200年後
蒼は、月の宮の自分が張った結界を眺めていた。
人の時、自分は十六夜の力を借りて、大昔に封じられていた闇を消滅させることに成功した。
それから、この神の世に放り込まれて、十六夜と維月の間に生まれた月の命をこの身に宿し、龍王である維心に守られ、その妹を妃に迎えて人としての生涯を閉じ、月の王として生きることを余儀なくされた。
この月の宮を与えてくれたのも、維心だった。その維心が望んだので、十六夜は維月を妃として共有し、それでも仲良く喧嘩をしながらも神の世を生きていた。
それなのに、ついに、闇が復活する時が来てしまった。
人や神が生み出す負の感情は黒い霧となって具現化し、それは凝り固まって闇を作る。
そして闇は、その体に黒い霧を吸収して増幅させ、この地に放つ性質を持っていた。
千年前の闇とは違い、今度の闇は大きく力のある闇だった。それを放置すれば、人の世は乱れ、神の世も乱れ、戦争が起こり、全てが無に帰するまで戦い続ける愚かな道を歩むことになる。
地は、破滅するだろう。
蒼は、十六夜の力を借りて、霧を消し続けていたが、それでも後から後から湧き出るそれは、とても抑えられるものではなかった。
ゆえに、十六夜は闇を消し去ろうと闇を探したが、維月は陰の月。闇寄りの性質で闇に取り込まれ、利用されて十六夜と対峙することになってしまった。
蒼は、その現場に居た。
龍の宮で闇と対峙した十六夜は、蒼や維心の目の前で、維月もろとも自分の命を懸けて闇を消し去った。
この月の宮の結界は、その時完全に消え去り、十六夜が確かにこの世から消えたことを教えていた。
蒼は、たった一人の月になって、月の結界を自分の領地に張った。
維心は二人が逝った一か月後に世を去り、それは二人が迎えに来たからだろうと皆に囁かれていた。
蒼が、龍王位に就いた将維と共に手探りで地を治める中、十六夜の親である、地の化身の人型、碧黎と陽蘭を迎えたのは、十六夜達を失ってから20年後のことだった。
陽蘭は身重で、月の宮で子育てをさせて欲しいと言う。蒼は承諾し、そして生まれ出た双子の赤子を見て驚愕した…一人は青銀の髪、一人は黒髪の男女の赤子で、青銀の髪の男子は、開いた瞳の色は、間違いなく金茶の、十六夜の瞳だったからだ。
「十六夜…。」
蒼が涙ぐんでそうつぶやくと、碧黎は微笑んで言った。
「おおそうよ。こっちが十六夜、こっちが維月としようぞ。よろしく頼む、蒼よ。」
そうか。二人を戻したのか。
蒼は、その何も知らない無垢の瞳から目を離せなかった。十六夜…帰って来てくれたのか。オレ、頑張ったよ。ここまで、一人で…。
蒼は泣いた。心の中で、十六夜と母に語り掛けながら、ただ泣いた。何も覚えていなくてもいい。これは十六夜と、母さんなんだ。
蒼は二人を抱き締めた。一人は寂しすぎる…。
そうして、地の子育てを手伝い、その双子を大切に育てていた。
双子はいつも一緒で、性格は前世を知る者が見たら間違いなく前世のそれで、十六夜は維月に振り回され、それでも守ろうと一生懸命だった。
まず、ハイハイをし始めたのは十六夜が先だった。
維月は一生懸命十六夜に付いて行こうとするのだが、それが出来なくて、十六夜が傍から離れると泣いた。十六夜はその泣き声を聞くとすぐに戻って来て、維月の傍で維月がハイハイできるのを待った。
掴まり立ちも、十六夜の方が早かった。
それは維月も一生懸命十六夜に倣い、すぐに追いついたが、そこから自立して歩くとなると話は別だった。
十六夜が手を離して歩き出したのを見て、維月もやろうとするのだが、いくら頑張っても尻餅をついてしまう。くじけそうになる維月を、十六夜は赤子でありながらじっと傍で見守った。やっと歩けるようになると、十六夜がその手を握って、よちよちと二人で並んで歩く様は大変に愛らしく、碧黎と陽蘭は大喜びしていた。
