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想いの行き場

将維は、維月を自分の対へ連れて戻ると、慌ただしく抱き寄せて寝台へと押し倒した。

維月はびっくりしたようだったが、別に何も言わなかった。いつも何やかやと理由を付けては引き留めて、結局こうして過ごすことになるので、維月も言っても無駄だと思っているのだろう。

そうして一時ほどして、将維は、寝台に横になって、維月の肩を抱きながら、言った。

「維月…我は、主の前世からこうして過ごしておるが、主は何も言わぬの。」

維月は将維を見上げた。

「何か言っても良いの?だって、将維は何を言ってもきかないでしょう…維心様にそっくりなんだもの。」

将維は眉を寄せた。確かにそうだが。

「…しかし、主の考えもあるだろう。こうして過ごすことは、嫌か?」

維月は考え込む顔をしたが、首を振った。

「いいえ。嫌ではないわよ?だって、嫌なら十六夜があなたに私を渡すことは考えられないでしょう?確かに前世では問題もあったけど、今生ではないんだもの。あなたが良い神だって知ってるし、嫌ではないわ。」

将維は維月をじっと見つめた。

「そんなことを聞いておるのではない。」将維は、言いたいことが伝わらなくて焦っていた。「主はどうなのだ。我がこうしておるのが、良くないと思うておるのではないのか。」

維月はため息を付いた。維心様が私に私の気持ちを聞く時と似ている。きっと、同じように私の心を聞きたいと思っているのだ。

「本当に…良く似た親子だこと。」維月は将維を見つめ返した。「私があなたを愛しているかと聞きたいのでしょう。」

将維はびっくりした。なぜに分かる。

「…どうして分かるのだ。」

維月は苦笑した。

「だって維心様と一緒なんだもの。」維月は、将維の頬を撫でた。「将維…私はあなたを幸せにし損なってしまったわ。前世から私でなければならなくなったのは、私が何が何でもあなたを拒めば良かったのに、あなたを受け入れてしまったからでしょう。突き放すのも、時には愛情だったのかもと、今思うこともあるわ。でもね、将維。今では私もあなたを愛しているわよ?あれだけ前世から愛し合って来たでしょう…あなたはもう、息子ではないわ。本当は夫にしたかったけれど、私には十六夜が居るし、それに維心様も居る。だからこんな形でしかあなたに応えられないのは、私も良くないなと思っているわ。」

将維は首を振った。

「それならば、我は良い。選んだことぞ。龍王であった時に、娶ればそれで良かったのだからの。だが、それをせなんだのだから。今の形でも、主さえ愛してくれるなら、我はそれで良いのだ。」

維月は将維の目を見返した。

「将維…明維や晃維は幸せになったのに。あなたは私を愛しているから、こうしてこんな不自由な想いをしなければならないのよ。私はそれが気がかりなの。あなたは本当に、これで良いの?」

将維は頷いた。

「良い。我は時にこうして主を許されて、それでよいのだ。我はこれで幸せぞ。」

将維の目は、嘘を言っていなかった。維月は将維の頭を撫でた。

「本当に困ったこと…欲がないのだから…。」

将維は維月を抱き締めた。

「愛している。我はこのまま主を愛して生きたいのだ。望みはそれだけぞ。」

「それが無欲だと言うのよ。」

維月は将維に唇を寄せた。将維は嬉々としてそれを受け、そしてもう一度その腕に維月を抱いた。


そんなこんなで、早々に維心がやって来て、十六夜と取り合いながら一ヶ月月の宮で滞在し、戻る時には約束通り、華那と結奈、それに明輪を連れて、維月は龍の宮へと戻って行った。

宮へ戻ると、臣下達が揃って迎えてくれていた。

「お帰りなさいませ、王、王妃様。」兆加が頭を下げた。「お留守の間もつつがなく宮は和やかに進みましてございます。王、早速ではありまするが、謁見がございまするので…。」

維心は面倒そうに頷いた。

「わかった。維月、此度は主も参れ。女の使者も多くなって来たゆえの。我では対応しきれぬ。」

維月は頷いた。

「はい。では、華那と結奈はお部屋に案内させてもらいませぬか?私が後から皆に紹介いたしまするゆえ。」

維心は微笑んで頷いた。

「わかった。ではそのように。」

維心は機嫌良く維月を腕に歩いて行く。華那は少し心細く感じながら、侍女について緊張気味に歩いて行った。

部屋に入って一息付くと、結奈が早速やって来て言った。

「王妃様はあのようにおっしゃいましたけれど、もう迎えの者が参りまして、我は治癒の対へ行かねばなりません。華那様はいかがなさいまするか?」

そう言いながらも、結奈は不安げで、一緒に来てもらいたいようだった。華那は、ホッとしたところだったが、共に来たからには行くほうがいいだろうと思い、頷いて立ち上がった。

