離れる二人
そんな二人も、成人に近くなった。神の成人は200歳、二人は180歳になっていた。
部屋は、碧黎に口づけているのを目撃された時から分けられて、維月は泣く泣く十六夜から離れて寝ることになり、やっとそれにも慣れたところだった。
「蒼、我は龍の宮へあれらを連れて参る。」
碧黎は、蒼に言った。蒼はにわかに緊張した。
「…維心様ですか?」
碧黎は頷いた。
「約したからの。転生したら必ず維月に会わせると。それからの事は知らぬ…あやつら次第ぞ。」
蒼は頷いた。ついに維心に会う…将維にも知らせず、二人が転生していることは隠してきた。維心が普通に育てられなかったらいけないからだ。しかし、将維は何も知らないにも関わらず、我が子に維心と名付けていた。
もしも、これで記憶が戻る何てことがあれば…。
蒼は、密かに期待していた。会いたい…十六夜に。母さんに。そして、維心様に。
「まあ、龍の宮よ?十六夜、私も外へ出られるのね!」
維月は父からそれを聞いてものすごく喜んだ。今まで、結界外に出る事を許される事がなかったからだ。十六夜は時に月に戻り、父と出掛けることもあったが、維月はそれがなかった。なので、嬉しくて仕方がないのだ。
「だから早く寝なきゃならねぇぞ。」十六夜は言った。「いつまでもここに居ないで、部屋に帰って寝るんだ。」
維月は首を振った。
「嫌よ。楽しみで眠れないの。ここで寝る。」
十六夜はため息を付いた。
「維月…、」
維月は懇願するように十六夜を見上げた。
「ねえ、お願い。十六夜、ここで寝かせて。」
十六夜は仕方なく寝台の横をあけた。
「…仕方がねぇな。いつもいつも、バレたらどうするんだとハラハラするんだよ。」
維月は嬉しそうにそこへ滑り込んで十六夜に抱きついた。十六夜は苦笑して、維月を抱き締めた。
「ほんとによぉ…お前の頼みは断れねぇなあ…。そろそろ結婚するか。父上に聞こう。」
維月は嬉しそうに十六夜を見上げた。
「本当?!じゃあ、また一緒に寝られるのね!」
十六夜は複雑な顔をした。
「ん…まあ、前にも言ったが、婚姻ってのはそれ以外にもいろいろすることあるんだよ。お前はそれを知らなきゃならねぇ。」
維月は真剣に頷いた。
「分かった。十六夜が教えてくれるのね?がんばる。」
十六夜はため息を付いた。先に知っててくれた方が、オレは助かるんだがなあ…。
十六夜は維月に口づけて、その日は共に眠った。
次の日、十六夜は維月を抱いて、碧黎と陽蘭と共に龍の宮へ飛び立った。
それを気遣わしげに見送っていると、明人が膝をついて頭を下げた。
「王?何かご懸念でもおありでしょうか。」
蒼は明人を見た。明人も300歳近くなり、もう、どこから見ても神の軍神だった。今では師団長を務め、立派に統率している。
「…主も知っての通り、十六夜は転生して、前世の事は何の記憶もない。だが、龍の宮に転生している維心様に今日、会うのだ。」
明人は驚いた。
確かに十六夜の転生は知っていた。神の世に来た時、飛び方を教えてくれた十六夜…。何かと相談にも乗ってくれた、心の支えのような存在だった。なので、転生したと聞いて、小さな頃からいろいろと世話をした。今では、前世の頃と同じように話す。何も覚えてはいないのだが…。
「それでは、もしかして記憶を戻す可能性があるのでしょうか。」
蒼は、十六夜達が去った方を見た。
「分からないのだ。十六夜達がどのように転生したのかも定かではない。碧黎は何もかも忘れてまっさらで転生したと言っていたが、あの三人が何もせずにそんなことに甘んじるとも思えぬし。何より、維月は転生した時、左手に維心様から贈られた、結婚指輪をしっかりと握り締めていた。なのでもしかして…と希望を持っておるのだ。」
