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野郎達の英雄譚  作者: 銀玉鈴音
第六章 混沌の大地
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第五話 暴露と擬態(1)


「もう一週間かぁ」

「……そ、そだな、早いもんだ」

 創生暦1226年。三の月と十五の日。バイカ近郊の秋の色は深まり、周辺のムラでは作物の収穫が終わり、本格的な冬に備えた準備に取り掛かる季節である。

 一方、戦火に晒されたバイカの傷跡は深い。

 南門方面は市壁がごっそり崩れ、中央の広場は、大地が真っ二つに裂ける。南北を貫く大路は"蟹"の大暴れに巻き込まれ、道幅が一周り二周り広くなった。直接戦火に晒されなかった北の城も、所々崩れ、石垣に罅が入る。

 死んだ人間はあちらこちらに小さな山を作る程であった。

 悲しみに暮れる者達も多かったが――


「人間って凄いね」

「あ、ああ。凄いな」

 瓦礫が取り除かれた大路に、バラックが立ち並ぶ。各地のムラから収穫された野菜やら得体の知れない雑穀煮やら、服やら金物やら壷やら、様々な物を扱う露店がばらばらと立ち並び、呼び込み、活気に満ちた世界が広がる。


 街は、原始的な生命力に溢れていた。

 所々で、百合騎士達を主軸とした兵隊が警邏を行っている。兎に角人数が足りないらしく、今日はタイタンも引っ張り出されている様だ。子供達が甲高い声を上げて、彼の周りに纏わりついている。戦乱の後に訪れる、混乱。破壊の後に訪れる再生に伴う、暴力的な混沌は"英雄"や騎士達によって制御され、プラスの方向へ向かっていた。

「な、何かスッキリしねぇんだけどな」



 ――タイタンが"十字"をへし折ったことに関しては、不問とされた。

『あれは、邪神の封印が解けかけた為に起きた事であり、人間が折ったのでは無いのでしょう? それに、封印の解けた"邪神の眷属"は貴方たち"英雄"が倒したではありませんか。何の問題も有りません。そういう事です』

『それは、自作自演って奴じゃないか。事実とは違う。そうじゃないだろ!』

『じゃあ、そうだと仮定して――火事場で、牛の乳をこぼした人を捜して誰が得をしますか? ……誰の得にもなりません。それより、その乳で燃え盛る火を消した事のほうが重要です。それを讃えるのは、誰も損をしません』

 何より、私の得になりませんし。形の良い唇を小さくトワは動かして、続けたのである。

『さぁ、胸を張って下さい"バイカの守護神"。貴方の勇姿は、戦火に晒され挫けそうになった者達の支えになるでしょう』


 悪い人間は居なかった事になった。

 フェネクは邪神の復活をいち早く察知したけれど、連絡の行き違いから、クオン領バイカ――この街は、様々な不幸に見舞われた、という事になった。


 悪い英雄も居なかった事になった。

 悪かったのは"邪神"で、"邪神"と戦い、散った数多の勇者達は、皆気高き精神の持ち主で、そんな"邪神"も、気高い殉教者的精神に満ちた救世軍と、"英雄"の手によって退治され、めでたしめでたし。

 と言う感じのやり取りで、ナイトウの顔がへの字に歪んだ事をチャカは思い出す。チャカにも色々言いたい事はあったけれども、そのあたりは全部トワの中では『無かった事』になって、公にも無かった事になった。


「色々と気に食わないのは、私も間違いないけれど」

「そ、そうだなぁ……まぁ、お、オレはまだ納得できてねぇけどな」

 秋野菜を買い込み、得体の知れない魚を買い込み、

「兎にも角にも、実際上手く回ってる以上、いいことだったんじゃないかな」

 色々と事実を切り貼りして真実を作り上げるトワの手腕は、純粋に凄いとチャカは思う。彼女が役者を配し、用意した舞台では、内面で誰がどんな事を考えていようが、誰もが正しく、誰もが勇者で、非難される人は居なかった。誰もが幸せに、不幸に酔える舞台であった。

「よ、良く判らねぇべ。オレにゃ」



 ――ナイトウには、良く判らない。


『俺は帰る。絶対に帰る』

 隻眼の男が、己の正義を語っているという事は良く判った。とうていナイトウには許容できない正義ではあるが、ムショも一本筋を通した正義であると、その時に認識した。


『その為には手段を選ぶ心算つもりは無い。俺の道に百万人が立ちふさがるなら――俺は全部切り捨てる。刃物が有ろうが無かろうが、切り捨ててやる』

 ムショは立ち上がり、むぅむぅとイキ狂っている奴の拘束を解いて行く。

 誰も止めはしなかった。止めた途端に、またこの場が修羅場に変わる事が容易に予想ができたからだ。そして、止めなければ――今この場では、その力も振るわれない事も判っていた。


