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野郎達の英雄譚  作者: 銀玉鈴音
第五章 終末への工程表
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第十四話 戦の終わり (2)


 これから始まるのは、茶番である。


 バイカ市街の四分の一が焼け崩れ、がらくた。残った建築物の半数も、なんらかの被害をこうむっている。市街戦で起きた略奪やら何やらの影響は考えたくもない。市民の一割が死に、一割が大怪我。兵に至っては半数が使い物にならぬ。戦のせいか、邪神を直視したせいかは判らない。

 そんな、未だ混沌さめやらぬクオンの市壁外部。

 崩れた門と市壁を背景に、ずらりと並んだ百合騎士達。

 総数百にも満たぬ一軍だ。ほぼトワの私兵、一連の戦闘・・に非参戦である為に、少女らの槍と鎧は光り輝いていた。


 対するフェネク。総数、数万。

 常ならば、数の嵩に頼り、全て『無かった事』にする事も不可能ではない。だが、現状では――


 丁度二つの軍を挟んだ、天幕。この中で起きるのは"英雄"の話ではない。これは、剣も、魔法も使えぬトワの戦いである。


「まず――"邪神"討伐の為に犠牲となった、数多の英雄の魂に敬意と、鎮魂を」

 クオン王国第二王女の一見優しく、少し垂れた瞳に涙が浮かんだ。ポロポロとこぼれ落ちる液体と、声は、天幕の中にあってもはっきりと、深い悲しみを湛えているように見える。ゆるくウェーブの掛かった、赤味がかった金髪は、今は少しくすんで見える。小さく震える肩は、抱きしめれば今にも折れそうに、胸の前で組み合わされた手は、白磁のような白さ。凡そ、全身で悲しみを表しているように見えた。

 

人類救世軍(・・・・・)をわざわざ送って頂いた事、無辜の民を救って頂いた事に関して、現領主に代わり御礼を申し上げます。

 ――この街が"邪神"に襲われる事を、星読み達の予言によって事前に知ったフェネク帝、ライオネル四世の慧眼、まことに、感嘆に値します」

 静かに伏せられた瞳と長い睫。震える声からは、本心のようにしか聞こえない。

 トワの真正面に座っていた、老将軍は、孫娘のような年の娘の感謝の言葉に戸惑いを隠せない。

「……どういうことか、説明していただきたいのだが」

 揺れる老人の顔を見て、トワは内心、大いに笑うのである。無論、表情には出さないが。


(私の様な下衆な人種からしてみれば大した問題ではありませんが)

 第二王女というお姫様稼業は、純真で優しければ全て良し、では回らない。どす黒いクオンの貴族社会で生き延びる為には、それなりの腹黒さ(うらおもて)は必要であったし、そもそもが他人の生き血(ぜいきん)を啜って生きる家業なのだ。きれいごと(・・・・・)だけで世の中が回るわけではないことは、トワは判っている。

 敬虔な十字教徒であるなら、もう少し別の答えを出すかもしれないが……


 総じて――これならば、幸運であった、とトワは言う。言い切る。

 "戦争"と"蟹"、両者がもたらした被害がこれなら、立て直す事は不可能ではない、これが幸運以外の何者であるものか、と。むしろ、人的被害がこの程度で済んだのは、奇跡とも言える。少なくとも、"邪神"の眷属が顕現した後の被害としては、格段に少ないだろう。


(今ならば、口先八町、手八丁でひっくり返す事ができる。落とし所を、向うの失点が多い状態で締める事ができる)

 無論、トワが、この天幕内部の椅子に座る老獅子を、真っ当に追い返す事ができればの話である。こればかりは、未だ成しえていない事である。



「……?」

 トワの瞳は半眼のまま。深いオリーブの色が、老将の瞳を捕らえる。泣いていたはずの目は、充血もせず、震えていたはずの肩はぴたり、と止まり。組んだ手だけはそのままで、口元を隠す。

「あら、それではこの軍は、"邪神"の眷属を察知した救世軍ではないと――仰りますか?」

 救世軍とは、十字教の主に星読みと呼ばれる占師の託宣によって編成される、魔の物を撃滅する為に編成される軍であり、所謂正義の執行である。

 それでは仕方ありませんね、と小さく


「ふ、布告文を読まれたか! 一片足りとて貴殿は真実を語っておらぬ!」

 老将は、てっきり、"協定"における、"一時対魔休戦"の申し入れに、この姫が遣わされたのかと思っていた。魔物の群れが、戦場に出現する事は稀ではない。それで中断させられる戦争も、けして少なくはない。

