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野郎達の英雄譚  作者: 銀玉鈴音
第五章 終末への工程表
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第七話 バイカ戦乱 (7)


 うずくまり、うめく娘と、立つ男。周りを取り囲むは抜刀寸前の百合騎士達。


「――説明をしてほしい、って話」

 震える声で、サーサの口が開かれた。取り囲んだのは良い、ただ、人数で囲むだけでは、サーサの目の前の男は止まるわけがない。両腰に下げた細剣に手を掛け、攻略法を考える。目配せ、従騎士の少女が密かに背後の扉に向かう。


「……何故、そんな無体を、無法を、神をも恐れぬ事をしようと言うのですか」

 トワがヤーマを見た。ヤーマが、腰のモーニングスターに手を掛けようとして、止めた。男が魔剣を引き抜けば数秒も持たないだろう。そういう人外――人のカテゴリに含めるのも怪しい存在を相手にするのだ。人の武器など、アテに出来ない。


「ああ、なるほど、そういう事。でも、それは相手が……"協定"を破っていないなら、の話」

 カノ一人、訳知り顔で頷いた。

 鋭い視線で、男を射抜く。威圧は意味がある。"彼ら"と付き合いの長いカノは、ドン、と魔導杖を床に突いた。

「"協定"を破っている砂狐(フェネク)達相手なら、全く無意味。まだ、直接やりあった方が――」


「守ってるさ。奴らが守らないはずがない。そういう所だけは律儀な奴らだからな」

 ――後にも先にも、奴らは運営(かみ)が決めた線の上で踊っていたのだ。判断ミスの踏み外しは、あの時こっきり一度のみ。

「領主さんの机の上でもきっちり漁って来い。きっと出てくるぜ、"布告文"」

 唇の片方だけを吊り上げて、男は笑った。


「大体、あんた等は敵を侮り過ぎている。自分達を高く見積もり過ぎている」

 そして――俺を買いかぶり過ぎている。

 男の手は震えていた。


「大体、あんた等は、弱い」

 男が、腕がひしゃげた娘を見て、己の手を見て、震える声で言う。


「俺は、十分加減したつもりだったんだ、これでも、振り払っただけなんだよ。結果がこうだ。俺がどれだけ加減したか判るか? 少しカチン(・・・)と来たら、すぐポキンだ。俺がどれだけ、まともに生きるのに苦労してるか、判るか?」

 ジャァっ、と剣を鞘走らせて、男が抜いた。たっと軽く床を踏んだ。サーサの左手側に、男が回った。


「抜刀っ!」

 サーサが体を捻り、双剣を抜き放ち、放たれた矢の先端を刺し貫く精度で、二度突く。金属質な音が一度。左手の細剣は根元からポキリとへし折られ、本命の右手――眼球を狙い澄ました細剣は、刀身を男の左手が握り締めていた。万力で挟まれたように、びくとも動かない。


「――だけどな、あんた等は、強い」

「何を言ってるって……話?」

 サーサの右手に伝わる、震え。


「こんなバケモノ(・・・・)を目の前にして、一歩も引いちゃいない。俺とは、違う」

 自動的(パッシブ)な<剛力>によって補正される握力は、力を込めたら、鋼も飴細工の様に折り曲げる。


 ――俺は、あんた等が思っているような"英雄"じゃない

「怖いのさ」

 どうにも怖い。タイタンは怖い。

 怖いのだ。

 自分の同種と戦うのが。とてつもなく怖い。

 ムショと戦えば、タイタンは無事ではすまぬだろう。敵英雄(アンリミテッド)達の集団と遭遇すれば、塵芥の如くに踏みにじられるだろう。考えるだけでも、恐ろしい。


 しかし、それ以上に、怖いのだ。

 ヤーマの背中に刺さった短剣は、タイタンの心に突き刺さっても居た。


「どうにも、こうにも、強いから。あんた等をほおって置くと、どうにも怖いのさ。勇ましく、手の届かない所で勝手に戦って、勝手に死ぬだろうよ。頼むから。止めてくれ。ただでさえ、間違いなく、あっちにも俺の同種が居る」

 タイタン一人で、万の軍勢を止める手段があるのだ。

 カノですら、止めることが出来ると言ったのだ。それなら、彼女らを危険な目にあわせる必要もないだろう。自分より年若い、女子供を戦わせる必要なんて、これっぽっちもありゃしない。


