龍王妃に
その話は、臣下から来た。蒼は、険しい顔をして皆の前に座っていた。
「維月様は、陰の月であられまする。」翔馬が言った。「前陰の月の維月様も、龍王に嫁いで龍王妃であられ、そしてこの宮は大きく安泰へと導いて行かれた。此度も、将維様と新しい陰の月の維月様のご婚姻に、なんら支障はないかと思うのです。」
蒼はため息を付いた。臣下達の言うことはもっともだ。ここの今があるのは、前龍王維心の力であるのは間違いない。そしてここまで力を入れてくれたのは、間違いなく維月という妃の里であったがため。臣下達が、将維と維月を縁付けようと考えるのもおかしくはなかった。
「…しかし、十六夜が何と申すものか。将維とて、承諾するとは思えぬ。」
翔馬は首を振った。
「将維様と維月様が仲睦まじくお過ごしであれるのは、皆が知っておりまするところ。あの将維様が、維月様だけはお傍に置かれてそれは愛おしげになさいまする。こちらからお話を持って行けば、間違いなくお受け頂けると思いまする。十六夜様とて、宮のためであれば承諾なさいましょう。幼い頃より、維月様のお父上碧黎様も維月に夫は二人と言うておられました。ならば、もう一人は将維様なら間違いはないかと。」
それが間違いなんだって。
蒼は思っていたが、黙っていた。将維、いつも母さんを抱き寄せたり口付けたりするもんなあ。あれを見たら、誰だって妃にと言うだろう。龍の宮側から見たら、必死の形相で蒼に土下座するに違いない。どうか、維月様を王の妃に!と言って。
蒼はため息を付いた。
「将維から何か言って来たら、考えるほどに。将維が何も言わないのは、妃は娶らないと決めているからのはず。変に言って、こちらとぎくしゃくしても困るだろうが。とにかく、この件はもうこれで終わりだ。」
蒼は立ち上がった。
「王!」
臣下達はまだ何か言いたそうだったが、蒼は一目散に居間へと逃げ帰ったのだった。
居間へ帰ると、華鈴が蒼を待って座っていた。蒼が入って来るのを見てとると、頭を下げる。蒼は言った。
「珍しいな、主から来るなんて。どうした?」
華鈴は頷いた。
「雪華のことでありますわ。」
蒼は悟って、椅子に座った。また将維か。
「申せ。」
華鈴は言った。
「そんなお顔をなさらないでくださいませ。」華鈴は苦笑して言った。「妃にとお頼みに参ったのではありませぬの。将様のことは、我が話して聞かせました。我がどのようにして蒼様の妃になったのか。」
華鈴は旧鳥の宮の皇女で、将維の許嫁だった。龍と鳥の戦の時に殺されるところを将維に助けられ、しかし将維の気の強さから妃になることが叶わぬことが分かり、そのままでは殺されてしまうと言われて蒼が救うために娶った妃だった。そんな訳で、将維のことは、華鈴も知らぬ神ではなかったのだ。
華鈴は続けた。
「雪華は、己の立場をわかったようでありまする。それに、将維様のお気質のことも。ですので、泣く泣くではありましたが、諦めましたの。安心してくださいませ。」
蒼は華鈴の手を取って、頷いた。
「すまぬな。将維さえいいなら、妃にしてもらえれば良かったんだが、将維は全く無関心であるから…。」
華鈴は頷いた。
「わかっておりまする。あのようにお気に入りである維月様すら、妃にしようとはおっしゃらない。何か理由がおありなのだろうと思いまする。ですので、雪華には他の縁をと考えておりまする。王、どうかお力添えを。」
蒼はまたそこが頭の痛い所だと思いながら、頷いた。
「すぐには無理かも知れぬが、考えようぞ。」
華鈴は頷いた。
「では、部屋へ戻りまする。」
蒼は美しく頭を下げる華鈴を見て、言った。
「今日は主の所へ参るゆえの。」
華鈴は少し赤くなったが、微笑んだ。
