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野郎達の英雄譚  作者: 銀玉鈴音
第四章 忌わしき技
55/105

第三話 複製 (3)



 <反魂の指輪>――邪神領、外周部の|インスタンスダンジョン《ID》、"螺旋樹の祠"のBOSS、"サイプレスの死蝕"の希少(レア)ドロップアイテムである。

 死亡時に蘇生効果を発揮した後、砕け散って消滅する。何個装備していても、同時に効果が発揮される。


 つまり、一個だけ装備していたら、十分なのである。

 それ以上の同時装備は、無意味である。


 ギルドブレイカー、あばずれ、売女、黒ゴキ等々、散々な異名を持っているジャンヌであるが、愚者(ザ・フール)に所属していた時の彼女の異名(あだな)は唯一つ。


 『死にすぎ(デッドマスター)』ジャンヌ、である。

 当時、それは、遊戯(ゲーム)にまだ人が居た時の話である――



 (サーバ)の調子が悪いのか、PCの調子が悪いのか、どちらか原因がはっきりしないのだが、きっと鯖の調子が悪いのだろう。

 モニターの中の自分(キャラ)の横を通り過ぎる、BOTどもの群れを見ながら、チャカは独り言を呟く。

「また、鯖落ちするのかなぁ」

 高速でチャットを打ち込んで、マウスを弄くりながら、装備と持ち物の確認。

 時刻、二十時五十五分丁度。ログインしっぱなしにしておいて良かった、とチャカは思う。


 先ほどまで仕事で使っていた、サブPC用のペンタブレットを机の脇に除けながら、モニタを見る。

 集合場所のバイカの十字広場前に座り込み、うつらうつらと眠りこける自分は、水の都のバイカの一輪の花のようだ。

 他の人ではこうは行くまい、と一人思いながら、軽くSキーを叩いて『起こす』。


 ナイトウはソロで、『時計の針が九時に刺さる直前にイナヅマのようにオレは戻ってくる』と狩場に出かけた。

 『五分前行動ですよ!』ときつく言っておいたのに、ギリギリまで粘ろうというのだ。馬鹿だ。タイタンは気がついたら、横でスクワットモーションを取っていた。馬鹿だ。ジャンヌは丁度五分前に来て、今、クルクルと踊り始めたところだ。可愛い。

 もう一人ギルドメンバー(ギルメン)が来る予定だった、が、三分ほど前にスカイポ(IM)の着信メッセージが届いていた。


『ログイン鯖に弾かれてマジ無理。ゴメン。寝る』

 ログイン鯖に弾かれると、数時間単位でログイン不能になる事も、最近じゃよくある話だ。まったく、ゴミ鯖だとチャカは思う。


(一人脱落……野良で募集するのも、ねぇ)

 定期的に行うギルドハンティング(ギルハン)だから、今更、部外者を入れるのもどうかと思う。身内でワイワイやれば良い。多数で効率よくやるのは、また今度だ、とギルドチャット(ギル茶)をタタンと軽やかに入力。

 これも、特技の一つとして誇れる程度には早い。


『ログ鯖エラー吐いて、ヤミーログイン出来ないんだって。残念だけど今日は四人で行こ』

『まじか、しょうがないな』

『ヤミカゼ様、おかわいそうに』

 チャカ達がこんなやり取りを始めてから、もう一年か二年か。二十一時から五分ほど超過して、ナイトウがやってくるのも大体お決まりだ。


『光速にしてイナヅマの速度にて検www算wwwwww』

(ほら、やっぱり、ぴったり五分遅れ)

 視界(モニタ)をぐるりと回して確認すると、遥か彼方から<高速飛行>を乱打して飛んでくるナイトウの姿をチャカは確認する。


『遅いよー、もう行っちゃうよー』

 チャカは『w』キーを押して、十字の認知範囲まで移動しながら、手早くPTを結成して、行き先を選択。今日は"螺旋樹の祠"、最近実装された中でも、それなりにエグイと評判のダンジョンだ。

