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野郎達の英雄譚  作者: 銀玉鈴音
第四章 忌わしき技
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第四話 複製 (4)

 深夜であった。

 煌々と明りが灯る雑居ビルの一室で、サーバー管理の名の下に、八木とセンパイは送られて来るメールの確認作業を行っていた。


 顧客からの減らない、BOTの報告。

 顧客からの減らない、バランスへの不満。

 顧客からの減らない、(サーバ)の重さへの不満。


 どれも一朝一夕には解決できない案件ばかりで、九割以上が八木には『どうしようもない』ものである。『お問い合わせ』に届くメールの大半はセンパイが目を通した後、「どうしょうもないッスねー」のやりきれない一言と、テンプレートな返信メールで大抵締めくくられる。

 当然、すべてが今すぐに解決できるならば、八木だってそっちの方が良いに決まっている。潤沢な予算と人員を用意できる大手ならば、勿論当然それらに細かく対処できるのだろう。それでも時間を縫って、八木とセンパイはそれらの対処に当たった。


 不正プログラムを使用している、とメールに届くユーザーを調べたら、全くのシロであった。

 社長の鶴の一声で決められたバランスは、八木には容易に動かせない。

 鯖の重さは、予算がないからどうしようもない。


 勿論、実際に不正プログラムを裏で走らせているユーザーも居た。社長に粘り強く交渉を行う事で、改善したバランスもあった。重さも、クライアントプログラムを改良する事でずいぶんと軽くなった。

 それでも、お客様(ユーザー)の声は減らない。もっと、もっと、もっと。

 出来る限り真摯に、対処できる事は対処する。でも、出来ない事は出来ないのだ。『ご理解とご協力をお願いいたします』と言うお知らせを公式ホームページ(HP)に乗せるときの口惜しさは、八木も、センパイも感じている事であった。


 そんな日々の業務も、これが終わればお決まりの終電で帰宅。泥のように眠って、また会社へ。そんな毎日のサイクルの最終段階。

 一通の『お問い合わせ』を見たセンパイが、ゲームを立ち上げて何やら確認をした。と思うと、顔を真っ青にして八木に話しかけてきたのであった。


「先輩、これ、マズイッス」

「今ちょっと、ストーカー紛いの案件に対処している所だから、後でもいいかな……っと、警告文送って、日数制限のアカウント凍結でいいか」

「いや、重要案件ッス。バグッス」

 センパイから詳細を聞いた、八木の髭面に皺が寄った。


「センパイ、斉藤さんに連絡取って。今すぐに。僕も実機で確認する」

 程なくして、真っ青な顔面の持ち主が一人から二人へと増えた。



 八木太一はGM(ゲームマスター)である。センパイもGM(ゲームマスター)である。

 どちらも、下っ端だ。



 そして今現在、二人では手が足りなかった。上司も、営業も、ありえない事に社長までも駆り出して、社員全員でログの洗い出しを急いでいる。総勢八人、あまりにも少ない体制で、この大事件に当たる事になってしまった。


