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野郎達の英雄譚  作者: 銀玉鈴音
第四章 忌わしき技
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第七話 付き纏う者 (3)


「チミのやりたい事は、あの娘っ子とケツGOしたい事で御座ろ?」

 "出歯亀"氏の提案は、"トム"には極めて新鮮に思えたのだ。


「それならば、チミの近くの"暗殺者"に全て罪を着せてしまえば良いのでおJALよ、若人。確か、チミ以外にも何人か居たで御座ろ?」

「確かに、居る」

「そこでチミの犯した咎を、他の間男に擦り付けてしまえば、ほれ、頼りになる仲間にチミが一気にランクアップで誤JALよ。一気に親密度アップで御座る。ギャルゲェの主人公で御座るな!」

 拙者はそこまで入り込めなかったで御座る、と口惜しそうに語る"出歯亀"。

「それでは幸運を祈るで御座る。グッラック!」


 確かに、出歯亀氏の言うとおりである。"トム"のやった事を全て他のメンバーに押し付けてしまえば、より一層親密にジャンヌと付き合うことが出来る事は間違いがない。


 そう、慎重に、全ての咎を押し付けるのだ。

 愛の行為を"咎"と呼ばれる事には、今一つ納得行かぬ"トム"であったが、背に腹は変えられぬ。より一層のコミュニケーションの為に、犠牲になって貰う事にしよう。



 "出歯亀"氏の言うとおり、ギルドには一人丁度お誂え向けの奴が居た――

 ――のである、と、"トム"は思索から復帰した。



「ねぇ、ゲロス、こっちでいいのかい?」

 "暗殺者"の癖に深い蒼一色に全身の装備を染めた、見目麗しい青年は訊ねた。内心感じる不快感を押し殺し、極力丁寧な声で訊ねた。美しい顔が、かすかに歪む。


「うん、こっちだよ、残りはこっちしかない。それともゼツエイ、僕が信用できない?」

 サイケデリックな彩色の皮鎧を着込んだ、遠目から見るとまるで、醜いヒキ蛙のような小太りの小男は、ゼツエイの口調こそ丁寧だが内実は不機嫌そうな声に、動揺したのか裏返った声で答えた。


ジャンヌさん(・・・・・・)が逃げ込む先なんてもう、ここしか残ってないよ。大体、あの人トラブルの源泉だからね、逃げ込めるようなツテなんて他に無いし、ホントもう困っちゃうよ、ギルドマスターなのに勝手な事ばっかりして。どうにかして欲しいよまったくもうさー……」

「ゲロス、君は話が長いよ」

 早口でゲロスがブツブツとこぼすのを、ゼツエイは半ば聞き流しながら、バイカの街並みを共に歩く。


 露店が立ち並び、店屋が軒を並べ商売人達が威勢良く呼び込みをかける、十字広場から繋がる時計草通り。装身具売りの娘がゼツエイをうっとりと見た後、ゲロスを見てうっへりとする。

 長身と矮躯、痩身と肥満、美麗と醜悪。

 彼らは凸凹であった。

 奇妙に目を引く二人組みであった。


「ゼツエイ、聞いてる?」

「ん、んん、ああ、聞いてる聞いてる。マスターはこの街にしか居ないって話でしょ。だけどさ、ゲロス、そんなこと言ってるけど。僕ぁ不思議なんだけれど、どうしてこの街に絞るんだい」

 素朴な疑問であった。ゼツエイは何故ジャンヌがこの"バイカ"という街に逃げ込んだのかがさっぱり判らなかったからだ。

「ゼツエイ、もし君がこの世界で"逃げる"としたら、どういう風に逃げたい?」

 ゲロスがゼツエイの顔を見つめた。意外と円らな瞳であった。


「いや、さっぱり。アテもないし、そもそも僕は逃げないし」

「逃走ルートの妨害と確保は、暗殺者の基本だよ。僕はまず、ジャンヌさんの立場に立ってみたんだ」

 "じゃんぬ†だるく"内部で、"気配"の探り方を真っ先に探し当てたのがゲロスだったことを、ゼツエイは思い出した。ゲロスがメンバー全員に教えたせいで、誰もがそれなりに探る事が可能になった事を思い出す。


「それで、もし逃げるとしたなら、まずはフェネク国内を考える」

「普通ならそうだね。知り合いの所に匿ってもらうのが一番だ」

「うん、一人で逃げるのはしんどいからね。でも、フェネクにはジャンヌさんを匿う人は、居ない。だって、あの人方々で恨みを買ってるからね、要らない恨み」

 ギルドを"解散"するという事は、コミュニティを破壊するという事だ。当人同士で何かのトラブルがあり、例え解散した本人に非がなくても、何でそれを壊した、という恨みは当然に買う。


