表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
野郎達の英雄譚  作者: 銀玉鈴音
第四章 忌わしき技
60/105

第八話 付き纏う者 (4)


  "トム"は何故ジャンヌが振り向かないのか、不思議であった。

(こんなに俺はジャンヌの事を見ているのに、ジャンヌは俺の事を見てくれない)

 "出歯亀"の助言で、疑問が氷解した。


『"トム"氏がこの"事件"を解決すれば、一発で汚JALよ』

 確かに、"トム"はジャンヌが好きだ。何故か?

 声が綺麗だ。俺に親切にしてくれた。女の子だ。俺を手伝ってくれた。可愛い。俺を助けてくれた。スタイルがいい。


 要素を抽出する。総じて、助けてくれた事に起因していると"トム"は思う。

 それならば、"トム"がジャンヌを"助ければ"、ジャンヌは"トム"に惚れるだろう。言われて見ればとても簡単な話である。


 ――根拠の無い自信に満ち溢れた"トム"はそう考える。

 つまり、"トム"が"ストーカー"をでっち上げて解決すれば良いのだ。生贄を横目に、"トム"は疾走しながら段取りを考える。

 この世に警察が居なければ、"トム"自身が警察役をやっても良い。

 何しろ、"英雄(プレイヤー)"以外で、自分を止められるものなど、"(GM)"しかいない。その"神"も居ないのだ。

 密かに"トム"は笑いを止める事が出来なかった。

「どうした?」

「いや、なんでもないよ」

 俺にとっては、なんでもない。だが、お前がこれから見るのは、地獄だ――





「"馬轢き"……いや、"竜殺し(ドラゴン・キラー)"、貴方に客です」

「そ、そいつの名前は……?」

「フェネクの大悪鬼、門壊し(ゲートブレイカー)の『ゲロス』。竜殺し、貴方は意外と顔が広い」

 そう忌々しげに言った後に、館の女主人は、応接室に案内しておいた、と吐き捨てた。

 何故ここまで、カノの虫の居所が悪いのか、ナイトウは少し考え、納得する。


 クオン・フェネク・ティカン。

 今の世に残っている人の国は、この三つ。


 ベルウッドの野郎の名が売れているのは、クオンというバックボーンがあるからだ。

 ゲロスが忌み嫌われるのは、目下クオンと小競り合いが続いている、フェネクの有名人が、大手を振って自宅に居るならば、気持ちがいいものでは無いだろう。

 そして、自分達が無名なのは、語り部が居ないからだ。

 伝説は語る者が居なければ、消えるのだ。

 そういう事なのだと、ナイトウはカノの蔵書を漁る事で、徐々に体感できるようになっていたのである。


 それはさておき。ゲロスといえば、確かにナイトウの記憶にもある。珍妙な(クリーチャー)キャラの暗殺者だ。確かに、野良(・・)で組んだ事もある。悪い奴ではない。少なくとも、多少の付き合いでボロを出すほどの非常識ではない。


(し、しかし、何でだべ。オレを指名するのは)。

 揉め事は、直接責任者(マスター)に話を通す方が、筋が通る。ナイトウはそう考えている。

 だから、戸惑いを覚える。

 この場合、チャカの方を指名をするのが筋であるからだ。


 ナイトウが応接室に一歩入る。

 応接室では、メイドの姐さん(少々年が行っているものの、ナイトウ的にはそれほどの年とは思わない)が丁度、客人に茶を出していた所であった。客人は、出された茶を啜る。

 啜る際に顔が見えた。確かにゲロスだ。

 特徴的なその風貌で、何度か昔、野良で組んだ事がある"暗殺者"本人である事をナイトウは確認した。


「や、ナイトウ。お久しぶり……竜殺しって、鉄鱗様をやったのかな、凄いな」

 同時に理解した。何故、彼が自分を呼び出したのかを。


 よく見たら愛嬌のある、特徴的な顔。表情もにこやかで、友好的。しかし、ナイトウは一歩部屋に踏み入れた時から、ここが彼らのキルゾーンであることを認識した。


 ――もう一人居る(・・・・・・)!!


 ナイトウの遠距離戦闘職としてのカンが、即時撤退を叫んでいた。

 後ろでばたり、と扉が閉まる。閉まった扉を背に、ナイトウは考える。

 振り向きざまに、この部屋から一気呵成に逃げ出せるだろうか?