 状況の発生から、既に丸三日以上過ぎた。労働基準法など糞食らえの、超超過した労働時間と超短縮された睡眠時間は、彼らに、昇る朝日を黄色く見えさせる。

 しかし、事は急を要するのだ。バイトを雇う暇も無いほどの火急の大事件である。


 "大規模DUPE"案件である。


 八木が修正パッチをサーバーに当て、センパイらによって修正されたデータを更に流し込む。

 その後サーバー再起動。


「八木君、クライアント起動テストは終わったよ」

 見事に禿げ上がった、神経質そうな眼鏡の中年男性が、生気の抜けきった顔で言った後、崩れ落ちるように倒れた。三十路も半ばをとうに過ぎた身には三徹は命を削るに等しい。

 死屍累々、という表現が最も相応しい状況だ。八木とセンパイ以外の全ての社員は皆机に突っ伏して、ぐうぐうといびきを立てていた。

 センパイが毛布を、禿頭の中年(斉藤)にそっとかけるのを見た八木は、感謝する。


「斉藤さん、ありがとうございます」

 緊急メンテナンス終了時刻にあわせて、八木はサーバープログラムの立ち上げ、センパイは『お知らせ』の更新を行う。


「サーバー不調、及び、不具合に関する緊急メンテナンス、終了のおしらせ……っと、これでオッケーっス」

 準備は万端。

「……最悪の事態は避けれたっスね」

「ああ、"巻き戻し"だけは避けたかったからね」

 遊園地(テーマパーク)の表側に出すものは、綺麗なものだけで十分だ。泥臭い裏方事情など、出来る限り表に出す必要は無いのだ。

 その点で、"巻き戻し"と言う手法は最悪の下策である。

 特に、今時、頑ななまでに古臭い"月額課金"制を取る、自社(Deep)製品(Fantasy)には、極めて相性の悪い対処手段である。


 悪質なユーザーのアカウントの凍結と、この手法によって複製され続けてきたアイテムの全消去で、事態は収束した。全社員の目を皿のようにして行ったログチェックに抜かりは無い。


 一通の、DUPEの方法を詳しく記述したメールから始まった大騒動は、運営側ではほぼ(・・)収束したのであった。





「うーん……やっぱり、チャカ姉が使った方がいいよね」

 メンテ終了時刻に急いで帰ってきた『ジャンヌ』は、最近特に多くなった独り言をブツブツと呟きながら、二階の自室に急いで入る。ペットボトルに水を入れて、喉が渇いた時の水分補給もばっちりだ。クッションを尻の下に敷き、ノートPCのスクリーンセーバーを解除。


 アプリケーションウインドウの中の、切断ログを示す窓の、ログイン画面に戻るボタンをクリックする寸前で、灰色画面のインベントリを『ジャンヌ』は凝視した。

「ん……あれ、増えてる?」

 <反魂の指輪>がいつの間にか二つに増えている事を確認した『ジャンヌ』は、小首を傾げた。


「よく判らないけれど、これで解決する……んじゃ?」

 そうだ、二つ有れば全く問題ない。ジャンヌもつける、チャカ姉もつける、二人でおそろいだ。それで全く解決するではないか。

 天啓の様に閃いた『ジャンヌ』は、細かい悩みなど吹き飛んだ。ログイン画面に戻り、いつもの通りIDとPASSを叩き込み、いつもの通りにゲームにログインする。


 そこには、いつも通りの光景が、広がっているはずだ。

 バイカ十字広場前のたまり場に、いつも通りに座ってぼんやりしているチャカ姉がそこにいて、ナイトウさんはまたふらふらとソロでどこかに狩りに行っていて、タイタンさんはグチグチいいながらそのうちログインしてきて、最近見かけないヤミカゼさんもそのうちやって来る、はずだ。


 最近感じていた嫌な遅延(ラグ)を感じない。ただそれだけで、メンテがよく効いたのだと確信する。

 駆け足でチャカ姉に向かい、トレード窓を出して、強引に押し付けよう。目立たない装備だけれど、しっかりとアバターを見れば装備しているとわかるはずだ。『ジャンヌ』は昨晩のもやもやが落ちた、すっきりとした表情で"w"キーを押しながらジャンヌの操作を続行する。


 ――アイテム(おもいで)が増えたなら、それはとても素敵な事だと、思いながら。





 同時刻。匿名掲示板は炎上していた。


 『お知らせ』は無機質に。不具合に対する緊急メンテナンスの終了、と記載されている。うって変わって、匿名掲示板には様々な虚実溢れる情報が飛び交っていた。


 曰く、不具合とはキャラクター作成時に酷いキャラしか出来ない事の修正だ。

 いやいや、実はBOT対策に違いない。

 むしろそれより、<足よ萎えろ>が弱すぎることの修正はまだか、等々。


 大方の"情報"は眉に唾してみるものであるが、一部にはそれなりの説得力を持つ情報が流れている。膨大な滝のような流れに、少しずつ混じるタレコミを追う。これも眉唾モノの情報ではあるのだが。