「今回は、俺が一人で全部背負ってやるから、大人しくしていろ」

 ――あいつ等(・・・・)はきっちりと、守っている事だろう。ならば、それを利用するまでだ。

「まぁ、俺が失敗した時は――白旗でも揚げてくれ。多分それで、何とかなる」

 震えを隠すように、タイタンは剣を収めて、笑った。





 十字広場に男が一人。

 隻眼。既に崩れた店から掘り起こした椅子を、十字の前に置き、一人座る。常ならば背に背負われた妖刀は、地に無造作に突き立てられていた。

 土砂振りの雨は既に止み、夜風が吹く。パチパチと燃え燻る火種は、万雷の拍手の様、周りを赤く染める。

 火に照らされた妖刀は、血脂にまみれ、艶かしい色合いを放った。

 乾いた喉を潤すのは、水。血に酔った体の火照りを醒ますように、ムショはぐびり、ぐびり、と水を飲んだ。だらしなく口元からこぼれる水を、手で拭う。

「来るか、来ないか……」

 十中八、九は来るだろう。他の奴ならいざしらず、あの男なら来るだろう。

 ムショには判る――アイツは俺と同じで、戦闘狂の匂いがする、と。

 化け物(MOB)よりも化け物な、"英雄(ニンゲン)"の集団と争う為に特化したあのスタイル。旧世代の遺物。"戦争"の花形、純盾。

 戦うのが嫌いな訳が無い。混乱が嫌いな訳が無い。痺れるような緊張の中、一瞬に生の煌きを見出す同類だ。

 ――俺と同じだ。

 ムショは思う。殺りあいたいと。敵でも、味方でも、どちらでも構わない。

 雲が晴れた。ムショは気配を感じた。


 赤く染まった通りを、何度か死合った金髪が歩いてきた。全身を覆うような盾を持ち、傷まみれの板金鎧を着込み、腰に吊るした魔剣を抜かずとも威容。

 風に吹かれるマントには刺繍。クオンの旗印。


 連れは誰も居ない。周りにも誰も居ない。雲霞の如く、と言わしめた数の砂狐の兵すら居ない。剣気、と言うものに呑まれたのであろう。王者の貫禄と言うものに呑まれたのであろう。

 盆百の戦士では、道を譲らずには居られない、激しい闘気を全身から発していた。


「一人か」

「……ああ」

 間合いは遠い。ムショは立ち上がる。血塗れた刀を地から抜き、自然と構える。

「こちら側につく気になったか」

 ムショは、この様ではありえないだろう問いを掛けた。

「…………断る」

「そうか」

 ムショはにぃっ、と笑う。鬼の笑い。


 十字を挟んで、向き合う男二人。

「じゃあ、少々死んでもらおう」

「それも、断る」

 金髪も抜刀した。大盾に身を隠した構え。盾を近くに構え、剣の切っ先がちろちろと、盾の影から蛇のように出る。


「"百合騎士団"、臨時隊士――タイタン、参る」

「あ?」

 金髪の名乗りに、一瞬、ムショは脳が空白になる。

 ――そんなギルドは、存在しない。

「チェエエエエエイアアアアアアア!!」

 盾を構えたまま、タイタンは大地を蹴った。十間程あった間合いを一気に詰める<迫撃>。盾が迫る。斬れる場所が、無い。咄嗟に"十字"を間に挟み、ムショは間合いを取り直す。

 ミシリ。ピシリ。

 盾の一撃。"十字"が軋み、グラグラと揺れる。青白い光が、更に弱まった。更にタイタン、十字を蹴り飛ばし、宙返りを打って間合いを取った――と思ったら、闘牛のようにまた猛進。突っ込んで来る。盾の影からの刺突激を、ムショは妖刀を打ちつけ、いなす。そのまま斬りこもうとして、振り回すような盾のぶちかましを貰った。吹き飛ばされるムショ。ガツン、と盾が勢いで、十字にまたぶつかり、揺れる。

「やる気満々か」

 ゴロゴロとムショは転がる。転がる勢いを殺さず、猿のような軽妙さでもって、立つ。ひゅう、と下手な口笛を吹く。間合いを取り直す。長物の間合いは、片手剣の間合いには近すぎる。


「積極的に詰めて来る。か。ドン亀ェ!」


 ムショの剣気が、爆発的に広がる。歪んだ歓喜。


 "十字"を挟んで立つ男二人。常人の目では付いて行けぬ争いが、始まった――





「――少し拙者と、お話をするで御座る」


 チャカの耳に息が吹きかけられた。実際に音としては聞こえなかったが、意図としては伝わった。間違いない。シゴだ。


 直接肌に触れるネトついた手。これほどネトネトした手は初めてだ。チャカは半ばパニックを起こしかけていた。転がるように立ち上がろうとする。正座を解いた時のような、じぃんとした痛痒い感覚が広がるのが判る。動く――が動かした後、転ぶ。痺れていた。


 視覚、聴覚、嗅覚、味覚、触覚。これらを五感と呼ぶ。

 実際の所、人の感覚と言うものは五つで分類できるほど大雑把なものでもないが、五感と分類できるもののうち、視覚、聴覚、嗅覚、味覚の四感を封じられたら、こうなる。

 今、チャカは、目が見えない。耳が聞こえない。匂いがかげない。舌が痺れて声が出ない。自分が立っているか転んでいるのか判らない。さっきまではエントランスに(しつら)えてあった長いすに座っていたはずだから――多分、座っていて、転んだ、という事だ。

