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野郎達の英雄譚  作者: 銀玉鈴音
第一章 絶望の迷宮
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第四話 邪悪の胎動

 1日目 夕方



 チャカは、焼き"6本腕"を食べた直後、猛烈な痛みと吐き気に襲われた。

 チャカの体が食べ物ではなく、毒物だと認識して、吐き出す。ぐちゃぐちゃに噛み砕かれた肉と同時に出てきたのは胃液ではなく、血液だった。

 その光景を例えるなら、真っ赤な液体を吐き出すマー・ライオンであった。


「お、おごごごご……」

 ――おおおおお、さしこみが!みぞおちの辺りにまた!

 血の泡を吹いて痙攣をする者、苦痛でのたうちまわる者、吐き戻し汚濁にまみれる者、意識を手放す者、様々であった。チャカはまだ比較的軽い部類であった、と言っても良い。


 「おい、POTを使え!」「ベルウッドに連絡取ったか!」等、食べなかった者が大騒ぎする中、ナイトウは真っ青な顔でチャカの看病をしていた。

「ち、チャカ。POT、多少楽になるべ」

 小瓶の蓋を開け、チャカの口に謎の液体を流し込む。

 流し込んだ瞬間、即効性の治療効果が現われる魔法の液体。

 一時穏やかになるチャカの顔。しかし、またチャカは腹を抱えてのたうち回る。


「ぐげっ、ごほっ」

 ごぼり、とチャカの口から溢れ出す鮮血。胃液と交じり合った鮮血は異臭を放ち、迷宮の石畳に広がる。

「毒は、回復薬(POT)じゃ、治んない……って」

 おごごごごご、と謎の唸り声を上げながら、かすれかすれの声で言うチャカ。


 毒状態は、状態異常の中では極めて多彩なバリエーションを持っている。

 HPの時間による減少と、普通の回復薬(POT)では治らないという特性は全ての毒に共通している。

 ただ、減少したHPを治癒(かいふく)すれば問題ないことがほとんどなので、治らないという表現はおかしいかもしれない。

 時間が経てば大抵の状態異常は治るのだ。治る前に死ななければ、の話だが。


 ――ああ、そうか。こういう時に何をするんだっけ。<血を肉に>だっけ。自分の状態異常を取って、HPを回復してから、周りの状態異常回復だっけ。使えたらいいんだけどなぁ。困んないのになぁ。

 チャカは、腹を襲う痛みで朦朧とする頭で妄想をする。


 その時、カチリと最後のパズルのピースが嵌った。


 その直後、チャカの体から何か(MP)が減る。赤黒く、脈動しながら纏わりつく不吉のオーラ。湧き上がる生命力。奪われた命を奪い返す力。約30秒(いちびょう)に1度のHP回復。再生効果。修道者の「癒しの光」に比べて即効性で劣るものの、十分な効果を持つ自己治癒スキル、<血を肉に>が発動した。


 今までチャカが使えなかった"スキル"がなぜか使えたのだ、ナイトウは驚いたが、安堵もした。

「ちゃ、チャカ、スキル? 血を肉に?」

「……うん、使えた。よくわかんないけど」

 チャカは立ち上がる。口に残る鉄錆の味。ぺっぺっとそれを吐き出す。

 喉の荒れが収まってくる。散々吐いて喉はからっからだけども、だんだんとチャカは体調が収まってくるのが判った。

 毒により傷つけられた食道や胃壁は修繕され、既に体内に吸収された毒素は分解され、チャカは健康を取りもどす。


 迷宮の石畳は吐瀉物と血と何か良く判らない液体で異臭を放つ。

 改めて回りを見渡すと、POTを用意していた修道者らが回復薬を飲み、体力を取り戻し、解毒スキル<穢れ払い>を使用し、立て直しつつあった。






「すいません、ベルウッドさん! 緊急です!」

 ベルウッドが5度目の"釣り(Pull)"を開始する直前、血相を変えたグっさんが駆け込んできたのは、本当に幸運だったに違いない。


 "釣り"を開始してから足を止める事は死を意味する。ベルウッドは釣り役の戦士に停止の合図を送り、戻らせる。


「大声を出すな。敵の感知範囲に引っ掛かるぞ」

「……っ、はい。済みません」

「グっさん。簡潔に状況だけ頼みます」

 グっさんは人当たりのいい好青年だ。しかし、釘を刺さないと余計な事まで口に出す。その為ベルウッドは簡潔にという点を強調し、問いかけたのだ。


「本隊、中毒者多数です」

「……修道者が居ただろう、それで対処できないのか」

「無理です、修道者がほぼ全滅状態、その他も被害多数」


 ――なんてこった。状態異常()で全滅か。状態異常を回復できる修道者(ヒーラー)が真っ先に異常を貰ってどうするんだ。

 ――しかし、おかしい。"6本腕"は毒攻撃はしてこなかったはずだ。強力なMOBだが、主に物理攻撃のみのはずだ。

 ――何故だ?他のMOB(ばけもの)が湧いたか?絶望の迷宮で毒攻撃を持っているのは"奈落蜘蛛"、"無貌の暗殺者"、"壁潜りの大蛇"…後は何だ?レア湧きの"白蛇の乙女"?一体なんだ。何にやられたんだ。