 ――DUPEがギルド内で流行ってたから、運営にメールしてやった。ようやく動いたな、糞運営。"強化水銀"が妙に相場崩れた時期あったろ、アレ、全部奴らの仕業。

 マジで? アフォーチュンの奴ら?――

 ――マジマジ。バレてねえと思ってんのかね、あの面子。スネークももううんざりだぜ、奴ら、相互でスカイポで監視しあっているから行動めちゃくちゃ縛られてるしよ。いい加減自慢聞いてるのがうんざりだったから、方法抜いてこっそり通報。釣りだと思うならアフォーチュンの面子見てみ、悪質なのだけでも半数以上BANされてっから。

 スネーク乙――

 ――いあ、マジで今絶叫スカイポおもすれーよ。キャラ名リストを晒し上げすっからさ、適当なロダ探してくる。俺、今からキャラデリしてくるから。超楽しかったぜ。またな、乙!

 スネーク乙――

 マジ乙――

 ――おい、マゾキン、手前覚えてろよ、BANされたぞ。手前リアルでぶっこ呂してやるからな。お前の住所も判ってるからな、覚えてろよカス。

 犯罪予告通報しますた――

 通報した――

 通報し――


 鵜呑みにするのは馬鹿の所業。煽り煽られ、釣り釣られ。これは真実か嘘か、判断はご自由に、ただし、口に出すのは愚か者。


「…………ああ、うん。怖い怖い」

 チャカはメインモニタに全画面(フルスクリーン)でゲームを表示させてはいたものの、サブモニターのほうに釘付けになっていた。


「あー……メンテの原因、やっぱり(チート)かな、これ」

 カチカチカチと、マウスの左ボタンを苛々と叩きつつ、『お知らせ』と、非公式匿名掲示板を閲覧。書き込みの時系列と、遊戯内部での体験とを照らし合わせていかにも真実らしいものを抽出。


 上手く説明できないが、ずるは良くない、とチャカは思う。たかだかゲームのデータに何を必死になっているのか、と冷笑しながら、メインモニタに視線を戻すと、いつも通りの光景が広がっていた。

 ナイトウは世間の出来事など無関係に狩りに行っていた。タイタンは普通にまだログインしてこない時間帯だ。ヤミカゼは……どうなんだろう。最近見かけない。


『チャカ姉様ー』

 大体いつものパターンだと、三人集まったらトリオで狩る、四、五人集まったら適当に迷宮(ダンジョン)に向かって、攻略して、と……。と、今日の予定を考えるチャカは、三人揃った事を悟って、チャットを打ち込もうとした。サブモニタに気を取られすぎていて、いつジャンヌが着たのかも判っていなかった。画面中央から少しずれたやや右斜め下に、目立つトレードアイコンが浮かび上がっていた事にも気がつかなかった。


『ごめんごめん』

 約一秒でのタイピングの後に、アイコンクリック。小気味良く開く窓に、乗せられる<反魂の指輪>を見て、チャカは小首を傾げた。

《昨日も言ったけど、タイタンがお冠だから……》

 と、打ち込んで、Enterキーを押す前に、Backspace。チャカは打ち込んだ文字を消した。


 モニターに映るジャンヌの指を確認する。今まで付けていた<防御の指輪>はもう少し色合いが派手だ。マウスホイールをグリっと回し、拡大。妙にしっとりと落ち着いた指輪は、チャカが見たことのない図柄であった。


『ジャンヌ、今装備しているのは<反魂の指輪>?』

『おうぃえーい』

 チャカが知る限り、ジャンヌの資産はそこまで多くない。大体いつもすっからかんだ。じゃあ、なんでこのトレード窓に<反魂の指輪>が乗っている?

