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野郎達の英雄譚  作者: 銀玉鈴音
第四章 忌わしき技
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第二話 複製 (2)

 二の月、二十八の日、快晴。

 雲ひとつ無い真っ青な空とは裏腹に、室内には暗雲が広がっていた。


 数日の強行軍で疲れ果てた捕虜たちと、馬車を引く馬と、カノと、ナイトウと、ヒゲダルマと、チャカはバイカの街門に到着した後、トワ姫の元に向かうことになるはずであった。

 何しろ、事が事である。カノは直ぐにでもトワの下へ報告して、さっさと重荷を下ろしたかったし、それが自然なことであったからだ。だが、門を守る衛士に留められる事半刻、その後に、カノの館に向かうように指示される事となった。

 首を捻りながらカノ達が帰還した時、館にて待っていたのは、トワ姫とヤーマと、ハッカであった。


「タイタン様が、お亡くなりになりました」

 唇が、歪んだ。涙の跡が残る頬と目。ヤーマは端的に、事実を口にした。その言葉を聞いたチャカ達は、あいた口が塞がらなかった。

 言い切った後、わぁっと泣き崩れるヤーマと、無念そうな表情を浮かべるトワとハッカ、使用人達が一様に残念な表情を浮かべる中、チャカ達は状況についていけずに、思わず間の抜けた声を上げた。


「はぁ?」

 通された部屋に置かれたベッドの上、虫避けに炊きこめられた香の中、死臭のぷぅんと匂う――これでも洗い清められたのだろう、死斑の浮いた体。


 確かに、完全に、タイタンは死体となっていたのである。

 思わずチャカはウッと声を上げた。ナイトウもヒゲも、恐る恐るタイタンの周りに近寄って、観察する。腹部の損壊は激しく、包帯ですら隠しきれない陥没が存在する。


「い、一体誰にやられたんだ……これ」

 ナイトウが、怪訝な声を上げた。特定分野以外察しの悪いナイトウでも、うすうす気がついてはいた。プレイヤー(タイタン)を単純に殺害する事は、同じプレイヤーか、若しくは、MOBと呼ばれた存在にしかほぼ無理だろう、と。


 確かに刃物や、弓矢や、ナイトウの後ろに居るカノが使うような魔法で挑まれれば傷つくこともあるだろう。または、軍隊かそれに類する集団によって挑まれたり、餓えや渇きや疲れた所を襲撃されれば、十分に戦えないまま嬲られる事は可能性としてありえる。まったく無い、とは言わない。万が一はありえるかもしれない。

 津波や雪崩や雷などの自然現象も自分達を破壊(・・)する可能性はあると、ナイトウは思う。


 自分達の肉体そのものが鋼のように固いとは、ナイトウは思わない、だが。


(折れず、曲がらず、よく切れる、って、日本刀の例えだけど、よぉ)

 正に、その例えではないか、とナイトウは思う。

 人より強靭な骨格を持ち、人より優れた筋肉を持ち、人より優れた反射神経を持ち、最小限の損傷で抑える。それが可能なのである。


 総じて考えると、自分達は超人だ、今まで何で気がつかなかったのか、ナイトウは自分の頭の出来の悪さに舌打ちをした。


 よく考えても見ろ。馬に撥ねられてコブ一つで自分は済んだのだ。

 例えば、正面衝突の自動車事故(ナイトウはほとんど原付しか運転したことは無かったが)に巻き込まれて、衝突直前で強引に軌道を変更して、受身を取ったとしても、コブ一つで済むなど、生身の人間ではほぼ(・・)ありえないだろう。

 打った場所が頭なら尚更だ。どれだけ軽くても、派手な出血の一つでもするはずだろう、と思う。

 サイハテにたどり着いた時に、弓で射られた時だってそうだ。あの時は負傷者も出たが、それもほぼ『軽症』の枠内に収まっていた。チャカはみっともなくすっ転んだが、無意識のうちに飛来物を認識して、回避していたのではないか?


 未だに上手く動かない右腕をぶらぶらと揺らせながら、一歩ナイトウは歩み寄る。


 ナイトウは竜、いや、大蜥蜴と戦った。それですら、右腕を噛み千切られただけである。喰いちぎられた腕だって、最終的にはくっ付いた。


 大地を割り、村一つを難なく壊滅させるような、そんな強大な敵ですら、最終的にはその程度の、多少不自由する、という負傷で済んだのだ。実に大雑把で、出鱈目で、非人間的である。

 それと比較して、胴体を半分吹き飛ばされたようなタイタンの体を見る。真正面から左腹を斬り飛ばされたような負傷。体幹部は確かに、人間の体の構造上、最も動かしづらい箇所ではあるが、こんなにまともに吹き飛ばされる事など、有るのだろうか。


(いや、ありえる)

