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野郎達の英雄譚  作者: 銀玉鈴音
第四章 忌わしき技
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第十四話 時計 (3)



「ナイトウ!」

 叫んだ。ナイトウもタイタンも、杖と剣を打ち合わせた状態から、チャカの方を見た。走り出した。疾走する小柄な体に、二人とも目が釘付けになった。ナイトウの体がチャカの方を向く。鞘から"ねじくれた血の使者"を引き抜く。ナイトウの胸をめがけて、チャカは飛び込んだ。

 突き出した、突き刺さった。刺突に最適化された、螺旋を描く刀身が、バターに刺さるようにナイトウの胸に沈み込む。

 他人を傷つける事に特化した構造の刃が、脈打つ心臓の感触を手に伝える。

 チャカはためらいを捨てた。

 これは儀式だ。

 ――今まで目を背けていた、自分達の状況を見る。その為の儀式なのだ。


「な、何でだ?」

 押し込めば押し込むほどに、溢れ出す赤。

 この胸の痛みは。

 この説明し難い悲しみは。

 この焼け付くような苦しみは。胸から溢れ出すこれら諸々は。


 刺したのはチャカだ。刺されたのはナイトウだ。自分を刺した訳じゃない。だけど、どうしてこんなに。


 ――どうしてこんなに苦しいんだろう。


「ごめん」

「な、何でだ? お、オレが何をした……?」

「ごめん」

 謝りながら、チャカは更に力を込めて、押し込んだ。

 ナイトウの体から、力が抜けた。

 からん、とナイトウの手から、杖が落ちた。

 ナイトウは自分の胸を見て、突き刺さった短剣を見て、まだ納得できない表情で、呟いた。

「なん、で、だ」

 崩れ落ちた。どさり。じわりと血が地に広がり、血溜まりをつくる。

 チャカの涙は止まらない。頬を伝う涙が、ポタりと落ちた。


 何故だろう。


「よくやった」

 ――そんな言葉が聞きたい訳じゃないんだ。

「蘇生、いけるか。それとも少し休んだ後でやるか?」

 ――そんな言葉を聞きたい訳じゃないんだ。

「ヒゲダルマの方は俺がやっておこうか」

 ――そんな言葉も聞きたい訳じゃないんだ。

「おい、チャカ、おいっ!」

 ――ちくしょう。くそったれ。ばかやろう。


 ――神様、何でこんな無茶苦茶な世界にしたんだ。こんちくしょう。

 少女の嗚咽が夜の闇に吸い込まれる。

 長身の影が、困ったように肩を竦めた。今は亡骸となったひょろりとした男を抱え、館の中へと戻る。

 少女は一人、取り残された。


 その数分後、館の中から、光が飛び出した。光は南西の方角へと物凄い勢いで飛んで行く。

「おいっ! ヒゲダルマ! おいっ、しっかりしろ!」

 男の声が館から響いた。





 クオン領バイカ、旧オウレン首都。

 そこから星読み達の行商路を南西へとなぞると、かって、オウレン五大都市と呼ばれた街の一つ、セリバがある。

 行商路は西に向かう路と南へと向かう路にそこで分かれる。海沿いか、山沿いに沿って大砂漠を迂回する路だ。

 現フェネク帝国領、国境の街、セリバ。帝国に占領されてから五十年。さしたる変化は見られない。今も昔も、変わらずに交易都市として名を馳せている。


 交易都市として名高いセリバの街は、常に活気に包まれている。

 特に帝国支配化に入った五十年前より、街は一層の発展を遂げた。少なくとも、戦う事――競争を是とする国柄で、より多くの努力をした者は、より多くの果実を得る事が出来る。

 そんな国柄と、古臭い慣習法に縛られぬ為に新しい商売、新しい事業、それらを実行に移す為の政策、征服帝ライオネル四世の統治は、より多くの商人達を熱狂させた。


 南のオカピに、北のセリバ。帝国の拡大膨張主義政策の中で、特に恩恵を受けた街の名を上げるなら、この二つ。その片割れ、セリバは眠らない街と揶揄されるほどに、人々の活気に溢れるこの街も、やはり、常日頃なら、深夜となれば、ほとんど全ての人々は、眠る。


 夜は魔物の時間なのだ。


 ――だが、そんな街が、この深夜に、異常な騒がしさに包まれていた。


 精強な帝国兵達が、市壁の外部で整然と列を成していた。

 幾つものかがり火が高く掲げられ、風に揺られた炎が作る影は人馬一体となった数万の数。

 大侵攻と呼ばれた五十年前のバイカ攻略戦の前もこのように、帝国兵は整然と陣形を取り、訓練の行き届いた、まさに精兵と呼ぶに相応しい姿を見せていたに違いない。そう、今回の侵攻の総指揮を任されている老将軍は思う。


