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想いは何処に

明維は、再び月の宮を訪れた。いつも維月に会いに行くが、最近はなぜかあまり維月を抱き締めようとは思わなかった。一緒に居て話しているだけで、なんだか癒される心地がする。不思議な心持ちに、明維自身、戸惑っていた。

今日も維月と話して庭を散策していると、明維は思い切って、維月をもう一度抱きしめてみた。自分は母を愛しているはず。だから、きっとこうしたら、あの時と同じような心持になるはず…。

唇を寄せようとして、明維はためらった。どうしたのだろう。気が進まぬような気がする…。

維月は明維をじっと見上げている。そして、ふふっと微笑んだ。

「ねえ明維…それ、本当にあなたがしたいことかしら?」

明維は、戸惑いながら維月を見た。

「母上…しかし、我は母上を…。」

維月と呼ばない。それが、無意識であるのだろうと思うと、維月は微笑ましかった。

「明維。きっと思い込んでおるだけだと母は思うわ。あなた、最近別のことを考えておるようよ?私と居ても、別のことを考えているような。父上は絶対にそんなことはないわよ?ちなみに将維も、十六夜もね。」

明維はフッと笑った。

「嘉韻もでありまするか?」維月が目を丸くしたので、明維は笑った。「母上、我はやっと分かり申した。もしかして、我は別に思う者が出来たのかもしれませぬ。」

維月は頷いた。

「気付いていてよ。明維、あなたはその子を失いたくはないでしょう。ならば、何をすれば良いのかわかるわね?」

明維は、維月を見た。

「母上…それは?」

維月は苦笑した。

「自分の気持ちを告げねばらないわ。そして、相手の気持ちを聞くことね。全てはそこからよ。」

明維はじっと維月を見ていたが、すっと抱いていた腕を離すと、言った。

「はい。やってみまする。」

維月は微笑んだ。そして、急いで去って行くその後ろ姿を見ながら、満足げに微笑んだ。

「ほら。やっぱり良かったじゃないの。」

後ろの茂みから、十六夜ががさがさと出て来た。

「しかし、お前ってほんとに策士だよな。オレ、明維がまさか引っかかるとは思わなかった。」

維月は十六夜を睨んだ。

「ちょっと十六夜、別に引っ掛けた訳じゃないわ。あの二人が自然に会うように持って行っただけじゃない。出逢ったら、きっとうまく行くと思っていたわ。だって美羽ったら、私の性格とそっくりじゃないの。物怖じしないあの様子は、明維にとって珍しかっただろうし、きっと興味を持つと思ってた。それに美羽だって、私と同じで面食いなんだもの。明維の姿を嫌いな訳、ないのよね。後は中身だけど、あの子はいい子だもの。」

十六夜は複雑な顔をした。

「しっかし時間が掛かったな。あれから一年以上経ってるじゃねぇか。」

維月は十六夜にウィンクした。

「龍ってね、こういうことに時間が掛かるのよ。」

十六夜は維月を抱き寄せ、月を見上げた。さて、明維はどうしているか…。


明維は、いつも美羽が居る庭の奥へと向かっていた。そこは、待ち合わせなくてもいつも会っては話す場所。美羽がそこで、いつも一人考え事をしているからだ。

思った通り、美羽は一人、そこに居た。何かを考え込んでいるようで、珍しく深刻な顔をしている。明維は気になって、声を掛けた。

「美羽。」

美羽は、その声に弾かれたように立ち上がった。そして、明維を見て取ると、サッと着物の裾を蹴捌いた。

「あの、明維様、我は…もう、戻る所でしたの!」

明維は、歩み寄った。

「何を言う。月は昇ったばかりであろうが。少しだけ、良いか?」

美羽は視線を合わせない。そのまま首を振った。

「用を思い出しましたの。」

戻ろうとする美羽を、明維は腕を掴んで止めた。

「少しで良い。時間は取らせぬゆえ。」

「お放しください!」美羽は明維に向かって叫んだ。「このような…通うかたが気を悪くなさいまするわよ?!」

明維は驚いた顔をした。美羽は思わず言ってしまったことに、後悔した。自分がこんなことを言ってどうするというのか。何の言葉も、何の約束もないのに、我は明維様を好きであったなんて…。今、知るなんて…。