 ベルウッドは最悪の状況を想定した。未知のMOB以外にこの状況で壊滅する事はありえないだろう、という結論に達したのだ。


「直ぐに戻る。襲撃MOBは倒せたのか?」

「あ、違います。モンスターじゃなくて、食中毒です……」

 グッさんの言葉で、ぽかんと呆けた表情をするベルウッド。


「グッさん、すまないけど、もう一度お願いします」

「MOBを皆して食べたんです」

「は?」

「全員、モンスターを食って、当たったんです」


 グっさんの報告は、ベルウッドの動作を一時停止(フリーズ)させた。。


 何を言っているのかベルウッドには理解できなかった。

 そもそも、ベルウッドの思考の範疇外にあったのだ。

 まさか"6本腕(MOB)"を焼いて食うという事を考えている人間が居るとは思わなかったのだ。

 いや、腹が減って何か食いたいという事はベルウッドにも判る。


 "6本腕"を説明するのは難しい、あえて描写するならば逆立ちに直立した牛の股間に目の無い雄牛の頭があり、6本の蹄を持った人の腕を胴体から生やし、それに剛毛を生やしたような、そんな存在だ。ヴモオオオオと叫び、6本の腕でぶん殴ってくる。

 確かに牛のような感じはしなくも無い。

 ――判るが、何もよりにもよって"6本腕"を食う必要は無いだろう。しかも、釣りの作業に行った時に食う必要は更にないだろう。食っている最中に引っ張って来たらどうするつもりだったんだ、愉快なMPKでもさせるつもりだったのか!

 ベルウッドは怒りの感情を抑え切れなかった。本隊に即座に引き返し、口調鋭く叫んだ。


「おい! 一体どうなっているんだ!」


 適度にいいやけ具合の"6本腕"の残骸と、その周りで血反吐を吐きながらもがき苦しむ中毒(おおばか)者の群れ。

 一部の修道者は立て直しに掛かっていたが、何しろ数が足りない。

 ベルウッドも<穢れ払い>を発動し、未だ血の泡を吹く病人を治癒していく。

 ――毒によって減ったHPは後回しでもいい。一体どういう経緯でこうなったのか、先に聞く必要があるだろう。大抵の人間は過ちを犯した場合、体に刻み込まないと忘れてしまうのだから。

 頭に上った血を、出来る限り押さた口調でベルウッドは訊いた。


「グっさん、どうしてこうなったのか、一から話して下さい」


 グッさんは言葉を選び、その問いに答える。

「あ、いや、なんていうか……その。中央組の中で話題に上がったんです。食べれるんじゃないかって冗談が。それで側面組と正面組が真に受けて調理し始めて…僕は止めたんですが」


 正面組と側面組は、槍玉に上げられては堪らないとバラバラに主張をし始めた。

「おい、そりゃねーよ。俺らは中央組が食えるって主張したからやっただけだ!」

「側面組が初めに切り始めたんだよ。勝手に共犯にすんな」

「んだと!? てめーらもノリノリで焼いてたじゃねーか!」

 そして、正面組も内輪もめを始める。魔法使い組と修道者組同士で、だ。

「そもそも食い始めたのは修道者組じゃん。一番食ってないのは僕らだ!」

「ちょっと、それはないわ。アンタ治してやったのウチやで? そんな事言う?」

「僕らは敵を撃滅する、君らは回復する。立場は同じだ。当然のことをして威張るのはやめてもらおうか?」

 その言葉で治療に回った修道者が怒りを抑えきれなくなり、獲物を携え、殺気のともった視線を魔法使い組に注ぐ。

「あ゛あ゛ん? ちょお、アンタそこに座れや。ちょっとシバいたる」

「やってみろよ、その前に君が火達磨になって転がるのが早いだろうよ」

 火力こそ正義。その鼻持ちならない主張を常々掲げていた一人の魔法使いと、治癒こそ正義、火力こそとっかえが効くと主張して止まなかった修道者の一人。何かのきっかけがあれば即爆発しかねない雰囲気を放つ。