『て、手前の正義で全てを語るな!』

 やり方が、手段が、もっと"優しい"物があるだろう。そうナイトウは信じている。チャカが言い出した、ハッピーエンドを信じている。

『俺にはそれしか、無い――お前らには、それ以外があるのか?』

 ムショはシゴの拘束を、淡々と解く。ナイトウの言葉では止まらない。

『……オレには、有る』

『なら、お前も行動で示せ、廃人』

 ムショは鼻で笑い飛ばし、糞ったれたシゴの拘束を解き放つ。

『拙者別段、お主達の事嫌いじゃないで御座るよ? だからそんなに殺さなかったで汚JALし……ああ、ナイトウ氏は別で御座る。反吐が出るぐらい嫌いで御座る。廃人、あんまりチャカたんを縛るなでござる。彼または彼女の創作の糧になってなきゃ、拙者貴様をぶち殺す所であったで汚JALよ』

 解き放たれたシゴは、今まで喋れなかった分を取り戻すかのように、繰言をべらべらと。

『……それではまたどこかで、出来れば現実で。アッーー、デュー!』


 結局、ムショもシゴも出て行った。これを、ナイトウは止めなかった。

 許した訳では無い。ただ、ナイトウは判らなくなったのだ。

 彼らは悪だ。間違いなく理不尽で、絶対的な悪だ。己が目的の為に、他者の生命など屁とも思わない『悪』だ。ナイトウがあの場で誅しても構わないはずの悪であった。

 だが、彼らは彼らの道理に従って動いている。彼ら自身の正義に従って動いている。どうしようもなく歪んでいようと、己が世界に戻る為に動いている。

 だから、彼らは悪で、どうしようもなく正義だ。

 ナイトウは正義の味方になりたかった。

 正義の味方は、こういうときにどうするのか、ナイトウには判らない。何が正しく、何が間違っていて、どうするべきか。


 ナイトウの知る物語は、今、彼に"正義"を教えてはくれない。



「お、オレにゃあ、良く判らんべ」

 ナイトウがもう一度、つぶやいた。

 彼の口が引き締まるようになって、視線が遠くを見るようになって、眉間に皺がよる事が多くなって、茶色の髪が色を失い始めて、段々と遠く感じるようになって、どこかにこのまま行ってしまうのでは無いか、とチャカが悩むようになって。そう考えると、どうしてこんなに苦しく感じるのか、判らなくなって。出会いと別れなんて、星の数ほどとは言わないけれど、よくあった事なのに。


「うん、良く判らないね」

 チャカの仕事に、買出しが追加されたのは最近の事だ。買いこんだ食糧を、かばん(インベントリ)に突っ込もうとして、やめた。両手に麻袋をもって、やじろべいのようにフラフラと歩く。

「か、片方持つ」

 と、ナイトウがどうせこんな事を言い出すのは判りきっている事で、チャカの思考が勝手に彼の事を考えて、予想して、勝手に体が、口が動いて言葉が紡がれた。 

「お願いするよ」

 いつも通りの関係のはずである。そうして、秋空の深まってきた街並みを歩くだけなら、今までどおりの関係のはずだ。

 青年と少女の凸凹な影が、少々壊れた館に吸い込まれるように入っていく。


 カノの館は、人の手によって門がぶっ壊された。

 館正面の大扉は、ヒゲダルマの手によって吹っ飛ばされた。

 シゴが、あの変態が手にかけたのは、実の所、館の周りの暴徒達だった。

 館の住人達は――<目潰しの呪い>やら、<つんつん坊主>やら、<語るにあたわず>やら。視覚を潰して、耳を潰して、喋れなくして……とまぁ、集団状態異常(デバフ)攻撃をチャカに飛ばした余波を貰ったという事らしくて。直接身体を害するものを飛ばさなかったという事で。なんともかんとも、ある種、シゴの思惑通りに乗せられたという事だった様で。

 何はともあれ、館の住人達に命の別状は無かったという事で。


 チャカが今振り返ると、あの時、あれだけ悲劇のヒロインのような役回りに酔っていた事に、顔から火が出る思いであった。だからといって、改めて――

 ――シゴを許せるか否かと言うと、アウトだ。

 今までやってきたことがやってきた事だし、それ以上に、べっこんぼっこんに歪んだ好意と言うのは、寄せる側は宜しくても寄せられる側はとても困る。どう反応していいのか、チャカには判らない。

 だから、シゴは許せない。拒絶するに値する相手だ。

 だけれど、胸の内側から蒸し焼きにされるような、こんな感情が段々と理解出来るようになってきているチャカ自身が居る事も、また事実であった。


 あの隻眼の戦闘狂は『酷く薄気味の悪い話だ』といった。

 チャカは、自分もまた、マトモでないことは理解していたつもりだ。こんな気持ちが悪い生き物であるのだから、そういう対象を求めてはならない事も、納得出来てはいた。だけれども、目が勝手に追いかける。口が勝手に動き出す。体が追いかける。どうしてこんな、半端な存在なのに、何故こんな情動が抑えきれないのか。ジリジリと焼かれるようなこの感情は。