「それにしても、万の兵士を瞬時にこの土地に送り込む事が出来ようとは……」

「ああ、いや、大した事じゃねぇわ……いや、大した事なのかね? まぁ、爺さ……いや、将軍さん、俺ら戦争が始まったら適当に突っ込んで道を作るから、その後は宜しく頼むわ。あんたらが主役だ」

「了。"無尽の刃"よ、貴殿の活躍を心より祈っている」


 老将軍は憧憬の視線を、横に座る青年に向けた。若き日に見た"無尽の刃"そのままの姿。いや、より精悍さが増している。凄みと言い換えても良い。

 身につけた漆黒の皮鎧と双剣のいずれも、かって見た時のものよりも、はるかに凄まじい魔力を放っている。

 過去、百の精兵相手でも無双の限りを繰り広げ、血道を切り開き、憎くきクオンの"魔王"率いる、"災禍の旋風"や"無明の紡ぎ手"等との激戦を繰り広げた様を、老将軍は見ていたのだ。

 伝説が目の前に在る。在りし日、あの時に見た、その姿のままで現れた時には度肝を抜かれたものだ。


 心強いことに、"無尽の刃"のみならず、"氷結導師"、"砂海の呪術師"、"天を射抜く者"、更には"戦狂い"等の世界に名を轟かす、フェネク屈指の英雄達が全力で補佐してくれたのだ。

 数万人分の兵糧の準備、馬の準備、飼い葉の準備、挙句の果てには、ここセリバまでの兵士達の輸送まで行った。魔術師達は度肝を抜かれていた。こんな魔道、見た事ないと。


 そこまでして、五十年前の雪辱を晴らしたいのか、と、老将軍は問いかけた。

 富める者がいれば、貧する者もいる。今は貧する帝国市民が、少々多い。商売人達は喜んでいるが、多くの民草は、苦しんでいる。

 より多くの富を手に入れ、より多くの民を幸せにする。その為に我らが存在するのだ、と語る"無尽の刃"の言葉を聞いた時に、老将軍は不覚にも涙が溢れた。


 これだけされて、その神秘の一端を見せ付けられて、引いては帝国の武が廃る。

 乗るしかない、と今代の帝は即決したのである。


 時期も良かった。ちょうど主戦派が力を握った時期に彼らが現れたのは、偶然でもなかろう。

 全く、素晴らしい天の巡り合わせだ――老将軍は、ほんの一瞬、瞼を閉じ、若き日に見た、横の青年の勇ましい姿を思い返した。


 まさに、"英雄"。

 人の身にして、神の魂を宿す超人達。


 否が応でも、士気が上がる。肩を並べて共に戦える日がまたやって来たのだ。単なる一将官だった時に、絶体絶命の凶斧を前にした時の絶望。そこから救い上げた、漆黒の猟犬の姿は、老将軍の記憶に鮮烈に残っている。もっとも、彼は覚えて居ないのだろうが――

 また、目を開く。横に座っていたはずの青年は煙のように消え失せていた。


 軽く笑う。こんな事まで一緒なのか、と。





「とは言うものの、ここからバイカに行くとなると、急いで四日、普通なら十日掛かる、って話だからな、かったりぃ。直でとばしゃ良かったんじゃねぇの、ゼロ」

「バァカ、直で飛んだら初戦は馬鹿勝ちしちまう。馬鹿勝ちするのは、それはそれで気持ちイイけどよ、そんな事したら詰むだろうが。ベルウッドの奴らが、確実に(・・・)勝ちに来る。奴が確実に勝ちを取るとなると、準備を整える為に馬鹿みたいな時間を取る。だから、この程度のズルで済ませて置くんだよ。表向きは"人同士"の戦争って括りにしておいてな……この戦いは、ある程度の勝ちにとどめて置かなきゃ意味がねぇ」

 チュイオとゼロは、語り合う。


「一ヶ月。丸一日ほどの余裕が出来たわけだ――」


 戦争とは、兵士だけでするものではない。兵士を支える為に、糧食が要る。馬を走らせるなら、馬の飼い葉が要る。それこそ、ギルド倉庫には、無尽蔵に近い金子を入れていたものの、必要なだけの物資を大陸全土からかき集めたアンパイは、今は泥の様に眠っている。エムオーも目を丸くしたし、ゼロも素で驚愕したものだ。


 更に、ムショの発見した"人間輸送"の手段で、生きた兵士をかばん(インベントリ)に叩き込み、ここセリバに一気に輸送、今に至る。

 電撃作戦。捻りもクソも無いが、ゼロはそう称した。全く、移動時間の大幅な短縮を可能にする、"人間輸送"法を発見したムショ様様だ、という話である。当初の予定よりも、丸1ヶ月ほど時間が早まっている。


