第八話 付き纏う者 (4)
"トム"は何故ジャンヌが振り向かないのか、不思議であった。
(こんなに俺はジャンヌの事を見ているのに、ジャンヌは俺の事を見てくれない)
"出歯亀"の助言で、疑問が氷解した。
『"トム"氏がこの"事件"を解決すれば、一発で汚JALよ』
確かに、"トム"はジャンヌが好きだ。何故か?
声が綺麗だ。俺に親切にしてくれた。女の子だ。俺を手伝ってくれた。可愛い。俺を助けてくれた。スタイルがいい。
要素を抽出する。総じて、助けてくれた事に起因していると"トム"は思う。
それならば、"トム"がジャンヌを"助ければ"、ジャンヌは"トム"に惚れるだろう。言われて見ればとても簡単な話である。
――根拠の無い自信に満ち溢れた"トム"はそう考える。
つまり、"トム"が"ストーカー"をでっち上げて解決すれば良いのだ。生贄を横目に、"トム"は疾走しながら段取りを考える。
この世に警察が居なければ、"トム"自身が警察役をやっても良い。
何しろ、"英雄"以外で、自分を止められるものなど、"神"しかいない。その"神"も居ないのだ。
密かに"トム"は笑いを止める事が出来なかった。
「どうした?」
「いや、なんでもないよ」
俺にとっては、なんでもない。だが、お前がこれから見るのは、地獄だ――
「"馬轢き"……いや、"竜殺し"、貴方に客です」
「そ、そいつの名前は……?」
「フェネクの大悪鬼、門壊しの『ゲロス』。竜殺し、貴方は意外と顔が広い」
そう忌々しげに言った後に、館の女主人は、応接室に案内しておいた、と吐き捨てた。
何故ここまで、カノの虫の居所が悪いのか、ナイトウは少し考え、納得する。
クオン・フェネク・ティカン。
今の世に残っている人の国は、この三つ。
ベルウッドの野郎の名が売れているのは、クオンというバックボーンがあるからだ。
ゲロスが忌み嫌われるのは、目下クオンと小競り合いが続いている、フェネクの有名人が、大手を振って自宅に居るならば、気持ちがいいものでは無いだろう。
そして、自分達が無名なのは、語り部が居ないからだ。
伝説は語る者が居なければ、消えるのだ。
そういう事なのだと、ナイトウはカノの蔵書を漁る事で、徐々に体感できるようになっていたのである。
それはさておき。ゲロスといえば、確かにナイトウの記憶にもある。珍妙なキャラの暗殺者だ。確かに、野良で組んだ事もある。悪い奴ではない。少なくとも、多少の付き合いでボロを出すほどの非常識ではない。
(し、しかし、何でだべ。オレを指名するのは)。
揉め事は、直接責任者に話を通す方が、筋が通る。ナイトウはそう考えている。
だから、戸惑いを覚える。
この場合、チャカの方を指名をするのが筋であるからだ。
ナイトウが応接室に一歩入る。
応接室では、メイドの姐さん(少々年が行っているものの、ナイトウ的にはそれほどの年とは思わない)が丁度、客人に茶を出していた所であった。客人は、出された茶を啜る。
啜る際に顔が見えた。確かにゲロスだ。
特徴的なその風貌で、何度か昔、野良で組んだ事がある"暗殺者"本人である事をナイトウは確認した。
「や、ナイトウ。お久しぶり……竜殺しって、鉄鱗様をやったのかな、凄いな」
同時に理解した。何故、彼が自分を呼び出したのかを。
よく見たら愛嬌のある、特徴的な顔。表情もにこやかで、友好的。しかし、ナイトウは一歩部屋に踏み入れた時から、ここが彼らのキルゾーンであることを認識した。
――もう一人居る!!
ナイトウの遠距離戦闘職としてのカンが、即時撤退を叫んでいた。
後ろでばたり、と扉が閉まる。閉まった扉を背に、ナイトウは考える。
振り向きざまに、この部屋から一気呵成に逃げ出せるだろうか?