 ジャンヌはそれを解消しようとは思わなかった。


「まぁ……ね」

「でも、ジャンヌさんはちょっと特殊だ。だってあの人、純粋なフェネク人じゃないから。あの人元々は"亡命"組みだからね」


「へぇ、そうか。そうだったのか」

「結構有名な話だよ、ゼツエイ。君知らなかったっけ?」

 すんすん、と得意げに鼻を鳴らしながら。ゲロスは続ける。

「へぇ……ゲロス君は物知りだねぇ」

「そうそう、たまたま前の前の、前のギルドで、一緒にやってたって人から話には聞いてたんだよ。ジャンヌさんが唯一解散させてないギルドがあるって……それが、"愚者(ザ・フール)"さ」


「ゲロス、君、よくそんなこと覚えてるね?」

「トーゼン。じゃなきゃサブマスなんてやってないよ、あの人我侭だしね」

「当然、か……」

「それでも結構いいトコ有るんだよ、あの人。我侭だけど、気前はいいしね」


 裏返った声で、キンキンと男の癖に(・・・・)甲高い声を出すゲロスを、ゼツエイはうんざりとした顔で見た。一緒に行動するだけで不快になるが、その声を聞いているだけで、更に不愉快さは倍増だ。


 ゼツエイとゲロス。



 二人は、"じゃんぬ†だるく"の"暗殺者"である。



 時計草通りから、貴族街へ。生気に溢れた粗雑な雰囲気の街並みから、お高く留まった気品のある街並みへ。

 ゲロスはクンクンと鼻を鳴らしながら、一歩一歩探るように進む。じれったく感じたゼツエイは訊ねる。


「ゲロス、そういえば君、なんでマスターが、いや、ザ・フールだっけか。それがここに居るって判ったんだい?」


「最初からアタリはつけてたんだ、世界中飛び回って、皆がどこにいるかぐらい把握しておくのは常識。僕らは百人も居ないんだし、当然だよ。最初はレゾペ(レゾナンスペイン)、次にネクマス(ネクロマンサーズ)、ウチ入れて大手が三つ。その後細かいギルドの溜まり場は大体把握しようと思ってね。もっとも、アンリミの……確かエムオー君だっけ、あの子は別れた時から不明なんだけどさ。ギルドメンバーが全滅してたらそりゃ、元の溜まり場には居たくないのかもしれないけどね」

 得意げに鼻を鳴らしながら、ゲロスは一息で言った。

 ゼツエイは、珍しくゲロスに感心した。普段ふらっと消えて、何をしているか判らないゲロスの一面を見た気がした。


「そんなチマチマしたこと、よくやれるね、君」

「グループ同士の付き合いって、凄く大事だからさ。僕、あっちじゃよく失敗したからね、ははは」

 ゲロスが鼻をヒクヒクと動かしながら、乾いた笑いを浮かべる。その後、真剣な表情でまた、鼻を動かし始めた。まるで鼻だけ別の生き物のようであった。


「なぁ、その鼻ヒクヒク、何とかならないかい?」

「僕は、これが一番集中するんだよ……それより、ゼツエイこそちゃんと集中してよ。もうジャンヌさん、ギルメンじゃないんだから、判りづらいんだ。さっきみたいにスラムに迷い込んだりとかはもう御免だよ、変な方向に行きそうになったら教えてよね?」

「はいはい」


 もうジャンヌがギルドを解散してから、丸一日が経っている。


「もしここで見つからなかったら、足取りが途絶えちゃうから、その時はその時だよ。ゼツエイ、君からも皆に説明してほしい。僕が世界中探すから、その間君が仮マスターとして、皆を纏めて欲しいんだ」

 僕はなぜか皆から苦手扱いされてるからね、とゲロスは苦笑する。何故判らないのかとゼツエイも苦笑する。二人とも苦笑いだ。


「見つかるよ、きっと。マスターは」

「そうだね、僕が弱気だった。ジャンヌさんは見つけるよ――って、来たッ! 感有りッ!」

 生き生きと走り出すゲロスを追いかけて、ゼツエイもまた走り出した。

 丁度、半歩分遅れながら。





「で、タイタン。誰にやられたの?」

「……それは、覚えてねぇ」

 ベッドに横たわるタイタンを、さながら尋問するかのような光景。小さな尋問官は仁王立ちになって厳しい声を投げかける。白々しい、棒読みの台詞で流すタイタン。

「何で覚えてないの?」

「判らん。気がついたら死んでいた。死ぬ直前の記憶なんて残っちゃいねぇよ」


 ――俺は俺だ。死んで蘇ってもまだ、俺のままだ。


 タイタンは、悩んでいた。誰にやられたか、告げるべきか否かでだ。

 恐れていた記憶の消失は、まったくといっていいほど――無い。


 鮮明に思い出す事が出来る。盾に伝わる衝撃、握りこんだ拳の硬さ。後一歩で届かなかった己の拳。灼熱。下がる体温、寒さ。己の無力と、無念。灰色の世界。繋がった英雄。小窓。


 そして、十字と世界の鎖に繋がれた、魂。


 全て、鮮明に、明確に、タイタンは覚えている。

 だからこそ、言えなかった。

 自分達の敵こそが、自分達の求めている何かを掴んでいるのではないかという確信とも言える疑惑を、だ。


 タイタン、いや、小宮山岳志には、確かに現実(リアル)がある。父も居る。母も居る。兄弟には恵まれなかったが、小学校からの友人も居る。多少ブラック気味だが、勤める会社もある。


 ――そして、よりを戻したい恋人も居る。


 戻りたい現実(リアル)が確かに、存在する。


 しかし、しかしだ、それを為した場合、どうなる?

