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野郎達の英雄譚  作者: 銀玉鈴音
第四章 忌わしき技
53/105

第一話 複製 (1)



 創世暦、1226年。三の月、十一の日。

 彼らが再開を誓った日から、ちょうど一ヶ月。


 人の放った矢の鏃、千年樹海に食い込む石の街、サイハテ近くに流れる、大河と言って良い河が、荒れていた。

 三の月に入ると、徐々に雨が降る日が減り、渇いた日々が続くようになるのが通例だ。

 しかし、今年は異常だ。

 どれだけ雨が降らなくても、河に流れる水の量がここまで減ることは無い。

 十日ほど前から急に河に流れる水が減ったが、雨が降ったら急激にまた河の水が増え、荒れる。普段ならばこんなに急に荒れることは無いのだが。


 霧雨降る、サイハテ近くの大河で釣り人が身の危険を冒して釣る魚も、見たことの無いような種が増えた。

 外道が多い、と老いた釣り人が魚篭(びく)でビチビチと跳ねる怪魚を見ながら嘆いた。

 喰えるのかね、これ、と。



 煌びやかな修道者が立っていた。脇を固めるように、両手持ちの巨大な斧を背負う銀の鎧と、豊かな髭を蓄えた老魔導師。背後を護るように赤い大盾を持った戦士が立つ。

 雨足を避けるように、多くの住人達は家にこもる中、シトシトと降り注ぐ霧雨を気にせず、轟然と立つ四人。


 霧雨降る、サイハテの十字広場。

 薄い光の柱がさぁ、と落ちる。人が気付かぬ波の光が、落ち、消えた。その中からばさり、と白いマントを風になびかせながら、腰に長剣を刺した男が、鋭い視線を飛ばしながら歩いてきた。

「遅かったな」

「そんなに遅れちゃいないだろう、お前らが早すぎただけさ」

 豪奢な修道者、ベルウッドと、白いマントを靡かせる男、ネクロンが軽く一声かけあう。

「他の奴らはまだかよ」

「未だ、来ず、といった所だ」

 ネクロン不満げに溢す。ベルウッドも同様に返す。


 暫く後に、ちらほらと光の柱が降りてくる。集まる人員の数が、少な過ぎる。皆、顔が固い。表情が厳しい。


 その中に、チャカ達の姿は無い。


「しかし――――よく四人で飛んで来れたな、アンタんとこ」

「これ位出来なければ、勤まらんよ」

 蒼い燐光を放ち、壊れたHDD(ハードディスク)のような振動を立て続ける十字を見ながら二人は会話を続ける。

 ぶぶぶぶ・でぃでぃでぃでぃ・かつ・かつ・かつ・ううん――

 暫く後に、落ち着きを取り戻した十字を見て、ベルウッド達は溜息をついた。


「やはり、十日前のアレか」

「アレっしょ。ウチらは……クロス・クラッシュと呼んでるけどな」

 クロス・クラッシュ――十日前から続いている怪現象の事を指しているのだろう、とベルウッドはネクロンの造語を推測する。都市の十字の突如の異音と怪光は数日続いた。それらが一見収まった今も、異常動作は続いている。