否、背を向けた時点で何処からか一撃を貰う。
よって、"敵"が潜んでいる箇所をナイトウは探らねばならない。
"暗殺者"は脆い。
MOBと正面を切って戦う職の中では、最も脆い。紙装甲と揶揄される皮の鎧は"魔法使い"や"死霊使い"が着込む魔法の長衣よりも、多少硬いと言う程度。
その代わり、近接戦闘能力は折り紙付きだ。多くの"暗殺者"が両の手に短剣を構えるのは、手数を増やす為。"スキル"同士の"相殺"によって軽減される効果を極めて少なくする為。
高速で繰り出される刃の嵐は、脅威の一言である。
だが、単にそれだけなら、"戦士"でも為しうる。むしろ、"戦士"の方が上手くやる。
"暗殺者"の真の恐ろしさは、文字通りの"暗殺"に走った時だ。
影から影へ。己の背後を見ることが出来た客観視点でも、潜む敵を炙りだすことは困難だった。今となっては、尚更困難だ。
(近い。一体何処だ……何処だ!?)
レッドアラート。"暗殺者"が潜む事が出来る"影"はけして多くない。しかし、その何処にも"敵"が見えない。
下か――この場に居る人間の作り出す影か?
否。
左右か――窓から差す光が届かない、部屋の四隅に潜んでいるのか?
否。
それとも正面か、背後か――長椅子や、机や椅子、それとも他の家具の作り出す影に潜んでいるのか?
否。
感知失敗。何処に潜んでいるかが判らぬ以上、ナイトウは迂闊に逃げ出せない。
(それに、この状況で逃げ出した場合、メイドの姐さんがヤバい)
「ん、どうしたんだい、ナイトウ?」
覚悟を決めて一歩を踏み出そうとした、ナイトウの皮膚が、その一声でチリチリと焼け付く。産毛がぞわり逆立ち、最初の一歩を踏み出す勇気を挫かれる。
(クソがっ! クソがっ! オレは、竜相手でも踏み出せたんだ!)
ナイトウの罵倒は、眼前のゲロスへのものか、それとも、迂闊にも足を止めた己自身へのものか。
ゲロスは人懐っこい笑みを浮かべながら、ナイトウの着座を待つ。
「ナイトウ、早く座りなよ。あ、お茶どうも、ありがとう」
姐さんに軽く会釈をしながら、ゲロスは爬虫類のような目でナイトウをじっと見た。
大きく深呼吸。ナイトウは一歩一歩、気配の元を探りながら長椅子に向かう。
「お、おう。ゲロス。久しぶりだな、何の用だ?」
上ずる声を押し隠し、ナイトウはゲロスと向き合って座った。そっとナイトウの前に茶が置かれる。テルレ茶の上澄みだけを出した、目の覚めるような味の茶だ。
楚々と一礼をした姐さんが、部屋から退出したのを確認して、ゲロスは口を開いた。
「ナイトウ、今日僕がここに来て驚いたでしょ、いきなりで悪いと思ったんだけれど、来ちゃった。それは兎も角、この街のこの時間帯は涼しいね、フェネクの方はこの時間だと皆お昼寝してるよ。馬鹿みたいに暑いからね。本当に昼と夜の温度差で体がやられそうだよ、ナイトウは体調崩したりしてないかい? いや、そんなどうでもいい雑談をしに来たわけじゃなくって、一つ聞きたい事があるんだよ。確認したい事の方が正確かな。僕の話が長いって皆が言うんだけれど、出来る限り短く確認するよ」
「は、はよ言え。お前の口は壊れた蛇口か」
ゲロスは悪い奴じゃない。ナイトウはそう信じたい。
立て板に水の如く、じゃあじゃあと垂れ流されるゲロスの戯言を聞き流すごとに、ナイトウから水分がじゃあじゃあと奪われて行くようだ。全身で感じる違和感。あと一人の気配を感じ取る為に、全身全霊を注いでいる分、尚の事異常なまでに口が渇いた。
「いや、うん。結局さ、ウチの姫様、そっちにお邪魔してないかな?」
「ん……んん、ああ、うん? なんだって?」
ナイトウは、ようやく本題に入ったゲロスを前に、生返事をしつつ、一気に茶を飲んだ。ごくりと液体が喉を通り、痛いまでに乾いた喉が潤された。
「ジャンヌさん、ナイトウのトコに来てないかな。ギルドを"解散"して、アイテム持ち逃げして困ってるんだ……僕は別に気にしちゃ居ないんだけど、皆が、ね。何で解散したのかの説明もないし、出来れば戻ってきて欲しいとは思うんだけどさ」