 否、背を向けた時点で何処からか一撃を貰う。

 よって、"敵"が潜んでいる箇所をナイトウは探らねばならない。


 "暗殺者"は脆い。

 MOB(ばけもの)と正面を切って戦う職の中では、最も脆い。紙装甲と揶揄される皮の鎧は"魔法使い"や"死霊使い"が着込む魔法の長衣よりも、多少硬いと言う程度。

 その代わり、近接戦闘能力は折り紙付きだ。多くの"暗殺者"が両の手に短剣を構えるのは、手数を増やす為。"スキル"同士の"相殺"によって軽減される効果を極めて少なくする為。

 高速で繰り出される刃の嵐は、脅威の一言である。

 だが、単にそれだけなら、"戦士"でも為しうる。むしろ、"戦士"の方が上手くやる。


 "暗殺者"の真の恐ろしさは、文字通りの"暗殺"に走った時だ。


 影から影へ。己の背後を見ることが出来た客観視点(サードパーソンビュー)でも、潜む敵を炙りだすことは困難だった。今となっては、尚更困難だ。


(近い。一体何処だ……何処だ!?)

 レッドアラート。"暗殺者"が潜む事が出来る"影"はけして多くない。しかし、その何処にも"敵"が見えない。


 下か――この場に居る人間の作り出す影か?

 否。

 左右か――窓から差す光が届かない、部屋の四隅に潜んでいるのか?

 否。

 それとも正面か、背後か――長椅子や、机や椅子、それとも他の家具の作り出す影に潜んでいるのか?

 否。


 感知失敗。何処に潜んでいるかが判らぬ以上、ナイトウは迂闊に逃げ出せない。

(それに、この状況で逃げ出した場合、メイドの姐さんがヤバい)


「ん、どうしたんだい、ナイトウ?」

 覚悟を決めて一歩を踏み出そうとした、ナイトウの皮膚が、その一声でチリチリと焼け付く。産毛がぞわり逆立ち、最初の一歩を踏み出す勇気を挫かれる。


(クソがっ! クソがっ! オレは、竜相手でも踏み出せたんだ!)

 ナイトウの罵倒は、眼前のゲロスへのものか、それとも、迂闊にも足を止めた己自身へのものか。

 ゲロスは人懐っこい笑みを浮かべながら、ナイトウの着座を待つ。


「ナイトウ、早く座りなよ。あ、お茶どうも、ありがとう」

 姐さんに軽く会釈をしながら、ゲロスは爬虫類のような目でナイトウをじっと見た。

 大きく深呼吸。ナイトウは一歩一歩、気配の元を探りながら長椅子に向かう。


「お、おう。ゲロス。久しぶりだな、何の用だ?」

 上ずる声を押し隠し、ナイトウはゲロスと向き合って座った。そっとナイトウの前に茶が置かれる。テルレ茶の上澄みだけを出した、目の覚めるような味の茶だ。

 楚々と一礼をした姐さんが、部屋から退出したのを確認して、ゲロスは口を開いた。


「ナイトウ、今日僕がここに来て驚いたでしょ、いきなりで悪いと思ったんだけれど、来ちゃった。それは兎も角、この街のこの時間帯は涼しいね、フェネクの方はこの時間だと皆お昼寝してるよ。馬鹿みたいに暑いからね。本当に昼と夜の温度差で体がやられそうだよ、ナイトウは体調崩したりしてないかい? いや、そんなどうでもいい雑談をしに来たわけじゃなくって、一つ聞きたい事があるんだよ。確認したい事の方が正確かな。僕の話が長いって皆が言うんだけれど、出来る限り短く確認するよ」


「は、はよ言え。お前の口は壊れた蛇口か」

 ゲロスは悪い奴じゃない。ナイトウはそう信じたい。

 立て板に水の如く、じゃあじゃあと垂れ流されるゲロスの戯言を聞き流すごとに、ナイトウから水分がじゃあじゃあと奪われて行くようだ。全身で感じる違和感。あと一人の気配を感じ取る為に、全身全霊を注いでいる分、尚の事異常なまでに口が渇いた。