そうやって赤子の頃から十六夜は維月のことばかり見て、気遣っているのが見て取れた。
維月も十六夜を慕って、いつも一緒に仲良く手を繋いで歩いていた。
最近では体も大きくなって来て、手を繋いで歩いていたらおかしかろうとは思うのだが、それでも維月が十六夜から手を離すことはなく、十六夜もそれにとやかく言うことはなかった。
蒼が、自分の張った結界を眺めてじっとそんなことを考えていると、十六夜の声がした。
「蒼。」
蒼は、振り返った。若い姿…おそらくは、人ならば十代後半ぐらいではないだろうか。そんな十六夜が、そこに立っていた。
「なんだ、十六夜?維月はどうした。珍しいな、一人で居るなんて。」
十六夜は困ったような顔をした。
「学校の帰りに寄ったからだ。維月はどこにでもついて来るが、学校だけは別だからな。あいつはすぐ泣くから、心配なんだが蒼に話しがあったからよ。」
蒼は頷いた。
「なんだ?改まって。」
十六夜は、空を見上げた。
「結界だ。」十六夜は言った。「おそらく、オレの方が強い結界を張れる。蒼は月の命なだけで月が本体じゃねぇが、オレは本体が月だからな。だから、代わりにオレが張ってもいいって言いに来たんだ。」
蒼は驚いた。そこまで成長したのか。
「…そうか、もう100歳にはなるんだもんな。じゃあ、これからは十六夜に頼もう。オレも楽になっていい。気を使うんだよ、結界張るのって。」
十六夜は笑った。
「オレは息をするような感覚で張れるからな。じゃあ、そうしよう。」と、少し黙った。「…駄目だ、維月が呼んでる。明日また来るから、その時代わろう。」
十六夜は、慌てて窓から飛び立って行った。
どう考えても十六夜のほうが力も上だし、精神的にも育っているのに、維月の方は全く子供のままだ。なのに、十六夜は維月には逆らえないのだ。おそらく、碧黎が娘可愛さに甘やかし過ぎているからだろう。躾けも何もかも十六夜任せな感じなのに、蒼は困っていた。オレが教えてもなあ。前世はオレの母さんだし。だが、同じ時に生まれた双子の兄が躾けるってのも心もとないよなあ。
蒼はそんなことを想いながら、十六夜を見送った。
「十六夜、どこ行ってたの?すぐに帰ってくれるって言ったのに。」
維月が目に涙をいっぱい溜めて部屋で待っていた。十六夜は急いで歩み寄った。
「蒼に話しがあったんだよ。維月、泣くな。帰って来ただろうが。」
維月は頷いて、十六夜に抱きついた。
「居ないと寂しいって言ったのに。十六夜のバカ。」
十六夜はため息を付いた。
「すまないな。明日は連れて行く。だから、いいか?」
維月は十六夜を見上げて、少し考えたが頷いた。
「わかった。」
十六夜は、ホッとして維月に唇を寄せた。維月は微笑んでそれを受けた。
「維月、愛してる…」
維月は十六夜に頬を擦り寄せた。
「私も愛してる。十六夜…傍に居てね。」
「ああ。ずっと一緒だ。オレ達は生まれた時から対で、夫婦になるんだと父上が言っていた。だから、離れることなんてねぇよ。」
十六夜は維月を抱き締めながら、癒されて行くのを感じていた。そう、愛している。子供の頃からそうだった。傍に居て、守りたいと思い、そうして来た。維月は、オレが守るんだ。何もかもから…。
二人の部屋は、小さい時から未だに一緒だったが、それでも二人にそれ以上のことはなかった。維月が神の世で育ち、まだあまりにも子供で何も知らないので、十六夜がそれ以上はと思っていたからだった。
二人は並んで寝台に横になって、とても深く口づけ合っていたが、そのうちに抱き合って、ぐっすりと眠り込んだのだった。