「あ、ああ、やっぱりその事か」
ぼんくらなナイトウの回答と裏腹に、静かに下ろされるカップ。
カチン、と陶磁器がソーサーに触れ、硬質な音を立てた。周囲の音も飲み込んだかのように訪れる、静寂。
破ったのは、ナイトウであった。
「そ、それなんだけれどもよ。ゲロス。その前によ、腹割って話したいなら、もう一人居るだろ、この部屋によ。まず、それがどういう意図かははっきりさせろよ」
沸々と湧き上がる、怒り。
「お、オレはさ、"魔法使い"だからよ、喉元にナイフ突きつけられてお話するのは苦手なんだべ、正直よ。<隠業>で周りをうろちょろされたら、気が散ってたまんねぇべ」
「えっ、いや、ちょっと待ってくれ、ナイトウ。僕はそんな気は」
「これだから"暗殺者"は苦手なんだ……ひ、卑怯者過ぎて困る。オレを脅そうってのか、汚いな。さすが"暗殺者"きたな……」
「いや、誤解だ、ナイトウ、待ってくれ、誤解だ!」
「ゴカイもロッカイもあるか、この天然ストーカー野郎どもが! タイマンと思わせてニイチでブッコんで来るのが、昔からのテメエらの常套手段じゃねぇか!」
「落ち着いて、何か気に食わない事があったなら謝罪するよ、ナイトウ、すまない、本当にすまない。……ゼツエイ! もういいから<隠業>解いて! 完全にバレたから! 怒ってるからこの人!」
ゲロスの悲鳴のような声でも、ゼツエイは<隠業>を解かない。
元々が自分の撒いた種とは言え、ゲロスは後悔していた。
ジャンヌが逃げ込んだなら、素直に聞いても答える訳がない。それに、何人かが居る中、"気配"だけで正確な人数が判る訳もない。"気配"の探り方を真っ先に探り当て、実用に供したゲロスですら把握できない。
『会談が物別れに終わったら、一応、屋敷中調べてくれよゼツエイ』
一人は囮、もう一人が調査というゲロスの提案にゼツエイは喜んで乗った。
ゲロスは、その提案をしたことを今、後悔していた。
「げ、ゲロス、一体何が誤解だ。オレをキルゾーンに誘い込んで、一体何が誤解だ」
なぜか旧知の友が怒りを露に、ゲロスを見る。いつの間にか手には錫杖を持ち、ぶんぶんと殺気――ゲロスは生で感じた事は無いが、恐らくそうであろう叩き付けるような威圧感を放っていた。
目が恐ろしい。射殺すような目である。
「いや本当にごめん、僕が悪かった、悪気があったわけじゃないんだ、そんな君を貶めるつもりは一切ないんだ、悪い」
怒りに震えるナイトウを前に、ゲロスは平謝りであった。
「お、オレを殺っても、お前は道連れに出来る。それぐらいの事は出来る。二対一でもオレなら出来る。あまり舐めるな、ゲロス。きょ、脅迫しよーつったってそうはいかねぇべ」
「ナイトウ、勘弁してくれよ!ちょっと、落ち着いてくれ!?」
「なぁ、もう一人の兄ちゃん。お、オレはヤルっつったら、やるぞ!」
見えぬ相手に啖呵を切る。反応が無いのを見て、ナイトウは続ける。
「だ、大体だ。ゲロス、お前は今のジャンヌたんの状況を知っていて、お前はそれでも連れ戻そうってーのか。確かに、ウチにジャンヌたんは居る。居るが、今のお前達には返せねぇべ」
椅子から立ち上がり、ナイトウは"炎を呼ぶ物"をゲロスに突きつけながら言った。
「本当に待ってくれ! 一体どういう事だ、僕にはさっぱり判らない!」
「う、うるせぇ、お前か。お前がストーカーか! 一見マトモな奴ほど、マジキチな事をしやがるんだ、くそったれ、はよ出て来い!」
業と理不尽な怒りに燃えるナイトウの、杖の先に灯る殺人的な魔力。二対一という圧迫感の下、びぃんと張り詰めた緊張の糸。
きっかけがあれば、ナイトウの杖の先から火が噴きだし、部屋一面が燃え盛る火の海に包まれる幻視がゲロスには見えた。
カチカチとゲロスの歯が恐怖で打ち鳴らされる。天井を見る。どうして助けてくれないのかと。
――ぎぃと扉が開く。ゲロスの冷や汗が一気に全身に広がる。
(誰か、なんとかしてくれ!)