 ――誰かを好きになるという事は、どうしてこんなに苦しいのだろう。

 こんなどろどろとした感情を抱えていたら、狂ったとしてもおかしくもなんとも――





「おい、チャカ、さっきからボーっとして、どうしたんだよ」

「あ、ああ。最近ちゃんと寝てるのか」

 食卓。同じ釜の飯を食らう奴らが、チャカを見る。その程度で満足が出来ればシゴだってああはならなかっただろう。もやの掛かったような頭で、うわのそらでの返事。

「……ごめん、で、何だっけ?」

 今まで何度繰り返しただろうか。夕飯を食べた後の、何が起きたか、何をしたかの報告会。何だかんだで、チャカは最近この時間帯、眠い。夜が眠れないなら、どこかで眠らなければならない子供の体、船を半分こぎながらの会話であった。


「それで、お恥ずかしい話ッスけれど、ウチはDFのGMだった事は、前話したッスよね」

「……あー、うん。そんな話は聞いた」

「確かフェネクの首都が大変な事になった、って話だよな。そんときゃ升が原因で"神"が強引に呼び出された。つまり、神も――運営側もこっち側に巻き込まれて、なんらかの形で影響を与えている……だったよな?」


 ――ヒゲダルマは、一つ重大な事実を隠している。


「それを踏まえて、"十字"に封じられているものが何だったか、ッス」

「よ、予想は出来なかったのか、アレ」

「あの時ウチは、升で"神"が呼び寄せられたからだと思ってたんッスよ。だから、升なしに、"十字"を破壊された場合までは想定してなかったッス。だって、何も起きる訳が無いんスよ。ウチは、"十字"の下に何もないと知っていたッスから」

 膨大な量のポリゴンモデルの下、プレイヤーが行けない箇所――地面の中まで設定する馬鹿は居ない。そんなのが居たら、ヒゲダルマは間違いなくチョップを食らわす。知っていたからこその盲点が、そこであった。正直そこは、ヒゲダルマにとっては予想外であった。ただ、それは喜ばしい事でも有った。


「でも、あの"蟹"の出現で、この世界がゲームであって、サーバー上に存在するのがウチら、と言う仮説は一応否定された……と思うッス。なぜなら、あの"蟹"、アレは皆さんが見た"邪神"の結合される前のモデル、つまりプロトタイプ邪神とでもいうべきッスか――もし、『この世界がゲームサーバー上に存在』するなら、ありえない存在ッス。どう考えても説明ができないっす。だって鯖上では『未実装』なんスから」

 記憶が戻ってから、ヒゲダルマも悩まなかった訳ではない。自分が所属していた会社が、悪意を持ってユーザーを貶めたのではないか、という苦悩である。

「だから、なんていうか……運営サイドが、意図的に皆さんを誘い込んだ訳でもない、って言うことを理解してもらえると嬉しいッス……本当に、申し訳ないとも思ってるッスけども」


 GM八木の創り上げた、GM藤田八重(ヒゲダルマ)が演出した、かってのゲームと、この世界は明らかに違う物だ、と知って欲しかった。『皆を楽しませる為』にゲームを作っていた。ただ、これだけは二人とも間違っていない。


「ま、まぁ。今更だべ。ヒゲが悪い奴じゃねぇって、皆判ってるだろ」

 この場に居る、全員が苦笑した。全員がヒゲダルマを信頼をしている証拠であった。


 ――その苦笑いに、応えられない。


「その、『未実装部分』である所の、"邪神の欠片達"――次回アップデートの名称だったッスが……鯖機の上には、確実に存在しなかった訳ッス。ですが、スタンドアロンな開発環境で、ちまちまと製作は進められて、データーは事態は存在していたっす――その一つが、あの"蟹"という訳っす」

 話しながら、ヒゲダルマは悩む。当時見送られたアップデートストーリーの結末を話すかどうかを悩む。

「鯖上には無くて、開発の方には一応あった、という事か」

「そ、その一つ、ってこたぁ、他の"十字"を破壊したら……」

「そこまで心配する事も、無いかもしれないッス」


 細かな装飾を抜きにした物語の骨格は、こうだ。封印された欠片を破壊し、その後に"邪神"を倒すという筋書きである。非常にシンプルである。

「曲がりなりにもテストが可能な状態まで、製作が済んでいたのが、五体。各国一つ、邪神領に一つ配置される予定・・だったわけッスよ。その他の奴は、モデルも、設定も、変数も適当にぶち込んだような奴っす。もし(・・)出てきても、マトモに動くわけが無い……はずッス。多分」

 幾分、自信く首を傾げながら、ヒゲダルマはアップデートがされなかった理由を思い出す。当時、急激に悪化した予算繰りの問題で、開発を続ける費用が捻出されなかったという点が一つ。

「それで、五体――大概、"蟹"の様なファッティなMOBだったんッスけど、一体だけ、面倒くさい処理をする奴が……」

 そして、もう一つ。この後の展開が、誰も思いつかなかったからだ。

 MMOは、終わりがあってはいけない。エンディングがあってはならないのだ。

 "邪神"を倒すのが目的の"英雄"達に、邪神を倒させてはいけないという矛盾。


 恐らく、ここが鍵。これが鍵。


 だからこそヒゲダルマは、この見送られた事情を話すべきかどうか、悩む。

 話せば、多分、倒さねばならなくなる。

 ――"邪神"の中身が、八木であることを知る藤田八重(ヒゲダルマ)は、そこまで割り切る事が出来ない。


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