「はい。お待ちしておりまする。」
蒼は、他にも居る皇女達のことも考えると頭が痛かった。王達は皆、こうして悩むのだろう。ああ、王なんて本当にやるものではない…。
明人は、心が前向きにというか、必死に宮仕えに慣れようとしているうちに、己の恋愛のことまで考える時間はなかったようで、すっかり普段の顔になって屋敷に戻って来たのを見てホッとした。
ほんの数か月屋敷を離れて宮に寝泊りして仕えていただけで、ここまで変わるとは。
「やっと、お休みに戻って参る心の余裕が出来ましたの。」心が言って、微笑んだ。「最初は全く慣れなくて…でも、宮の決まり事などにも結構詳しくなりましたのよ。」
明人は笑って心を見た。
「顔つきも変わったようぞ。のう紗。」
紗も微笑んだ。
「はい。頼もしいこと。」
心は、母に箱を差し出した。
「宮から、よくこのような甘い食物を頂きまする。我はこれがとても好きで、お母様にもと思って持って参りましたの。」
箱を開けると、中にはケーキが入っていた。フルーツで美しく飾られたそれに、紗は感嘆の声を上げた。
「まあ、美しいこと。では、皆で戴きましょうね。」
紗は、侍女に頷き掛ける。侍女は、その箱を持って出て行った。
明人は、やはり宮仕えを勧めて良かったと、心底思っていたのだった。
そんな心は、母譲りの美しさに加え、父譲りの気の強さもあり、宮では引っ張りだこだった。
高貴な客人が来るとなれば必ず呼ばれ、給仕を任された。その姿は自然皆の目に付くことになり、軍神達の間でも評判だった。
月の宮では、王と妃以外は専用の侍女というものはなく、その建物建物に付いている侍女が居る。
心は奥の宮南の対の侍女で、そこには維月と十六夜の部屋があり、主にその二人の世話をしていた。二人は何でも大概は自分でやってしまうので、手は掛からなかった。それに細かいことにこだわらないので、とてもやりやすかった。それに、王族や貴族とは違って上からものを言う感じでもない。まるで友達にでも話しているかのように、気軽な感じだった。
なので、最初から構えることもなく仕える事が出来たのだった。
しかし最近、その働きぶりを認められ、皇女達の侍女へと配置がえされた。誰かに付くということがどんなことか分からなかったが、心は王の第二皇女、雪華仕えることになったのだった。
雪華は最初大変に暗く、美しいが根暗なイメージの皇女だった。しかし、共に居るうちに妹の皇女、華那との話を聞いていて、最近失恋したのだと知った。相手はあの、龍王将維。心はさすがは王族の恋はスケールが違うと感心して、己の恋愛が小さなもののように思えていた頃、雪華は心に問うた。
「心は、恋をしたことはあって…?」
心は、今まで言いたくても誰に言えば分からなかった己の恋愛を話した。
子供の頃から愛していた李心。大人になってもずっと想っていたのに、李心が選んだのは妹の純だった。回りが慰めるのも疎ましく、祝福したいのに感情がついて行かず、何ヵ月も部屋にこもって父母を困らせた。まだ整理が付かぬままに宮仕えに出され、忙しさにとりまぎれて、やっと今、楽になった…。
「…誰にも、話さなかったのですけど。」心は恥ずかしげに言った。「雪華様に今お話して、何だかすっきり致しましたわ。整理が付いた感じ。」
雪華は、同じように幼い頃からの恋に破れた心に、共感して涙を流した。
「まあ…心は強いのね。我も立ち直らなければならないわね。心、我のお友達になってちょうだい。我も前向きになりたいわ。」
そう言って涙を拭いて微笑む雪華は、大変な美しかった。
心は力強く頷いた。
「はい。何でもお話くださいませ。二人で解決致しましょうね。」
こうして二人は、仲の良い友となったのだった。




