが力が上がる。人が食すもので体調が変わるのと同じ原理よな。」

十六夜は頷いた。

「それは見ていても分かる。維心はどこの気でもうまく変換して自分に合わせちまうが、それでも龍の宮に居る時の方が気が大きいもんな。」

将維は十六夜に頷いた。

「そうだ。ゆえ、あれは龍の宮から出ないのだ。あれが、明維より気が強いことは言ったか?」

蒼は首を振った。

「いいや。兄弟順に力が決まってるんだと思っていた。」

将維は苦笑した。

「そのような。たまたま長男の我が一番父に近かっただけのこと。炎嘉殿など、3番目ぐらいの皇子だったのではないかの。それでも、王になった。つまりは生まれてみなければ分からぬのよ。亮維は、我の次に力を持つ。しかし、こうして長く宮を離れた我なら、ずっと宮から離れない亮維には勝てぬやも知れぬのだ。それを、亮維は早くから知っておった。だからああして、ずっと宮に居る。」

蒼はどういうことかと思った。それが、華那との婚姻に何の関係があるのだろう。華那は、龍の宮に入るのに。亮維にこちらへ来てもらうこともないだろうに。

蒼の表情を見て察した将維が、首を振った。

「蒼、そのことではない。」

険しい顔をしていた十六夜が、同じように蒼を見た。

「お前は根本を忘れているぞ。どうして亮維が将維に勝てるような力を常に蓄えとかなきゃならねぇんだ?将維と何を争ってるんだよ。」

蒼は、あ、と言う顔をした。

「…母さんか!」

将維は頷いた。

「そう、維月ぞ。転生を知らせずにおった亮維が、譲位の際に転生を知らされてどれほど我にくって掛かったと思うか。あれから、そう時は経っておらぬ。なのに、なぜに今妃を迎える。我はそれが合点が行かなかったのだ…ただ、それだけよ。」

蒼は急に不安になった。隣りに座っている華鈴も、不安げに蒼を見上げる。その様子を見て、十六夜が言った。

「…でも、ま、将維の心配も分かるが、亮維は昨日は華那と仲良さげに華那と話していたぞ?急に心持が変わるってこともあるだろう。明維を見ろ。今はそれは幸せそうにしてるじゃねぇか。心配ないよ。」

将維も、気遣わしげに言った。

「そうよ。亮維が父上に報告に参ったのだから、きちんと妃として遇するつもりでおるのだ。案ずるでないぞ。龍の宮なら、妃として過ごすには何の不自由もないであろうからの。」

蒼は頷いたが、それでも気になった。本当に亮維は、華那を妃にと思って迎えてくれたのだろうか…。そうせざるを得ない何かがあって、迎えたのだろうか…。

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