 そんな曖昧模糊とした体内感覚と裏腹に、肩に置かれた手の感覚は、明瞭に残る。


 ――何故、どうして、死んだはずじゃ。おかしい。嫌だ。寄るな。


 悲鳴を上げたはずであった。

 しかし、実際は言葉にならなひゅうひゅうと息の漏れる音だけであった。

 立ち上がろうとして、頭から転んで、鼻を打って、じわりとした液体が流れ出ているのが判る。痛みが無いのが不快であった。尻と背中に圧迫感を覚える。仰向けになっているのか、うつ伏せになっているのか良く判らない。じたばたと足を振る。足の裏に何かが当たる感覚が判る。床だ。むちゃくちゃに手を振る。空気を掻いた。じゃあ、仰向けなのだ。逃げなければ、とチャカは思う。


「いやぁ、誰も居ない(・・・・・)とは僥倖(ぎょうこう)僥倖、全く持って幸運で御座る」

 右手を真っ赤に染め上げ、シゴは朗らかに笑う。周囲に生き物は居なかった。チャカの頬にぬめつく手が、そぉっと触れた。四本指であった。


「――――――!!」

 あまりの気持ちの悪さに、チャカはまた悲鳴を上げた。意味を持つ言葉は出てこなかったが、肺腑から勢いよく空気が漏れて、笛のような音が出た。それでも良いと思った。拒絶する意思こそ、大事だと思った。

 兎に角、この場に、誰か――


「うるっさいで御座るよ。ちぃっと黙るで御座る」

 チャカの細い首に、シゴの手が掛かった。んげぇ、と、気道が潰れて声が出た。吊り上げられて、足が空を掻く。もがく。男の手を掴んで、抵抗する。息が出来ない。


「どうして、拙者がこんなに愛しているのに、どうして応えてくれないで汚JALか……」

 今のチャカは、目が見えない。どれだけ見開いても、何が起きているのか脳が処理をしてくれない。耳も聞こえない。振動は伝わるが、脳が処理をしてくれない。外界の情報が伝わらない。全て想像である(・・・・・・・)。ただ、その想像が現実と完全に一致しているだけである。


「拙者、ずぅううううっと、チャカたんのファンでござったよ……デビューしたときから、ずうううううっとで御座る。別段、性別なんて関係ないんで御座るよ。そういう問題じゃないで御座る」


 ――しらない。しらない。そんなことしらないよ。

 チャカは首を必死で振った。もがく。締め付けられた喉に、出入り口を塞がれた肺が、行き場の無くなった空気がふすふすと漏れる。


「その最高傑作が"チャカ"で御座るよね。処女作にして、最高傑作。拙者、見たとき尿が飛び出たで汚JALよ」

 ――しらない。そんなことしらないよ。聞いちゃいないよ。

 手に一層の力が入った。チャカの顔が真っ赤に染まる。よだれがカニの様な泡になって、垂れる。


「拙者、傍に居るだけでも全くかまわなかったので御座るのに、どうしてそんなつれないで御座るか。どうして拙者も見てくれないで御座るか。いや、そんなことより、どうしてこんな所で油を売ってるで御座るか? 拙者の為に新しい作品を生み出して欲しいで汚JAL。新作はどうなったで汚JALか。早く新作。新作。新しい娘。アイディアが湧かないなら、ネタが足りないなら、拙者も協力するで汚JALよ、"チャカ"を超える新しい、素晴らしい、可憐な、新しい娘、そのためなら――」


 ――しらない。苦しい。

「前はストーカーで責めたで汚JALが、チャカたんならきぃっとネタにしてくれると思ったで御座る。結構ネタになったでござろ? 次は何が良いで汚JALか? 次は陵辱される側なんてどうで御座るか? 首絞められながらファックで御座るよ。ファック。チャカたんの前の前の同人もとてもとてもよかったで御座るが、拙者思うに、ヤられる側の絶望が足りなかったで汚JAL。もっとリアリティが欲しかったで御座る。後は産みの苦しみとかどうで御座るか? ああ、苦悶の表情に一味か二味加えられるなら、オマケで寸刻みも良いで汚JALな。ああ、どうにも、拙者、その辺りにももう少し味が加えられるといいと思うで御座る。実に楽しみで御座るぅ」


 ――しらな

「ぉぉふ、拙者、拙者ァ、今からの事を考えるだけでもぉおおおっ……ふぅ」

 ――苦し


 シゴの手に力が篭った後、抜ける。べたん、と地面に落ちた衝撃が伝わった。チャカはゲホゲホと咳き込む。肺が新鮮な空気を求める。

 口を大きくあけ息を吸い込む。潰されかかった喉が、チャカに更に痛みを訴える。また咳く。咳いている内に、鉄錆の匂いが鼻につく。もう、チャカが嗅ぎなれた匂いだ。涙がちょちょぎれる。咳く。ゴホゴホ、という音が戻っていることに気がつく。

 チャカの濡れた視界に、そそり立つシゴが居た。視界の端に、がらん、と鉄鍋が転がった。


「それじゃあ、第一ラウンド、逝ってみるで汚JALか?」

 シゴが自身の(・・・)スカートを両手で摘み上げ、一礼。

 容姿以外は淑女であった。すねから太ももにかけて茫々と濃く茂った毛を覆い隠すタイツ。太ももに突き立てられた二本の短剣。脈々と流れ出す赤い血が池を作る。

 血の池から、真っ白な指が生まれる――前に。


 入り口の扉が爆発した。


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