 ナイトウの思考は収斂した。

(つまり、これは、恐らく、人間技じゃない。オレ達よりの何か、だ)


「ナイトウ、どうしよう」

 チャカの不安げな顔が、いつの間にか横にあった。


 ナイトウは自身の右腕の為に、チャカにこれ以上"治療"をさせたくはなかった。受ければ傷は確かに完全に治る。治るが、ナイトウはそれを拒んでいた。


 自分の我侭の為に、他人を傷付けたくはなかったからだ。ぶらぶらと上手く動かぬ手を押さえながら、ナイトウは考える。

 自分なら我慢すればいい。しかし、大切な友人をこんなままにしておいて良いのだろうか。

 否、良くは無い。良くは無いが、ナイトウは他人にそれをやれとは、とても言えない。

 どれだけ大雑把で、出鱈目で、非人間的でも、苦痛は同じように感じるのだし――


 痛いほどの沈黙が、焚かれた香の、薄い白煙と共に体に染みこんでいった。


「ふ、復活、させれるか?」

 沈黙を破って、ナイトウは言った。友達の為に、腕がもげるほどの苦痛を味わえと、友達に言うのは、やはり、苦痛であった。


「……一時間、ちょうだい。少し、一人にさせて欲しいんだ」





 ナイトウとヒゲダルマが、街を歩く。


「お、オレ、言うべきじゃなかったのかなぁ」

「しょうがないッスよ、ナイトウさんが言わなきゃウチが言ってたッス」

 ヒゲダルマもナイトウもしかめっ面であった。

 一時間頂戴と言われて、手持ちぶさたなのだ。


「しゅ、"修道者"が居ればなぁ、ちまちまとした怪我とか、もっと気楽に頼めるんだけどな」

「あー、いわゆる、"僧侶"ッスか」

「……あ、し、失言だわ。忘れてくれ。特にチャカの前では言わんでくれ」

「え? 何でッスか?」

 ナイトウが口を滑らせた、『修道者のほうが使い勝手が良い』という台詞は、"死霊使い"の前では口に出してはならない、ゲー(Deep)ム内(Fantasy)のタブーの一つである。

 回復に、接近戦に、実際に大活躍した"修道者"と、何でも出来るというふれ込みで、いまいち感漂う"死霊使い"の二つの職間の争いは、根強く残っていた。


「いわゆる、支援職ッスよね、どっちも」

「あ、ああ。まぁ、比べると、修道者は確かに使い勝手が良い……良かったんだよなぁ」

 ぶらぶらと目的も無く、街を歩く。厳つい大男と、ひょろりとした妙な男の二人組みは、ざわめくバイカの街並みに違和感無く溶け込む。


「ま、まぁ、でも、実はどっちでもいい、"魔法使い"からしてみりゃな」

 ナイトウからしてみれば、どちらもどちらの性能だ、と思う。結局、冷静に見た場合の性能は似たようなものなのだ。

 だから、どちらでも良いし、そのぐらいなら気の合った面子とやった方が楽しい、とナイトウは思う。


「だからまぁ。その辺りは、言わないでおいてくれ」

「うッス」

「お、オレ個人の意見でいいなら、安定は修道、伸びシロは死霊だけどな」

 蛇足だ、とナイトウは思う。吐いたツバは飲み込めないと判っていても、どうしてもフォローしておかなければならないと感じたのだ。横に居るヒゲダルマの為ではなく、もう数年の付き合いになる友人の為にだ。

 一時間を潰すと考えると、意外と困難だ。

 有効活用しようと思うと短い癖に、無為に過ごそうと思うと長い。



「あ、居た居た、ナイトウ様、探しましたよ」

 しっとりとした声がナイトウにかけられた。以前は良く聞いた、今はよく聞かない口調。そういえば、コイツも巻き込まれていたな、とナイトウは思い出す。何でここに居るか、は判らないが。


 黒髪黒目、凡庸な容姿……言い方を変えれば、オリエンタルな容姿の、それでも衣装だけは派手な娘が、ナイトウに声をかけた。

 派手な衣装に紛れるように、地味な指輪が二つ(・・)、彼女の指に嵌まっていた。


 <反魂の指輪>だ。


 そういえば、この指輪をコイツが手に入れた時から、コイツとチャカとの仲がおかしくなったよなぁ、とナイトウは記憶の片隅に引っかかっていた事を思い出す。もう、数年前の事だったか。


