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野郎達の英雄譚  作者: 銀玉鈴音
第五章 終末への工程表
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第三話 バイカ戦乱 (3)

「――の理由をもち、フェネクは現下の情勢に置いて、此処バイカ市郡一帯を不当に占拠するクオンに対し、平和的な、正当な解決を、二国間による裁定を幾度か求めた。しかし、卑怯にもクオンはこの提案に返答すら寄越さぬ故、今一度、戦の神(センファイ)の裁定に委ねる事とする。暦、千二百二十六年、二の月、三十の日、フェネク皇帝ライオネル四世が印す」


 雨。豪雨。土砂振りの中、堅く閉じられたバイカ南市門前、軍使の一団が朗々と読み上げる文は宣戦布告文の写しである。

 ブオオオオオ、と喇叭を高らかに鳴らし、勇壮に太鼓をドンドンと叩く。軍旗は風にはためき、それに負けぬ声で己が正当性を訴える。


「以上を持って、夕刻(タシタ)の鐘の後に、この街に対し正当なる武力の行使を行う!」

 少々の不可解さを、軍使は感じる。


 "協定"により、軍使(とこれに随行する鼓笛手ら)は不可侵権を認められている。つまり、いきなり弓矢や煮えたぎる鉛をぶちまけられる事は無い。だが、相手方にも反論権は許されており、罵声や怒声を掛けられることもこの手の話では良くある事なのだ。


 だが、それら一切が無い。ただ、市門が堅く、堅く閉ざされているだけなのだ。


 魔物の襲撃時でもここまでの沈黙は無い。それこそ、魔物相手なら即時に市壁に取り付けられている機械弓や投石機、各種の防備手段で反撃される事であろう。

 "協定破り"に抗する手段も、魔物の扱いに準じる。かってはそうした悲劇も幾度と無く起きたのだが。


 こんなにも容易に話が進んで良いものだろうか?

 という微かな違和感。いや、しかし、考えても仕方が無かろうと、己の役目を果たした軍使の一団は自陣へと喇叭や太鼓を叩き鳴らしながら帰投した。

 それを見て、ワァ、と歓声を上げるフェネクの兵達。


 バイカは沈黙を続ける――暫くの後に夕刻(タシタ)の鐘が鳴った。





「車輪陣、始め!」

「応ッ!」

 祭壇が七つ。上空(うえ)から見たら、正七角形の各頂点に七名ずつ配置された、総計四十九名の兵。彼らは、帝国一等市民の出自の者達である。自由民であり、全員が志願兵である。

 魔を祓う術として、正式に魔術を修め、武門の修行も修めた、帝国きってのエリート達である。


 フェネク(帝国)の歴史は浅い。たった二百年ほどだ。魔術と言う、神秘を司る学問を修める為には、圧倒的に短い。ティカンの魔術師達にも、浅いとあざ笑われる歴史。いわんや、クオン(王国)の魔術師と比べたら一人一人の技量は鼻で笑われる事であろう。

 魔術にとって根幹となる、神代の書籍や巻物が他国、他地域と比べ少ないのだ。

 つまり、魔術師の強さの根幹となる『魔術』の種類が圧倒的に少ない。

 少ないから弱い。


 かっての"邪神"相手の最終決戦の土地として部族の聖地が選ばれた。祖先たる守人達が何を思ってあのような化け物を聖地に封じたかは判らない。

 判らないが、多くの帝国民はこう思っている。


『――全ては、弱かったからだ』

 砂狐(フェネク)の民は武を重んじる。強さを重んじる。

 弱い者が弱いままで生きるのは、厳しい環境。国土の多くを砂に覆われ、気候は荒く、食い物と水に苦労する。生きる為には、強い者が弱い者達を纏め、巨大な、帝国と言う一つの人工の魔物にならねばならなかった。

 人は脆く、弱い。だが、帝国と言う魔物は弱くては成り立たぬのだ。

 英雄無き時代に、繰り返された闘争と、それによってもたらされた技術。

 英雄無くとも、人という種の中で最大勢力を保持するに至ったのは、全ては飽くなき強さへの渇望。

 腕力が足りなければ技術で補おう。魔力が足りなければ知恵で補おう。

 総体として『強ければ良い』


 これが、帝国流である。フェネク流である。


 一が七に、七が七つの四十九に、個としての力の不足を、知恵の力、技術の力によって補う。車輪祭壇に集められた四十九の精鋭達の魂力が煌いた。

 確かに、彼ら一人一人の力は他国の魔術師達に比べると、一段低い位置に留まっていると言わざるをえない。


 しかし――


 境の輪から陽の一輪、陽二輪から陽の三輪、一回回って陰の一輪、陰二輪、陰の三輪まで回ったらまた、境の輪へ。この魔力回しが七回。擬音であらわすなら、ギュンギュン。ギュルンギュルン。車輪祭壇が赤く光る。