「…主、見たのか。」

美羽は、首を振った。

「いえ…確かに見たという者から聞きましてございます。」

明維は、ため息を付いた。そして、美羽から手を離した。

「そう思っても仕方がないの。我も、ついさっきまでそうであると思うておった。」と、傍の大岩を示した。「話そうぞ。座らぬか?」

美羽は迷った。そんな話を聞いて、どうなるというのだろう…。

しかし、美羽は結局そこへ座った。

明維は、その横に座ると、言った。

「話さねばならぬ。その見咎められた相手と言うのは、維月、我の前世の母よ。」

美羽は目を丸くした。

「え…でも、母上なのでしょう?」

明維は頷いた。

「こんなことは初めて話す。美羽、我らはの、前世の母が人の体であったゆえ、父と月の命との間の子であって、生んでもらったにも関わらず、母とは血が繋がっておらなんだ。そして我は、母を物心ついた頃から愛して来た。しかし何百年も前に思い切り、母が死して潰えたように思えたその想いが、母の転生を聞いてまた湧き上って来た。そして、我は母を求めて、ここへ来た。だが母と交わるなどなかったがの。母は我を突き放したりはせなんだが、それでも決して最後まで受け入れてはくださらぬのでな。」

美羽は、初めて聞くことにただ茫然と聞き入っていた。そんなにも長い間、思って来たというの…。

明維は、月を見上げた。

「だがの、つい先ほど分かったのだ。母を抱き寄せても、以前のような感覚ではない。あの湧きあがるような気持ちはなく、ただ穏やかに母を慕う、そんな気持ちになっておったのだ。そして分かった…我には、他に想う者が出来たのだとの。」

明維は、じっと美羽を見た。美羽の金髪に青い目は、間違いなく悠から譲り受けたもの。だが、この顔立ちは、まさしく母、維月のもの。この気質も、何もかも、我が慕わしく想ってもおかしくはないのに。なぜに気付かなかったものか…。

明維は、美羽の頬に触れた。

「美羽、我は主に惹かれておるのだ。我は主のことは知っておる。我には他に、妃はおらぬ。美羽よ、我と共に、西へ来ぬか。」

美羽は、自分の胸にどっと湧き上って来た感情に翻弄された。温かいような、もっと熱いような、抑え切れない愛情。愛している…これが、そうなのだ。

美羽は、自分の頬に涙が伝っているのを知った。嬉しくて、愛していて、そんな感情が相俟って泣いているのだと思った。

「ああ、明維様、」美羽は、明維を見上げて、何度も頷いた。「はい。愛しておりまする。でも、生涯我しか許しませぬが、良いですか?」

泣きながら、大真面目そんなことを言う美羽に、明維は笑った。

「ああ、生涯我には主だけであろうぞ。何しろ、我は変わり者であろう?同じ変わり者でなければ、妃など務まらぬ。」

「だから、そんなことは言わないでと申しておりまするのに…」

美羽は、言いながら明維に抱きついた。明維はそれを抱き留めて、しっかりと抱きしめた。

そうして、明維はその日の内に、美羽を自分の部屋へ連れ帰ったのだった。


「…良かったこと。」維月が、部屋で月を見上げて言った。「十六夜、これで息子たちのうち二人は幸せになるわ。後は将維と、一番下の亮維…。」

十六夜は、考え込むように言う維月を見た。

「わかってるだろう?将維はもう、無理だ。お前しかいない。あいつはお前を手にしちまったから、後戻り出来ないんだよ。だが、亮維はまだ可能性はある。」

維月は頷いた。

「どうして将維もこう出来なかったのかしら…。あの時の判断は、間違っていたのかしら…。」

誰にともなく言う維月に、十六夜は頬を擦り寄せて言った。

「あいつが強く望んだ事だ。維心と対峙してでも、手にしたがったんだからな。そんなことで悩むなんてお前らしくないぞ?将維は今でもお前の傍に居て幸せそうだ。これでいいんだよ。」

維月は十六夜を見上げて微笑んだ。

「十六夜…。」

「愛してる。」

十六夜は言って、維月に口づけた。維月は十六夜に手を回した。

「愛してるわ。本当に大好き。」

十六夜は笑った。

「オレは幸せだぞ?心配するな、維月。」

維月は黙って頷くと、十六夜に口づけた。そして二人はそのまま、部屋の奥へと入って行った。

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