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野郎達の英雄譚  作者: 銀玉鈴音
第六章 混沌の大地
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第十四話 未踏峰(3)

「――――――――!!」

 気合の雄叫びか、それとも苦痛の絶叫か。いずれにせよ、両者の口から発せられたそれは銀世界をびりびりと震わせた。声に弾かれ、小蜘蛛は雪面に落ちる。ぼすりと七本足の蜘蛛の形をした雪穴があいた。


 ゲロスは貫いた。並みの化物相手なら、一撃昏倒、必殺の奥義で。

 ギンスズは防いだ。並の人間相手なら、傷一つ付かない鋼鉄の防御で。

 ただ、両者の(スキル)はどちらも不完全。それでも凡百の相手なら十分に効力を発揮するが、お互いがお互いに達人。廃クラスに突入した奴ら同士の技の掛け合いになると、それこそドット(わずか)のずれすら許されず、ミリ(かすか)の時間差すら問題になる。


 両者ともに失敗した――と感じた、刹那の後。先に動いたのは、ギンスズであった。

 背に刺さった短剣が内蔵を傷つけようが、かまうものかとぐるり回転。そのまま裏拳。頭があったと推測される箇所を、硬く握った拳が弧を描いて通り抜け、空振り。

 逆側の手は背負った両手斧を引っこ抜く。背中に刺さっていた短剣が、斧頭に激しく当たって引っこ抜かれ、どす黒い血が白い世界を黒く染める。


「URAAAAAA!」

 だが、そんな事は構うものかとギンスズは逆巻いた勢いを利用して斧を降りおろす。

 鉄の塊が大地に打ち下ろされ、遠雷に似た音が響いた。表層の雪を吹き飛ばし、その下、ぶ厚い氷の層にひび(・・)が入る。


 まるで猛獣。手負いの獅子が暴れる様に、周囲のばけもの達は蜘蛛の子を散らしたように一斉に距離を取った。強大な化け物が戦う時、並の化け物では巻き込まれるからだ。彼らは判っているからこそ、引いた。


 ギンスズは判っていないので、戸惑った。

 ゲロスは判っていたので、戸惑わなかった。

 それは、味方の装備が弱い(・・・・・・・・)弱小(エンジョイ)ギルド出身故の経験。強者は知る必要の無い、地面を舐める者のみが知悉する、取り巻きMOBを含めた敵の行動パターンの把握。


 ゲロスは、一斉に距離を取る魔物達の影を<影渡り>で縫うように影から影へ。最後に影の主を蹴り飛ばし、一気呵成に距離を取った。ひたすら雪原を駆け抜ける。ちらりと後ろを振り向くと、<迫撃>を回しながら(・・・・・)、雪原を点々と黒く汚しながら、猛然と迫る何かが見えた。つりあがった口の端には血泡を浮かべ。実に嬉しそうに駆けてくる。


 その様、正に狂犬。


 頭に血が上ったら、多少の負傷すら気にせずに食らい付く、狂犬のような"戦士"。優秀な"修道者"か"死霊使い"のどちらかが居なければ成立しない、自滅必須の狂戦士。

 過疎った世界で、そんな狂った戦い方をしたのは――少なくとも、ゲロスには一人しか心当たりがない。アレが英雄(ひと)であるなら、彼女しかありえない。

「あれは……まさか、ギンちゃん?」

 変わり果てた知人の全く変わらぬ戦い方に、ゲロスは胆を冷やした。



 ***



 どうん、と地響き。しばらくの後に、"蜘蛛"を股間の耳に当てた"六本腕"がどたどたとベルウッドの足元に走りよってきた。

『てき、いっぴき。まじん、たすけ、いらないいった』

『ふむ?』

 言葉足らずな"六本足"の報告をしばらく噛み砕き、ベルウッドは理解した。

『……ああ、なら良いだろう』

 ギンスズが一人でいいと言う敵なら、無理に手助けは要らない。色々と問題は抱えているものの、アレはアレで、負け知らずだ。

 遠目に写る雪煙にベルウッドが目を細める。純白の世界を駆け抜ける、漆黒。

 追うはギンスズ、追いかけられるのは――

『何者だ?』

『なないろ、の、かえる?』

『……蛙?』

『かえる』

 確かに色鮮やかにビョンビョンと、蛙の様に飛び跳ねる影。数秒観察した後に、ああ、そんな奴も居た。敵と言うほどの者でもないと、ベルウッドは結論を下す。

 そう、それは一言でいうなら。

『"養分"、か』

『…………うまい、ごはん?』

 "六本腕"の口から、つつぅっとよだれがたれる。適切な意思疎通が出来ているとは言いがたいのでは、とベルウッドは唸る。

『この言葉は、語彙が足りんな』

『ことばあつめる、たりない?』

『……先に進むぞ。数匹、迷わない程度に蜘蛛をつけておけ』

『わかった。それで、ことばをあつめる?』

『いや、いい』

『ことば……』

 本当に彼らと、理解しあえているのだろうか。急激な不安。だが、少なくとも、それを今検証する事は出来ない。ベルウッドは"六本腕"の会話を強引に打ち切った。

『進むぞ。他に敵は?』

『いない、はず』

 例えこの場に何人"敵"が居ようと問題はない。

 そのぐらいの状況判断はできる、ベルウッドは、己のギルドの事は把握しきっている――はずだ。



 ***



王手(チェックメイト)