ゲロスの声にならない悲鳴は、喉から振り絞られる直前だ。
「そ、そこかぁっ!」
ゲロスに突きつけられた杖が、ゲロスの視線の先――天井の一点、明りの灯っていないシャンデリアの作る影を指す。頭上、ナイトウの想定外だった箇所の利点。コンマ数秒の差で照準を外し、蒼の"暗殺者"は天井を蹴って、壁を蹴って、そこで止まった。
信じられない光景が、広がっていたからだ。
ひょいと床を踏み抜く音、扉からナイトウまで、羽のように跳んだ軽妙な音。共にぶん、と。空気を割って振られる、白い"ネタ武器"。
「ふごっ!?」
すぱぁん、と、景気のいい音が響き渡った。
天井を指した錫杖も、床を転がり、澄んだ音を立てた。
「ひぃ!?」
からんころん、と"炎を呼ぶ物"がゲロスの脛に当たる。痛みで自然と悲鳴が上がった。
「あほう! 何やってるの! どあほう!」
手首のスナップを聞かせ、打つ、打つ、打つ。チャカは、怒声が聞こえた時点で様子を見にきたのである。
野次馬根性がひどい、とチャカ自身思っていたが、性分。飛び込んだのも、これもまた、性分。ナイトウの暴走を止めねばならぬと思ったからだ。
そして、野次馬根性に長けた連中はチャカだけではなかった。
「流石にナイトウ、ちょっとキレ過ぎだ」
ゲロスが扉の方を見ると、金髪の戦士が腹を押さえながら立っていた。
髭の肉達磨が居た。
ゲロスのギルドマスターは、肉達磨の影に居た。怯えた視線でゲロス達を見ていた。
「ちょ、痛い、マジ痛いから、やめてくれぇ!?」
チャカが腕を振るう度に、スパァンという景気の良い音が屋敷中に響き渡る。ハリセンで滅多打ちにされているナイトウは、頭を押さえてうずくまる。
「ただ事じゃないから、様子を見に来てみたらこれだよ、ホント……」
ひとしきりの折檻が終わり、はぁはぁと荒い息を吐きながらチャカは嘆く。
「大体お前が言ったろう。"一人で抱え込むなよ"ってな」
ナイトウの様を見て、苦笑いをしながらタイタンは言った。
――ああ、本当に、オレはいい性格をした奴らに恵まれたなぁ。
張り詰めた糸が切れ、怒りは消し飛び、生温い空気が漂う。
ナイトウは顔を上げた。チャカと目があった。景気付けに尻を一発、引っぱたかれた。
もう一回スパーン、と景気のいい音が響き渡った。
『済みませんが、今日のところは帰って頂けますか?』
澄んだ鈴のような声。ジャンヌとは異なる声。先ほどまでの騒々しい雰囲気を振り払い、白金の少女が"トム"達に向けて言った言葉だ。
『ジャンヌは暫くうちで預かります。事情は説明したとおり、貴方達のギルド内部の問題ですが、放って置く事は出来ません。解決したのであれば話は別ですが』
静かに響いた声。
『それとも貴方が"ストーカー"でしたなら、諦めなさい。私達は仲間を見捨てない』
完璧な高潔さ、優しさ、誠実さ、勇気、自己犠牲、無償の愛、そして、正義。
それらを体現したかのような白金の声であった。手にはネタ装備をぶら下げていたのは愛嬌である。
「うっ」
それらを"トム"は思い出しながら、ずいぶんと溜め込んだ、瓶に溜まった白いジャムを見る。
「あれはあれで、良かった」
旧"じゃんぬ†だるく"の面子に話を通す為に"生贄"は一旦フェネクに戻り、"トム"は見張り番である。この期に及んでジャンヌが逃げ出したら、何処に行くか判らないからだ、と"生贄"は言った。深夜には戻るから、それまで我慢してくれ、とも。
