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野郎達の英雄譚  作者: 銀玉鈴音
第四章 忌わしき技
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第十二話 時計 (1)



 知らない方がよい事というのは、存在する。


 彼女の携帯電話のメールボックス。しれっと浮気してるんじゃねぇよ。親父のパソコンの検索履歴。僕の変態性癖はアンタ譲りか。後、家に仕事を持ち帰っているなら、Pass掛けろよ。お袋の日記。毎日が愚痴だ。偶にひどい呪いの言葉。大概、他人が秘密にしている事というのは、知らない方が良い。


 自分の未来もそうだ。わざわざ世界がフィルタリングして隠してくれていたから、僕は生きられた。知らなきゃ良かった、自分の才能。


 同様に、ゲーム(せかい)プログラムの中身(うらがわ)も、知らないほうが楽しめる。

 無知で有ればこそ、世界は楽しく、明るいのだ。


 それでも――秘密と言うものは、知りたくなる。厳重に隠されていれば、隠されているほど。

 だって、秘密ってそういうものだし。





 八柱の神気にあてられて、前頭葉が酷く肥大したような、麻痺したような、銅鑼を鳴らしたような、酒を飲んだ時の痛みがガンガンと走る。

 エムオーの近辺に在る、気配だけでコレだ。一際(ひときわ)えげつない(・・・・・)気配が、エムオーを害しようともくろんでいるのは良く判る。その他の気配も十分に敵対的だ。


 ――ヤバイ、かな。

 エムオーは口を歪め、無理やりに笑みを浮かべた。コレがもし、全員一致して自分を狙ってくるとすると絶望的な戦力差だ、とエムオーは思う。成功したと同時に、大失敗したと言う後悔は無くは無い。やっぱり止めて置けばよかったか、などと反射的に臆病染みた考えがよぎるが、エムオーにはある種の確信があった。


 ――神は存在する。存在するが、迂闊に僕を害する事は出来ない。

 エムオーは、ビビってるんじゃねぇよと自身に喝を入れて、インベントリから溢れ出した<死霊使いの右腕>をぽきぽきと渇いた音を立てながら、ひたすらに折る。


 ――そもそも、だ。

 エムオーはDeepFantasyのオープニングムービーを思い出す。


 神々が人を治める世から、人が人を治める世となり1000年。

 古の予言によると、その時新たなる神が世に降り立つという。

 予言が成ったのは創生暦1000年、創世神祭の時であった。


 ――神も邪神も、存在する。しかし、だ。


 邪神は倣岸不遜、魔と邪悪を生み出し、創造神に成り代わる事を望む。

 百万の邪悪と魔を率い、人の世を支配せんとする。


 我ら人は邪神の手により、滅びを受け入れるのを待つのみであるかに思われた。

 しかし、偉大なる神々は我ら人をお見捨てにはなっていなかったのだ。

 偉大なる神々は我々非力な人間に、神々の欠片をその身に宿すことで邪悪な魔を払う力をお授けになったのだ。


 ――そもそも、神が邪神と対峙できるのであれば、神自身が邪神を直接倒せば良いのだ。それをやらないならば、理由が必ず有るのだ。


 "神"では"邪神"を倒せない理由は何だ? 何故、英雄(じぶん)達が存在するのか? 

 エムオーが立てた一つの仮説は、こうだ。


『神には、アバターが無い。この世界を直接変換させる、肉体が無い』

 となると、この場に現れる現実の、最大の脅威は、"邪神"だ。しかし、邪神は神と対立しているのだ。神の前で邪神が顕現することも、リスクが当然伴うはずだ。

 そのリスクを無視して、邪神が湧くまでが勝負の分かれ目だ。"骨"の召喚が完成しきる前に、邪神がコンニチワしたら堪った物じゃない。Oβ(オープンベータ)最終日、幾ら糞弱い英雄(プレイヤー)相手であっても、数千人規模の攻勢に耐えた"邪神"が相手では、一対一だとちと、キツイ。