「原因は何か判るか?」

「さあな、飛ぶだけなら10回に1回位かねぇ、ウチらが検証した結果、そんなもんだったよ」

 これを異常事態と言わずして、何を異常事態と言うのだろうか。

「そっちも検証してるっしょ? 他に何かあったら、こっちにも情報を流してもらいたいモンだよ」

 はぁ、とネクロンは溜息を付きながら、鬱陶しく降る霧雨に濡れる顔を拭う。

「正直、良く判らん。行き先が魔物の巣でない事と、帝国方面には飛ばない、ということ位か」

 あまりに不安定なので、共鳴痛(レゾナンスペイン)では使用を禁じた位だ。

「一体、どうしちまったんだろうなぁ、『十字』は……」

 今まで、英雄達の財布と倉庫と足を務めてきた『十字』は、今やアテにならなくなっていた。

 何度か挑戦すれば動作するとは言え、過去の悪夢(・・)を思い出させる。


「一時期の不安定な(サーバー)を、思い出すな」

「ウヘェ……マジ勘弁してほしいな」

 徐々に止み始めた雨の中、不安げに十字を見るネクロンと、ベルウッド。

「昔は時間(メンテ)で解決したが、今はどうなるか……」

「やめろよ、俺、全財産、十字貯金してるんだぞ!?」

「……自分も似たようなものだ」

 はぁ、と溜息を付く両者は、悲哀に満ちていた。


「そういえば、知っているか、あの時の(サーバー)不調の原因は」

「いや……俺は、知らない」

「あの時ほど、自分がキレた事も無い」

 ベルウッドは吐き捨てた。表情は、心底からの嫌悪。憎悪と言っても良い。


DUPE(Duplicate)、だ」

 まさか、とネクロンは十字を見上げた。厳しい顔でベルウッドも十字を見る。

「……いや、まさか、そりゃないわ」

「だと、良いがな。自分はあの時、ギルドから二人追放した」

 DUPE(複製)など、相当前に潰されたはずの古典的な(チート)である。ましてや、以前の手段など、使いようが無いはずである。

 そう、使える筈がないのだ、とベルウッドは思いなおす。


 十字は明滅を繰り返しながら、その場に居る全てのものを不安にさせるような動作を繰り返す。

 小雨だった雨は、いつの間にかばらばらと、大粒の涙をこぼしたように強く降る――





 ――――少々、時計の針は戻る。





 とても、寒かった。


 茫洋とした、ふわふわとした、灰色の、色合いが消失したかのような空間にタイタンが二人立っていた。どちらも"タイタン"であり、タイタンであった。


『よお、俺。初めまして。こうして顔をあわせるのは初めてだな』

 自分であり、自分でない、片方が馴れ馴れしく語りかけてきた。タイタンにはこれが、自分の声かどうかは判らない。

 だが、恐らく、自分の声を録音して、直接聞いたらこんな感じだろうか、と言う声であった。


『後ろから見つめる役のお前とは一度話してみたかった、と思っていた』

 そう、常に後ろから見つめていた。タイタンは後ろから、"タイタン"をずっと眺めていた。


『大体こちらの時間で20年か30年か、いつから俺を見つめなくなったのかは判らないが、ずっと俺が俺であった時から、お前の事は知っていた。だけどまぁ、直接ツラをあわせるのは初めてだから、初めまして、だ』

 気障ったらしく、恭しく。大仰に一礼をしてから"タイタン"は語る。

(まぁ、そういう意味では初めまして、だな)


『俺が今度は後ろ側から眺める役になるとは思わなかった――いや、俺はお前と段々と同化しているが……』

 タイタンが足元を見ると、自分と自分が、左足の辺りで繋がっていた。


『それもまぁ、どうでもいい事だ』

 茫洋とした、灰色のしじまの空間で"タイタン"は断じた。


『俺は俺になった時点で、既に俺でなくなっていたからな。今更無理に俺の座にしがみつく気も、いや、無いとは言わないが』

 馴れ馴れしく肩を組んで、"タイタン"は哂った。

『"英雄"になった時点で、俺と言う個は英雄というシステムに組み込まれたのさ。さ、いくぞ』

 時間の感覚は狂っていた。一瞬とも、永遠とも思える時を二人で歩く。途中、全く不意打ちに"タイタン"は灰色の静寂の中で、立ち止まった。


『なぁ、俺。俺は、お前らしかったか?』

(判らないな)

『俺はお前に繰られ続けて、俺らしさがさっぱりと判らなくなっちまったよ』

(そうか、それは、悪かったな)

 自分らしさなんて、タイタンにも判らない。


 ……また、歩き出す。二人で。


『俺は大量に人を殺した。お前の意思で殺したが、それはお前らしさじゃあなかったのか?』

(それは、どうだろうな……僕、いや、俺は俺の暴力性を否定しない、が、それが俺の本性かと言われると、困るな)

 恨み言を"タイタン"は語る。

『かぁーッ、無責任だねぇ、ホント』

(無責任だな、俺は)

『まぁ、いいよ、無責任で。大体、お前の責任じゃないしな』

 延々と続く灰色の空間に、変化が訪れた。チラチラと光が差す。

『後ろに立つ、お前の言うがままに殺した俺が悪いのさ』

 にへら、と"タイタン"が哂う。

『お前は抗った、俺は抗わなかった。そこの差だ』

(いいや、お前が俺なら、俺はお前で、どちらも責任があるだろうよ)

