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外の世界

二人は維月に連れられて、湖に向かう途中、コロシアムの横を通る時少しそわそわした。

それに気付いた維月は、振り返って宙で止まった。

「…見る?多分今、十六夜が軍の訓練に参加してるの。きっとみんな立ち合いをしているわ。」

侍女達が立ち合いを見たがるのを知っていた維月は、二人に問うた。二人は少し恥ずかしげにしながらも、頷いた。

「滅多にそのような機会は無いから…良いのかしら?」

維月は頷いた。

「術が飛んで来たら、私が結界を張るから大丈夫よ。行こう?」

三人は、コロシアムの観覧席に降り立った。

思った通り、軍神達は汗を流しながら立ち合いの訓練をしていた。十六夜に向かっているのは、明人だった。

しかし十六夜の速さは並みではなく、すぐにかわされ突きを入れられてしまう。その繰り返しだった。

「見てちゃだめだ!読め!」十六夜が叫んでいる。「相手の方が速い時は、見ても無駄だ!」

明人の反応が速くなった。いくらかは受けられるのだか、やはり最後には突きが入る。

「やめ!」

誰かの声が飛んだ。十六夜は息も切らさず言った。

「読めるようにはなって来たが、まだ目に頼るよな。明人、軍神には勘も大切だ。維心なんか考えちゃいねぇ。オレとの立ち合いは勘で受けてる。感覚と勘を養うこった。」

明人は息を切らせながら頷いた。維月はそんな立ち合いは見慣れていたし、自分も立ち合ったことがあるので、珍しいとは思わなかったが、華那と雪華が嬉しそうなので、来て良かったと思っていた。すると、後ろから声がした。

「観戦か?珍しいの、維月。」

維月は振り返った。それは、将維だった。龍王の将維は、最近になってよく月の宮で見掛けるようになったのだが、維月にもよく話し掛けて来た。維月は言った。

「将維様?いつ来られたのですか?」

「ついさっきよ。」将維は、維月を抱き寄せた。「壮健のようぞ。その後変わりないか?」

維月はいつものことなのでもう慣れていた。

「はい。将維様もお元気そうで何よりですわ。」

将維の姿を見た雪華が、真っ赤になってうつむいた。維月はどうしたのだろうと雪華を見た。

「雪華?どうしたの?」

雪華が困っていると、十六夜の声がした。

「こら将維!」と、ぐいと維月を引っ張った。「ダメだって言ってるだろうが!」

将維は、シラッとしていった。

「我は維月に挨拶をしておっただけぞ。何を目くじら立てておるのだ。」

十六夜は、将維が維月に近寄るといつもあからさまに嫌な顔をして追い払おうとした。維月はそれがなぜなのか分からなかったが、十六夜がダメだと言うからそうかなと、自分から将維に近付くことはしなかった。

十六夜はふんと鼻を鳴らした。

「わかってるんだろうが、将維。お前、そっくりなんだからよ。ちょっと気を使えよ。」

維月は首を傾げた。一体誰にそっくりなんだろう。将維は横を向いた。

「知らぬ。我は会いたいから会いに来ておるだけぞ。あとは維月次第ぞ。」

そしてついっと宮へ向けて飛び立った。

「おい!それがダメだと言ってるんだ、将維!」

十六夜は言いながら飛び立ち、コロシアムの他の軍神は唖然としている。十六夜らしいが、ほったらかしで帰ってしまうのはどうだろう。

維月はそう思ったが、十六夜が戻るなら戻ろうと思った。

「ごめんなさい、私帰らなきゃ。十六夜が帰ったから…。」

雪華がハッとしたように維月を見た。

「ああ…そうね、ごめんなさい。戻りましょう。」

そうして、三人は宮へと戻って行った。


蒼は、雪華が将維に熱を上げているのは知っていた。

幼い頃から将維が来ると嬉しそうに仕切り布の影から見ているのは知っていた。ただの憧れかと思っていたが、最近はとても切なそうに見ているのを知っていた。だが、将維にそれとなく言っては見ても、笑うばかりで流されてしまう。きっと、妃に迎えてくれることはないだろう。