「いや、うん。結局さ、ウチの姫様、そっちにお邪魔してないかな?」

「ん……んん、ああ、うん? なんだって?」

 ナイトウは、ようやく本題に入ったゲロスを前に、生返事をしつつ、一気に茶を飲んだ。ごくりと液体が喉を通り、痛いまでに乾いた喉が潤された。


「ジャンヌさん、ナイトウのトコに来てないかな。ギルドを"解散(ばら)"して、アイテム持ち逃げして困ってるんだ……僕は別に気にしちゃ居ないんだけど、皆が、ね。何で解散したのかの説明もないし、出来れば戻ってきて欲しいとは思うんだけどさ」

「あ、ああ、やっぱり(・・・・)その事か」

 ぼんくらなナイトウの回答と裏腹に、静かに下ろされるカップ。

 カチン、と陶磁器がソーサーに触れ、硬質な音を立てた。周囲の音も飲み込んだかのように訪れる、静寂。


 破ったのは、ナイトウであった。


「そ、それなんだけれどもよ。ゲロス。その前によ、腹割って話したいなら、もう一人居るだろ、この部屋によ。まず、それがどういう意図かははっきりさせろよ」

 沸々と湧き上がる、怒り。


「お、オレはさ、"魔法使い"だからよ、喉元にナイフ突きつけられてお話するのは苦手なんだべ、正直よ。<隠業>で周りをうろちょろされたら、気が散ってたまんねぇべ」

「えっ、いや、ちょっと待ってくれ、ナイトウ。僕はそんな気は」

「これだから"暗殺者"は苦手なんだ……ひ、卑怯者過ぎて困る。オレを脅そうってのか、汚いな。さすが"暗殺者"きたな……」

「いや、誤解だ、ナイトウ、待ってくれ、誤解だ!」


「ゴカイもロッカイもあるか、この天然ストーカー野郎どもが! タイマンと思わせてニイチでブッコんで来るのが、昔からのテメエらの常套手段じゃねぇか!」


「落ち着いて、何か気に食わない事があったなら謝罪するよ、ナイトウ、すまない、本当にすまない。……ゼツエイ! もういいから<隠業>解いて! 完全にバレたから! 怒ってるからこの人!」

 ゲロスの悲鳴のような声でも、ゼツエイは<隠業>を解かない。





 元々が自分の撒いた種とは言え、ゲロスは後悔していた。


 ジャンヌが逃げ込んだなら、素直に聞いても答える訳がない。それに、何人かが居る中、"気配"だけで正確な人数が判る訳もない。"気配"の探り方を真っ先に探り当て、実用に供したゲロスですら把握できない。

『会談が物別れに終わったら、一応、屋敷中調べてくれよゼツエイ』

 一人は囮、もう一人が調査というゲロスの提案にゼツエイは喜んで乗った。


 ゲロスは、その提案をしたことを今、後悔していた。


「げ、ゲロス、一体何が誤解だ。オレをキルゾーンに誘い込んで、一体何が誤解(・・)だ」

 なぜか旧知の友が怒りを露に、ゲロスを見る。いつの間にか手には錫杖を持ち、ぶんぶんと殺気――ゲロスは生で感じた事は無いが、恐らくそうであろう叩き付けるような威圧感を放っていた。

 目が恐ろしい。射殺すような目である。

「いや本当にごめん、僕が悪かった、悪気があったわけじゃないんだ、そんな君を貶めるつもりは一切ないんだ、悪い」

 怒りに震えるナイトウを前に、ゲロスは平謝りであった。


「お、オレを殺っても、お前は道連れに出来る。それぐらいの事は出来る。二対一でもオレなら出来る。あまり舐めるな、ゲロス。きょ、脅迫しよーつったってそうはいかねぇべ」

「ナイトウ、勘弁してくれよ!ちょっと、落ち着いてくれ!?」


「なぁ、もう一人の兄ちゃん。お、オレはヤルっつったら、やるぞ!」

 見えぬ相手に啖呵を切る。反応が無いのを見て、ナイトウは続ける。


「だ、大体だ。ゲロス、お前は今のジャンヌたんの状況を知っていて、お前はそれでも連れ戻そうってーのか。確かに、ウチにジャンヌたんは居る。居るが、今のお前達には返せねぇべ」

