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野郎達の英雄譚  作者: 銀玉鈴音
第三章 合金の竜
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閑話 邪神と芋虫


 この地がまだ、なにものでもない丸い一つのかたまりであったときのお話です。


 偉大なる父にして母、私たちの神様は、広い広い星の海を旅する、八柱の旅人でした。


 神様達は、とても長い旅をしていたので、とても、とても疲れていました。

 一番疲れていた神様が、ちょうどよい大きさの丸い大きなかたまりを見つけました。


「ここで一休みしよう」

 こうして、この地は神様がおやすみになる場所となりました。


 ただの丸いかたまりは、大きくて丸いだけなので、とても味気がありませんでした。

 二番目にこの地に着いた神様が、これでは寂しいと思いました。

「言葉が欲しい」

 そうして、言葉が生まれました。

 言葉は大地に満ち、天まで溢れ、風になって、海を作りました。


 この地はとても暗くて、眠るのにはちょうど良かったのですが、活動的な三番目の神様には物足りませんでした。

「光が欲しい」

 こうして、きらきらと黄色く光る太陽と、ひっそりと白く光る月が生まれました。


 寒がりの四番目の神様は、太陽と月だけでは暖かくないと思ったので、言いました。

「火が欲しい」

 ただの丸いかたまりに、暖かな火種が宿りました。


「まてまて、かってなことをするな。こういうことはきまりが大事なんだ」

 五番目の神様はこういいました。

 こうして、この世に理が生まれました。かって気ままに飛び回っていた大地や海や空や火は、少し落ち着きました。こうして、少しずつこの世が出来上がってきました。


 六番目の神様はこんな素晴らしいものを独り占めしては勿体無い、と思ったので、言葉を使えるモノを創りました。

 あなた方はこうして生まれました。

 とても残念な事ですが、愚かな六番目の神様に創られた、あなた方は同様にとても愚かだったので、神々の使う言葉は理解出来ませんでした。


 何もしていなかった一番目の神様は、愚かなあなた達のために言葉をつくりました。


「人はこの言葉を使うと良いでしょう」

 神々はその後に、寂しがるあなた方の為に、めいめい世界に生きものを作りました。

 こうして、世界に生き物が溢れました。


 七番目の神様は、少しだけこの地を見た後、また長い旅に出ました。他の世界を見て周ってくると言い残して、星の海へとまた旅立ちました。


 八番目の神様は、一番若く、一番賢く、一番力強い存在だったので、他の神様に妬まれていました。だから、ほんの少しこの地に来るのが遅かっただけで、他の神様達に怒られてしまいました。

 神々は、一番若い八番目の神様に、こういいました。


「かたまりの表は全部作ったから、お前はかたまりの裏を創れ」

 そうして、八番目の神様は、かたまりの中に埋められてしまいました。

 かたまりの中に埋められた八番目の神様は、地の裏にすむ全ての者達をおつくりになりました。


 私達はこうして生まれました。

 とても偉大な八番目の神様に創られた私達は、新たに言葉を与えられる必要がありませんでした。


 八番目の神様は、とてもお優しかったので、私達のすむ世界が狭いことを悲しみました。他の神様に地上に出ても良いかと聞きましたが、聞く耳を持ちません。仕舞いにはうるさい、と八番目の神様の声を断ち切る為に、世界中に十字の呪いを神々はばら撒きました。


 他の神々へ声すら届かなくなった八番目の神様は、七日七晩滝のような涙を流し、最後には疲れ果てて地の底でお眠りになりました。


 私達は、神様がお目覚めになる前に、少しでもこの世界を広げなければなりません。

 私達が狭い狭いと嘆き悲しむ事は、神様の心を苛ませるからです。


 さぁ、愚かなあなたも、世界を広げましょう。





                クオン神話庁保管、封印指定禁書『かたまりのうら』より




 希望の神殿は広い。ただ歩いて外へと出るだけでも数日掛かる。

 無駄に広大なつくりにした八木は、自らの創作を多少悔やむ。広すぎるのも問題だ、と。


 しかし、広大な地に住まう自らの眷属を、出陣の最中に見かけると、何となく心がほっとするのもまた、事実であった。


 彼らもまた、しっかりと生きている、と。自らの創作物が、ちょこまかと動き、世界を彩っているのを観ると、八木は尚更世界を見て回りたくなるのだ。

 それぞれの土地に思いいれがある。場所によっては細部は忘れてしまっているが、もう一度見直してみたら思い出せるだろう。

 八木にとっては、まだ、単なる観光のつもりであった。

 少し変わった初夢を見ているのではないか、と思う程度の気分であった。


 ずしんずしん、と八木が歩くだけでも希望の神殿が揺れる。一日歩いて大路のど真ん中で寝る。ちょこまかと蜘蛛達が簡易的な祭壇を整え、大路に六本腕達が列を為して参拝に来る。


