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野郎達の英雄譚  作者: 銀玉鈴音
第五章 終末への工程表
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第六話 バイカ戦乱 (6)

 ――空に舞う。     夜空に大きな鳥が飛ぶ。


 下を見る。 瓦礫。 燃える街。 狂う人。 兵に身包み剥がされる老人。

 降りる。 兵を集団で取り囲んで、殴り殺す男達がいた。

 乱暴される母と、子が居た。 もっと大人数に取り囲まれて、刺し殺されていた。

 割り込んだ。 間に合った。 助けた、と思ったら、また声が聞こえた。

 兵士たちが殺し合いをしていた。 街の人が助けてと逃げ惑っていた。

 死が在った、生が在った。 火があり、降り注ぐ雨があり、混沌があった。


 焦る。


 ナイトウは一番近くの声だけに反応したつもりだった。間に合った。


 すぐに次の悲鳴が聞こえた。

 次の一人は間に合った。燃える家屋に、取り残された女。家に大穴をぶち開けて、引きずり出した。二人目は間に合わなかった。既に屍となった老婆。三人目は間に合わなかった。死んだ兵士。四人目は間に合わなかった。膾にされた商人。五人目は間に合った。両手を挙げ、助けてくれ、降参だと喚く武器を持たぬ、フェネク旗を背負った兵。六人目は間に合わなかった。死体。七人目は間に合わなかった。死体。八人目は間に合わなかった。ばらばら。九人目は間に合った。身包みはがれた、厳つい親父。十人目は間に合わなかった。死体。十一人目は間に合わなかった。屍。


 ――どこだ。どこだ。どこだ。


 脳裏に浮かぶ光点が、めまぐるしく動き回る。悲鳴。飛び回るナイトウの後ろから、二つの光点がぴったりとつかず離れずの距離を取る。


「じゃ、邪魔すんじゃねぇぞ!!」

 助けを求める人が居る。ナイトウにとって、今、ここでケツについて回る奴らが何者であるかなど、どうでも良い。反転。怒鳴る。どこだ。今助けを求めたのは、どこだ。

 見つけた。

 "十字"が在った。男が追い立てられていた。

 ヂヂヂヂヂヂヂヂヂヂヂ。

 唸り声を上げていた。取り囲まれて、後ろに一歩下がった。

 魔の物を寄せ付けぬ、地に刺さる神の剣、それが"十字"である。

 人を守り、街を守り――世界を守る。"十字"が時折見せる奇跡は、この世界に生きる人ならば誰しもが知っている。

 だが――"十字"は神聖不可侵の存在。ただの人が触れるならば、死。バチバチと光を閃かせ、唸る十字に触れるものなど居ない。普通ならいない。それでも、一人"十字"に触れた。

 追い立てられて、どうしようもなくて、偶然に触れてしまったのだ。

 即座に、血の涙を流して弾け飛んだ。


 ――ああ、また一人消えた。

 ナイトウの両目から、涙が溢れた。遅かったと。


 声。

 助けを求める声。それ一点のみが、ナイトウをこの場に引きずりだしたのに、それを成せぬ己のふがいなさに、泣く。泣きながら次の音源へ向かう。必死である。



「……一体何してるんだ、馬鹿か?」

「よく判らんね、僕にぁ、よく判らんけれど、なんか必死じゃないの?」

 二人の修羅が、飛ぶ、跳ねる、縦横無尽に街中を飛び回る。ナイトウ(バカ)の姿を追いかける。


「飛び出して来た時にゃぁ、僕らを叩くつもりかと思ったけどな」

「ヒキオタニートの思考はよく判らん。偽善者の思考はもっと判らん……やるか?」

「いや――うん、どうしようね、無理にヤリあう必要も無いんだけどなぁ……どうしてあいつは、あいつの敵も助けてるんだろうね?」

 足を止める機会は何度もあった。二人は何度も何度も見逃した。初めは油断させる手段かと。何度か注視している内に、奴の注意は自分達に完全に向いて居ない事が判った。


 チュイオは、馬鹿だなと思った。油断や慢心、そんな理屈ではないだろう。理屈すら通らぬ馬鹿なのだ。奴は、単なるデータの集合体を助ける為だけに、危険度の高い自分達をあえて無視して行動している。リスクを承知せぬ、馬鹿なのだ。


