恋の罠
美羽は、それは美しい蒼の第五皇女だった。蒼には上から、瑤姫との間の娘、瑞姫、華鈴との間の娘、雪華、華那、桂との間の娘、和奏、悠との間の娘、美羽と五人の娘が居たのだ。皆成人していて、一番上の瑞姫の娘は、蒼の他の娘達と同年代だった。つまりは、娘と孫が同じぐらいの歳になる訳だ。
皆、母に倣って神の王族らしく慎ましやかにしている中、美羽は違った。
どこかで見たような動き、話し方。蒼は、もし母が転生して居なかったなら、美羽に母が乗り移っていると思ったことだろう。
それほどに、美羽は母に似ていた。考え方や話し方がそっくりで、なのに金髪碧眼なので、印象が全く違って戸惑った。本当に美しいので他の宮の王や皇子に言い寄られることも多かったが、あの美しい顔から繰り出されるはっきりとした断りの言葉は、蒼でなくても泣きたくなるだろう。そんな感じなので、蒼が縁談を持って行っても、美羽はぷいと横を向いた。そして言うことがこうだ。
「お父様は、愛してもおらぬおかたに嫁げとおっしゃるのですか?我はお顔も見ては居らぬのに。それに、そんなにたくさん妃の居られる所へ嫁ぐなど、嫌でありまする。」
「たくさんって、美羽、三人であるぞ?」
美羽は断固として首を振った。
「嫌でありまする。我は我だけを愛してくださるかたでなければ、絶対に参りませぬゆえ!ならば人の世に下って、尼にでもなりまするわ!」
本当にやりかねない。蒼はそれを知っていた。この、どこかの誰かにそっくりな様を見て、蒼は美羽を嫁がせるのは諦めていた。
なのに、そのどこかの誰かがやって来て、蒼の前に座っていた。
「美羽なら、もしかして明維もって思って、少し期待しているんだけど。」
蒼は顔をしかめた。
「母さん、希望を持ってるところ悪いんだけど、美羽は好きな男にじゃなきゃ、嫁がないよ。」
維月は頷いた。
「十六夜に聞いたわ。私にそっくりなんですってね。」
蒼は唸った。
「分かってるんなら無理なのも分かるだろう。頑固なんだから。」
「考えがあるのよ。」維月はふふんと笑った。「ね、私を母と言って紹介なさい。生まれ変わりだからと。私、幸い美羽とはあまり転生してから話していないのよ。私も美羽も、宮の中でじっとしていなかったからだと思うんだけど。」
蒼は怪訝な顔をした。
「ウソじゃないからいいけど、本当にうまくやれるの?変にこじらせて、またオレに何とかしろとか言わないでくれよ。」
維月は笑った。
「大丈夫よ。それは十六夜に何とかしてもらうから。」
横で聞いていた十六夜が首を振った。
「やめてくれよ、維月!オレ、そういうのが一番苦手なんでぇ!」
維月はまた笑った。
「冗談よ。私が私のことを分からないとでも思うの?任せて。」
蒼と十六夜は顔を見合わせた。
本当にうまく行くんだろうか…。
次に明維が月の宮へ訪れたのは、半年後だった。
その頃には、将維は王座を降りる事を許され、維心が再び王座についていた。そして、将維は気ままに月の宮で、友の炎託と遊んだり軍の訓練に出たりと過ごしていた。
明維は、西の砦もそうそう離れる訳にも行かず、維月に会いたくても来られなかったらしい。里帰りのタイミングもあり、なかなかに会えなかったのだが、今回はうまく合わせられたようだ。
維月は既に何度も里帰りをして、そのたびに美羽と話してかなり仲良くなっていた。本当に考えかたがよく似ているので、今では美羽も維月が来るのを心待ちにしていた。
「おばあ様が来られるのですって?お父様。」
蒼は頷いた。
「ああ。だが、宮にすぐには来ないぞ?」
嘉韻の所へ行く。美羽は既にそれを知っていた。
「わかってるわ。でもまずは湖に来られる。行ってみよう。」
美羽は、蒼が何か言う暇もなく飛んで行った。
蒼はため息を付いた…本当にあの美羽が、どこかへ嫁ぐなんてあるのだろうか。
美羽は、維月と話すうちに、どんな経緯でこうなっているのか話してもらい、知っていた。前世の話にはワクワクした。維月は、今は龍王になっている維心の話をするとき、とても楽しそうだった。