「じゃ、ジャンヌたん、か?」

「たん、は気持ちが悪いから止めて下さいお願いします」

 古い友人を相手に、それこそ、一体、今更、何のようだ、とナイトウは思った。





 それは、電脳世界に咲く一輪の花。

 または、醜さを仮面で覆い隠した、美しい道化。


 高潔であれ。柔和であれ。そして、強くあれ。

 己の(サガ)から生じる苦悩を捨て去るのだ。


 遊戯(ゲーム)における、気高きヒロイン(ヒーロー)である事を望む者。

 遊戯盤の上で、己が肉体に引き摺られる事を望まない者。



「私は――」

 ――私は、ヒロイン(ヒーロー)になりたかったのだ。


 自分がクズで、ダメな人間な事なんて、端っから判っていた。

 創った仮面(アバター)がとても良い出来だった、チャカを演じのは、ただそれだけのきっかけであった。

 演じ続けるうちに、もう一人の人格が出来上がった。

 ずいぶん真っ当で、真面目で、カッコイイし、カワイイ。

 これも、演者であるうちは良かった。

 高潔さも、優しさも、誠実さも、勇気も、自己犠牲も、無償の愛も、何もかもを仮面が肩代わりしてくれたからだ。


 ――だけど、まだ、演目は続いている。仮面が外れたのに、続いている。





 一時間。指定した時間はとうの昔に過ぎ去っていた。

 チャカは、うっすらと死に化粧が施されたタイタンを、ぼんやりと見ていた。

 何で勝手にはらわたをぶち撒けて死んだのだ、と愚痴の一つも溢したい。タイタンに愚痴をこぼすなら復活させなければならないが。

 もっとも、死んでも蘇る事が出来るなら、あちらよりよほどマシなのかもしれない、ともチャカは思う。

「ナイトウの言いたい事も、判るけど」

 ナイトウの事情も、ネット越しにでも数年来友人付き合いをしていれば、うっすらとチャカには透けて見える。時々ポロリと、迂闊に滑る口からこぼれる個人情報をつき合わせていけば、大体どんな生活を送って、どんな地域に住んで、どんな過去を抱えているか……も、何となくわかる。


(ナイトウの仮面は、ずっと前から外れっぱなしだった)

 だからこそ、大体どんな奴か、わかる。

 期待されている役割も、わかる。

 ナイトウが血を吐く思いで言った事も、わかる。

 それでも、仮面が外れたチャカでは、勇気が足りない。


(考えると、怖い)

 鉄鱗の時は必死だった。

 友人が死に瀕していたから、必死だった。

 リアルタイムで、自分にしか出来ない事が、既に用意されていたから出来た。

 考える時間なんて、無かったから、チャカには出来たのだ。

 その熱が数日かけて引いた今、改めて問われると、怖い。


「それでも、かな」

 シャラリと、<ねじくれた血の使者>を引き抜く。刀身は、磨きぬかれた鏡のようにチャカを映す。ねじれた刀身に反射した顔は、歪んでいた。刺せば血を吹き、斬れば傷口がズタズタに崩れる最悪のナイフだ。力をいれずとも、豆腐のように人を崩す、そんな武器だ。

 チャカは包帯を取った腕、傷口がまだ赤々と見える箇所にひた、とそれを押し当て、深呼吸をする。


(どうしてこんなに、弱いんだろ。どうせなるなら、心まで変えてくれれば良かったのに)

 ためらい傷が一つ増えた。ひりひり痛む癖に、碌に血は流れない。

 もう一度、ひたり、と当てる。


「お、おい、チャカ、そろそろ、いいか」

 そのとき、外に出て行った面子が、余計なお荷物を連れて再び部屋に戻ってきた。


「お久しぶり、引き篭もり姫、ってうわぁ、タイタン様死んでるじゃない」

 ジャンヌの声を聞くだけで、チャカの精神がざわつく、苛立つ。

 黒い、丸い瞳がタイタンと、チャカの双方を交互に見て、にまり、と笑った。


「丁度良かったわ、これ、今度こそ、あげる」

 ジャンヌが指に二つ(・・)嵌めた指輪の片方を、引き抜き、チャカに向けて放り投げた。

 ぽん、と手元に転がり込んでくる指輪を見て、チャカの脳が瞬間的に茹る。わなわなと唇が震える。ぎり、と怒りで真っ赤になった顔でジャンヌを睨みつける。


「ふ、ふざけんな! こんなの(・・・・)要らない!」

 <反魂の指輪>を地面に叩き付けた後、チャカは自らの腕にナイフを突き立てた。


 怒りで痛みは、吹き飛んでいた。


 叩きつけられた指輪を見て、ジャンヌは少し傷ついたように、笑う。

 びゅうびゅうとチャカの左腕からふきだす血と、どす黒い瘴気はタイタンの体に絡みつく。


「ああ、チャカッ子はそうだね、そうだよね。いつもそうだ。うん」

 チャカの指示に従って、体を押さえつけるナイトウとヒゲダルマ。痛みで暴れまわるタイタンを押さえつけ、したたり続ける血を口の中に流し込む様を見ながら、ジャンヌは過去を思い出す。



 ――二人にとって、苦い思い出だった。今でも、そうだ。

12/06/13 日付改訂。

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