『それにしても、今日は何回死ぬんだろ、ジャンヌw』

『5回ぐらいに押さえますわ!』

 いつものやり取りだ。本当にいつものやり取りだ、ニヤニヤと笑いながら、チャカは暗転するモニターを見つめる。





 ――予定を十回超えて、ジャンヌは十五回死んだ。





「何で一四回も死んでるんだ? "盾"なら0死行けるだろ」

「テヘヘ」

「テヘヘ、じゃねえよ……」


 ひどい怪我を負った、黒髪の娘が照れ笑いをしながら、平然とひょこひょこと足を引き摺りながら、"サイプレスの死蝕"から距離を取る。

 娘と入れ替わるように前に出た、巨漢の美丈夫が、魔物の大降りな<腐食の手>を、大盾で受け止めながら話す。

 衝撃でジャリジャリと土煙を上げながら吹き飛ばされるが、タイタンは即座に大地を蹴り、間合いを詰めなおし、鋭い突きを放ちながら「うおおおおおおおおおおおおお!」<咆哮>を組み合わせる。

 信じられない気迫と音圧が、"サイプレスの死蝕"の動きを止める。


「うはおけわらわらわら」

 "サイプレスの死蝕"に炎はよく通る。

 糸杉(イトスギ)から創造された、太い幹を持つ木質の体は、見た目どおり炎に弱い。

 冴えない男が、意味不明の台詞と共に放つ<地獄の炎>は、"野良(ゆきずり)"の魔法使いが放つモノよりも、よほど早い速度で完成し、大きく"死蝕"の生命のようなものを削り取った。

 爆炎と爆風の吹きぬける中、<骨の戦士>と<幽鬼>と<餓鬼>を限界まで召喚した、白金の娘が次々に指示を飛ばした。


「タイタン、そのままタゲ()ってて下さい。ナイトウは火力抑えて。飛ばさないように。ジャンヌ、回復するからこっちへ」

 躊躇なく<美味なる果実>を事前発動させ、<血を肉に>を続けて発動させる、チャカの横にジャンヌは寄って、"治療"を受ける。


 唸り声を上げ続ける"サイプレスの死蝕"の、感覚器に投射されるモノは英雄間では敵意(ヘイト)と言われる、謎めいた何かである。

 "サイプレスの死蝕"は、急激に高まっていく、敵意に導かれるように、一本の太い枝を二人の娘に照準し、邪神(カミ)から得られた加護の力を発揮する。

 枝が猛然と伸び、三叉に分かれた鋭い穂先が、二人の娘の背中から腹まで抜けて、止まる。


「ひぎぃ!」

「アルェー!?」

「わらわらわら」

「……しまった」

 既に傷ついていた、硬い外殻を持つ奴は始末できた、と"死蝕"は確信する。もう一匹の、比較すると小さいモノは、太い枝に貫かれた後、暫く経った後、動きを止めた。


「オーケィ、ナイトウ、お手玉(・・・)しながら戦闘継続だ」

「うはっおけっ、まかせろ」

 ちらり、と仲間の死を視線で確認した後、金髪の美丈夫は何事もなかったように、手持ちの魔剣で"死蝕"の幹を打つ。"死蝕"の全身にガツン、と痺れるような衝撃が走る。

 何がおかしいのか、ひょろりとした、冴えない魔法使いは、爆笑しながら、"死蝕"の背後を取り、炎の魔術で攻め立てる。"死蝕"の全身が燃え上がり、枝が焼き払われ、実はばらばらと落ちる。

 "死蝕"はそう遠くない未来に、自分の存在が滅ぼされる事を、予見していた。

 ――もっとも、それを恐れる"死蝕"ではないのだが。





 灰色に染まった画面(モニタ)の中で、燃える人魂を見ながら、『ジャンヌ』は自らの死にっぷりを笑うログを見直す。

 仲間達に悪意は無いのだと判っていても、それは結構、悔しい。


 街に戻る。

 十字架に戻る。

 ゲームを終了する。


 の三択は見るたびにうんざりとする。

 街に戻るのか、入り口の十字架に戻るのかはまだはっきりしない。"蘇生"を行うチャカ姉は、ジャンヌと共に、範囲攻撃に巻き込まれて、仲良くおだぶつした。

 残りの二人に他人を復活させる手段は無いけれども、ここで全滅したなら、もう一度挑戦するのか、それとも解散するのかがはっきりしない時間帯だからだ。

 