 祭壇に描かれた魔法陣に、真紅の光が轟々と、加熱された雨粒がジュウジュウと蒸発し、大気を歪める。これを見てバイカの監視塔が狂ったように銅鑼を打ち鳴らす。ガンガンガンガンガン。銅鑼の音にも歪まず、一糸乱れぬ詠唱の声が響く。


 これが七回、総計四十九回の輪を描く頃には、真っ赤な火の玉が車輪祭壇に生み出された。


 ほぅ、と装身具を過剰――いや、下品と言うほどじゃらじゃらと身につけた男が、感心したかのような声を漏らした。チュイオである。

 単なる<火球>と思っていたが、一回巡る毎に感じる火力が、肌をぴりぴりと焼くほどに段違い。

「これはこれは……」

 これは、<火球>に非ず。言うならば――


「上りて赤く強く、沈みて赤く大なり、中天に在ってはオ・バの化身、地に在ってはサイの写し身、アガキとタシタの子、チダの理、フォン・ダーの言の葉に因って願う、センファイの場に顕現せよ! 車輪陣、<偽太陽>()ェ!」

 主宰を勤める導師級の魔術兵が、夕刻(タシタ)の鐘が鳴ってから十分な時間が経った後、号令を掛けた。


 四十九名の魂力を込めた、直径十メートルほどの小さな太陽は、監視塔に向けて射出された。

 轟々と音を立てる火の玉は、狂ったように銅鑼を叩き続ける塔の頭に突き刺さり、文字通り吹き飛ばした。頭が崩れて、地に引かれて、文字通りの機能停止。


 着弾、効力射を確認した主宰は、力尽きたように両ひざを突いた。

 全精力を使い切り、抜け殻の様になった祭祀らを乗せた車輪祭壇を、牛達がもうもうと啼きながら陣後ろの安全圏まで引っ張り始める。


「やるじゃん?」

 ばらばら、がらがら、崩れる音を聞きながら、ひゅぅ、という下手な口笛をゼロは吹いた。きゃは、と無邪気にピケは手を叩いて笑った。


「チュイ、お前アレできるかよ?」

「……可能に決まってるだろ。ゼロ、お前は馬鹿か?」

 ふん、とチュイオは鼻で笑う。へっとゼロも鼻で笑う。当然の確認、万が一の考慮。


「さぁて、それじゃあ、一丁ひとあばれしてくるで御座るよ」

 誰がどう見てもラジオ体操を一通り踊ったシゴが、満面の笑みを浮かべて言う。巨大なバリスタを抱えたニクマンが、緊張したかのようにブルッと震える。


 アンパイが一言釘を刺す。

「シゴはちょいと、"骨"の召喚だけはやめといてーな?」


「何言ってるで御座るか……まぁ、やらんで御座るよ。アンパイちゃんがそういうなら」

「往くぞ」

 奪、とムショが先陣を切った。

 一拍遅れてシゴが続く。ピケは相変わらず手を叩いて笑っていた。

 ニクマン、投石器と比べると大きさで少々見劣りをする、愛用の機械弓(バリスタ)を構え、援護射撃の準備。

「<隼撃ち>行くゾ!」

 ニクマンは機械弓に装着された、ゴーツフットと呼ばれる梃子式の張弦装置を使わない。太く丸い指で、竜骨と複合金属で形成された、板バネと呼ぶのもおこがましく太い何かに張り渡された弦を摘み、引く。引くと同時に、これまた太い、矢というのもおこがましい、投槍のような物が装填されている。これも瞬きの間。どっしりと構えた姿勢から、目にも留まらぬ三点射撃。針の穴を通す精度で市壁の弓狭間に叩き込んだ。

 ボゴン、と凡そ矢が突き刺さったとは思えぬ轟音を立て、ほぼ同時に三箇所から煙が立ち昇る。


 それを合図に、一斉に投石機から頭ほどもある岩が市壁にぶつけられる。こちらはただの岩だ。ただの岩が市壁めがけて一斉にたたき付けられる。三十㎏から四十㎏の質量を持った岩を、物理的に飛ばすのだ。これを、魔術的に防ぐ手段は早々無い。単純に市壁を厚く、堅く作るしかない。


