甘えん坊なみか
「随分と長話になってしまったね。今日は少し君とお話がしたかったんだ。さ、空間情報を元に戻したから、もう外へ出られるよ。君の友人が外で待っているようだ。行ってあげなさい」
ここに来る前まで聞こえていた、運動部の威勢のいい掛け声がグラウンドから再び響き渡ってくる。
と同時に、先ほどまで圏外だった携帯電話もアンテナが復活し、バイブ音と共に不在着信を知らせるランプが光り出した。
「君のお友達がお待ちかねのようだよ。長話に付き合ってもらって申し訳ないね」
「最後に一つ、質問いいですか?」
ネコガミ様は大人の笑みでこれを肯定した。
「歳はいくつですか!」
ネコガミ様は人差し指を唇に当て、こう言った。
「女性に歳を聞くもんじゃないよ」
この日以降、何故か俺はこの学校の連中から死神扱いされたり、天使扱いされたり、よく分からないメチャクチャな事になったのはいうまでもない。
そうこうして家に到着。
鍵を開けて家の中に入ると、急に俺の水晶体にどアップのみかの顔の像が映り込んで来た。
「翔くーん! おっかえりー! 会いたかった~Yes!」
俺に甘えて来るみかを見ていると、何故だか娘に愛されている親父の気持ちになる。
……いかんいかん! まだ俺は高校生であってだな……
「翔くーーーん!! だからー! 会いたかった~Yes!!!」
更にぎゅーぎゅーしてくるみかに思わず俺の萌え度メーターの数値が振り切ってしまう。
「んもう! かわいいんだからっ!! ABKとかかわいすぎるからーっ!」
俺も思わずみかをぎゅーぎゅーしてしまう。
……機から見るとただのバカップルだな。
「いえーい!!」
「いえーい!!」
この後、薔薇の背景にて、二人でABKの曲に合わせて意味不明な舞を舞ったのは秘密である。
「踊ってたらお腹すいたな……夜ごはん作ってくる」
「やったー! ごっはん♪ ごっはん~♪」
みかは大喜びで俺の部屋へ入っていった。
こっそり覗いてみると、布団の上でごろごろなんだか楽しそうである。
思わず笑みがこぼれているままの顔で、俺は台所へ向かった。
今日の夕食はなんとなんとシチュー!
俺の得意料理の一つである。
さて、まずは玉ねぎを刻んで…………
そんなこんなで数十分後、優しいミルクの匂いのする白シチューの完成である。
「おーい! ごはん出来たぞー!」
それを聞くや否や、みかはごはんごはん言いながら俺の居る台所へやってきた。
「今日のごはんなに?! おいしいやつ?!」
「それは食べてみれば分かると思うから、とりあえずイスに座ろうなー」
「りょーかいゼェット!!」
ヤケにテンション高いな……
今日の夜ご飯、ディナーのメニューは、シチュー、サラダ、食パンである。
どうだ? 中々美味しそうだろう?
みかは早く食べたくてうずうずしているようだが、日本人としてこれだけは絶対にやらなきゃならない。
「はい、手を合わせて」
俺と同じように手を合わせるみか。
「いただきます!」
「いた…だきます……?」
「そうそう。ごはんを食べる時は、その食べ物に感謝して食べなきゃいけないんだ。そのための『いただきます』だよ」
「うん、分かった! いただきます!」
理解してくれたのか、その小さなおててを合わせて『いただきます』をするみか。さて、一緒に食べようか!
「うん!」
……早速ですか……
「こ、これはなに……?」
「シチューだよ。美味しいから飲んでみなよ」
「こ……これ……」
みかが指差しているその先には、みかの嫌いなニンジンがシチューの中で浮いていた。
「好き嫌いはいかんぞー。ちゃんと食べないと、大きくなれないよ」
「むー……」
ニンジンを凝視しているみか。
俺とニンジンを交互に見て、唸っているようだ。
そして、
「に、ニンジンさんいただきます……」
ぱくっ!
おー! イヤイヤ言いながらニンジンをちゃんと食べた! 偉いぞ~!
俺は目に涙をいっぱい浮かべたみかに、そっと頭を撫でてあげる。
「えへへ~! 褒められたからちゃんと全部食べる!」
開き直り早っ!
この後なんとみかは、嫌いなニンジンが沢山入ってるはずのシチューをおかわりしてまで全部食べたのだ。
「翔くんに褒められたから!」
俺も見習わなくちゃな。
褒められるって事がどんなに重要なのか、改めて感じた瞬間であった。
完全に日が落ちて二時間、俺とみかはふかふかのソファーに座りながら、なんとなーくテレビを見ている。
『ガンガン鳴ってるミュージック!! ヘビー…………』
テレビでは、最近猛烈に勢力を上げているアイドルグループ、ABK33のメンバーが有名なあの曲を歌っているのだが、みかにはこれが子守唄に聞こえたのだろう。目を擦って眠気をアピールしている。
「ねむいの……」
「そうだな。じゃあ布団で……」
「おやすみ……」
「え……」
ものの数秒で眠りについたみか。
ご丁寧に俺の膝の上で寝息をたてている。
「さてと、俺も明日の支度をして今日は寝ますかね……」
膝の上で寝息をたてているみかをそっと抱っこして俺のベッドへ。
俺は友との簡単なメールや宿題の有無を確認したりしたのち、再びベッドへ。
「おやすみ、みか……」
「うーん……」
俺がみかを撫でようと手を伸ばすと、その馬鹿力で俺の手をグイッと自分の方へ持ってきた。しかも寝ながら。
「ちょ、ちょっと……!」
「うむー……」
ぐいぐいっ!!
何しても離してくれそうにないので、俺はいつも通り、ネコだった時と同じように一緒の布団で寝たのであった。
明日も良いことありますように