 『ジャンヌ』がログを見終わった頃、程なくしてタイタンも集中を切らして、ミスを連発した後に、人魂に変化した。

 薄皮を削り取るように、序々に"サイプレスの死蝕"のHPを削る、灰色画面の中で踊るナイトウの姿を『ジャンヌ』はぼんやりと見る。

 もしここで全滅したなら、自分の責任だと『ジャンヌ』は思う。

 それでもナイトウなら、きっとなんとかしてくれるんだろう、とも思うが。


『お、ドwロwッwプw出たwwww』

『あ、マジだ』

『とりあえずドロップ回収して、先に戻ってるから』

 灰色の中、キラキラと光る指輪と、何個かの消耗品が、"サイプレスの死蝕"の遺骸からまろびでたのを確認して、チャットが一気に加速する。

 アクセサリなら、十分間に合っている。ここで出ると言う噂の、"サイプレス"シリーズの盾以外『ジャンヌ』は興味がなかった。

 

 カチリ、と"街に戻る"をクリックした後、読み込み中の文字と進捗を示す(プログレス)バーのみの、無骨なロード画面を眺めて溜息一つ。


「あーあ、また死んじゃった、かぁ」

 画面の中のジャンヌは、タイタンと同じ様な装備――いや、実はタイタンよりよっぽど良い装備をしていて、よっぽど強いはずなのに、あっさりと地面に転がる。

 理由は判っている。『ジャンヌ』がトロイからだ。人一倍トロイからだ、ということは自身でも理解している。


「でも、今回のはちょっとアルェーだよねぇ、ほんとーに」

 チャカ姉にも迷惑をかけた、と『ジャンヌ』は思う。あの人に迷惑をかけていることはよく判る。毎回毎回、細かいミスをしすぎだ。


 『ジャンヌ』がたまたまネトゲーでもやろうと思って、このゲームを始めてからはや数年、バイカの十字広場で、所在無くぼけっと突っ立っていたジャンヌをギルドに拾い上げたのは、チャカだった。

 ネットに慣れてない時から、ここまで成長できたのは、チャカ姉のおかげだ、と『ジャンヌ』は思う。

 IDやPASSを他の人に言わない、住所や氏名や、家族、その他の個人情報を迂闊に言わない。

 何より、他の人の迷惑になる事をしない。『モニターの向こうには人が居るんだよ』と、基本的なマナーも知らなかった小娘に、根気よく付き合って教えてくれたのは『チャカ姉様』だ。

 色々冒険して、色々相談して、色々悩んで、色々一緒に楽しんできた。

 『チャカ姉様』の顔も知らない、声も知らない。年齢も、氏素性も、『ジャンヌ』は全く知らない。

 でも、きっと、年上のステキな人だと思う。


『おーい、ジャンヌ、ジャンヌー、寝オチ?』

 十字広場で復活して、物思いに耽っていると、チャカ姉がジャンヌに向けて、ギルドチャットを発信していた。


「……急いで返信しないと」

 昔の『ジャンヌ』に比べると、ずいぶんと早くなったブラインドタッチで、返答を打ち込む。


『のきてますー』

『はい、起きてます、と』

 ピン、という電子音と共に、画面中央から少しずれたやや右斜め下に、目立つトレードアイコンがポンと浮かび上がる。

 反射的にアイコンをクリックした『ジャンヌ』は、素早い操作で載せられたアクセサリに目を剥いた。


『今回のジャンヌの取り分、<反魂の指輪>』

『ふひ?』

『うん、流石に十五回死亡はしんどかったでしょ』

 トレードウインドに載せられた<反魂の指輪>の説明文を見る。


 ――イトスギから削りだされた、死を一度だけ隠す指輪。装備者を一度だけ蘇生させる。希少度:希少(レア)


