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嘉韻は、維月から維心を愛してしまったと打ち明けられていた。

それでも追いすがった自分を、維月は突き放そうとはしなかった。逆に自分を抱き締め、まだ悩んでいるようだった。

いつもの自分なら、こんな無様な事はしない。嘉韻は、往生際の悪い自分に呆れていた。

あの日から、全く宮の部屋から出て来なくなった維月を、嘉韻はただ湖で待っていた。

訓練が終わってすぐ、また訓練前に、着替えもせずにここに来て、ただ待つのが日課になってしまっていた。

その日も、朝から訓練の前に、嘉韻は湖で佇んでいた。ただ、維月に会いたい。それだけだった。

龍の宮の皇子などに、自分が敵うはずなどなかった。それはわかっていたのだが、それでも他にどうすればいいのか分からなかったからだ。

ふと、嘉韻は、維心がこちらへ向かって降りてくるのを見て取った。

嘉韻は、驚いたが、すっと横を向いた。

「…何の用ぞ。我になど会いたくもないであろうが。」

維心は頷いた。

「確かにの。我の顔など見たくもないであろうが、辛抱せよ。」と、維心は嘉韻をじっと見て言った。「昨夜維月を、妃に迎えた。我が帰る折り、連れて帰る。」

嘉韻は、維心を振り返った。そうか。宮へ簡単に上がれる身分のこやつは、維月をほだすことも簡単たったのか。

そして、視線を下へ向けると、言った。

「…そのようなことを、わざわざ言いに参ったのか。」と維心に背を向けて飛び立とうとした。「ではもう、用は済んだであろう。失礼する。」

維心は声を厳しくさせた。

「まだ用は済んでおらぬ。」

嘉韻はビクッとして動きを止めた。今の声には、驚くほどの威厳と、力があった。これが王族…。嘉韻は維心に向き直った。

「では、手短にせよ。我も、これより任務があるゆえ。」

維心は頷いた。

「邪魔をする気はない。」と、維心は湖のほうへ視線を移した。「維月は皇太子妃となり、龍の宮へ入る。これよりは、我の妃として誰をも近寄ることは許さぬ。宮では、我の居らぬ所で話し掛けることすら禁じられる。もちろん、じっと顔を見ることすら禁じられる…鳥の宮や月の宮ではこうではないの。龍の宮は、そのような厳格な決まりがあるのだ。」

嘉韻は、それを知っていた。龍の宮は神の世で一番大きく、またそれゆえに厳格な決まりの元に動いている。礼儀を重んじるので、他の神の宮から龍の宮へ行くには、かなりの教育をされてからでなければ無理だと言われていた。維月がそこへ入ってしまえば、おそらく顔を見ることも叶わなくなる…。

「…知っている。」嘉韻は答えた。「我が維月の回りをうろうろとすると思うておるのなら、間違いぞ。維月を妃にしようと思うたら、あれの同意なくば無理であったろう。あれは月であるからだ。維月は間違いなく主を選んだ…我は、これ以上付き纏うことはない。釘を刺そうと思うておったなら、お門違いぞ。」

維心はチラと嘉韻を見た。そして、考えるように視線を下へ向けた。

「うむ」維心は言って、嘉韻を見た。「主がそう申すなら、案ずることはないかの。あれは、数か月に一度一か月ほどこちらへ里帰りする。十六夜が居るためだ。こればかりは前世より変わらぬし、我も許さざるを得ぬのでな。」

嘉韻は、維心を見た。なぜ、わざわざそんなことを?それに、前世と言った。この維心は、前世の龍王、維心の記憶が戻ったというのか。嘉韻が戸惑っているのに、維心は構わず言った。

「その間、あれはあちらの宮で窮屈であったのを、こちらでのびのびと過ごす…それこそ、今の維月と変わらぬ。ふらふらと一人出歩いては、あっちこっちで珍しいものを見つけては喜んでおるのよ…十六夜はそういう所に寛大であるゆえの。我は、毎回案じて、三日ほどで追い掛けてこちらへ来ておったわ。それゆえに、蒼は宮に我の対を作ったのだからの。」

嘉韻は目を見開いた。間違いない。維心は、記憶を戻したのだ。嘉韻は頭を下げた。

「龍王殿。戻られたのですね。」

維心はため息を付いた。

「なんだ、不甲斐ないの。中身が何であれ、我は主の恋敵ではないのか。そのように頭を下げる必要などないわ。あれはもう死んだ。龍王は将維。我はその記憶を持った、ただの皇子よ。」と、視線を空へ向けた。「…維月が、主を案じておる。ゆえ、我にも会えぬと部屋に篭っておった。そこへ我が押しかけて行って、妃に迎え、我のほうは記憶を取り戻した。維月はまだぞ。しかし、あれの懸念は分かる…何しろ、前世から月は慈愛の象徴での。あの二人は寛大で我にも付いて行けぬ時がある。此度はしかし、我も折れたわ…もしかしたら、我のほうが主の立場であったやもしれぬからな。」