「馬鹿の思考は、全く判らん……後々の事を考えると、潰すのが最善手だと思うが」

 チュイオの酷薄な台詞に、アンパイは応じた。そろそろ珍獣を観察するのにも、飽きが生じてきた頃だ。


「まぁ、やっぱり後の事を考えると、殺っておく方がいいよNE!」

 先ほど殺った分では、食い足りないと、アンパイの腹の虫が唸る。ひととき落ち着いた、顔の半分が歪む。やって置く方が、あとくされ無くて良い。やれ、殺れ。


「先手は任せた」

「――了っ解!」

 獣の手綱を、チュイオは解いた。





 ナイトウが出て行って、一時間ほど経った。


 まだ、ナイトウは本館には戻ってこない。全然、戻ってくる気配も無い。

 ガンガンと叩きつけるような音は消え失せ、ここ一画は奇妙に静まり返っている――不気味なほどに。


 ずいぶんと長い便所だ。こういうときにデリカシーが無いのは、困ったものだとチャカは思う。それとも、相当フン詰まりを起こしていたのか――いや、違う。本当は判ってる。

 ナイトウが、ナイトウで、ナイトウらしい行動を取ることなど、チャカだって判ってる。だからアイツはいつまでたってもナイトウなのだ。


 先ほどまで聞こえていた、外の音が大分減ったのが、その証左だ。雨の音も、人の声も、何もかもが聞こえなくなった。

 エントランスに集まった館の使用人達も、中年の下女も、波は過ぎたのか、と一息ついた。先ほどまでの緊張感が嘘のようだ。大した事無かった様だ。館の中の緊張がふつっと緩んだ。今まで経験した中でも、軽い部類だったようだ、と。


 慣れとは恐ろしいモノである。無音の空間に、慣れきってしまっていた。


 そうなると、急激にナイトウが心配になってくる。

「この前みたいに、怪我しなきゃいいんだけれど」

 間接的にだが、ナイトウを送り出したのはチャカだ。どうにも、落ち着かない。ため息一つ、目を伏せる。長い睫毛が、憂いを秘めた表情を彩る。


 一月前の事を思い出すと、心臓が痛む。半月前の惨状を思い出すと、肝が冷える。一週間前の事を思い出すと、胸が痛む。

 どれもこれも、チャカが関わっている。関わらなければあんなに怪我を負わなかったろう。


「大体、無茶しすぎなんだ。ナイトウは」

 無茶しすぎなんだと思う。自分達は、適度に逃げて、適度に気を抜いて、適度に緩い集団だったはずだ、とチャカは思っていた。

 それがここ一週間。一度死んだ時から、まるで生まれ変わったようにナイトウは真剣だ。


「……真面目過ぎる」

 百人居たら、ナイトウは馬鹿四天王ぐらいには入れるような男だったはずだ、と。


「そんなにショックだったのかな……それとも、あれが本質なのかなぁ」

 口元が違う。暇があったらにへらにへら笑っていた、口元が違う。どもるのは相変わらずだけれど、口元が緩むことが少なくなった。

 確かに、タイムリミットがあるのはチャカにとっても、ショックだった。でも、泣くほどじゃない。死ぬほど他人の生の悪意をぶつけられた時のほうがショックだった。"絶望の迷宮"や、"鉄鱗の魔竜"の時や、誘拐された時の方がショックだったし、怖かった。


「大体、帰れるかもしれない、というポジティブな材料が見つかったんだもん、まだ希望がある訳じゃない」

 しかも、今日明日の問題じゃないのだ。まだ、1ヶ月か2ヶ月か――身動きしていない、という状況を考えれば、もっと持つかもしれない。正月三箇日が過ぎれば、誰かが気がついてくれるかもしれない。

 よっぽど、状況は好転していると言っても良い。


 外の状況は全く、判らない。まるで、深夜の如く、人の気配が無い。しん、と静まった空間。


「なのに、何で、必要以上に危険を避けようとするのかな」

 ナイトウだけで出る必要も無かった。チャカもついていけば、きっともっと楽に解決できる事も多いだろう。何しろ、チャカは、怪我も治せるのだ。今までは加減がわからず、物凄く痛い思いをして、それこそ、腕一本使えなくするような気合を込めてやらねばならなかったのだが。


 慣れとは実に恐ろしいモノである。無臭の空間に、慣れきってしまっていた。


「それとも、役に立たないと思ってるのかなぁ……」

 一々血まみれになるのは不便で、面倒で、連れて歩くのには向かないのかもしれない。

 でも、少しぐらいのトラブルなら、私も連れて行けばいいのだ、と。多少不便でも、一人で解決するよりはよっぽど楽だ。

 さっと動脈まで刃を通して、少し(・・)死ぬような思いをして、時には血肉を食らわせる事をして――ああ、コレはできればやりたくないけれど、痛みには慣れることが出来た。チャカは出来たと思う。躊躇はするとは思う。思うけれど、やりたくないけれど――