「とても愛しているのよ?」維月は恥ずかしそうに言った。「十六夜と同じくらい。不器用であられるから、なかなかに表現出来なかったりするのだけど、私にはとても優しくて、激しい愛情で愛してくださる。だから生まれ変わっても共にと約して来たのだもの…。ほら、将維や明維がそっくりなの。晃維は少し違うわね。」
最近ではそんな風に言う祖母が、美羽は羨ましく思うようになった。祖母は会うたびに美しく、慕わしい気になられる。それはひとえに維心を愛して、愛されるために無意識にそうなっているのだと聞いていたからだ。それほどに誰かを愛するなんて…我はまだない。
美羽は早く維月に会いたかった。また、共に森で散策したい。
美羽は湖の畔に降り立った。
そこには、先客がいた。龍の気がする…しかも、ものすごく強い気。
美羽が、誰だろうと思っていると、相手はこちらを見た。
「…主は誰か?」
美羽は、その姿に思わず見とれた。黒髪に、深い青い瞳。まるでいつも祖母が話す、維心のようだ。きっとこんな感じなのだろうな…と美羽が思って見ていると、相手はスッと眉を寄せた。
「名を聞いておる。」
美羽は我に返って慌てて答えた。
「はい。我はこちらの第五皇女、美羽。」
相手は頷いた。
「蒼の子か。」相手は表情を緩めた。「我は龍の宮西の砦、明維。」
美羽は息を飲んだ。明維…では、おばあ様がおっしゃっていたのは、このかただわ!
「ああ、祖母より聞いておりまする。第二皇子であられる明維様ですか?」
明維は頷いた。
「そうよ。維月の到着を待っておるのに、遅いの。」
明維はため息を付いた。
「夕刻になることもありまする。」美羽は言った。「いつも、我はここでお待ちするのでありますが…誰かが共にというのは、初めてで。嘉韻様が居られる時は、おばあ様が帰っていらっしゃるのが近い時なのですけど。」
明維はまた眉を寄せた。
「嘉韻?あの嘉韻が、維月と何ぞ。」
美羽は不思議そうな顔をした。
「え?お迎えに来られるのですわ。嘉韻様には、おばあ様が念で知らされるので、時間まで分かりまするの。なので、いつもそれを目安にお待ちしておりますわ。」
「だから」明維はじれったげに言った。「なぜ、維月は嘉韻に知らせるのだ。」
美羽は明維がそれを知らないことに驚いた。
「嘉韻様が、おばあ様の夫の一人であるからですわ。里帰りの三日のみという約束で、維心様や十六夜から許されておるのだとか。なので、戻って来られるとすぐ嘉韻様の所へ行かれるのです。」
明維が驚いたような顔で呆然としていると、その嘉韻が向こう岸にやって来て空を見上げた。それに気付いた明維は、美羽の腕を掴んだ。
「来い!」
美羽は驚いてその腕を振り払おうとした。
「ちょ、何をなさいますの明維様!お放しくださいませ、我は…、」
明維は美羽を引っ張って傍の森の入り口の、茂みの中へ座った。美羽はびっくりした。
「明維様?!」
明維は声を落としてあちらを伺った。
「静かにせよ。何も襲おうとしておるのではないわ。」
美羽は維月に会って少しでも話したかったのにと膨れたが、仕方なくそこに座ってあちら側を覗いた。すると、上空から十六夜と共に維月の姿が舞い降りて来た。
「嘉韻!」
維月の声が聞こえる。嘉韻は、嬉しそうに手を差し伸べる。
「維月。」
維月が嘉韻の腕に収まると、十六夜は宮の方へと飛んで行った。嘉韻は維月を大事そうに抱えると、何かを話しながら自分の屋敷の方へと向かって行った。それを見送ってから、美羽は、明維に言った。
「申しましたでしょう?いつも、あのように。」
明維は黙っている。美羽は聞こえなかったのかしら、とその背を突っついた。
「明維様?どうなさったの?聞いておられる?」
明維はその手を払いのけて、いきなり立ち上がった。
「聞いておるわ!」
美羽はびっくりした。何を怒っているのよ。
明維は美羽を見下ろすと、何かを言いたそうに口元を動かしたが、結局何も言わず、ふんと横を見ると、ずんずんと森の奥へ歩いて行った。
美羽は、その態度が気に入らなかった。何よ、女だからどんな無礼に扱ってもいいって言うの?!
「ちょっとお待ちなさいよ!明維様!」
美羽は、明維を追って森の中へと早足で歩いて行った。