「おうおう、もやしっ子がイキってるな。やっちまえよ!」

「あの、その、そんな喧嘩してる場合じゃないじゃないと思うんですが……」

「お前らが言い出さなきゃこんな事にならなかったんだろうが!」

「そんな言い方ってない。責任転嫁止めてくれませんか?」

 側面組が煽り、中央組が窘め、更に混乱は増してゆく。

 喧々囂々、非難の嵐。にらみ合う各グループ。未だに腹を押さえながら殺気立つ魔法使いと修道者。そして話はどういう経緯でこうなったのかから、戦犯裁判(だれがわるいのか)に移る。仕舞いには単なるいちゃもんの付け合いだ。

 ベルウッドから言わせて貰えば、こいつ等全員「同罪」だ。情報は十分出た。


「判ったからもう止めろ。無駄なエネルギーを使うな」

 ガゴン、とベルウッドの戦棍が迷宮の壁を抉り、言い争いを一時止める事に成功した。




「ギンスズ、お前は一体何をしていた。そもそも行進を止めさせたのは何故だ」

 ベルウッドは生贄にギンスズを出す事にした。何しろ一番フォローが効く。

 後で頭を下げる事を覚悟し、なじる。

 ――この状況だとギルド外に適当な生贄(せんぱん)が居ないのだ、許せ。そう、ベルウッドは心では謝罪する。


「え、マスター、その、どうしていいか判らなくて」

 普段から子犬の様に付きまとうギンスズは、ベルウッドの怒りの矛先が何故自分に向いたのか理解できずに戸惑う。

 ベルウッドは枯れ気味の喉に鞭打ち、怒声を作り上げる。

「反論はいい。"釣り狩り"で重要なのは何だ。言えッ! ギンスズ!」

「は、はいっ!釣り(プル)役が戻ってくる時に過剰にMOBを引っぱって来ない事です!」

「違うッ!」

 ――正解だ。普段の状況で、釣り役をやる戦士(タンカー)の答えとしては極めて正しい。過剰にMOBを釣って来た場合、拠点(キャンプ)に居る面子の火力が万が一不足していた場合、生き残ったMOBの攻撃で戦士(タンカー)が死亡する。モンスターの塊がその後範囲攻撃を行った、より脆い職に向い、回復役をひき殺し、そのPTは全滅する。過剰に釣り過ぎず、少量過ぎず、適量を引っ張ってくる事は戦士の答えとしては正解だろう。