 弓兵達が、市壁の内部に向けてやまなりに矢を射かける。こちらは火矢を使っている。帝国のお家芸とも言える弓兵集団による曲射。一斉射では何も起きぬように見えるが、二度目、三度目と、降りつける雨に負けぬ勢いで打ち続けると、徐々に火の手が上がる。アブラヤシの油に、地面から取れる油を混ぜた、雨でも消えぬ炎だ。


 火の手が上がるのを見て、ぬかるんだ地面にわだちを残しながら、破城槌が動き始めた。

 破城槌の左右に展開した盾持ち、槍持ちが一歩一歩慎重に歩を進める。


 岩と火矢が降り注ぐ中、いち早く門に取り付いたムショが、抜刀、即、斬。


「むぅ?」

 みしり、と愛用の太刀が、門扉に半ば食い込み、止まる。


 ――斬れぬ。

 ムショはこの世に来て、大木を切った、岩を、鉄を、金剛石を、人を、魔物を、十字を切った。一太刀で切れぬ物の方が少なかった。十字か魔物か、という程度だ。


 ――つまり、(これ)は、十字か魔物の同類か。いや、そもそも。

「昔ッから、"英雄(プレイヤー)"何人がかりで門に挑んだか、と考えると自明の理、か」

 口角を吊り上げて、引き抜きざまにもう一撃、斬。


「チュイオちゅわああああん、ムショタンやっぱり無理で御座ったぁああ!」

 ムショの早駆けにようやく付いてきたシゴが、馬鹿にしたような大声で、後ろに叫ぶ。


 『門壊し、尖塔壊しの、城壊し』

 かっての都市戦のルールは、こうだった。戦争、と言うからには、何人ものプレイヤー(英雄)が時間をかけて門を破壊し、監視塔を徹底的にぶち壊し、最後に城に直接打撃を加えてハイ終了。

 これをたった七人で行うには、ちと荷が勝ちすぎる。正面(ガチ)で殴りあうのは、彼らの流儀に合わないのである。

 硬直した思考から、規則から、はみ出してナンボ、順序を守るのも性に合わない。

 此処からがアンリミテッド流。変更された法則(ルール)を最大限生かす、彼らなりのやり方。

 そもそも、門を開いて砂狐(フェネク)を市中に解き放てば、彼らの勝利条件はほぼ整ったも同然。最初でも、最後でも、全くかまわないではないか。


「クソが二人で超重い……ぞっ」

 チュイオが、ゼロとアンパイの首根っこを引っつかんで<飛行>、2D(じめん)から3D(そら)へ離陸する。市壁上回廊、上空まで飛んだら、二人を放り落す。二つの"爆弾"を投下し終えたチュイオはそのままグルリと市中を空から偵察。未だ空へ舞い上がってくる奴らは居ない。地面から弓を射掛ける馬鹿な兵は居る。軽くよけた後に、とん、と適当な建物の屋根に着陸。門に向かう道を塞ぐように<氷の嵐>。

 先ほど河に、氷の橋をかけた奇跡が街中で炸裂。


 放り投げられた二人もぐるり、と猫のように四つ手を付いて鋸狭間の上に着地、狭間の陰に隠れていたバイカの兵達の首をさつと撫でると、そのまま二手に分かれて駆ける。


 駆ける先々に岩と火矢が降り注ぐ。当たらない。当たる訳が無い。

 呆けたように後姿を見守った兵が、自分の職務を思い出し、慌てて立ち上がった。とたん、ポロリ首が地面に落ちた。ぐしゃりと岩が体に当たる。独楽のように己の体が錐揉みするのを、ありえない角度から視認した兵は、既に死人。


 もう片割れは、動くに動けない。動けば死ぬ、と当の本人が思い込んでいるのだ。

 安心しろ、とゼロは哂った。走りながら哂う。できる限り安楽に、即死(オーバーキル)させておいたから、と。

 ゼロの背後で、人影が花火のように爆ぜた。獣の脂を薄く延ばした匂いが辺りに広がる。


 一層強く、雨は降り、命の匂いも、雨に溶けて流れて、消える。





 所変わって、時変わらず、バイカ、市街部。

 混沌の坩堝。一言でいうなら、そうなる。


 バイカもご多分に漏れず、"十字"を中央に抱える都市である。

 スラムの"向日葵街"や、城塞跡を内包する、混沌に満ちた旧市街、旧国オウレン跡地は南東部に広がる。南西部には一般の市民達が、北部一帯には為政者達の住居が広がっている。


