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野郎達の英雄譚  作者: 銀玉鈴音
第六章 混沌の大地
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第六話 暴露と擬態(2)


「ファッティなMOBなんスよ。基本的には」


 ファッティ――確かにあの"蟹"の腕は太かった。

「――邪神は実は(・・)五つに分割されて封印された、っていう設定だったわけッス。――頭、胴、腕、足、そして、核。クオン、フェネク、オウレン、ティカン、そして、サイハテ、五つの街に五つのNM級を配置して、そっからー……って言う話だったッス」

 硬く、重く、そして太かった。受け止めた盾が、よくへしゃげなかったものだ、とタイタンは息を吐き両拳を見る。ヒゲダルマはアレに類似したものがまた、顕れる可能性を指摘していた。


「あんな化け物が、残り四匹……ってか?」

「安心してくださいッス。多分――残りは、クオン、ティカン、サイハテの三匹ッス」

 "蟹"の殴打を受け止めたタイタンが、両拳を握り締めたのを見て、ことさらに軽くヒゲダルマが笑う。厳つい顔を無理やり笑みの形に持って行く。


「フェネクの"欠片"は、倒されたはずッス、多分」

「業腹だが、升でぶっ倒したって話だったな。この前の話の奴が、その……欠片って奴か」

「ええ、"胴"は旧モデルの使いまわしだった訳ッスよ。それでも、たった一人の升で何とかなった。つまりは、そういう事ッス」

 息を吸って、吐く。慎重に言葉を選ぶ。

GM(かみ)側だって、万能と言う訳じゃないッス。倒せない敵を配置できた訳じゃないッスよ」

 商売でやってた訳ッスからね、と肩をすくめながら、ヒゲダルマは天上を見た。


「タゲを切って逃げない限り、"十字"を折った奴を追いかけるはずッスよ。それで、たとえ|逃げ切っても……各主要都市には、大規模ギルドが陣取っているはずッスよね」

「つまり――アンリミテッドの奴らが、各都市の"十字"を壊して回った場合でも、何とかなると?」

 二人の会話を聞くナイトウは、何かが腑に落ちなかった。


「……彼らが、NM(ネームドモンスター)を放置するとは思えないッスよ。だから、世界が崩壊するとか、そんな騒ぎにはなる訳が無いッス。冷静に考えるなら、そうなるッス」

 具体的に何がおかしいか、と言うと、ナイトウ自身、そこまで賢い部類では無いので、断ずる事はできないが、何かがしっくりと来ない。


「ねぇ、ヒゲ。それ、おかしくない――何で皆が逃げないと思うの?」

「……え、いや、BOSSが居たら狩るッスよね?」

「あんな怪物を相手に、マトモに戦おうなんて……思うのかな?」

 この一ヶ月半、この世界で生きて、この世界で散々な目にあって、ナイトウが、タイタンが、ヒゲダルマが、敵に立ち向かったからこそチャカは立ち向かえた。じゃあ、その下地が無い人達は、どうなのか?


「私、あんなのと一人で戦うのは無理だよ? 皆が居たから、逃げなかった。じゃあ、その『みんな』がいない人達は……どうなのかな?」

 他人を推し量る事は難しい。いかにももっともらしい事を言って、いかにももっともらしい推論を立てても、結局、相手は人間なのだ。

 どこかで、弱さが、甘さが、ぶれる箇所が出る。


「残り三匹、どんな能力なのか、詳しく。最悪、私達でも対策が出来る位に」

 だから、チャカはあくまで自分を基準にして発言をした。ヒゲダルマは、それを聞いて頭を掻く。必死で、うろ覚えの――没になった企画の、没になった細部データを思い出す。

「基本は、ごり押ししかしない……強いNMでしかないッスよ、残り三匹中の二匹は」

 "頭"なら、噛み付いて、"足"なら蹴ってくる。うろ覚えの記憶を頼りに、ヒゲダルマは残りの"欠片"の性能を語れるだけ、語る。ガス攻撃をするとか、踏みつけてくるとか、目から破壊光線を出すとか、その辺りもまぁ、ごり押しの部類に入るだろう。


「ただ、"サイハテ"の一匹だけ妙に凝った仕様なんスよ……ドッペルゲンガーって知ってるッスか?」

「じょ、常識じゃね?」「何だそりゃ?」

「……え、タイタン、知らないの?」

「ド、ドッペルゲンガーってさ、ドイツ語で、二重に出歩く者っつー意味なんだ。だ、大体、自分とそっくりさんが現れて、ソイツを自分で見たり、他人が見たりする怪奇現象で……大概の場合、見たら死ぬっていう、おっそろしい呪い付きでな」

 ナイトウが多少誇らしげに、自分の知識を語る。

 ドッペルゲンガー。ゲームや、アニメや、漫画でもお馴染み(・・・・)なソイツは、ナイトウでも知っている。昔やっていたゲームでも、相当に苦しめられた。懐かしい相手だと昔を思う。