拠点(キャンプ)の面子が常時警戒する事だッ!」

「……ッ!」

 何でそんな事をボクにいうのか、と涙目になってベルウッドの罵声を受けるギンスズ。

 ――違うんだ。お前一人が警戒してても意味が無いんだ。こいつ等全員が警戒していなきゃならなかったんだ。

 ベルウッドの心の声は、ギンスズには届かない。今、届けてはいけない。


「お前は自分の代わりに、集団の警戒を促す必要があった。拾い食いを止める立場にあった。反省しろッ!」

 ベルウッドは平手でギンスズの頬を打つ。

 ――すまん。本当にすまん。後で幾らでも謝罪してやる。


 パァン、と派手な音が響いた。


「我々の命令系統が招いた事故(ミス)だ。申し訳ない」

 ――下げたくもない頭を下げる。本当に貧乏くじを引く役割だ。

 これもギルドマスターの仕事だ、とベルウッドは割り切れない感情を押し殺した。




「ごめ、ごめんなさい、ボクが悪いんです。ヒグッ、ご、ごめんなさい」

 涙ながらに謝罪の言葉を繰り返すギンスズを見て、チャカの心は針で刺された様に痛む。

 ――私が言い出したんだよ、本当は私が悪いのに、本当にごめんよ。

「おい、チャカ。そこで実は私が悪いんです、とか名乗り出るなよ」

 タイタンがボソリとチャカに耳打ちをする。

「なんでだよ、言い出したのは…」

「アイツが打った芝居が無駄になる」

 芝居?どういうこと?何のこと、とチャカが口に出すのをタイタンが押しとどめる。

「気が付いてないのかよ。一芝居打ったお陰で空気が変わったのが。本当に役者だな、アイツ」


 確かに空気が変わっていた。理不尽にも思える叱責と罰。

 殺気立っていた魔法使いと修道者は毒気を抜かれてばつの悪い顔をしていた。

 言い訳をしていた刺青坊主も微妙な顔をしている。

 煽ってた戦士は、ギンスズに「おめーが悪いんじゃねぇよ。俺らが悪かった」と謝罪していた。

 一番ノリに乗っていたネクロン(主犯)はもう泣き出さんばかりだ。


「最初の言いだしっぺのお前が、ここで出て行ってみろ。中央組が一気に悪者扱いだ。アイツもそんな事したくてやったんじゃないだろうよ」

 タイタンは不吉な言葉を紡ぐ。

「最悪は、そうだな、俺たちが排斥される―ギルドごとな。そうじゃなくても、次の機会の生贄になるのはお前になる」

「そんな……事ないでしょ?」

「いや、ありえる。アイツは身内1人の犠牲でこの場を纏めたが、零細ギルド一つを犠牲にして纏める方が後腐れもない」

 氷のような視線でベルウッドを見ながら、タイタンは言葉を締める。

「アイツはそういう奴だ。必要なら必ずやる」


 タイタンの言葉は酷く不吉な予感に満ちていて、チャカは反論する意思を挫かれた。



 その後、5度目の戦闘が終わった後、3交代で睡眠をとることになった。


 堅い石畳の上で寝るのは非常に苦しい。

 ゴツゴツして痛い。喉の渇きも酷いし、更に追い討ちをかけての「必要なら必ずやる」。

 その言葉がチャカの耳から離れず、どうにも寝付けない。


「ねぇ、ナイトウ。思ってたより楽しくないね」

「ん、あ、ああ。うん。実際こんなもんだべ。フローリングの床で寝てた時を思い出すなぁ」

 囁くようなチャカの言葉に、ナイトウは何かずれた答えを返した。

「ふ、布団を敷くのも面倒で、い、一ヶ月ぐらい枕だけで寝てた。な、夏場だったし」

「何だよそれ。ものぐさにも程があるでしょ」

 それが意外と寝れるもんなんだよ、とナイトウは軽くチャカに言いながら。

「でも、そ、その後、布団を敷いて寝たときは、感動したなぁ。布団は高性能アイテムに違いないべ」

「ホントだね、私はベッド派だけどね」


 石畳で頭が痛いなら、膝枕ぐらいならしてやろう。

 とナイトウがチャカに言うので、チャカは数瞬迷った後、ナイトウの膝に頭を乗せたのだった。



 パチパチと薪が燃える音が次第に小さくなる。

 周りを照らす光量が落ち、寒々しい薄闇の世界が広がる。


 ベルウッドは焚き火に意味があるかは判らなかったが、何もせずに体温が逃げるよりはマシだろうと思い、薪を追加する。

 再びパチパチと焚き火がはぜ、暖色の世界が広がる中、ベルウッドにおずおずとギンスズが語りかける。

「マスター、ボク思うんですが」

「それよりも、さっきは済まなかった」

 ベルウッドは先に謝罪を済ませる。

 ――理不尽な叱責だったのは間違いが無い。

「あの場で集団を崩壊させない手段で、最良の手だと自分が思った行動だ。お前に不快な気分を味わわせて済まなかった」

 ギンスズはプルプルと首を振りながら、苦笑して答えた。

「いえ、それはもういいんです。確かに、ボクが止めるべきでしたし」

 それに、ボクも食べちゃいましたしね、と。

 二人とも苦笑する。


 ギンスズが真剣な表情で、ベルウッドに尋ねる。

「それより、ボク思うんです。水って回復薬(POT)で取ればいいんじゃないんですか?」

 暫くの沈黙。ベルウッドは迷った。そして、ゆっくりと答えた。

「…そうだな、取れるかも知れん。だが、安易に言う事じゃない」


 一般的な成人男性は「安静に」していた時、一日に2.5リットルの水が出入りすると言われる。

 内訳は食事で1リットル、体内で代謝によって生成される水が0.3リットル。飲み水が1.2リットル。尿や便で1.3リットル、呼吸や汗で1.2リットルが排泄される。

 それをそのままこちらの世界(ディープファンタジー)に当てはめるのは早計に過ぎる。

 しかし、たとえ回復薬(POT)で水分がそのまま取れると仮定しても、食事で取れる水分が無い以上、50mlの回復薬が50本、一日を健康的に過ごす為には必要となる。


 確かにベルウッドの腰のポーチ(インベントリ)の中には回復薬がぎっしりと詰まっている。

 ベルウッドが総数を数えるのも馬鹿馬鹿しいと感じる量だ。

 最後のボス(じゃしん)の相手をする為に、倉庫のコレクション(自作POT)を全部引き出していたからだ。

 しかし、手馴れた1PTが絶望の迷宮の攻略時に消費するPOT量は、実に少ない。

 回復役となるヒーラーの技量にもよるが、危機的状況(PT全壊)が無かった場合、近接職一人につき1~2本、後衛職は0~1本程度の消耗である。

 保険も含めて、POTを準備する量は、一人当たり20本もあれば「持ちすぎ」の部類である。それ以上持ち込むのは、かばん(インベントリ)を圧迫する分、戦利品を持ち帰る事が出来なくなり好まれない。

