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百合丘と天羽

「……だよー…………きてー…………ぇー……ってばぁ!」


えへへ~もうなんにも食べられないよ~


「あ…だよー! ……きてったらー! …くんってばー!」


バルサミコ酢ぅ~


「おーきーてー!! しょうくぅぅぅん!!」


ばんばん!!


ん……んー?


「おっはよーーー!!! あさだよよよ!!! おきてぇぇぇぇ!!!」


あ……れ? もう朝?


「翔くんおはよー!」


みかの顔があるって事は……昨日の出来事は夢じゃなかったんだな。時計を見ると午前七時。

まだ眠気が残る身体を起こして、みかにおはようの言葉。


「えへへ~歯磨きしよっ!」


「はいよ~」


朝から元気なみかに連れられて洗面所へ。

道中も相変わらずはしゃいでいる。一体どこからそんな元気が湧き出てくるのだろう?


「ガガガラ~ペッ」


歯を磨き終え口を拭く。

セミの鳴き声が聞こえるこの洗面所でお互い顔を見合わせる。


「へへ」


うん。今日も上機嫌だ。



「いってきまーす!」


「いってらっしゃーい!!」


手をぶんぶん振ってお見送りをしてくれるみか。

それに答えるように俺も笑顔で返事をした。


みかは今日もお留守番。折角こうやって人間になったのだから、どうにかならないのだろうか。



家をちょっと出た先の十字路、そこがいつもの待ち合わせ場所だ。


「お……おはようございます……」


「ん?」


声がする方向へ身体を向けるも、そこには誰もいない……誰もいない?

気のせいかな。そう思って正面に向きかけた時、向こうの方の電柱の影で小さくなりながら怯えている俺の友人、『都城(みやこのじょう)聖陽(まさあき)』の姿が。

いつも明るく元気で……って最初の方で紹介した通りである。

はじめの方で頭文字○がどうのって言ってたやつだ。

……それにしてもこの怯えよう、いつもの彼からは全く想像できない。


「おーい聖陽(まさあき)ーどうしたー?」


と、近付いた途端……


「いやーー!! くんな! こっちくんな!! 俺が悪かったから! ごめんなさいーー!!!」


まるでチーターに狙われたシマウマのように逃げて行く都城。

よっぽど理事長の事を恐れてるんだな……


「はーい! ホームルームを……ひぃっ!!」


俺が教室に入ってからみんなこの反応。

先生までこれと来たら、なんだか俺、イジめられてるみたいでちょっと不愉快……


「えー今日は、いつも通りの一日ですネ…はい。みんな悪い事しちゃダメよ……じゃあ最初の授業の準備しててネ」


前話での予告とおり、先生が教室を出た途端、みんなが俺の所までやってきて『神サマー』だの『天使』だのと言われたのはここだけの話である。

もちろん、ネコガミ様について本当の事は一切口にしてないぞ。


キーンコーンカーンコーン……


……放課後、またしても理事長(ネコガミさま)に呼ばれた俺。

それを伝える担任の先生の声があり得ない程震えてるのなんのって。

陰陽師(おんみょうじ)の家系である都城がさっきからずっと『霊気が……霊気ががががが』とか騒いでいるが、この際は無視させて頂く。



理事長室の扉の前。

禍々しい雰囲気をまとっている扉であるが、今日は何だか負の感情は感じられない。


「待っていたよ。さあ、中へお入り」


またしても勝手に開く扉。

重い音をたてて開く扉の先には、昨日と変わらぬその着物姿で、奥にある柔らかそうな椅子に座っていた。


「くく……昨日ぶりだね。まあ座ってくれたまえ。ずっと立っているままじゃあ疲れるだろう?」


指先で何か描いた途端、目の前に椅子とテーブルが現れた。

相変わらずすごいお方だこと。


「喉が乾いただろう。飲み物を用意するよ。こればっかりは魔法じゃ美味しくならないのさ」


部屋の引き出しの中から何か缶を取り出す。この香り…お茶っ葉か?

その缶の蓋を開け、お茶っ葉をきゅうすの中に入れるネコガミ様。

優しい目付きでお湯を淹れるその姿は、どこか母親を想像させるような、そんな神々しさがあった。


「くく……私は猫の神様だよ」


あぁ、そうでした、すみません。


「私の好みで申し訳ないね。もっと気の利く飲み物を用意したかったんだが……最近の若い人がどんなモノを好むのか分からなくってね」


そう言って置かれる二つの湯のみ。

この清冽な香り……この薄い緑色……これは茎茶?