 雨音響く市内内部、普段から水のキレが悪い側溝は、倍量の雨の元ではごぼりごぼりと目詰まりを起こし、汚物をかしこに散らしている。


 それだけならば普段の惨状、まだ良くある事態と言っても良い。

 下は大火事、上は洪水、これなんだ、という子供の謎掛けの答えは風呂場であるが、今は逆。上は大火事、下は洪水。上は空から火が降ってくる。下は雨水がそこかしこで溢れかえっている。加えて門からは戦の音が。

 全く、当然、火元から逃れるは人情、水元から逃れるも人情、戦から逃れるも人情。


 おしめきひしめき、南から北へ、街を守る兵隊達も、この惨状では向かうに向かえない。あの銅鑼の音の悲痛さは兵ならば知っている。銅鑼の音、直後に響く爆音、崩壊の音。全てが雄弁に一人の勇者の死を物語っていた。


 この戦は大きい、と兵ならば誰しもが直感した。

 この戦は負ける、と同じく直感した。

 兵でなくとも、この事態は危険だ、と誰しもが理解する。


 南から北へ、濛々と上がる火と煙に追い立てられながら、市民は北へ、兵達は波に逆らい南へ。貴族、将校、支配者層は北の城にて対策会議。





 そんな中、チャカ達は――


 ざあざあと降る雨音に爆音が混じる。街が尋常でない事態に陥っている、という事はチャカには何となく判った。閑静な住宅街の外から聞こえる怒号。廊下をどたどたと走る音。ガチャガチャと慌てて掛けられる鍵の音。


 どうにもこうにも、ろくでもないことが起こっているのだろう。

 そして、目の前で熱弁を振るう男は、一つの事態に集中すると他が見えなくなることも、長年の付き合いで良く知っている。


「ナイトウ、ちょっとなんか雲行きが怪しくない?」

「な、なんだべな、今丁度ええとこなんだ、もうちょっと語らせてくれよ」

 呆けた事をのたまう長年の相棒は、話を途中でぶった切られるのを嫌った。

 普段ぶつ切りにしている言葉が、たまに滔々と流れたと思うと、これだ。止まらぬ蛇口はお前もか、と若干白い目でチャカは見る。


「い、いやよぉ、だってよぉ」

 どたどたと走る音が部屋に迫る。ノックもそこそこに、扉が開け放たれた。割って入ったのは、チャカの着付けを毎日やっている、なじみのおばちゃんであった。


「ああ良かった、どこを探しても居ないと思ったら、ここにいたんだね、アンタ達は」

 中年の下女はふう、と安堵のため息をついた。普段も忙しいが、今日は特に忙しい。額に汗を浮かべ、頭に鉄鍋を被り、右手には木製のお玉。左手に鍵束を下げ、各部屋の施錠。何しろ、部屋の数が多い。火急の事態に備えねばならないのである。客人達に、館を任せる訳にも行かない。主人が留守の間は、自分達が館を守るのだ。


「いったい、何がおきてるの?」

「何、いつもの蛮族(フェネク)の襲撃だよ、いつもの――いつもの」

 下女は、己を落ち着かせる為に言った。確かに、ここ数年、戦と呼べるほどの大きな物は起きてない。毎度毎度の"布告"は、三十年この街に住んでたら慣れっこだ。

 大抵野戦で毎回カタが付いた。悪くて市壁が壊れる程度。街まで来る事は本当に、めったに無い。一度や二度、昔々の少女の時代に有ったか無かったか。

 性質が悪いのが暴徒化したこじき(・・・)どもだ。


 警邏の兵の数が大幅に減る為に、戦に合わせてよく暴れる。

 堅く門扉を閉ざせば大概は大丈夫だが――

「まぁ、それでもたまに入ってくるからね、アンタ達もこの位なら協力してくれるでしょう?」

「そりゃまあ、当然」

「い、異論無し」

 こくこく頷く少女と、うらなり瓢箪。中年下女の指示に従い、鍵束持って走り回る。


 北部貴族街、カノの館。

 入り口玄関まで、人の波が押し寄せるまで後少し。

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