 まぁ、最終日だからと採算度外視で詰め込んだ輩も多いだろう。だがしかしそれでも、100本、あればいい方だろう。ベルウッドは極端な例だ。


「じゃあ、なんで……」

「横で水を飲んでいる奴が居て、お前が水を持っていなかった時どうする?」

「……羨ましく思う」

「お前の喉が死ぬほど渇いていて、そいつが分け与えるほどの量が無い場合や、そもそも分ける気が無かったらどうする?」


 精々持っている奴も、1日か2日分の水に似た何か(POT)があるに過ぎないのだ。

 今日のペースで歩き続けて後4日間。「絶望の迷宮」から脱出に掛かる時間はそのぐらいだろう。

 死ぬほど喉が渇くどころか、最悪、まともに動けない状態に近い可能性も、ベルウッドは否定できない。


 ベルウッドは一言一言諭すようにギンスズに語る。

「もし、その状況で、自分が『強者』で『暴力』で奪えるならば……?」

「ボクは……そんな事……」

 ギンスズは対人狂の狂戦士である。少なくともギルド内外からはそう見られている。だが、その暴力性は、純粋な対人の場以外で発揮された事は無い。

 ――優しい子なのだ。

 ベルウッドは、長い間自分について来たギンスズを見る。視線は優しかった。

「そうだ、だが誰もがお前みたいな奴じゃない。今、皆で分け合って足りる量なら自分もそうしていた」

 そもそもコイツで水分が取れるか怪しい物だがな、と付け加えてベルウッドは一本飲み干す。

 ――苦い。体に悪い苦さだ。

 ベルウッドの喉の荒れが癒され、多少の効果は見込めるのかも知れないと思う程度には渇きが収まる。

「まったく、コーヒーが恋しいな」

「ボクはどっちかって言うと、紅茶の方が……」

 飲め、とギンスズにPOTを一本手渡すベルウッド。


「明日からが本当の地獄だ。一日二日はまだ限界じゃない」

「はい、マスター」

「水だけが問題じゃない、色々頭が痛いな」


 水も食料も、集団の崩壊も頭が痛い問題だったが、ベルウッドは今は眠る。

 ――この体(えいゆう)でも睡眠が必要なのか、と他愛の無い事を考えながら。






 邪神の広間に、人影7つ。芋虫一つ。


「ったく、腹も膨れたし、いい感じだぜぇ……」

「こいつの肉、そこまで旨くねぇんすよね……」

「スジばってるからな、しょうがなかろう」

「腹に入れば同じダ」

 ぐっちゃぐっちゃ。くちゃくちゃと下品な音を立てて男達が肉を食っている。

「おい、一応癒しておけ。途中で死んでも面倒だ」

「OKPK」

 くちゃくちゃ。ぴちゃぴちゃ。

「フヒヒ。チャカちゃんにはお世話になったので。今からまたぐらがいきり立ってしかたないで御座るよ」

 ぺちゃぺちゃ。ポリッ、ポリッ。

「あんときゃ俺も連BAN食らったからなぁ。アイツは絶対ブチ転がす」

「…フィルターは解かれてる。正確に言うべきだ」

 サクッ。プチプチッ。

「おう、アイツは絶対にぶち殺す」

「駄目で御座るよ。拙者の獲物で御座るよ。クンカクンカした後ペロペロしてハムハムしてギュウウウってするんで御座るよ」

「うっせー黙れ。ぶち殺した後の死体はおめーにやんよ」

「それならそれでかまわないで御座る。拙者楽しみで御座る。今から興奮して全裸で正座待機で御座るよ!」


「さってと、オメーら、出発の準備は出来たか」

「うむ」「イェア!」「準備完了ダ」「フヒヒ、トーゼン出来たに決まってるっしょ」「OKPK」「……問題ない」


 7人の男達は、芋虫を蹴る。


「オラッ、いい加減起きろや」


 蹴られた蓑虫、いや、正しくは全身をロープで縛られた少年は苦痛の呻き声を上げる。


「イギッ!」

「イギッじゃねぇよ、とっとと移動すんぞ」




 ゲラゲラと笑いながら、狂気の集団は移動を始める。



 獲物を求めて。絶望の迷宮を、上へ。上へ。

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