 この電撃作戦によって、バイカを帝国領にする。

 帝国領にした後の事は、俺らが知った事ではない、とゼロは言い切った。

 クオン王国も猛烈な反撃に出ることだろう。ベルウッド達が引っ張り出される程度の戦力が、帝国軍にはある。恐らくクオンは急造で寄せ集めた兵士達と、英雄の混成軍を出してくるはずだ。

 そして、その状況になった場合、ゼロ達は守る気などさらっさらない。

 そうなれば、その後に追加の帝国兵がたとえ来たとしても、敗北する。そして、それどころか、追加の兵はほぼ確実に来ない。

 篭城した挙句の、全滅か、壊走か、いずれにせよ電撃作戦は、失敗する事だろう。そうゼロは確信を抱く。


「奴らが遣り合ってる最中に、俺らが留守になったクオンの都市の"十字"を割る。IDインスタンス・ダンジョンの時は妨害を食らわなかったが、白昼堂々と割ってたら水を差される事間違いなしだ。だから――」


 ――奴らには、囮になってもらう。


 ゼロの続く言葉は声にはならない。"説得"によって借り受けた総数、帝国の全力、数十万の兵力の内、数万。彼らを犠牲にして、クオンの方面の十字を割り尽くす。


「ふぅん、いや、卑劣、卑怯はゼロの専売特許だからな」

 ニヤニヤと笑いながら、チュイオはからかう様にゼロに笑いかけた。

「それでも、やっぱり、心が痛むか?」

 ぎろり、とゼロはチュイオを、斜め下から見上げるように、睨みつける。


「何ぁにを今更。お前が戻る理由は俺にゃあ判らんが、俺が戻る理由はハッキリしてるだろうがよぉ、なぁ、チュイさんよ?」

「いや全く、愚問愚問。ゼロの覚悟は良く判ってるはずだったがな。あの爺さん見た時から、様子が多少変だったから、確認しただけだ、確認」

 ゼロは驚いた。チュイオの声音も、硬い。

 いまだに自分達に、良心というものが残っていたのかと。

「奴らはデータだ。どれだけ精密に創られていても、俺らとは違う。そう言う事にしておく(・・・・・・・・・・)って、言っただろうがよ」


 そう言う事にしておかないと、ゼロの、元々不足気味の正気が欠乏してしまう。ゼロだけではない。チュイオもそうだ。エムオーもそうだ。アンパイもそうだ。ニクマンもそうだ。シゴもそうだ。ピケは狂ってしまった。

 いや、既に全員、狂っているのかも知れない。今でも、あちらを想うと、言葉に表せぬ激情が、ゼロの胸の内を打つ。なんとしてでも、どうとしてでも、仲間を押しのけてでも、己を殺してでも、戻さねばならぬ奴が居る。

 他人を幾ら見捨ててでも、大した事ではない。ないはずだ。


「エムオーの奴が上手く神頼み出来りゃ、こんな事をやる必要もないかもしれないけどな」

 それでも、ちらり、と数万の人影をゼロは見た。意気軒昂、自分達はまちがいなく勝つ、と信じきっている彼らの犠牲に、ゼロ達の未来は成立する。

「っと、始まったみたいだ。"十字"が滅茶苦茶に光ってる」

 チュイオが街の方を見て、言った。

 市壁の外に居ても判る、光の乱舞。ゼロは自分の伸びる影だけを見つめる。唐突にプチンと消える光。異常に伸びた影が元に戻り、かがり火の作り出す小さな影に戻る。それを確認した、ゼロは言った。


「今更だけどよ、全部上手くいって、終わったらよ。あっちで飲みに行こうぜ」

 そういえば、オフもまだだったか。お互い散々罵り合って、声は散々聞いた腐れ縁だが、現実のチュイオの顔を、ゼロは知らない。

「……ウーロン茶でいいなら、付き合おう」

 その返答を聞いた後、ゼロはバイカの方に向かい、ゆっくりと歩み始める。


「おい、出発だ!」

「おウ」「イェェア!」「唐突で御座るなぁ」「ぴー……けー……」「往くか」

 アンリミテッドの面子が、動き始めた。

 それを見て、老将軍が全軍に指示を飛ばす。こちらも負けず劣らず、銅鑼のような物凄い大声だ。

 巨大な生き物の様に、フェネク帝国軍が動き始める。あがる掛け声。馬のいななき、進軍銅鑼の音、夜闇を吹き飛ばす人々の熱気。


 エムオーが成功しようが失敗しようが、今やる事は変わらない。

 賽は投げられたのだ。

 あの街に居る英雄(プレイヤー)は四名。こちらが七で挑めば問題も無い――


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