『チャカ姉様が装備した方がよっぽどいい気がするおぅ』

『んー、でも、私はもうこれ貰っちゃったから、ね』

 そういいながら、職限定消耗品(リミテッド・アイテム)――"盾"以外よく判らないジャンヌには、価値がさっぱり判らないものを見せながら、強引にトレード決定ボタンをチャカ姉は押す。

 ポン、とトレード窓が閉まり、半ば強引にジャンヌのインベントリに指輪は収まった。


『いらないならいつも通りに、市場に流せばいいんじゃないのぉ?』

 希少で不要なアイテムは、プレイヤー間の市場に流して、カネに変えて分配する。極々一般的な、よくある分配の仕方である。

 だが、それにもチャカ姉は首を振った。


『うんにゃ、今日はタイタンがお冠だからね、ホント死にすぎだって』

 ああ、やっぱりタイタンさんが怒ってたか、と『ジャンヌ』は思う。

 同じ職なのに死にすぎだと、彼は最近よく、ジャンヌに怒る。


『うん、でもー』

『はい、じゃ、解散! お疲れ様でした!』

『お疲れwwwサマーwww』

『うす、乙』

 強引にチャカ姉が〆の言葉を打ち込んだ。ナイトウさんはまた何処かの迷宮に狩りに出かけるのだろう。タイタンさんは明日の講義があるから、もう寝るのだろう。


『チャカ姉様、今からどうするの?』

『――ごめんね、ちょっと仕事の続きしてくるから、オチるよ』

 『ジャンヌ』の打ち込んだチャットから、一拍の間をおいて、返信。


『最近"鯖"の調子が悪いから、ログアウトしておいた方がいいかも、寝放置はやめた方がいいよ、今日、深夜メンテがあるから』

 チャットを残して、光に包まれて消失するチャカを見ながら、『ジャンヌ』は既に眠気でぼんやりとする頭を振りながら、普段より幾分反応の遅い蔵の動作を気にしつつ、ジャンヌを十字架方面へ向かわせる。


 ここ数日間、ろくに睡眠も取っていない。肌の具合も良くない。親に代わって「きっちり寝なさないよ」と注意をしてくれる人ももう既にログアウトしてしまった。

 『ジャンヌ』の中に、どうにも釈然としない気分は残っていた。

(メンテだからなんなのさ、それが寝る時間だ、って言い張るナイトウさんとか。……あれ位頑張らないと、きっと、私は追いつけない)

 ジャンヌはいつもの練習台となっている"鉄鱗の魔竜"――無論、何度挑んでも、四分の一も削れずに敗退するのだが――に挑みに行くことにした。


 十字が普段よりも、煙って見えた。

 ――『ジャンヌ』は、モニターの具合が悪いのだろうと、気にかけなかった。眠気で曇りきった眼には、運営の緊急メンテナンスログも、ナイトウのログアウトログも、何も見えなかった。


 十字に触れて、受け取ってしまった、<反魂の指輪>を倉庫へと預けてから飛ぶ(・・)。 そんな簡単な操作すら、『ジャンヌ』の睡魔に襲われた意識では、おぼつかない。

 おぼつかないから、二度三度繰り返す。

 ムキになって繰り返すうちに、くらっ、と『ジャンヌ』は睡魔に負けた。意識が暗闇へと落ちる。





 気がつくと、部屋が明るかった。


 チュンチュンと雀の鳴き声に起こされた『ジャンヌ』が、時計を確認すると朝の七時半。

(ああ、ユウウツな一週間がまた、始まるなぁ。ガッコ、行きたくないなぁ)

 寝落ちした顔には、キーボードの後がくっきりと残る。髪も爆発したまま、物凄い事になっている。

 着替えて、顔を洗って、髪を梳かして、どうにかこうにか見れる程度に身嗜みを整えたら、朝の八時。

 このまま学校に行くと、遅刻は確定だ。あーあ、と思いながら、『ジャンヌ』は憂鬱な気分で家を出た。


 ――メンテが無かったら、サボってるのに。


 切り忘れたパソコンの、モニタに写る、ゲーム(DeepFanasy)のウインドウの中。

 切断ログの裏に見える、インベントリの中に<反魂の指輪>が二つ(・・)あることに『ジャンヌ』が気がつくのは、これから数時間後の事であった――

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