蒼自身も、維月が亡くなった後のことだったので、もしかしてと思ったのだ。だが、将維の気持ちはぶれることはなく、死してもまだ想い続けているのは分かっていた。

その後、維月が転生して来たことも、将維には告げていなかった。それでも、将維は本気で妃を娶ろうとは考えていないようだった。

その頃宮に居た三人の妃の内、一人は死に、二人は里に帰したが、その前でも、将維は妃に通わない王だったと聞いている。

その頑固さは、維心から譲り受けたことは分かっていたので、蒼も将維に無理に娶ってもらっても、雪華が苦しいだけだろうと知らないフリを決め込んでいたのだ。

しかし、今日はそうは行かなかった。なぜなら、妹の華那が蒼を訪ねて来たからだった。

「お父様、お姉様のお気持ちはご存知でいらっしゃるのでありましょう。将維様には、もう妃を娶られるおつもりはないのでしょうか。」

蒼は華那を見た。きっと、悩む姉を見て居られなくなったのだろう。蒼は首を振った。

「将維は妃を娶る気などこれっぽっちもないのだ。分からぬか?女に見向きもしないであろうが。」

華那も首を振った。

「いいえ。将維様は維月のことを、それはお気に掛けていらっしゃるご様子。本日維月と出掛けた先に将維様が来られて、まるで妃になさるように抱き寄せられたのです。あのような将維様を見るのは初めてでありました。」

蒼は顔をしかめた。確かに、将維はこのところ頻繁に来て維月と過ごす。確かに一度失ったものが戻って来ているのを知って、宮にじっとしていられないのであろう。しかも、今は全く関係のない地の娘。娶ろうと思えば、可能な位置に居るのだ。維心も転生しているのを知っているためこれで済んでいるが、本来ならすぐに娶っていただろう。

「…維月は特別なのだ。月であろう?将維の母は我の母と同じ、陰の月だった。なので見過ごせぬのだろうよ。」

華那は気遣わしげな表情をした。

「お姉様はお悩みでいらっしゃいまする。もしかして、将維様が正式にこちらへ、維月を妃にしたいと打診なさるのではないかと…。」

蒼はため息を付いた。それはオレだって同じだ。将維が我を忘れて、維心様のことを考えずに娶る決断をしたらどうしたらいいのだろうと、今だって思う。十六夜があんな風に神経質になるのも、あながち間違ってはいないのだから。

「とにかく、華那、雪華のことは将維に言って見たことがあるのだ。これは雪華には言うでないぞ。だが、将維は笑うばかりで流してしまった。つまりは、そんな気はないということなのだ。もう諦めるが良いぞ。そのようにさりげなく、主も促してやってもらえぬか。」

華那は驚いた顔をした。お父様は、もう将維様に言ってみてくださったというの…。

「…はい…。ですがお父様、難しいことをおっしゃいまする。今のお姉様のご様子を見たら、とてもそのようにはおっしゃれますまいに…。」

それほど悩んでいるのか。

蒼は、こちらこそ頭が痛い思いだった。将維は無理だ。維心様の思うと、絶対に将維は無理だと分かるからだ。

出て行く華那を見ながら、蒼は頭を押さえた。


次の日、将維は維月を連れて庭を散歩していた。

いつも思うが、母より幼い維月が、かわいらしくて仕方がなかった。前世の姿も良いが、この幼い維月も良い。

将維は維月を抱き寄せると、唇を寄せて、口付けた。愛おしくてならない…これが維月だと思うと、尚更に。唇が離れると、維月は言った。

「将維様…私を娶られるのですか?」

将維はびっくりして維月を見た。

「…どうしてそのようなことを。」

維月は手の、指輪を見た。

「懐かしいかたが居たら、そのかたが私のもう一人の夫と聞いて育ちました。だから、そうなのかなって。将維様はいつもこうして私に口付けるし。私も嫌ではありませぬもの。」

将維は驚いた。懐かしい…確かに、そうだろう。前世は母として自分を育て、慈しんでくれたのだ。

「主は、我をどう思う。」

維月は首を傾げた。

「十六夜とはまた違った感じで好きでありまする。なんと表現すれば良いのか…父でもないし、母でもないし…。」

将維は苦笑して腕の中の維月を見た。きっと、前世の母がそんな複雑な想いでいたのであろうと思ったからだ。

「そうか。ならば、主は我に嫁いでも良いと思うか?」

維月は少し考えたが、頷いた。

「はい。将維様は他の神とは違いまするゆえ。」

将維は、小刻みに震えた。我に嫁いでくれると申すか。しかし、父上のことも知らぬこの前世の母を、そんな風に妃にしてしまえるほど、自分は卑怯にはなれない…。

将維は、維月を抱き締めた。

「…我を誘うでない、維月…。本当に妃にしてしまいたくなるではないか…。」

維月は訳が分からず将維を見上げた。

「将維様?」

将維は、じっとそのまま抱きしめて、維月に言った。

「我は主を娶りたい。だがの、どうしてもそう出来ぬ理由があるのだ。もしもこの先、主が思い出さねばならぬことを思い出した後でも我に嫁いでくれると申すなら、我は迷わず主を娶る。元より我は、主より他は、要らぬゆえ…。」

維月は黙ってそのまま将維に抱かれていた。思い出さねばならないこと。いったい、私は何を忘れていると言うの…。

そして、その姿を宮から見つめる者が居たのだった。

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