 不審。一旦トレードを成立させ、装備してグラフィックを確認。同一。外す。


『ジャンヌ、ちょっと』

 PTを組んで、外にもギルドにも漏れないように、閉じた会話をつくりだす。


『これは一体、どうしたの?』

『あ、うん』

『気がついたら』

『増えてたの』

『だから、チャカ姉様にあげる!』


 増えていた。

 その単語を見た時点で、チャカは反射的に地面に指輪を捨てた。撒き餌に群がる魚の様に、周囲のプレイヤー達が一気にDropに群がる。間一髪でジャンヌが拾う。


『何で捨てるの!?』

 ジャンヌには、何故自分の好意が受け入れられないかが理解出来なかった。


『捨てなさい』

 全く理解が出来なかった。


『何で捨てるの!?』

 だから、繰り返した。


『繰り返すよ、それを捨てなさい』

 チャカの内心に、グツグツと煮える苛立ちが募る。先ほどまでの、他人事ならば冷笑していられた。我が身に降りかかってきて、ようやく理解できた。


複製(DUPE)されたモノは、捨てなさい』

 モニターの向こう側の娘は、自分より年下だ、ということも忘れ、チャカは激情のままにチャットをたたきつけるように打ち込んだ。


『だから、何で捨てるの!? データが増えたなら、いい事じゃない!』

 ジャンヌのチャットを見るごとに、どうして判らないのか、と、チャカは怒りを抑えきれない。

 ああ、そうか。どうしてこんなに、苛々が押さえきれないのか。ようやくチャカは理解した。


『ジャンヌ、これ以上繰り返さない。捨てなさい。捨てなきゃ、アナタを"追放"する』

『はぁ!? 何それ、たかがアイテムで何で追放とか言うの!?』

 売り言葉に、買い言葉。二人とも、若かった。

たかがデータ(・・・・・・)じゃない、馬鹿じゃないの?』

 ジャンヌにも、判らなかった。

 自分たちのつながりは、たかがデータで繋がっている訳ではないと信じていたからだ。


 チャカにも判らなかった。

 これは、単なる電子データ(0と1の羅列)じゃないんだ。

 私達にとって、単なるデータじゃなくて、思い出なんだ。


 ――それが、(チート)によって、汚されたんだ。


 チャカには積み上げた思い出を、不正によって汚す行為が、許容できなかった。それを許容する、ジャンヌも許せなかった。

 ジャンヌには、そこが理解出来なかった。どうしてデータを増やす事が、汚す事になるのかが理解出来なかった。純粋な好意を否定されて、チャカを許せなかった。


『今すぐ、その<反魂の指輪>を、地面に捨てて消失(ロスト)させなさい』

『何言ってるの、チャカ姉、わけ判んない。嫌』


 もし、これが現実であったなら、チャカもジャンヌも手が出ていたであろう。

 しかし、これは現実ではない。虚構である。

 言葉の刃でしか、お互いに傷を付けることが出来なかった。


 ギルド画面から、メニューを引き出す。"追放"コマンドを目にして、チャカは迷う。

 ギルド画面から、メニューを引き出す。"脱退"コマンドを目にして、ジャンヌも迷う。


『お願いだから、今すぐ捨てて』

『ばっかじゃないの、何で捨てなきゃならないの。そんなの馬鹿だよ』

 チャカとジャンヌ。モニターと回線を挟んで、二人。繋がっていた見えぬ糸が、プツりと切れた。


『そうじゃなきゃ、私はアナタを、愚者(ザ・フール)から"追放"する』

『ふん、そんなのやりたきゃやればいいじゃん。ワケ判んない』


 一拍、二拍、三拍。

 無言の間の後、ギルドタグがジャンヌの頭上から消えた。

 どちらが押したのか、判らなかった。


 それが、彼女達の決別であった。





 どうしてお互いに理解しあえないのか、当時のチャカにも、ジャンヌにも、わからなかった。お互いに言葉が足りていなかったのだ、と今ならば判る。


 今ならば判るが、今となっては遅い。時がたった今では、傷痕は硬いしこりになって――



 けして、埋められない痘痕になった。

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