「まだ、終わってないよ、怪我一つありゃしないじゃないか」

 ギンスズの斧の影から、ゲロスは転がり出る。二次元から三次元へと急速変換。側転。距離は|ゲロスが思った通り(・・・・・)に取れない。これで四度目。後数回。


 どかん、と鉄塊が雪原にひびを入れたのが四度目。

 ゲロスが"回避"を行ったのも、これで四度目。<身代り>、<宙返り>、<霧隠れ>、そして今使ったのが<影渡り>。ゲロスの"回避スキル"は、もう全て打ち止め、クールタイムだ。


「いいや、ゲロっちはもう詰んでるよ」

 "戦士"相手に姿を現した"暗殺者"は勝てない。

 これは、世界のルールだ。

 

 ルールをひっくり返す為に、先人達はどれだけの検証を行っただろうか。

 ギンスズもどれだけ検証に参加しただろうか。

 WASDのキーが擦り切れるほど殴って殴られた結論としては、"暗殺者"は回避"スキル"が残っているうちに"戦士"に仕掛けなければならない。

 つまり、タイマンなら"戦士"相手に、"暗殺者"は三手目までに仕掛けないと、詰む。


 三手目までだ。


 逆転の目があるのは、三手目までだ。それまでに、毒や状態異常や、逃走を図らなければ"暗殺者"の確実な敗北で、"戦士"の確実な勝利だ。

 だから、チェックメイト、とギンスズは思う。

 ゲロスの状況は詰んでいる。


「まだまだ。良くある事じゃあないか。油断したらひっくり返るって」

「ゲロっちが何考えているか、良くわかんないけどさ。でも、こういうの嫌いじゃないよ」

「そりゃ、ギンちゃん曰く、最強だからね。負けるわけがないのさ」

 詰んでいるのに、ゲロスは不敵に笑っている。

 そこが、ギンスズにはたまらなく愉快だった。


「ボク舐めプとかさ、しない主義だし」

 ゲロスが次に取る行動は、タイマンならば"相殺"を狙った攻撃しかありえない。

 ありえないが、違うだろう。ギンスズの直感はそうささやく。追い込まれた状況から、何をするかが推測できない。


 ゲロスの装備は交差するように両手に構えた短剣と、光を反射して虹色に輝く皮の鎧。恐らく背教者シリーズ。冷気耐性の伝説級。対"魔法使い"なら選択肢として悪くない。だが、"戦士"を相手どるには不適。

 相手の装備から、何をしでかすかが判らない。


 じゃあ、何が狙いだ。ギンスズは考える。

 ゲロスはギンスズを見ているようで、見ていない。ゲロスの視線はどこか別の場所に向かっている。じりじりとすり足での移動は、距離をとる訳ではない。一定距離を保ったまま、弧を描くように、傾斜がキツい方向に移動をしている。