 ヤーマはどうなる。カノはどうなる。トワはどうなる。オバちゃんはどうなる。道行く人々は、バイカは、クオンは、サイハテは。


 ――――世界はどうなる?


 剣を交えて、三度戦った。奴らには、迷いが無かった。

 恐らく、奴らは興味が無いのだろう。この世界も、この世界に生きる人々も。十字を破壊し、世界を破壊し、己の魂を縛る全てを破壊し、なんとしてでも戻るつもりなのだろう。

 奴らにとっては、この世界は仮の宿なのだ。だが、タイタンにとっては


 戻れない仮想(リアル)が確かに、存在する。


 ――――――考えれば考えるほど、タイタンには決断が出来ない。


「じゃあ、ヤーマさん、覚えてないの?」

「すみません、私も……判りません」

 貝の様に口を閉ざしたタイタンを見て、未熟な尋問官は根を上げ、タイタンの看病をするヤーマに狙いをつけたが、こちらからもあまり情報が得られない。

 まだ何か言いたげなチャカの肩を叩き、ナイトウは部屋の外へ出た。これ以上は無理だと。



 ナイトウは、この世界のなまなかな人間では、タイタンに傷を負わす事は不可能だと断じる。少なくとも、真正面からタイタンの胴を真っ二つにする事は、ナイトウには出来ない。

 つまり、"英雄(プレイヤー)"でしか行えず、"英雄(プレイヤー)"でも困難な業である。


 わざわざタイタンに聞かずとも、他のプレイヤーにやられた事位までは判っているのだ。覚えていない、判らない、と言う以上、何らかの意図があるのだろう。

 廊下を歩く間、嫌な無言の間が広がる。


「タイタンもタイタンだ。何で言わないんだろ」

 横の娘が憤る気持ちも判る。ナイトウには判る。痛いほど判る。タイタンが下手な嘘をついている事は、百も承知だ。


「ま、まあ。本当に困ったら、言うだろうよ」

 困ったら何でも言え、と前にナイトウはタイタンに言った。タイタンは、判ってくれたはずだ。

 その上で、沈黙しているのだ。ならば、それは、今は言えない事なのだ。


 犯した間違いなど、掃いて捨てるほどある。直ぐに回答が出ないことなど、世の中に腐るほどある。そんなナイトウだからこそ判るのだ。


「そ、それに、今はジャンヌたんの事もあるだろ。タイタンも、アレだ。難儀な奴だから、しゃーねーべ」

「ジャンヌも、あの子もどうすりゃいいんだろね。ホント。本当にストーカーだと思う?」

 チャカの途方にくれたような口調に、ナイトウはどう答えるか、迷う。

 昨日一日。なんだかんだで毒舌を吐きながら、ジャンヌはチャカから離れなかった。


「ストーカーされてるのは、多分、事実だべ。昨日、窓枠に"体液"がついとった。思いっきり掴んじまったが、ありゃザー……」

「やめれ、判った」

「だ、だから。一応、気をつけてくれ。警備って結構、本気でやろうと思うとしんどいんだぜ」

 とはいうものの。人が居るなら襲っては来ないだろう。精々嫌がらせが関の山だ、とナイトウは楽観視していた。


「さ、最悪、大声上げろ、すぐ行く」

「……んじゃ、とりあえず部屋に籠ってる。ご飯時になったら、また」

「お、おう」


 チャカが私室に入った後にすぐ聞こえる、ジャンヌとヒゲを交えた、騒々しい会話。

 キャイキャイ、ワイワイと、外から聞けば本当に他愛のない会話だ。


 女三人いれば姦しい、とはよく言ったものだが、彼、または、彼女らを一体どちらの性別に分類すればいいのか、段々ナイトウには良く判らなくなってきた。

(……まぁ、どうでもいいやな。ジャンヌはジャンヌで、ヒゲはヒゲで、チャカはチャカだ。それ以外の何者でも、ねぇべ)


 ふぅ、とナイトウは溜息を付く。そんな最中。



「"馬轢き"……いや、"竜殺し(ドラゴン・キラー)"、貴方に客です」

 館の女主人から来客の知らせがあった。あちら(現実)では考えられないぐらい、ナイトウには、やらねばならぬ事が増えた――

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