表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
野郎達の英雄譚  作者: 銀玉鈴音
第六章 混沌の大地
95/105

第十一話 僕らの黄金郷



 気がつけば、八木は自分が創り上げた世界に居た。自分が創った異形達に囲まれて、求められるがままにそれらしい(・・・・・)振る舞いを行った。成り行き任せに異形たちの群れを率いて、自分で創り上げた世界の、自分で創った街を一つ壊滅させた。


 八木の行った事を要約すると、ただそれだけである。

 そして、また気がつくと――


「僕もまぁ、よくよく唐突に巻き込まれる人生なんだろうか?」

 やれやれ、と横たわる体を主観で起こた八木は、前後左右と首を動かした。白と黒、そして灰色。天地の境のない、三百六十度全周囲を見渡しても、何も無い――いや、遥か彼方にごま粒のような、星、太陽、月。

 異形の体に慣れきっていたせいか、少々の違和感が付きまとう。今は、八木は単なる人であった。耳元でゴチャゴチャと"邪神"がわめいているが、気にならない。


「……あっちかな」

 足元に地面がない空間を歩くのは、非常にふわふわとした、スプリングの利いたベッドの上を歩くような異感覚。どういう状況に置かれているか、邪神であった八木には何となく判る。


 これは恐らく、自分の魂と体が切り離された状態である。そして、邪神の体は遥か遠くのごま粒にある。たどり着くには、歩くしかないのだろう。少なくとも、この場に居ても何も変わらず、八木がやりたい事は成されない。


「随分遠くに飛ばされたものだなぁ……」

 遥か彼方を目指して、歩み始める。

 歩み始めて判ったのは、八木の主観時間が当てにならない事であった。

 ごま粒は相当の速度でスピンし、光るごま粒の周りを等速円運動を行っている。スケール感が相当に曖昧な、灰色の空間。宇宙なのかもしれないが、そうでないのかもしれない世界。自分がどういう状態に置かれているか、誰かが自分を定義づける事もなく、自分を自分で定義するしかない世界。

 そんな虚無にたった一人浮かぶ八木を孤独が磨り減らす。


 歩く。

 星を目指して、八木は歩く。

 どれほど歩いたか八木には判らない。道半ばか、ほんの一歩か、それとも、もうたどり着く直前か。

 ただ無心に歩く八木の道中に人影。

 ここ数年間で、一番話した、信用と信頼の置ける、先輩で後輩で同僚。八木と35センチの身長の差のある……どうにも野暮ったい女。初見の人には上手く説明出来ない自信が有るが、こういうときに居てくれたらどれだけ助かるか判らない友。

 それが、藤田八重だ。


「先輩、もう帰りましょう。いく必要は無いッスよ」

 開口一番。八重は言った。


「センパイ、何言ってるんですか」

 なぜこんな事を八重が言い出すのかが、八木には判らない。自分達の大事な、子供のような箱庭なのだ。あの時、あの場で終わったならまだしも。こんな中度半端な状態で戻れと言うのか。戻れるというのか。


「もう良いじゃないっスか。今戻れば、全部終わり際に見た妄想で済ませれるッスよ」

 今まで歩いてきた方向とは逆方向に、八重は八木の手を掴んで引きずろうとして、引きずられる。

「センパイだって言ったじゃないか、こんなゲームがやってみたい、作ってみたいって……そんな、僕らの夢見た、理想のゲームがあそこにあるじゃないか」


 あれこそが――八木の黄金郷(エル・ドラド)


 ポリゴンで形作られテクスチャで彩られた、仮想バーチャルでしかなかった世界が……限られた予算、短い開発期間、頻出するバグ、離れる顧客、矛盾した設定、資金の回収の為の無理やりなアップデート、不正ツール対処のいたちごっこ……これらに悩まされない、血と肉を持った現実リアルな圧倒的な存在感を放つ、この世界が。


 空の青さと海の生臭い潮風、白い雲を切り裂く山脈の鋭い頂、深い森の緑と湖沼の膿んだ藻、鬱蒼と茂る野山にぽっかりと開いた洞穴。踏み込めば迷宮のむせ返る様な血の赤さと臭いに。泣いて、笑って、怒って、苦しんで、悩んで、閃いて、楽しんで――