 混乱。これは一時休戦の申し入れではないのかと。

「私達は、そのようなものは受け取っていません。それとも、この軍はバイカ侵略の為に出されたものだと?」

「そ――」

「そうだ、とは言わない方が、フェネクの為でも有りますよ?」

 半眼を開かれた。唇が笑みを形作る。いつの間にか手はそろえられた膝の上に置かれていた。少女の形をした、牙も爪も持たぬ、獣がそこに居た。老将はがばりと呑まれる寸前であった。


「"十字"無き村落に"戦争"を起こす事は重大な"協定"違反ですが――そう仰るのですか?」

「な……何を詭弁を」

 御覧なさいと、トワは老将を、いや、フェネクの軍を指差した。

 天幕に遮られ、視線は通らない。しかし、総指揮を取る者なら、見えずとも判っているはずである。


 彼らは、疲れ果てていた。

 士気は低い。薄汚れている。澱んでいる。滓のようだ。

 戦争とは、騎士と騎士がお互いに武と覇を競い、兵と兵が戦列を並べ進軍し、魔術師が妖しげな術を使うような、叙情詩の一話として語られるようなものでなければならない。

 けして、野獣の如くの勝手気ままな振る舞いをしても良い訳ではない。


 此の世に地獄を創るのが目的ではない。

 あくまで、言葉で、金で、人の理性のみで解決できない問題を、力の神の裁定に任せようではないか――という、お題目である。

 当然、現実とは多少・・異なっているが、お題目の上ではそうなっている。何せ、此の世には人の敵が多すぎる。ならばこそ、高尚(・・)理念(ウソ)をでっち上げなければならなかった訳で。


 となれば、士気も練度も高い者達が"蟹"に挑み、尽く散って行くのも道理。挑まなくとも、正気をごっそりと削り取られ、戦意を挫かれるのも道理。士気の高い、戦意に溢れた者は死に、そうでないものは"邪神"を見て挫かれた。


 その結果が、この惨状。


 そんな状態で、"協定"に反する、貴様は悪魔の如くの所業を為した、と言われてしまえば。

 何の為の戦であったのか。何のための負傷けがであったのか。何の為の戦友ともの死だったのかと、戦う事に疑問を、迷いを抱く。

 残った者達の意思も、ことごとく挫かれてしまうだろう。

 もし、そうなれば?

 フェネク中(・・・・・)から集められた兵達は、ばらばらになる。

 西方、東方、中央砂漠出身、南方のティカン寄りの国境の民、北方の旧オウレン領出身の者……同じ帝国と言っても、精兵と言っても、様々な地方から集められた、寄せ集めの軍隊だ。

 単なる敗戦以上の衝撃を与えられたら、どうなるか。

 将軍にも、想像がつかぬ。


「あなた方は、人類の救世の為に立ち上がった、救世軍。それで良いではないですか。別段、わざわざ、"協定"違反と自ら仰らずとも……不幸な出来事だったのです。あなた方が結果的に"協定"を少々犯すことになってしまったのも、邪神の眷属に、誑かされて仕舞ったことで、結果、向ける刃を、少々違えてしまっただけの、不幸な事件です」

 戦争など、なかった。

 彼らは"邪神"と戦う為に集められた、救世の英雄達であるという事にした。

 トワは、真実シナリオそういうこと(・・・・・・)にした。


「ことの起こりに関しては不幸な出来事でしたが、結果的には、あなた方の英雄的な献身が無ければ、我らが都市は灰燼と帰した事でしょう。この事に関しては、多大なる幸運でした」

 ね、と小首を傾げながら、トワはにこりと、慈母のような微笑を浮かべる。


「"十字"が無い村落に、"誑かされて"攻め入った、という事に対しての補填は当然していただかねばなりませんが――」

 暫くの沈黙。

「――名誉、守るためなら、安い物じゃありませんか?」

 耳元で囁かれる、トワの甘い言葉。


「呑まねば、フェネクの、我が軍の名誉を地に落とすぞという事か。あのおぞましい"蟹"を、"邪神"の眷属を相手にした勇者達の名誉も、誇りも、何もかも肥溜めに叩き落すぞ、という事か」