 ふん、とタイタンが不機嫌に笑った。


 二人は光が差す方向へと歩き続ける。


 いつの間にか自分の部屋が――仕事納めの時からまんまになっている、男の一人暮らしの部屋が見える。モノクロームの世界で、そこだけが色づいていた。

 小窓(モニタ)から覗いた自分の部屋は、全く知らない誰かの部屋に見える、とタイタンは思った。


『おー、こっちの俺はチミっこいでやんの』

(うるせえよ、標準だ)

 突っ伏したように眠る、自分――小宮山岳志の姿が見える。実に平凡な、横に立つ男とはまるで異なるその姿を見る。

 もう一歩、小窓(モニタ)に近寄ろうとすると、鎖で繋がれたような衝撃が全身に走った。いや、文字通りタイタンは鎖で繋がれていた。


 鎖の繋がった先は、『十字』と『世界』、強靭すぎる鎖は、二人を縛る。恐らく、この鎖を断ち切れば戻れるかもしれない、とも思う。


『ここまで、だ』

(ここまで、か)

 限界まで伸びきった鎖、それ以上進めない箇所まで進む。


『はは、まるで犬だな、飼い犬だ』

 自嘲するように、"タイタン"が哂う。タイタンは、哂わない。

『戻りたいと思うか?』

(ああ、戻れるならな、でも、まだ戻れないな)

『まだ、と来たか。まぁ、俺じゃ戻れないだろうけどな、ヘヘヘ』

 鎖に、"タイタン"の渇いた血がこびり付いていた。抗った後だろう、とタイタンは思う。


(まぁ、戻ろうぜ、俺)

『……じゃあ、戻るか、俺』

 再び二人三脚で、もと居た場所まで歩いて戻る。ザァ、と灰色の空間にノイズが走る。


『楽しかったぜ、俺?』

(そうだな……俺も楽しかった)


『まぁ、俺はお前で』

『お前は俺で』

『戻るなら、急げよ――?』

 そんな声を、タイタンは聞いたような、気がした。



 ――腹の中をかき回されるような感覚と共に、タイタンは目を覚ました。



「っでぇええええーー!?」

 海老反りに反り返る体。灼熱の痛み。(はらわた)がちぎれるような、苦しみ。弾ける色鮮やかな世界。

 天井は木材の色、深い茶色の梁が通る。カーテンは生成りの色、よく手入れの届いた、素朴な色だ。壁は石材、モルタルで埋められた堅固なつくり。近くに窓があるのか、真っ赤な夕日が差し込む。色の付いた、生きている世界だ。

 生きている苦しみだ。


「っぐお…………げぇっ」

 喉元からせり上がる鉄錆の味、血の塊をばしゃりと吐き出すと、タイタンは一息吐いた。

 ここ暫くお世話になっていた、カノの館の一室だ、と気がつく。


「押さえて、ナイトウ、ヒゲ」

 鈴を鳴らしたような声と共に、体が押さえつけられる。吐血した口元に、更に真っ赤な何かが垂らし込まれる。


「た、タイタン。暴れんな、落ち着けぇ」

 こんな時にもどもる、ナイトウの声

 痛みが、徐々に収まると、同時にひどく、疲れている事に気がつく。

「ちょっと、もうちょっと落ち着いて下さいッス」


 徐々に、徐々に。

 騒がしい世界が、戻ってきた。

「なるほど"判る"か」

 深い睡魔に襲われながら、タイタンは呟いた。


 完全に眠りに落ちる前に、黒髪が視界に入った。

 その顔を見て、タイタンにひどく懐かしく、苦い思い出が蘇る。

「なんで、ジャンヌ(ギルドブレイカー)がここに居るんだ……?」


 若い、苦い思い出だ。

 追い出す事も無かったんじゃないか、とタイタンもナイトウも思っていた。

 今でも、そうだ。

 多少の我侭なら、皆言っていたじゃないか、と。何故チャカが追い出すまで嫌ったのか、二人とも理解出来なかった。

 それでも、あまりに拒絶するものだから、最終的にはその決断を受け入れたのだが――





 創世暦、1226年。二の月、二十八の日。

 彼らが再開を誓った日から、十日と少し前の話を、これから語ろう。


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