 誰もが本気マジで遊ぶ。そんな世界を提供できる。

 八木にとっての黄金郷が、これだ。このせかいだ。


「どうしても、ダメッスか?」

「うん、僕は……どうしても、やらなきゃいけない」

 大体、もう既に話は始まっている。動き出したメインストリームを止めるのは、馬鹿のすることだ。


「これを手放すのは惜しい」

 そう、惜しいのだ。恐らく、この機を逃したら、絶対に叶う事がない夢。

 八木の創る世界を待ち望む者達が居る。それを捨てる事はできない。


 八木は創作者クリエイターだ。

 なった経緯は流れでも、なんでも。今は創作者だ。

 そんな理想郷を、ほいほいと誰が捨てれよう。


 八重の言葉一つで、止めるわけにはいかないのだ。


「それは……傲慢ッスよ」

「傲慢かな」

「ええ、傲慢ッス。ゲームは……プレイヤーあっての、ゲームじゃあ無いっスか」

「それでも、僕は」

 八木は――この機会を、逃したくは無い。


「戻れば、ウチと殺し合いになりますよ」

「……そうだね」

 確かにそういう事にもなるだろう。八木の認識する限り、八重はヒゲダルマで、ヒゲダルマが八重で、センファイが八重で、八重がセンファイだ。

 八木が"邪神ヤ・ヴィ"である限り、敵対する事になるだろう。

「そうだね、敵だな」

「敵ッスよ、敵。一片の曇りなく、命のやり取りとかしちゃう仲ッスよ」

「そうだね、まぁ、ある程度手を抜いてくれると楽かなぁ」

「何言ってるんスか……」

 八重の泣き笑いを見て、八木は困ったように微笑んだ。


「夢を見るなら、今しかないんだ」

 醒めない夢を、八木は求める。





 確かに、黄金郷だ。エル・ドラドだ。

 あちらで叶わぬ事が、こちらでは叶う。

 チャカにとって、この地は確かに、かっては黄金郷であった。

 深夜早朝、何時ログインしても、馬鹿な奴らはいつでもいた。

 いつだって楽しい冒険が待っていたし、いつだって馬鹿馬鹿しいやり取りがあったし、辛い現実で削れた心を、癒せる力がここにはあると信じてた。


 今では、どうだ?


『もう帰ってよ。心残りなんて無いでしょ』

 全身を締めつける影が、チャカの両手を無理やり窓枠にかけさせた。

『酷い目に会ったじゃない。痛い目に会ったじゃない。苦しい目に会ったじゃない』

 抗う手は、震えながらも窓枠を掴む。確かにチャカは、酷い目にあった。

『もうどうでもいいじゃない所詮、ここは常世で、隔世。あんたにとって、現世じゃない』


 ――そうなのか?


『ヒゲダルマだって、あんたにとっては――ほんと、名前だけ知ってたような間柄だったし』

 確かに、チャカとヒゲダルマは、そんなに深い間柄ではなかった。一月ほど前までは。


『タイタンだって、あんたにとってはモニタ挟んだ間柄でしかないし』

 確かに、タイタンとチャカは、モニタを挟んだ間柄だ。


『ナイトウだって、あんたにとっては仮想の存在でしょ』

 確かに、かってのチャカの主観から見たら、ナイトウは仮想の存在だ。画面の中にしか居ない、仮想の友人だ。


『だから、ここでの記憶は、あんたにとっては――まがいもので、大事じゃない』

 窓枠を掴む手に一層の力が入る。

『だから、後はわたしがやる。わたしの方が、皆ををよく知ってる。わたしの方が、あいつらの仲間だ。わたしの方が、あいつの相棒に相応しい』

 チャカの耳元で囁く声が、一層の熱を帯びる。


「ちがう」

 チャカが自由になるのは首だけだった、だから、首を横に振った。目から涙をこぼした。


「全然、違う!」

 違う。違う。違う。違う。違う。

 よく知らないからなんだ。出あったばかりだからって、なんだ。モニタ一枚隔てたからってなんだ。モニタの向こうにゃそいつが居た。仮想だからって、なんだ。仮想現実も、現実だ。

 画面の中は仮想でも、画面の向こう側は、そこに在る意思は、現実だ。


「にせものなんかじゃない!」

 けして、まがいものではない。仮想は、偽物じゃない。


『でも、あんたは演技してた』

「してた! けれど違う!」

 確かに、チャカは演技をしていた。仮面を被って、別の人格ペルソナを演じていた。

 だが、人格とはたった一つだろうか。それは、けして揺らがないものだろうか。


 ――素顔は、たった一つか?


