恋の不思議
結奈は、夫である明輪を送り出し、自分も宮の治癒の対へとやって来ていた。明輪とは小さな頃から、父同士が仲が良かったこともあり、共に過ごした事もあった。だが、幼い頃から気の強かった明輪は、父について軍の訓練に出掛ける事が多く、またあまり口数の多くなかった明輪なので、話すこともなく来てしまっていたのだ。
それが、明輪の怪我をきっかけに毎日話す事になり、その優しさに結奈も惹かれた。そして、無事に婚姻となったのだ。
父たちは驚くほどに喜んで、結奈もこれほどに喜んでくれるとはと幸せだった。明輪は本当に優しく、それでいて強かった。しかし、父である明人の代わりに龍の宮へ戻る予定の明輪は、今も龍の宮と月の宮を行き来する生活をしていた。いつか自分も一緒に龍の宮へ行く事が決まっている結奈は、気が引き締まる思いだった。龍の宮は神の世一の厳しい宮。自分も頑張らなければ…。
そこへ、王の第三皇女、華那が入って来た。予定通り、こちらの状態を視察に来たのだ。結奈は、頭を下げた。
「華那様。ようこそいらっしゃいました。」
華那は少し固い表情をしていたが、結奈を見て微笑んだ。
「結奈。お邪魔をしてしまうわね。いつもの見回りなの…別にここは問題ないのだし、良いのだけれど、翔馬はいつも予定を入れるから…。」
結奈は苦笑した。重臣の翔馬は、とてもきっちりしている。王の御為にと何事もそつなく先回りして備えるのだが、本当に細かかった。蒼命なその感じに、皆は従うよりなかった。結奈は首を振った。
「よろしいのですわ。我もこうして華那様にお目通り出来る機会が持てまするから。」
華那は、ふふと笑った。
「そうね。息抜きしましょう。さ、早く済ませてしまってお茶をしましょう。」
結奈は頭を下げて、華那を先導していつものように治癒の対を案内して回った。
決められたルートを回って、またいつものように二人はお茶とお茶菓子を前にテーブルを囲む。結奈はこの、快活な皇女と話すのが好きだった。姉の雪華がとても高貴なイメージで緊張してしまうにも関わらず、華那は親しみ安かった。しかし、美しいのは変わらなかった。
「結奈、嫁いだと聞いたわ。明人殿の息子の、明輪殿ですってね。良かったこと。」
結奈は頬を染めた。
「まあ…華那様までご存知でいらっしゃるなんて。」
華那は笑った。
「あら、だって明輪殿は侍女達にも人気があったもの。とても残念がっていたから。」
結奈は恥ずかしそうに微笑んだ。
「存じませんでした。ですが、夫はとても優しい軍神であるので。」
華奈は微笑んでそんな結奈の様子を見た。
「幸せそうでよかったこと。でも、結奈も龍の宮へ参るとなると、我はさみしいわね。あちらでは、あなたも慣れねばならないでしょう。」
結奈は、視線を下に向けた。
「はい…。ですので王からも、次に夫が龍の宮へ参る時にあちらの治癒の対へ行って、少し慣れてみてはどうかと言って頂いておりまする。」
華那は興味を持ったようだった。
「まあ、龍の宮へ?」と、少し考え込むような顔をした。そして、続けた。「あちらには、我のおばあ様の転生した維月が龍王妃としておりまするでしょう。おばあ様には、龍の宮へも来れば良いと何度もおっしゃっていただいていたのに、我は一度も行っておらぬの。だから、その時参ろうかしら。お姉様は龍の宮は緊張してしまってとおっしゃるし、我も一人では心細かったから、あなたと一緒なら良いのではないかと思うわ。」
結奈は、思ってもみなかったことに目を輝かせた。
「華那様、それはとても心強いですわ。我も、一人で宮の中はとても心細くて…我は龍でありまするけれど、おじい様の慎怜にも、あまり会うことがなくて…心細かったのでありまする。」
華那は嬉しそうに微笑んだ。
「本当?では、我はそのようにお父様に言ってみるわ。では、一緒に参りましょうね。約束よ。」
結奈は頷いた。
「はい、華那様。」
華那は、その後も取り留めのない話をして、治癒の対を辞した。戻る道すがら、華那は思っていた。今まで、お姉様を放って行くのもと思って、なかなかにお姉様が行かないと言った場所には出て行くことが出来なかった。これからは、我も一人でも出て参らねば。
華那は、そう決意を新たにしていた。
それから数日後、月の宮には維月が戻って来ていた。
戻ってすぐは宮には来ないが、しばらくして宮に気配が感じ取れる頃、華那は維月を訪ねてその部屋をおとずれた。維月は十六夜と一緒に座っていたが、華那を見て微笑んだ。
「まあ、華那。珍しいこと、あなたから私を訪ねてくれるなんて。」