 チャカは、少なくとも、何とか、半人前程度の役割はこなせるはずである。せめて、もう少し頼って欲しい。そうチャカは思う。


 無明の空間には、誰も慣れては居なかった。

 瞼の裏に、カンテラの光が届かない事に、チャカは少々の不審を覚えた。


「うん、やめよ。あんまりネガティブになってても、何も解決しないし」

「そうそう、そうでおJALよ、チャカたんにはそんな顔は似合わないでおJAL」

 気楽な声が、粘着質な声がチャカに聞こえた気がした。無音の空間だったはずなのだが。


「そうだよね、今やるべきは、帰る手段探しだよね」

「帰る手段は既に見つかっているでござろ? 何を迷っているで御座るか」

「いや、だって、あんな方法取れるわけ無いじゃない。大体、何をやってもいいなら……!?」


 ねちょり、と粘った手が、チャカの肩に置かれた。先ほどまで動いていた口が動かない。体が動かない。異変。耳が、目が、通常知覚できる体内感覚が、全て封じられている事に気がつく。肌の感覚だけが生きていた。

 肩に置かれた手からじわりと伝わる、ねばっこい液体の感覚。


「――――――!?」

「拙者、そろそろ我慢ならんで御座ったよ」

 目が見えない。耳が聞こえない。匂いがしない。腕が動かない。足が動かない。喋れない。それでも、チャカには判る。この手は。この粘つく感覚は。


「来ちゃったで御座る」

 チャカが一番此の世で会いたくない男が。


 ――背後に居る!!





 同刻、城。


「何をやってもいいならば、手段が無い訳じゃない。アンタらの方が、"協定"には詳しいだろう。当然、その成り立ちも、広がり具合も、だ」


 獲物を見る鷹の目でぎろり、とトワを見据える。『この街を、この国を守る為なら、尋常ではない手段も辞さない』と語ったトワの目に嘘が有るかどうか、タイタンには判らない。真意がどこにあるのかが判らない。大体、女の目を見ただけで、腹の底まで見通せるなら、タイタンは一人寂しく大晦日にネットゲームなどする羽目にはならなかった。

 しかし、上っ面の言葉だけでも、何をやっても良い、とは言っている。言質は取ったのだ。


「俺が打てる手は、どこまで"協定"が広く知れ渡っているか、この一点に掛かっている。どの程度まで広がっているんだ……そこのお譲ちゃんでも知っているのか?」

 トワの横に控えていた、従騎士の少女を指差しながらタイタンはいった。

「え、えっと、その」

「"協定"は戦に関わる者なら、末端の兵でも、軍務に付くならある程度には教練の最中に教わる事項で、常識です」

 即時に答えられなかった従騎士の少女の代わりに、ヤーマが補足した。サーサは舌打ち一つ。畳み掛けるようにタイタンは続ける。


「実際に守られるモノなのか、コレは?」

「"協定"破りは、人扱いされない。人ではなく魔物扱い。それは、クオンも、西のフェネクも、南のティカンも同じ。むしろ"協定"を最も重視していたのは、フェネク。だけど――今回は、実に異例。フェネクの方から破っている。まず、二章六条の一が――」

 長くなりそうなカノの解説を、タイタンは途中で遮った。


「破る事に抵抗はない……という事かい?」

「そうでは有りません、まともな兵ならば、この"協定"を破る事がどれだけ異常か、と感じる事です」

「まじきちって話。最低限の礼儀すら弁えてないって話」

 ヤーマが言葉を選びながら言った。サーサは吐き捨てるように言った。二人とも、嫌悪の表情を浮かべていた。


「ふむ……じゃあ、この手とこの手は駄目か。こちらから破る手段は取らない方が良い、と」

 タイタンはトレインは駄目か、と呟いた。


 その様をみながら、何を言っているか判らないが、『何をやっても良い』という台詞に、空恐ろしい感情を抱くのはトワだけではなかった。今までとは、何かが違う。自分の常識の範疇外の事をやらかすのではないか、という不安。

 ――引っ張りこんだのは間違いではないか?

 ちら、ちらとトワを見る、ヤーマ、サーサ、カノ。一心不乱に聖印を握り締め、神に祈るハッカ。つつぅ、と冷や汗がトワの頬を伝った。

 顎に手を当てて、考えながら歩く。カツ、カツ、カツ、とタイタンの歩く音が、響き渡る。


「あの、タイタン様……」

「――この街の"十字"をへし折る。これが、俺から出せる、この街を守る為の『妥協点』だ」

「は?」

 タイタンの低い声が、しん、と静まり返った会議場に音声として伝わった。即時に意味を理解した者は、居なかった。意図を理解した者は、全く居なかった。


 最も早く意味を理解したハッカは、愛らしい声で、精一杯の罵声を上げた。

「この、神をも恐れぬ、罰当たりめ!!」

 椅子を蹴倒し、タイタンの胸倉を掴み上げる。


「これが、俺の出せる唯一の解決法だ」

 タイタンは胸倉を掴み上げた手を掴み、強引に振り払った。それは実にあっさりと、嫌な音を立てた。

 痛みから来る、ハッカの絶叫。

 タイタンはそれを、実に脆い、と思う。

 だが、実に脆い彼女らを、少しでも傷つけずに守る手段など、これしかないと思うのだ。

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