「ゲームでもよくあるだろ。じ、自分と同じコピーが出てくるって話はよ」

「はいはい、よくある話よくある話」

 よくある話である。己の分身がBOSS扱いになるとか、全く同じ能力を持ったコピーが敵になる、というものは使い古された、古典的なギミックである。だから、何故『凝った』などと念を押すようにヒゲダルマが言ったのか、チャカは首を傾げた。

 

「まぁ、大体ナイトウさんが話した通りで。一番、自分が恐れてる人の姿を取るっていう設定だったんスが。まぁ、怖がっている人なんて特定する処理はできないッスから、出てくる時、一番近くに居て、一番強いプレイヤーをDB(データベース)ごと丸コピーするって処理を取ったんスよ」


「そ、それ……BOSSとしては(・・・・・・・・)、物凄く弱くね?」

 ナイトウが当然の疑問を抱く。

 プレイヤー(えいゆう)が強い理由は、人が操っているからこそである。それを丸コピーをした所で、BOSSはBOSS足りえない。それこそ外見だけを真似て、適当なパラメーターを振ってやる方がよほど現実的なゲームである、とナイトウは思う。

「ええ、弱いッス。弱いッスが……ただ、コピーしたプレイヤーの現在HPを常に(・・)参照(ミラー)し続けるんすよね」

 最後の部分を、特に強調してヒゲダルマは肩をすくめる。

「こいつは『倒せない』んスよ……仕様のままだったら、の話ッスが」

『これじゃ絶対に倒せないな』と八木がいたずらっ子のような笑みを髭面に浮かべた事をヒゲダルマ(藤田八重)は思い出した。ヒゲダルマが、倒せなくていいのかと問うと、『倒せない敵が居てもいいじゃないか』と笑っていた。


「倒せない敵は居ない、って最初の言葉と矛盾してるッスけど。これだけは、厄介なんッスよ」


 ――だから、最弱にして最凶なんだ。

 まぁ、今のままじゃ使えないから、イベントの仕込みにしておこうか、と八木は困った顔をするのも印象的だった。思いついたまま素で作っちゃったよと、彼は苦笑していた事を、ヒゲダルマは覚えている。


「でも、アレっす。多分、"十字"を割らなきゃ出ないし、逆に割ったら、そこでジ・エンドって奴ッスよ。もし、アンリミ達が引っかかるのであれば――自業自得って奴じゃないッスか?」

「そりゃ、そーだな」

「……うん、まぁ…………そうだね」


 いつもの夜の会合は、そこで時間切れとなった。三々五々、各自自分の部屋に戻り、寝床に横たわる。

 ナイトウは、寝台の上で今日のやり取りを思い出す。引っかかっている箇所を洗い出す。ある種、割り切ったヒゲダルマの発言に対して。じゃあ対処できないならどうなのか、と言うチャカの発言に対して。なんとかなるのか、というタイタンの発言に対して。

 一言一句、反芻する。そうして、するっと胃の辺りに落ちる感覚をナイトウは味わった。ああ、ナイトウの愛する仲間達もまた、ある程度の"犠牲"を容認しているのだと、ようやく腑に落ちた。


「そ、そりゃ、当然だべ」

 ナイトウだって、当然だ。見ず知らずの奴らがどうなろうと、いや、それどころか、知ってる奴らがどうなろうが。身内以外なら、割とどうでも――いや、どうでも良くない。

 知ってしまった以上、ナイトウが気持ちよく、飯を食って寝る事が出来ない。

 確かに、世界が崩壊する事は無いかもしれない。彼らの思うとおりの事象は起きないかもしれない。ただ、そこで誰かが犠牲になる。戦えない誰かが、抗えない誰かが犠牲になる。

 それに、だ。

 ヒゲダルマは口よどんでいたが、あんなもん、馬鹿にだって判る。無論、ナイトウにだって判る。推測は容易だ。


 ――『未実装』イベントは、全部の欠片を倒して、その上で邪神を倒すんだろう。

 何故ヒゲダルマが、それを明言しなかったのか。その辺りの事情は、ナイトウには推測が出来ない。わからない。ヒゲにはヒゲなりの事情があるのだろうとしか言えない。

 それよりも何よりも。


 もし、自分が動かなければ。ナイトウは己の過去を思い出す。もし、動けていたら。今までの自分を振り返る。もし、ナイトウが迷わなければ、もし、ならば。もし、なら。もし……。

 ナイトウは、考えれば考えるほど、正義と言うものが良く判らない。

 だが、迷っているだけでは、失うだけだという事は、痛いほど体験しているのだ。


「ど、どうせオレは死んだ身だ。他の奴らが出来ない事をやるしかねぇべ」

 寝巻きから旅装束へ。着替えを済ませたナイトウが、部屋を抜け、大穴の開いた玄関を抜け、倒壊した門の瓦礫を避けて、道へ。人通りは絶え、鼠だけがチイチイと道の端を駆けていく。