「おや、随分と詳しいんだねぇ」


「ええ。父がお茶がとても好きな関係で、僕も好きになりました」


「お茶好きが居て嬉しいよ。私は茎茶のこの香りと味が大好きなんだ」


ここでちょっと茎茶についての豆知識。


玉露や煎茶の仕上げ加工工程で、新芽の茎だけを抽出したお茶である。

独特のさわやかな香りと甘みが特徴で、中でも玉露や高級な煎茶の茎は、「かりがね」と呼ばれて珍重されている。

艶のある鮮やかな緑の茎茶ほど、甘みがある。

赤褐色の太い茎は、地域によっては「棒茶ぼうちゃ」として販売されている。


「これは驚いた。こんなにお茶について詳しいだなんて……くく、もっとお話したい所だけど……今日は少し違う話をしたくて、ここに来てもらったのさ」


一体何なのだろう? 俺は湯気を立てている茎茶を口に含んだ。

夏なのに暑いお茶……ふっ……趣を感じるぜ(何がだよ)


「お茶を飲みながら聞いてくれて構わない。我が校と神にまつわる話を知っているかい?」


ネコガミ様は続ける


---天羽学園(あまばねがくえん)


この地には言い伝えがある。


--その昔、この地域の人々は天災に見舞われていた。

美しい百合が咲き乱れ、見渡す限り百合で一杯であったこの地域、百合丘(ゆりがおか)に突然の異変がが起こったのだ。


美しく咲き乱れていた百合は皆一斉に枯れてしまい、川は氾濫し、かつての百合丘は一面の荒れ果てた荒野となってしまった。


---このままでは死んでしまう


人々は願った。


---どうか神様、私達を天災からお救い下さいませ。今一度、百合丘の地に美しき自然の姿を……


天からある一人の神が祈りを聞き届けた。


--今一度、百合丘の地へ


そして神は百合丘の地へ舞い降りた。


神は見た。


--枯れ果てた百合(ゆり)の姿を


神は聞いた。


--風によって奏でられる百合(ゆり)の悲惨なを旋律を


森の再生を心の底から願う


神は歌った。

--百合丘の人々の為に。


神は唄った。

--美しき自然の為に。


その歌声は天界まで響き渡り、百合丘に変化が現れ始めた。


--空に広がる雲が


雨を呼び大きな川を作る--


--大地は青く色付き


やがて生まれる数々の(いのち)--


こうして百合丘の地はかつての姿を取り戻した。


---神が舞い降りた場所


人々は神に感謝の意を込めて、この地を『天羽』と改名した。



天羽学園が立つこの場所は、まさに神が舞い降りたとされる場所だという。

その証拠に中庭にそれを記念する石碑がある。

そこにはこの地は昔まで百合丘と呼ばれていたとの記述がある。


あ、あれ?


「あれ? 百合丘って……俺の苗字……」


「くく……そう。君のお家とこの地は色々な関わりがあるのさ」


そういえば昔、親父に今と似たような話を聞いたことがある。

その時はただのおとぎ話くらいにしか思ってなかったが……


「そんな百合丘くんにお願いだ。みかちゃんを是非とも、我が天羽学園中等部の生徒にしてあげたいのさ」


もしかして、ネコガミ様はこれを言うためにこんな神聖な話を?


「序盤に沢山の伏線を貼っておくと、あとあと物語が壮大になっていっとう楽しくなるのさ。……どうだい? 君が嫌なら無理強いはしない」


そんなもの答えは決まっているさ。


「勿論、よろしくお願いします」


その言葉を聞くなり、ネコガミ様はくっくと笑い、湯気が立っている湯呑に手を付けた。


「良い返答が聞けて嬉しいよ。では早速だが、明日みかちゃんをここに連れてきてあげてくれ。彼女とも話したい事が沢山あるしね」


気付けば外もだいぶ暗くなってきている。随分と長話をした事が伺える。

今日話してもらった天羽の事、そして俺の家系と天羽との関係。

そして何よりもみかがこの天羽学園に来るということ。

今日は朝から夕方まで新鮮なことずくめであった。



ここに登場する地名、伝説等は、実在する地名とはなんら関係がない事をご了承ください

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