嘉韻は意味が分からず、維心を見た。

「それは…どういう意味ぞ。」

嘉韻が戸惑っているので、維心は眉を寄せた。

「主、鈍いの。いくら我でもここまで言うたら分かったと思うぞ。」と、嘉韻に背を向けた。「あれが里帰りの折り、我は三日もすればここへ来る。その間は十六夜に任せておるゆえ、我は預かり知らぬこと。維月が何をしておっても我には分からぬが、主、あれを無理に手籠めになどしてはならぬぞ。」

嘉韻は固まった。それは…里帰りの時の三日間、我が維月と共に過ごしても良いということか?

「維心殿、しかし…」

維心は飛び上がった。

「我の目に付くことは許さぬ。」維心は言った。「そのような状態が嫌であるなら、早よう別の女を見つけよ。我もそのほうが気苦労が無くて良いわ。まあ、維月が同意すればの話であるがな。ではの。」

「維心殿!」

維心は高く舞い上がって、宮のほうへ帰って行った。嘉韻は呆然とそれを見送った。

そのような…そのような形で維月を手にせよと言うのか。それを許すと。そんなことが、本当に許されると言うのか…!

嘉韻は、維心が飛び去った後を、ひたすら見つめ続けていた。


嘉韻が心ここにあらずの状態で訓練に出ていると、李関が遠目にそれを見て、明人に何か言った。明人は慎吾も呼び、二人で嘉韻の所へ飛んで来た。

「嘉韻、李関殿が我らに結界の中を見回って来いと。」

嘉韻はためらった顔をした。

「我らに結界内を?またなぜにそのような…。」

嘉韻は、思い当たった。おそらく、自分を任務から外してやろうとしてくれている。そして明人と慎吾などという、同じ師団長をまとめて行かせるなど、絶対にあり得ないことなのに、友だからと思ってくれているのだろう。

嘉韻は、頷いた。

「では、参ろうぞ。」

嘉韻が飛び立ち、明人と慎吾もそれについて飛んだ。

北の森の方を飛んでいると、明人が追い付いて来て、言った。

「嘉韻、降りよう。」

三人は、その森に降りて行った。

「なあ、嘉韻。オレ達も今朝聞いたんだ。維月が、龍の宮の皇子に嫁ぐって。二人とも、前世の龍王と、龍王妃だったんだな。李関殿も驚いておられた。」

嘉韻は、黙って頷く。そう、あの二人は前世から繋がっていたのだ。十六夜や王があれほどに維月の婚姻に神経質になっていたのは、そのためだった。

「知らされた当初は、李関殿も頭を抱えておった。それならばどうしようもないと。あの前世の龍王が退くはずもないし、勝てるはずもないとの。」

嘉韻は、言おうか迷ったが、顔を上げた。

「その維心殿が、今朝我に話に参ったのだ。維月がここに里帰りして来る間、維心殿は三日ほどで追って来るが、その三日はここで維月を我に許すと。」

二人は明らかに仰天した顔をした。

「何だって?!あのストーカーまがいだった龍王が?!」

明人が叫ぶ。慎吾も頷いた。

「あり得ぬ!例え三日でも、他の男に渡す気になるなど…!」

嘉韻は、下を向いた。

「しかし、事実よ。我は、どうしたら良いのか分からず…それで、思い悩んでおったのだ。」

明人と慎吾は顔を見合わせた。

「どうしたもこうしたも…お前、そんな婚姻でいいのか?それでなくても十六夜の嫁で、戻ったらここには一ヶ月居るんだぞ?なのにお前、その内の三日だけでいいのか。お前の子供が出来たら産むのを許すのかよ。産んだとして誰が育てる。」

嘉韻は下を向いた。

「わかっている。だから悩んでおるのではないか。本当ならあるはずのないこと。だが我は、維月の他など考えられぬ。ここまで生きて来て、こんな気持ちになったことなどないのに、今さら他をなど…。」

嘉韻は黙った。その気持ちは、明人にも分かった。やっと見つけたのに、それが手の届かない女で、まして嘉韻は中途半端に許されようとしているのだ。ならばと思う気持ちもわかる。

明人と慎吾が言葉を失っていると、嘉韻が、誰にともなく言った。

「…忘れねばならぬ。」小さく、絞り出すような声だ。「お互いに取り、苦しいことになる…。」

嘉韻は、空を見上げた。

そこに見えない、月を探しているようだった。

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