 杖を持ち、ぐっと膝を曲げ、飛び立つ準備。

 空は暗く、星が綺麗に瞬いていた。


「ナイトウ、どこにいくの」

 背後から声が掛かった。振り返ると、血の様に赤い目がじぃっとナイトウを見つめていた。

「た、煙草をちょいと、買いに」

 ナイトウの口から出たのは、本当にうそ臭い言い訳だ。「嘘ばっかり」と小さく口を動かし、ナイトウの間合いに切り込んでくる。口調は、母が子を咎めるようであった。

「何を悩んでるの」

 声音は、姉が出来の悪い弟を咎めるようでもあった。

「何も、な、悩んでいる訳じゃない」

「本当に嘘ばっかりだ」

 ナイトウの袖を掴む手は、小さかった。

 夜風が吹くと薄い夜着が揺れ、真っ白な肌が透けて見えた。

「そんなに頼り無いかな、私」

「そ、そーいうのでもねぇ……」

「じゃあ、何で何も言わないの?」

 言えば、巻き込むだろう。言ったら、皆に迷惑がかかるだろう。それに、オマエらの時間はそんなに残ってないだろーが。諸々の言葉を飲み込んで、ナイトウは沈黙する。一分か二分。多分、ナイトウの体感時間では、その程度の時間が過ぎた。

 こういうときに、気の利いた台詞をいえない、血の巡りの悪い頭と舌が、ナイトウは憎い。それでも回らない口を、ナイトウなりに回して紡いだ言葉は。


「ちょっくら、"英雄"やってくる」

 にへら、っと笑う。品が無いけれど、純朴な笑いだった。


「……ばか?」

 なんだかんだで、ナイトウが誰にでも優しいことは理解している。

 なんだかんだで、ナイトウが人死にを気にかけていた事も知っている。

 だけれど、こういう言葉が出てくるとは思わなかった。

 "英雄"って、一体何をする気なのか。その言葉の意味は理解出来ない。

 だけれど、チャカには判る。ナイトウは、頑固だ。なんだかんだで、こういう事を言い出したら、テコでも動かない事を判っている。


「一体どうしちゃったの。ナイトウ、"英雄"って世界でも救う気なの?」

「……あ、ああ。うん。割とガチで。世界救ってくらぁ」

 思ったより、楽になった。ナイトウは、言うだけ言って、すっきりとした表情になった。すっきりついでに、一つ付け足す。


「だ、だから、チャカ、オメーらは、安心して……いつでも帰れる準備をしておけよ。オレが何とかするからさ」

 透明な笑いであった。酷く不吉な予感がした。なんとしてでも、止めねばならない。

「ばか、どうせ帰るなら、皆で帰れなきゃいけないでしょ!?」



 へへへ、とへらへら笑うナイトウは、そっとチャカの手を振り払いながら。





「ここで、お別れだ」

 ナイトウは空に飛び――





















「どあほーーーー!!」

 ――上がった際に、足に重量を感じた。

 子供一人分の、余計な質量。おまけにナイトウの足首に食い込む手と、耳につんざく子供特有の金切り声。

「あほ、あほ、どあほう!! タイタン、タイタン!! ヒゲ、ヒゲェ!! 起ぉきてええええええええ!!」

 涙声で、大声で、必死に喚き散らして泣き叫ぶ。空に吊り下げられたナイトウの、そのまた足にしがみ付いて、チャカは振り子の様に風に揺れる。

 あっという間の上空百メートル。夜の街は墨を流したように真っ暗であった。


「ば、ばか、おち、落ちる! やめ、やめろって!」

「やめるかアホォーー! 何がえーゆーだ! ナイトウはナイトウでしょーが!」

 夜着はずり落ちそうであった。しっちゃかめっちゃかに暴れて、すそがビリビリに破れていた。そんな事は、チャカにはどうでもよかった。

「勝手にぃーいーかせるかぁーー! そんなの私が許さない!」「ばか、あ、暴れるなァ!?」

 仕舞いにはナイトウもバランスを崩す。片足に乗った重しがぶらぶらぶらぶら揺れるのだ。ぐるり天地が回って、空に飛んだ竹とんぼが落ちる様に、ぐるぐるぐるぐると世界が回りながら、ナイトウは回りながら、チャカも回りながら地面が近づく。

「だ、だああああああああああ!?」

「あほおおおおおおおおおおお!!」


 どすん、と重たい肉同士がぶつかる音。飛び立った箇所と寸分違わぬ落下点に待ち構えていたのは、タイタンとヒゲダルマ。


「……お前ら、頼むから寝かせてくれ」

「ねみーッスよ……。イチャつくなら、もっと静かにお願いするッス……」

 馬鹿な二人をがっしり受け止めた、寝ぼけまなこの馬鹿な二人の愚痴は、まったく、今のチャカにはどうでも良かったのだ。


 大事なのは、誰もばらばらにならなかったことだけ。

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