 大体、それ以外の"神"ならば、幾らでも、どうとでもなる。


『僕らが"召喚"されたのならば、(GM)も当然、召喚されただろうよ』

 運営が終了した、と言っても十二月三十一日まで鯖は管理されていた。当然、管理者は存在するはずだ。エムオーらが巻き込まれて、管理者が巻き込まれていない理由など無いはずだ。そう、つまり、神の中身は、ヒトだ。単なる、人間の精神だ。

 変質しきっていなければ、十分に交渉の余地がある、人間だ。


「逆に、そこだけが多少の不安点かな」

 ぼきぼき、ぽきぽき、折る、折る、折る。黄泉路へとつながる穴が何個も開き、産み落とされる"骨"達。いや――冥界など、有るのだろうか。そもそも"骨"と称しているものの、人間の骨ではない。頭蓋に三つの目を持つ人間など、存在しない。

 エムオーはアコニタにちらりと思いをはせる。十分に装備によって"強化"されている足は人間(ヒト)の限界以上、駿馬の如く、相当に早い。エムオーが『もし』ここで散っても、きっと伝令の役割ぐらいははたしてくれるだろう。


「さぁ、来いよ、神!」

 召喚限界を超えた"骨"の軍勢を従えて、エムオーは狂笑しながら叫んだ。

「こないならこのまま、この世界ごとぶっ壊しちゃうよ!」


 挑発に答え、ぐばりと、地面が割れ、石畳を巻き上げ、羽毛が飛び散る。巨大な、羽毛を生やした蛇が、フェネックの十字広場から飛び出した。

 機能を停止した十字を、その頭蓋に突き立てながら――





 ――そこで観てろ、創造神!

 七柱の神は、ぼんやりした拒絶の意思をヤ・ヴィに向ける。そこに、神としての意思は既に存在しない。脆弱な、まことに脆弱な、人間の意志のようなものを感じる。


 八木とは異なる、低密度な存在と化した神々は、強い意志を持たない。ただ、不快な存在が現れた事に対して、条件反射的に集まっただけだろう、とヤ・ヴィは結論付け、堂々と顕現する。ああ、センファイなど、魂がまるで半分に引き裂かれたようではないか。

 これでは、恐れるに足らず。

 顕現したヤ・ヴィにとっては、センファイ以外に脅威となる存在は、神々の中では(・・・・・・)存在しない。こんな半端な状態になって居るのであれば、全く恐れる必要は無いではないか。

 数秒前の、七対一を繰り広げねばならぬのではないか、と一瞬でも怯んだ己を、ヤ・ヴィは恥じた。



 GRUOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOO!

 唸る。心地良い。全身に溢れる力!!

 八木は、ヤ・ヴィとして、この化身を選んだ。周囲に気配のみを振りまいている、残り七柱の神を観た後、全身に絡みつく砂をブルリと振り落とし、目の前の小さな、ヒトを見た。


 こんなちっぽけな存在が、自分の世界を脅かしているのだ。

 こいつ等を選んだ、他の七柱が『憎い』。

 こんな客も客として扱わねばならなかった、己が『憎い』。

 八木は今や、邪神と一体となって居た。

 溢れんばかりの破壊衝動。数分前には創造の楽しみを味わっていた事など、微塵も意識に残っていない。


 八木は、眼下で吼える小物を知っていた。当然の如く、知っていた。

 何度も何度も通報されながらも、全く尻尾を出さない。ログを洗っても異常が無い。それどころか、升報告すらしている。

 数年前の複製祭りの時のきっかけは、コイツだ。

 シャチョウの一声で、まとめてBANしようとした八木が叱責された事もある。因縁の相手だ。


 ――シャチョウって、何だ?