 椅子から立ち上がり、ナイトウは"炎を呼ぶ物"をゲロスに突きつけながら言った。


「本当に待ってくれ! 一体どういう事だ、僕にはさっぱり判らない!」

「う、うるせぇ、お前か。お前がストーカーか! 一見マトモな奴ほど、マジキチな事をしやがるんだ、くそったれ、はよ出て来い!」

 (ごう)理不尽な怒り(・・・・・)に燃えるナイトウの、杖の先に灯る殺人的な魔力。二対一という圧迫感の下、びぃんと張り詰めた緊張の糸。


 きっかけがあれば、ナイトウの杖の先から火が噴きだし、部屋一面が燃え盛る火の海に包まれる幻視がゲロスには見えた。


 カチカチとゲロスの歯が恐怖で打ち鳴らされる。天井を見る。どうして助けてくれないのかと。

 ――ぎぃと扉が開く。ゲロスの冷や汗が一気に全身に広がる。

(誰か、なんとかしてくれ!)

 ゲロスの声にならない悲鳴は、喉から振り絞られる直前だ。


「そ、そこかぁっ!」

 ゲロスに突きつけられた杖が、ゲロスの視線の先――天井の一点、明りの灯っていないシャンデリアの作る影を指す。頭上、ナイトウの想定外だった箇所の利点。コンマ数秒の差で照準を外し、蒼の"暗殺者"は天井を蹴って、壁を蹴って、そこで止まった。

 信じられない光景が、広がっていたからだ。





 ひょいと床を踏み抜く音、扉からナイトウまで、羽のように跳んだ軽妙な音。共にぶん、と。空気を割って振られる、白い"ネタ武器(ハリセン)"。


「ふごっ!?」

 すぱぁん、と、景気のいい音が響き渡った。

 天井を指した錫杖も、床を転がり、澄んだ音を立てた。


「ひぃ!?」

 からんころん、と"炎を呼ぶ物"がゲロスの脛に当たる。痛みで自然と悲鳴が上がった。


「あほう! 何やってるの! どあほう!」

 手首のスナップを聞かせ、打つ、打つ、打つ。チャカは、怒声が聞こえた時点で様子を見にきたのである。

 野次馬根性がひどい、とチャカ自身思っていたが、性分。飛び込んだのも、これもまた、性分。ナイトウの暴走を止めねばならぬと思ったからだ。

 そして、野次馬根性に長けた連中はチャカだけではなかった。


「流石にナイトウ、ちょっとキレ過ぎだ」

 ゲロスが扉の方を見ると、金髪の戦士が腹を押さえながら立っていた。

 髭の肉達磨が居た。


 ゲロスのギルドマスターは、肉達磨の影に居た。怯えた視線でゲロス達を見ていた。


「ちょ、痛い、マジ痛いから、やめてくれぇ!?」

 チャカが腕を振るう度に、スパァンという景気の良い音が屋敷中に響き渡る。ハリセンで滅多打ちにされているナイトウは、頭を押さえてうずくまる。


「ただ事じゃないから、様子を見に来てみたらこれだよ、ホント……」

 ひとしきりの折檻が終わり、はぁはぁと荒い息を吐きながらチャカは嘆く。


「大体お前が言ったろう。"一人で抱え込むなよ"ってな」

 ナイトウの様を見て、苦笑いをしながらタイタンは言った。

 ――ああ、本当に、オレはいい性格(・・・・)をした奴らに恵まれたなぁ。

 張り詰めた糸が切れ、怒りは消し飛び、生温い空気が漂う。


 ナイトウは顔を上げた。チャカと目があった。景気付けに尻を一発、引っぱたかれた。


 もう一回スパーン、と景気のいい音が響き渡った。





『済みませんが、今日のところは帰って頂けますか?』

 澄んだ鈴のような声。ジャンヌとは異なる声。先ほどまでの騒々しい雰囲気を振り払い、白金の少女が"トム"達に向けて言った言葉だ。


『ジャンヌは暫くうちで預かります。事情は説明したとおり、貴方達のギルド内部の問題ですが、放って置く事は出来ません。解決したのであれば話は別ですが』

 静かに響いた声。


『それとも貴方が"ストーカー"でしたなら、諦めなさい。私達は仲間を見捨てない』

 完璧な高潔さ、優しさ、誠実さ、勇気、自己犠牲、無償の愛、そして、正義。

 それらを体現したかのような白金の声であった。手にはネタ装備(ハリセン)をぶら下げていたのは愛嬌である。


「うっ」

 それらを"トム"は思い出しながら、ずいぶんと溜め込んだ、瓶に溜まった白いジャムを見る。

「あれはあれで、良かった」

 旧"じゃんぬ†だるく"の面子に話を通す為に"生贄"は一旦フェネクに戻り、"トム"は見張り番である。この期に及んでジャンヌが逃げ出したら、何処に行くか判らないからだ、と"生贄"は言った。深夜には戻るから、それまで我慢してくれ、とも。