 違う。

 色々な側面を、人は持っている。

 ナイトウだって、頼りになる面だってあれば、ろくでもない面だってある。糞みたいなことを言い出す事もあるし、ヘタれる事も多い。

 チャカだって、そうだ。

 人間だから。色々な面を持っている。演技も突き詰めていくと、一つの面になっていく、なっていた。そうなってしまった。


「あんたも、私なんだ!!」

 そこに、"仮"の面は無い。良い面も悪い面も、単にチャカであっただけだ。

 チャカの一面であっただけなのだ。


 そう、確かにこの"自分"は――チャカと"チャカ"は、別の人格だ。

 だが、同じ人物の別の一面だ。


「あんたは私で、私はあんただ!!」

 ここが現実になって、黄金郷じゃなくなって、理想郷じゃなくなったから。だから、帰る。帰ると決めた。でも、結局の所――チャカ一人で帰れば、ここに"心"を残してしまう。この、"チャカ"の心を、置き忘れてしまう。長い時間を費やして、そこに居た人達と創り上げた自分も、置き忘れてしまう。


「皆で帰るって決めたんだ、そうじゃなきゃ、嫌だ!」

『……帰れなくてもいいの?』

「私一人だけで、帰れっこない。帰る意味がない」

 チャカは、自分一人でこの世界を生きて(プレイ)きた訳じゃない。取り巻く環境全てが、チャカを形作ってきたのだ。

 自身だけがよければ、全てよし。そういう生き方は、チャカはしてこなかった。


『こんな機会、もう無いかもしれないよ?』

「……それでも、帰れない」

 チャカは首を横に振る。この胸の痛みだけを抱えて、あちらに戻る事などチャカには出来ない。


『……ねぇ、わたしに譲ってよ、お願いだよ』

「それも、できない」

『なんでよ……こんなにお願いしてるのに……返してよ、元々はわたしのだよ?』

「違うよ……"わたし"と私の、二人のものだよ」

 あの体は、"チャカ"だけのものじゃない。チャカのものでもある。

「独り占めなんてさせない。これは、"私達"の物語だよ」

『…………そっか』


 影のように纏わり付いていたもう一人は、チャカとよく似た顔を、いつの間にか取り戻していた。何となくだが、チャカには感じ取れた。

 此の世が彼の世と相似な様に、"英雄"の魂も、また、相似。本当によく似た、双子のような存在だ。


『……じゃあ、今は"私"に譲る。上手くやりなよ、"私"』

「うん」

『上手く行かなかったら承知しないから。絶対許さないから』

「……うん」

 チャカの歯切れの悪い返答に、"チャカ"は苦笑を浮かべて。

『自信持ちなよ、私』

「そりゃ、そうは言うけどさ……」

 自信なんて、チャカにはない。"チャカ"のような『自分なら絶対に出来る』という自信は、無い。

『それこそ、出来なきゃ"わたし"が出張るだけね』

 ずぶずぶと沈む、魂。

 堅く握っていた"窓枠"は、今は遥か遠く。チャカはシロクロで構成された混沌の泥濘に飲まれ始めていた。

 チャカと"チャカ"は重なりあいながら、沈む。二人の人影は一つの影に。


『……それじゃあ、また、どこかで。会えるといいね』

「次あった時は――」

『上手く行った報告しか、聞かないからね!』

 沈む。ずぶずぶと泥のような暗闇に飲み込まれる。

 溶け合い、混ざり合い、眠りに似た心地よい暖かさがチャカの全身を覆った。





 チャカが目を覚ました時には、一面の夕焼けが世界を覆っていた。

 黄昏前の赤い空に、黄金の雲が浮かび、黒い鴉が追いかける。

 ぱちくり、と瞬き一つと、大あくび。ぼやけた世界にピントがあった。


「夕方……?」

 長く寝すぎた時のけだるさが、チャカの全身を覆っていた。


「お、おぉう、チャカが起きたぞー」

「起きたッスか」

「……やっぱり、帰れなかったのか」

 重い頭を振りながら、チャカが目を覚ました時には、馬鹿な奴らが三人。鉄鍋を囲み、麦粥を食いながら、何ともいえない微妙な表情を浮かべる馬鹿が、三人。


「ま、まぁ、食え。飯できてっぞ」

 湯気を上げる椀を、ナイトウが突き出しながら言った。暖かいどろりと粥に、ぐぅ、とチャカの胃が鳴った。もう何日も食事を取っていないかの様な空腹であった。


「もしかしたら、帰れたのかもって話をしてた所ッスよ」

「……残念だったな」

 沈む太陽が真っ赤に燃える。黄金の時間は、瞬く間に過ぎ去る。

 馬鹿達は皆、各人、どこかで踏ん切りをつけたような微笑を浮かべていた。

「な、なぁに。邪神を倒せば、きっと皆戻れるかも知れないべ、それをがんばりゃいい話だべ」

「そうッスね」

「どっちにしても、俺達が出来ることは少ないからな」

 穏やかで、騒がしい夕餉の時間が過ぎてゆく。全員が全員、穏やかに笑っていた。


「あ……う」

「ん、どうしたべ? な、何か腹でも痛いのか?」

「うん……なんでもない」


 なぜだか、チャカは涙が止まらなかった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