 いや、シャチョウはシャチョウだ。『デバッグ作業を行ってくれたプレイヤーを纏めて垢BANなど、とんでもない』の鶴の一声で見逃された。

 この時ほど八木が口惜しかったキオクも無い。他のユーザーが不快に思っているのに、だ。僕の庭なのに、だ。八木は憎悪の視線を持って、ちっぽけな存在を見下した。

(消し潰してやらねば、不愉快に過ぎる!)


 大きく開けた口から、きつく腐った卵の臭いがする。

 八木は不快とも思わない。自分の体臭は自分自身には判らない。ただ、そのような匂いがする、と感じるだけだ。ぐっと溜めを作って、胃の腑に力を込める。ゴゲェ、と言う奇妙な音と共に、灼熱の炎が帯となって噴出した。


Fomoopd(滅びろ)!!」

 八木の視界に入っていたのは、エムオーただ一人。周囲に展開されていた、"骨"の軍勢など気に留めていなかった。所詮は一人が召喚した"骨"だ、と。

 純然たるデータの上では、"英雄"数百人単位でかかってこなければ仕留める事などできやしないこの体、しかも、昔は、相当の手加減を加えていたのだ。

 β(ベータ)の頃のデーターとは言え、勝てる、もくろみであった。


 一条の帯となった灼熱の炎は、骨の塊を吹き飛ばしながら、エムオーに迫る――









 十字の光は、唐突に止んだ。


 明るさに慣れた目が、訪れる闇に慣れるまでの数秒間、ナイトウに、致命的な隙が発生する。

 十字に背を向けていたタイタンにとっては、絶好の好機。剣を心臓に咥えこんだチャカの体を、分、と振って引き抜く。少女の軽い体が、影絵となって地に踊る。ナイトウの視線が釣られて動く。体がおよぐ。タイタンは見逃さなかった。


「お前も一度、見て来いッ!」


 断!!


 地を蹴り、踏み込む音すら刃の如く鋭く(はし)る。迷いを振り切り、ただナイトウの心の臓一点を狙った突き。(アバター)に染み付いた動き、(からだ)に染み込ませた動き、達人(ムショ)に抗する為に組み立てた動き。

 それは、単純に、シンプルに、速い。

 ドン亀と揶揄される、"純盾"の定石を一切捨て去った、高速の<死突>。


「ば、バカ野郎が!」

 対するナイトウ、神風の勢いで迫るタイタンに対して、背中の錫杖を引き抜こうとして――止める。間に合わない。地面を蹴る。体を捻り、急所を避け、脇腹を掠める"魂喰らいネザファル"。走る痛みに、モツ(・・)まで持っていかれてねぇ、致命傷は避けた……とナイトウが<飛行>で態勢を整えようと、中に浮く。浮いた、その一瞬の硬直を見せた瞬間。ぐるん、とタイタンが廻る。

 体重の乗った鋼鉄の拳のバックハンドブロー、顎を打ち抜かれ、脳が揺さぶられる。


 ぐにゃりと、ナイトウの視界が歪んだ。

 意識ははっきりとしている。はっきりとしている分、性質が悪い。三半規管が一時的な麻痺を起こし、正常な平衡感覚が失われ、上下左右が感じられなくなる。


(や、やべぇー……マズイ……ッ)

 更にもう一回転、独楽(こま)の様にタイタンがゆっくりと(・・・・・)回るのをナイトウは見た。このままだとナイトウの首と胴が生き別れになってしまう。タイタンが勝利を確信した刹那の時。

(ええい、ままよ!)