 老将軍が、無念そうに唸った。


「いえいえ、何を仰いますか? あなた方が救世軍を組織し、我らと共に邪神の欠片を退治した……という"真実"を、私はずっと述べています」

 真実が篭っていない言葉を弄しながら、トワは華やかに笑った。つられて、フェネクの老将も引きつったような笑みを浮かべた。


 "十字"がない事は事実である。それを攻めた事も事実である。

 そして、双方共に、恐ろしく疲弊し、戦争の継続など出来る訳がなかった訳で。お互いに落とし所を探っていた訳で。

 クオンは街を侵略されず、フェネクは名誉を侵略されず。老将には、妥当な落とし所に見えた。


「そうだな、その通りだ……我らフェネクは、救世軍として名誉ある戦いをした。その最中に、少々不幸な行き違いがあったのもまた、事実である。その不幸に関しては当然、補填されねばならぬ……な」

「では、具体的なお話に参りましょう」

 事実が歪み、真実(・・)が産まれる。


 へそが茶を沸かすような話だった。





 深い眠りの後に訪れる覚醒。

 灰色の夢から、目が醒める。どうにも気分は悪い。

 ――いや、あちらこそが現実で、夢では、ない。

 だから、夢の世界(こちら)に戻される時はいつも色々な事があいまいになる。時計が存在しないこちらでは、どれほど時間が経ったのか、さっぱり見当がつかない。何度経験しても、慣れるものではなかった。

(今度は、何日経った。一体今はいつだ?)

 真っ白いシーツに、羽毛の掛け布団。全身に走る痛みと、苦痛。見覚えのない部屋であった。着慣れた鎧は無く、生成りの麻の貫頭衣が着せられている。病人が着るような衣服だった。


 視線だけを動かすと、隣の寝台にも男が寝ていた。一目見ただけでは、誰であるか、思い浮かばない。似合わない長髪がざらりと揺れた。どこかで見たような、と思うが、どこで見たか。

 むーん、とうめき声が上がるのを聞いて、ようやくムショはこいつがどこのどいつか思い当たった。シゴの野郎だ。


「どうしてシゴ、お主が居るのだ」

 代わりに上がるうめき声。口には太い縄が絞められ、首から下を厳重に簀巻きにされた姿である。むーむーと唸り声を上げるシゴの、ど派手な化粧は落とされ、意外と平凡な顔が恍惚の表情を浮かべていた。アヘ顔と言うべきか、眺め続けると正気を奪われそうな顔であった。


「目……醒めたんだ」

 むさ苦しい視界の外から、高く、涼しげな声が聞こえた。

「……ここは何処だ?」

 ムショの隣人がスマキにされている事を見ると、ろくなことにはなっていないのだろう。それでも口を動かしたのは、そこだけが唯一、痛みを感じずに動かせる箇所だからだ。


「ここはバイカで、あなた達は捕虜」

 キィ、と軽い体重で軋む椅子から、子供が立ち上がる気配。まだ幼い、と言っても良い娘のものであった。

「少し、待ってて。ちょっと話したい事があるから」

 とんとんとん、とリズミカルな音を立てながら、少女が部屋から出て行った。ぱたり、と閉まる扉に、ムショは逃げるかどうか少々悩み、逃げる選択肢を放棄した。


(まぁ、良しとしよう)

 死んだ者をわざわざ黄泉路から呼び戻すのだ、恐らく何らかの利用価値は認めているのだろう、とムショは推測する。それならばそれで、どういう用件か程度は聞いてやろうと思う。

 ただ、話し合いは、ムショ個人にとっては、とても面倒くさく回りくどいもので、気に食わない。

 それなら、最初に、拳で語った方が早い。

 勝ち目の有り無しは問題では無い。勝ち負けがはっきりする所が好みだ。

 ぐっとムショは拳を握る。手は動く。体は何処まで動くか、いけるかどうか。痛みは、こっぴどい。だが、いけなくはない。

 喧嘩は、初っ端が一番大事だ。

 ガツンと一撃、鼻っ柱に叩き込んだほうが勝つ。


(出会い頭に、一撃)

 かちゃり、とドアノブが回る。扉を押し開ける音。扉枠が少し歪んでいるのか、軋みが酷い。扉が開いた。

 ムショは飛び起き、駿足で拳を突き出した。腰の乗った重い拳で、兎に角部屋に入ってきた人影を殴りつけた。


「や、やめとけ」

 落ち着いた声。茶毛と無彩色の色を持つひょろりとした男だった。あっさりと拳を受け止められる。軽く足を払われる。転がる。だん、と板間に落ちる体の音。

 握り締められた拳がムショの顔面めがけて、

 ――打ち下ろされずに止まった。


「も、もう、終わったんだ。"戦争"は」

 ムショは、この男の、甘っちょろいツラが気に食わなかった。

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