 "生贄"と二人で宿を取った後、"トム"は屋根に上り、腰かけながら館に異変がないかじっと見張りをして、数時間。

 

「ずいぶんと溜め込んでいるで御座るなぁ」

 闇夜に現れる"出歯亀"は心臓に悪い。呆れたような口調で、"トム"に話しかけた。

「失敗したのでおJALか? "トム"氏」

「いいや、これでキメる」

 ニヤリと哂い、"トム"は手元の瓶を振った。


「汚い白で御座る……と、一ついい事を教えてやるで御座るよ」

「ああ?」

「明日には"十字"が使えなくなるで御座るよ……これで暫くチャカたんと会えなくなるのは、寂しいで御座る」

 知らんがなと"トム"は思ったが、口には出さなかった。心底どうでも良い情報である。

「計画はお早めに、で御座るぞ"トム"氏。では、アディオス!」


 "トム"がやる気無く手を振ると、"出歯亀"はまた、闇に融けて消える。どのような妖術を使っているのか、皆目見当も付かない。



「そろそろ交代だよ、あれ、誰か居るのかい?」

「いや、誰も」

 まったく、間の抜けた奴だ、と"トム"は思う。


「皆はどうしたんだ?」

「それが実は、ぶっちゃけアイテムが戻ってくるならどうでもいい、むしろアイテムもどうでもいいってさぁ…………で、もう僕が代理マスターでいいんじゃないかって、皆で言い出すもんだから、薄情な話だよね」

 はぁー、と深いため息を付いて、"生贄"は落ち込む。


「やんなっちゃうよ、結局皆割といい加減なんだよね。ちょっと前まで、あんなに姫姫言ってたのに……こっちに来てから、アイツら、見た目が女の子だったら、実はどうでもいいのかな、ホント。イチャついてたよ、ギルマスなんて、どうでもいいってさ」

「いや、お前が言っている事の意味がわからない」


 "生贄"が語る自らのギルドの実情に、"トム"は反吐が出そうであった。

(ホモがこんなにも周囲に居たとは! どいつも! こいつも! まったくおぞましい! いや……いや、まて。今、何と言った?)


「おい、いや、まて、ちょっとまて」

「いや、どっちにしても僕は戻ってきて貰いたいんだけどね、皆がどう考えてるか透けて見えるのが凄い嫌っていうか、あー、もう」


「どうするんだ?」

 "トム"は震える唇で言った。

「どうもこうもないよ、明日もう一度誠意込めてダメなら、僕ができる事は無いよ……ストーカー騒ぎも、なんかこう、皆が仕組んでるんじゃないかなぁとか、穿った見かたしちゃうよ? ……それならそれで、僕らも旅に出ようか。見たことない土地に行こうよ、ねぇ?」


 "生贄"が"トム"の肩に手を置いた。

「どっちにしても、もう皆はどうでもいいって思ってるみたいだし……それこそあんないいメンバーに囲まれてるなら、心配要らないよ」

 "トム"はその手を乱雑に払いのけた。


「そんなの、むちゃくちゃじゃないか」

 "トム"は許せなかった。

(そんなの、俺の計画そのものが無茶苦茶じゃないか!)


「うん、だから、もう一度誘うよ。それとは別の話さ……こんな事が続くなら、さ」

 "生贄"が深呼吸一つ。

「それに、ギルド内でストーカーなんてもうさせないさ。後は、僕が見張っておく、君は部屋で寝てもいいよ」

 "トム"の隣に座った"生贄"の顔は憔悴していた。信頼していた仲間が、かくもまぁいい加減だったという事実に、否が応でも気づかされたのだ。

 "トム"は音も立てず、静かに部屋へと戻る。





「スピード勝負しかない。十分にいける……はずだ」

 更にそれを"トム"は裏切るべく、瓶を抱えてカノの館へ一路疾走――

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