 ナイトウは跳んだ。緊急回避の<高速飛行>。上下左右の平衡感覚が失われた状態で、何処に跳ぶか全くの賭け。案の定、庭に生えていた木に斜めに突っ込み、太い枝を何本もへし折りながらも、空へと自分を放り出す。全身が痛む。痛みと平衡感覚の喪失でぐるぐると視界が回る。いや、実際に回っているのだろう。

 ここは空か、それとも地面か――時間にして一秒未満、ナイトウは再び地面に叩きつけられた。


「グベッ」

 蛙が潰れたような声を上げつつも、両手を突いて必死で立ち上がる。膝が震える。脳を揺さぶられたナイトウは、今、普段どおりの繊細な"スキル"の使用が封じられている事に気がついた。タイタンが盾を構え、一直線に突入してくる。

(まずいまずいまずい)

 ナイトウは両手で"炎を呼ぶ物"を構える。ぶるぶると手が震える。普段なら瞬時に対抗"スキル"を選択できるのに、出来ない。旗色が悪い。

 ナイトウは、タイタンが相手なら、十中八九、いや、百回戦っても百回勝利をもぎ取れる自信がある。職間相性があまり良くないとされている"魔法使い"対"戦士"では、異常な勝率ともいえる。それは、装備差であり、間合いの取り方の差であり、純粋にナイトウが上手い、という事もある。

 だが、それ以上の要因としては、相手がタイタンだからだ。時に取り残されたオールドタイプ、研究され尽くされた旧型純盾。切れる手札が決まりきっている相手だから、百回戦っても百回勝てる、と言う話なのだ。


(ち、ちげぇ、ちげぇぞ……コイツは、全然違う、このままだと、しゃぶられる!)

 畜生、と、ナイトウの心臓が早鐘を打ち、脳に必死で血流を叩き込む。

 間合いを取りながら"スキル"を撃つ"逃げ撃ち"と、間合いを詰める方向を"スキル"で制限する"牽制"。

 "魔法使い"なら覚えておいても損は無い基本中の基本。弓矢を扱える戦士相手の逃げ撃ちは、絶妙の間の取り方が必要となる為、この状況でナイトウが取れる手段は――牽制。


 ナイトウは、まだまだタイタンに負ける訳にはいかない。<火球>をタイタンの足元に叩き付ける。青々とした芝生が炙られて焦げる。炸裂して地面を抉り、土を巻き上げる。<火球>の着弾点から跳躍したタイタンが、館の壁面を蹴り、三角跳びの要領で更に突っ込んでくる。

 かかった、とナイトウは思う。ここからは、二手三手先を読んで、潰し合う、"普通の"対人戦闘(PVP)だ。


 ……いや、待て。タイタンが背にしているのは、何だ?


 館だ。

 ナイトウの全力の<地獄の炎>を叩き込んだら、間違いなく吹き飛ぶ。<白炎の壁>を立てるか? いや、炎の壁を突っ切って、タイタンの剣は届くだろう。そうなると、ナイトウも死ぬし、タイタンも死ぬ。白く輝く炎は、恐らく館の石壁も溶かすだろう。伝う炎は館に広がり、全てを焼き尽くすだろう。


 全滅、それも悪くない。

(いや、待て。待て、待て。待て待て待て)


 疑問――何故、オレ達は争っている?

 疑問――何故、タイタンはチャカを殺った?

 疑問――タイタンは、一体何がしたい?


 ナイトウの揺らぐ脳内で、一秒が万倍に加速した。疑問に溢れる脳内と切り離された体は、大上段から振り下ろされる剣先に集中する。自然と手が動く、錫杖をすくい上げる様に振る。引き伸ばされた時が元の尺へと戻る。


 ギィン、鋭い剣と、高硬度の杖が打ち合わされた。





 とくん、と破れたはずの心臓が再び脈を打つ。いや、ずっと脈は打っていた。再び血液を送り出す、ポンプとしての機能が復活したというのが正しい。

 まだ霞む視界で、観たモノを整理する。

 知らない方が良かった事を、知ってしまった。


(まずい、これは、まずい、ひっじょーに、まずいね)

 確かに、戻る気が有るなら、これは、致命的だ。

 そして、見ないと判らない。信じたくない事だし、信じれない事だし。

 でも、確かに、道理には適っている。





 ――時計の針が、進んでいた事なんて。

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