 傾斜が何か、関係あるのだろうか。不安定な足元で、転ばせようとでもするのだろうか。いや、そんな小細工で、勝ち目があるとでもゲロスは思っているのだろうか。


「まぁ――何があっても全力で、潰すよ」

 今の体でもずしりと重い、両手持ちの斧を握り締めて。クールタイムが切れる前に、ギンスズは雪面を蹴った。


 一体ここで、ゲロスが何をしていたのか。そんなことは、どうでもいい。一体なぜ、ゲロスは襲い掛かってきたのか。それもまた、どうでもいい。

 一体何を、ゲロスは仕掛けてくるのか。

 それだけが、ギンスズは楽しみだ。


「避けれるもんなら、防げるもんなら、やってみてよ!」

 その言葉を皮切りに、ギンスズは音の速度に迫る。

 十分に運動エネルギーを与えられた砲弾は、小さな蛙に激突する。



 ***



 首都、トコシェ。短い秋が終わって、長い冬は始まる。晴れの日は少なく、多くは曇り、時に雪。もじゃもじゃに伸びた真っ白い髭を引っ張りながら、オジジは窓の外を見る。

 白く薄い雪化粧をされたトコシェの街は、寒々しい。更に言うなら今日は寒い日だと、オジジは聞いた。

 遠くそびえる"ヤマ"がきれいに見えるからだそうだ。


「だいぶ、人へっちまったなぁ。俺っち、ちょいとこう、寂しいな」

 執務室と彼らが名付けた一室。ほんの一月前までここに座っていた主は無く、代わりに座るのはオジジである。

「うむ。そうやって過去を懐かしむのは、英雄らしいか?」

「あー……、いや、違う。すまね。俺っちが悪かった、ベル」

 書類を抱えて部屋に入ってきたのはべルウッドだ。

「……まだ、記憶は戻らないのかい?」

「俺には、該当する記憶は無いようだ」

 どうやら、ベルウッドの記憶が欠損しているのではないかと言うことに、オジジを含め、残存している共鳴痛のメンバーが気がついたのは、あの時の混乱が収まってからだ。

 結果として、オジジがマスター代行を行う事になってしまった。グっさんが居れば、また違った結果になったのかもしれないのだが。

 ありえぬIF(もし)の可能性を、首を振ってオジジは追い出す。


 やることは幾らでもある。人手が足りないのは、自分たちだけではない。

 "十字"喪失の爪痕は深い。それを消すのには、ひと月ではとても足りない。

「んじゃ、午後の書類仕事を片付けるかい。ギルド(うち)関連のは軽く目を通すだけでいいさね」

「わかった」

「後複雑そうなのは、俺っちが片付けるから、ベルは適当な所で休憩入るといいさね」

 午後の仕事の始まりだ、とオジジが腕まくりをした時に。


 南向きの窓の外から、低い音。本棚が崩れた音よりも、よっぽどひでぇや、とオジジは思う。はっと顔を上げたオジジの瞳に、窓から覗く"ヤマ"が大きく姿を変える瞬間が飛び込んできた。


「なんじゃあ、あれ」

「よくわからんが、仕事が増えそうだな」


 遠く。窓の外。"ヤマ"が、崩れ落ちる。



 ***



 四度目と、駆け出した衝撃で十分だった。


「思ったより、早かったかな」

 ゲロスの唇が、そう蠢いた。音より早い世界で、声によるコミュニケーションなどできやしないだろう。だが、言わずにはいられなかった。


「ざまぁって奴さ」

 能力の差。装備の差。職性能の相性。全てがゲロスに不利に傾いていた。まっとうにやりあったら確実に負ける、負けパターンだ。

 だったら、判りやすい負けパターンに自ら入り込めば、相手の行動もコントロールしやすい。

 "回避"の無い"暗殺者"は詰んだも同然。最高の威力を持って葬り去るのが常道。

 一発二発で揺らがない地面でも、そんな攻撃を叩き込めば――


 超高速でゲロスに迫る影と比較すると、ゆっくりと。

 何度も何度も物凄い衝撃を叩き込まれた雪面は、重力に従い滑り始める。

 両手に構えた短剣を鞘に収め、ゲロスは備える。


 雪崩に、だ。


 ゲロスは後はただ、これに飛び込んで、飲み込まれればいい。

 巻き込まれれば、ただではすまない。損得計算ができるなら、この自然の濁流に飲まれようとは思わないだろう。


 表層部の雪のみならず、根雪となって硬く硬く押し固められた、氷も。更にその下の、これまで溶けることなど無かった永久凍土層も。どかんどかんと、遠慮なく砲弾のように打ち込まれた、"スキル"によって、ぐじゃぐじゃに攪拌されて、ギンスズの踏み込んだ足がずるりと滑った。

 かまうものかと、更に踏み切って、跳躍した時にギンスズはようやく、大きく崩れ落ちる足元に気がついた。


 雪崩かぁ、と。


 けれど、もう既に出し得な状況でしかない、ぬかるむ足元は大した障害ではない。

 当たる。

 間違いなく、当たる。

 それで、決まる。

 何か問題があるのか。ギンスズにとって、今一番重要なことは。


「っしゃらああああああ!!」

 捨て身にも似た一撃。大地も砕く、必殺の一撃。生命波動を限界以上に込めた、<憤怒の一撃>。音が聞こえないはずの世界に、恐ろしいまでの轟音が響く。斧の刃が、空気の層を割る様すら、ゲロスにははっきりと見えた。迫る刃。


「え、本気!?」

 今までの冷静さをかなぐり捨てて、ゲロスはとっさに背を向けて、逃げ出そうとして――転ぶ。濁流に飲み込まれる。

 続けざまにギンスズも、馬鹿でかい斧を振り下ろした。突き刺さる。飲み込まれる。衝撃が濁流を一時吹き飛ばす。それすらも、流れ込むもろもろが飲み込んだ。


 崩れ落ちる"ヤマ"の雪と、土と、砂と、氷と、岩ががごたまぜになった流体が、二人を押し流した。

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