明人は頷いた。王は記憶を戻して欲しいのだ。それはそうだろう…長く助け合いながら来たのだと聞いた。まして片方は母なのだ。戻って欲しくないはずはない。
「記憶が戻ればよろしいですね。」
明人は心からそう言った。蒼は微笑んで頷いた。
「そうだな。」と、月があるだろう辺りを見上げた。「もう一度皆に会いたい。」
昼過ぎになり、碧黎達が戻って来た。
しかし、維月の姿がない。蒼はいぶかしんで十六夜を見た。
「維月はどうした?」
十六夜はちらと蒼を見た。
「あっちに残った。珍しいものがあるからな。オレも残ろうと思ったが、父上にもう、自立しないとと言われてな。こうして帰って来たのさ。」
どうも気に入らないようだ。蒼は、十六夜の記憶が戻っていないことに少し落胆した。
「まあ、いい機会かもしれない。この180年、離れた事がなかったじゃないか。」
十六夜はまだ納得していないようだ。碧黎を振り返って言った。
「父上、そろそろ維月と結婚しようと思うんだが、もういいだろう?」
碧黎は眉を上げた。
「…そうだな。まだ維月があまりに子供だからと思うておったが、そんなことを言っていたらなかなか婚姻出来ないしの。良い。戻ったら、そうするが良い。」
十六夜は、やっと納得したように頷いた。十六夜と維月が結婚する…じゃあ、それで記憶が戻るかもしれない。
蒼は、それを心待にしたのだった。
十六夜が一人で軍に立ち合い指南に来ていたので、明人は話し掛けた。
「十六夜!どうした、維月は?」
十六夜は顔をしかめた。
「みんなそう言う。あいつは龍の宮だ。」
明人は眉を寄せた。
「え…まさか維心様と婚姻?」
十六夜は見るからに不機嫌に明人を見た。
「違う。父上も必ずしもそうではないと言っていた。あいつは帰ったらオレと婚姻の予定だ。」
明人は首をかしげた。
「まだだったのか?とっくに結婚してると思ってたんだが。」
十六夜はため息を付いて首を振った。
「あいつは何も知らねぇからな。機会はいくらでもあったが、そこまではまだだ。かわいそうに思ってよ。」
明人は不安になった。記憶が無くても、維心様は維心様ではないのか。維月をめとろうと、今頃必死なのではないか…。
「十六夜。」明人は真剣に言った。「じゃあ尚更早く戻さないと。維月をめとりたいと言われたらどうする?聞いて来るならまだいいほうだ。いきなり事後承諾もあり得るぞ。」
十六夜は眉を寄せた。確かにそうだと思っているようだ。
「…蒼に言う。」十六夜は言った。「そろそろ戻って来させるようにな。」
明人は頷いた。間に合えばいいが…。
明人は神の世の手の早さは知っていた。まして前世あれほどに執着していた妃。魂が覚えているのではないのか。
明人は他人事ながら、落ち着かなかった。
蒼は十六夜から言われて、すぐに将維に使いを出させた。
そろそろ維月をこちらへ戻せ…。
維月は、次の日に戻って来ることになった。
その夜、十六夜は夢を見た。
十六夜…!助けて!怖い…!
維月が呼んでいる。助けなくては。だが、どこだ?
維月、どこだ?もう一度呼べ!
だが、応答はない。ただ維月の混乱する感情と、何かに怯える感情だけが十六夜に伝わって来た。
何が起こっている?維月はどうした?維月…!
「維月!」
十六夜は自分の部屋で飛び起きた。空が白んでいる。
嫌な予感がする…。
十六夜は明け始めた空を見ながら、皆が起き出すのを待った。
そして、維心が維月をめとった事実を聞かされた。