"生贄"と二人で宿を取った後、"トム"は屋根に上り、腰かけながら館に異変がないかじっと見張りをして、数時間。
「ずいぶんと溜め込んでいるで御座るなぁ」
闇夜に現れる"出歯亀"は心臓に悪い。呆れたような口調で、"トム"に話しかけた。
「失敗したのでおJALか? "トム"氏」
「いいや、これでキメる」
ニヤリと哂い、"トム"は手元の瓶を振った。
「汚い白で御座る……と、一ついい事を教えてやるで御座るよ」
「ああ?」
「明日には"十字"が使えなくなるで御座るよ……これで暫くチャカたんと会えなくなるのは、寂しいで御座る」
知らんがなと"トム"は思ったが、口には出さなかった。心底どうでも良い情報である。
「計画はお早めに、で御座るぞ"トム"氏。では、アディオス!」
"トム"がやる気無く手を振ると、"出歯亀"はまた、闇に融けて消える。どのような妖術を使っているのか、皆目見当も付かない。
「そろそろ交代だよ、あれ、誰か居るのかい?」
「いや、誰も」
まったく、間の抜けた奴だ、と"トム"は思う。
「皆はどうしたんだ?」
「それが実は、ぶっちゃけアイテムが戻ってくるならどうでもいい、むしろアイテムもどうでもいいってさぁ…………で、もう僕が代理マスターでいいんじゃないかって、皆で言い出すもんだから、薄情な話だよね」
はぁー、と深いため息を付いて、"生贄"は落ち込む。
「やんなっちゃうよ、結局皆割といい加減なんだよね。ちょっと前まで、あんなに姫姫言ってたのに……こっちに来てから、アイツら、見た目が女の子だったら、実はどうでもいいのかな、ホント。イチャついてたよ、ギルマスなんて、どうでもいいってさ」
「いや、お前が言っている事の意味がわからない」
"生贄"が語る自らのギルドの実情に、"トム"は反吐が出そうであった。
(ホモがこんなにも周囲に居たとは! どいつも! こいつも! まったくおぞましい! いや……いや、まて。今、何と言った?)
「おい、いや、まて、ちょっとまて」
「いや、どっちにしても僕は戻ってきて貰いたいんだけどね、皆がどう考えてるか透けて見えるのが凄い嫌っていうか、あー、もう」
「どうするんだ?」
"トム"は震える唇で言った。
「どうもこうもないよ、明日もう一度誠意込めてダメなら、僕ができる事は無いよ……ストーカー騒ぎも、なんかこう、皆が仕組んでるんじゃないかなぁとか、穿った見かたしちゃうよ? ……それならそれで、僕らも旅に出ようか。見たことない土地に行こうよ、ねぇ?」
"生贄"が"トム"の肩に手を置いた。
「どっちにしても、もう皆はどうでもいいって思ってるみたいだし……それこそあんないいメンバーに囲まれてるなら、心配要らないよ」
"トム"はその手を乱雑に払いのけた。
「そんなの、むちゃくちゃじゃないか」
"トム"は許せなかった。
(そんなの、俺の計画そのものが無茶苦茶じゃないか!)
「うん、だから、もう一度誘うよ。それとは別の話さ……こんな事が続くなら、さ」
"生贄"が深呼吸一つ。
「それに、ギルド内でストーカーなんてもうさせないさ。後は、僕が見張っておく、君は部屋で寝てもいいよ」
"トム"の隣に座った"生贄"の顔は憔悴していた。信頼していた仲間が、かくもまぁいい加減だったという事実に、否が応でも気づかされたのだ。
"トム"は音も立てず、静かに部屋へと戻る。
「スピード勝負しかない。十分にいける……はずだ」
更にそれを"トム"は裏切るべく、瓶を抱えてカノの館へ一路疾走――