華那は微笑み返した。
「おばあ様。少しお話よろしいでしょうか。」
維月は頷いた。
「ええ、良いわよ。十六夜が居てもいい?」
華那は少しためらったが、頷いた。
「はい。」
十六夜は維月を見た。
「オレは邪魔か?向こうへ行ってるがな。」
維月は首を振って十六夜の手を握った。
「良いと思うわ。どうして?」
維月は十六夜から離れたくないらしい。十六夜はそれを察して苦笑して、立ち上がり掛けていたのを座り直した。
「困った奴だな。どうせ一か月は傍に居るってのに。」
だが、嬉しそうなのは華那にもわかった。華那が二人の前の椅子に座ると、維月は言った。
「どうしたの?私に何か相談事?」
華那は頷いた。
「はい。おばあ様は、以前より龍の宮へ来てもよいとおっしゃってくださっておりましたのに、我は全く行かずじまいでありました。」
維月は頷いた。それは、雪華のせいであることは知っていた。華那は姉思いで、姉があまり外へ出たがらない気質であるので、行かないと言われると自分も残るということが多かったのを知っていたからだ。それを心配して、何度も出て来るようにと言っていたのだ。
「そうね。」
維月が慎重に答えると、華那は続けた。
「はい。ですので、我は今回おばあ様が里帰りからあちらへ帰られる際に、共にお連れ頂けたらと思うて参りましたの。」
維月と十六夜は顔を見合わせた。突然にどうしたのだろう。
「まあ華那、それは良いわよ。でも、急にどうしたのかしら。」
華那は、結奈のことを話した。
「結奈が共に行くのなら、我もと思いましたの。ですので、お父様にはそのことを先に言っておいたのですが…。」
維月は微笑んだ。
「わかったわ。まだ蒼とは話していないけど、聞かれたら良いと言うから。楽しみだこと。維心様も、華那がこんなに大きくなったと知ったら、きっと驚かれるわね。」
十六夜も維月を見て笑った。
「そうだな。前世のあの頃は、まだ赤ん坊だったからなあ。」
「つくづく、時の流れってすごいこと。」
維月は、十六夜に本当にべったりくっついている。思えば、自分が知るこの二人は、まだ記憶が戻らない頃から、ずっと一緒に育っていた。いつでも手を繋いで、いつでも一緒で、月の二人が離れることなど考えもしなかった。それが今、前世に倣ってこうして離れてはたまに戻って来て仲睦まじく過ごす。十六夜は維月しか見ていないし、維月はこうしていると十六夜しか見ていないように見えるのに。龍王妃であるなんて、なんだか信じられない…。
華那はそこを辞して行きながら、二人の仲の良さは本当にうらやましいと思っていた。
維心が追い掛けて来る前に、将維は維月と共に過ごしたいと部屋を覗いてみた。相変わらず、十六夜とは広い部屋の中に居るのにべったりと、まるでそこにしか場所がないかのようにくっついて座っている。そして、話しながら、時に維月のほうから十六夜に頬を擦り寄せたり、軽く唇を寄せたりした。十六夜はそれを微笑んで当然のように受けている。お互いに話しているのに話の腰が折れるのではないかというぐらい、二人はベタベタと仲が良かった。
将維は少し機嫌を悪くしながら、咳払いをして部屋へ入った。
十六夜が顔を上げた。
「なんだ将維。また維月を貸して欲しいって言いに来たのか?仕方がないな、ちょっとだけだぞ?」
将維はため息を付いた。
「確かにそうだが、その余裕はなんぞ。主は本当に維月に関して焦るということが無いのな。時に腹が立つことがあるわ。」
十六夜はきょとんとしたが、ふふんと笑った。
「…なんだ将維、オレ達が一緒に居るのを見たんだな?あのなあ、維月とオレは同じ月なんだと言ってるだろうが。だから余裕なのさ。後は、今生では一緒に育ったから前世より仲がいいんだよ。生まれてこの方離れたことなんかなかったってのに、維心に渡してるから離れてるだろう?たまに帰って来てるんだから、べったりでも仕方ないだろうが。」
将維は唸った。
「わかっておる。」と、維月を見て、手を差し出した。「維月、我の所へ。」
維月は将維を見て、本当に年々維心に似て来ると思った。言うことまでそっくりだ。維月は少し十六夜を見上げたが、十六夜が微笑んで肩を竦めたので、立ち上がって将維の手を取った。将維はホッとしたように維月の手を引いて歩き出した。
「ではな、十六夜…また連れて来るゆえ。」
十六夜は頷いた。
「どうせ明日だろうが。分かってるよ。維心が来るかもしれないから、明日中には返せよ。」
「わかっている。」
将維は、そこを出て自分の対へと帰って行った。