「では、我も参りまする。お父様にご報告することが増えるのは良いことだと思うし。」

結奈はホッとしたような顔をした。

「では、共に。」

二人は、外で待っていた龍の侍女に案内されて、治癒の対へと向かった。


そこは、月の宮の治癒の対とそっくりな場所だった。

しかし、こちらの方が年季が入っていて、さすが古くからある宮だと結奈は思った。ふと、そこの責任者らしき初老の龍がこちらへ歩いて来た。

「我が、こちらを取り仕切っておりまする明花(めいか)と申しまする。あなたが、結奈殿?」

結奈は頭を下げた。

「はい。月の宮から参りました。」

明花は、華那を見た。

「蒼様の皇女様、華那様でいらっしゃいまするね。蒼様には、いろいろとお世話になっておりまする。どうぞよろしくお願い致しまする。」

華那は返礼した。

「こちらこそ、およろしくね、明花。」

明花は微笑むと、結奈を見た。

「結奈殿は、慎怜様のお孫様に当たられると聞いておりまする。御夫君は、明蓮様のお孫様の、明輪様。それなのに何ゆえ、こちらへ来てまで治癒の対で仕えようと思われまするか?」

働かなくても良い地位であるのに、ということなのだ。夫の地位が高い女は、仕える者は少ない。皆、屋敷でじっとしているものなのだ。結奈は、答えた。

「夫が軍神であるのもその理由の一つであるかと思いまする。我は、傷付いた者を助けて生きたいのです。幸い、治癒の才があると月の宮の治癒の龍のかたに言われ、ずっと修練して参りました。こちらでも、それを役立てればと思っておりまする。」

明花は、じっと結奈を見ていたが、フッと微笑んだ。

「…分かりました。では、中へ。こちらの説明を致しましょう。我も月の宮の治癒の対は見たことがありまするが、こちらと作りを同じくしておったので、すぐに慣れましょうほどに。」

結奈はホッとして、その龍に付いて行こうとした。するとそこへ、何人かの軍神に肩を貸された軍神が入って来た。

「脚を傷つけた。治療を頼む。」

落ち着いた声が言う。明花はすぐに踵を返すと、そちらへ歩いて行く。結奈もそれに従って傍に寄った。

担がれていた軍神が、そこの台へ寝かされる。明花は結奈に言った。

「止血を。」

結奈は頷いて手を翳した。すぐに結奈から力がそそがれて行く。それを見て明花はさっさと処置を始めた。

華那がなす術もなくそこに立っていると、同じようにそれを見ている落ち着いた背が見えた。高い背丈で、後ろから見ているには龍王の後姿に似ているような気がする。髪は黒く、体格が良く、誰よりも良い甲冑を身に付けていた。その龍は、他の運んで来た軍神に言った。

「我が見ておる。主らは訓練に戻れ。」

「は!」

軍神達は戻って行く。その声に、さっき治療を頼むと言ったのは、この声だったと華那は思った。そして、その声は将維にとてもよく似ていた。

「将維様…?」

そんなはずはないが、華那はふとそう言った。その龍は、振り返った。

「…我は亮維。将維は兄よ。主は誰か?」

華那は慌てて頭を下げた。では、これが滅多に宮を出られないと聞いておる、一番下の弟君なのだわ!

「失礼致しました。我は月の宮、王、蒼の第三皇女、華那。」

相手は、驚いた顔をした。

「華那?あの、蒼の子の華那か。我が最後に見た時は、幼い赤子のような姿であったのに。」

華那は赤くなった。それは、きっとここへ蒼に連れて来られたずっと前の話だろう。あまりに広い宮で、たくさんの龍が居て、華那は一人一人の姿まで覚えていなかった。

「はい…。幼かったゆえ、失礼を申したかもしれませぬ。」

亮維はフッと笑った。

「いや、気にするでない。我もあれは忘れようほどに。主も忘れて良いぞ。」

華那は驚いた。あれってなんだろう。本当に何か言ったのかしら。よく覚えていないのだけど…。

「あの、亮維様、我は…、」

「亮維様」明花の落ち着いた声が言った。亮維は、そちらを見た。「もう、ご心配には及びませぬ。足が動かなくなることはありませぬ。こちらで、本日はお世話させていただきます。」

亮維は、安堵したように頷いた。

「そうか。では、我は戻る。」と、亮維は華那を振り返った。「ではの、華那。」

「あ…。」

華那は、果たして自分が何を言ったのか知りたかったが、亮維は気にする風でもなくサッと出て行った。

華那は、ずっと気になって、治癒の対を案内されている間も、頭を悩ませていた。

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