 時々捧げ物と称して子蜘蛛を投げ込もうとするのを咎め、それを更に首に巻いた白蛇に窘められ、結局ヤ・ヴィの思し召しのままに、ということでちょこまかと体に纏わりつく子蜘蛛が増え、八木の背で眠る。


 がらんどうの甲冑がガタガタと大路を急ぎ走り、何事か忙しそうに回っている。六本腕の親子がんもうんもうと啼きながら夜になったら各々の住処へ帰り、大路は静まり返る。


 平和であった。センパイが居ないのは一抹の寂しさを感じるが、その寂しさも耳元で歌われる詩で紛らわされる。


 八木は、満たされていた。


 そんな平和な行進(パレード)が五日ほど続いた後、希望の神殿の入り口へと八木一行はたどり着いた。


 八木を逃さぬような縦穴は、蜘蛛達が織り成す糸の橋によって、外の世界へと繋げられていた。

 きらきらと月明かりに照らされる様は、まるで紫のビロード。所々ふわふわと粉吹く様は粉雪の様。


 邪神(かみ)を迎えるのに相応しい橋であった。


『これが世界、か』

 八木の独り言は興奮に満ちていた。静かに澄み渡る空に響く、ヤ・ヴィの声は森の木々を枯らし、変質させる。安らかな夜の眠りを貪っていた、小鳥達が慌てて空に逃げる。千年樹海の獰猛な獣達が急いて逃げる。


『これが世界、です』

 八木の首に巻きつく白蛇の体を、月明かりが銀に照らす。

 踏み出せばしゅうしゅうと大地を焼くその神気の足跡に、蜘蛛達が喜んで根を張る。六本腕が枯れ果てた森の木をばっさばさと除ける。



『これが僕の世界か』

 まずは、一番近いサイハテでも見に行くか、と八木は一歩踏み出した。背に乗る子蜘蛛達がキャッキャと跳ねて、六本腕の青年が踊りながら続く。甲冑達は蜘蛛の糸を繋げながら、時折糸を弾いて具合を見る。その他有象無象の化生の民達が八木に続く。


 千年樹海は緑の海だ。


 鬱蒼と繁る緑の海は、徐々にまだらに色を染め替えられて行くのであった。





「ぴーけー、おー……ぴーけー」

 二言三言、歌うように、灼熱の地に声が染み込む。

 ゆったりとした修道者の服装に身を包む、肉感的な女性は、飛び回る蛾を追いかける。その様は童女。耐え切れなかったのだ。精神が。


「ああクソ馬鹿。そんなに犬みたいに走り回るな、転ぶだろ」

 それを見守る黒の猟犬、ゼロ。眼帯は未だ取れず。放たれる言葉こそ汚いものの、声音はひどく優しい。


 砂塵舞い散る街、帝国フェネクの首都、フェレト。日干し煉瓦で形作られた砂の街の一画で、生き様を縛らぬ集団が、その様に反して目的を持って話し合う。

 恐らくこの場は、公園か。他の都市のまねごとをして作られたような一画で、七匹の悪魔が集結していた。


「んでよぉ、エムオー。お前はどうよ、進捗具合はよ」

 ゼロが、蛾を追いかけて走る女を目で追いながら、据え付けられた同じベンチに座っている少年に訊く。


「んん? 僕の方は当然、やる事はやったよ。それこそゼロの方のアレはなんだよ、もうちょっとスマートにぶつければ、街一つは削れたんじゃないかなぁ」

 あっちぃ、とギラギラと照りつける太陽を仰ぎ見て、そういえばここに通行人が通る訳が無いやと、この場を指定したゼロの真意をエムオーは理解する。

 理解はしたが、ゼロは馬鹿だろうと、熱傷を負わせるような太陽の下、エムオーは思った。


「うっせーよ。で、ニクマンどうなってるよ?」

 もう少し快適な場所を選べ、とエムオーはゼロに視線で抗議するが、ゼロは気にせずに続ける。


「ンンン……ティカンの焼き豚は、うまかっタぞ?」

「ちげーよバカ、そっちじゃねぇよ」

「"十字"ならサクサクと割ったゾ。ポテチ食いたいナぁ」

 もしゃもしゃと手持ちの袋から、ニクマンは食事を取り続けている。入っているのは、干したデーツ。この地方での伝統的な食品だ。エムオーもゼロも、甘味が強すぎて余り好きではない。

 それでも、モグモグと食う。汗をダラダラと流しながら、ニクマンは食い続ける。


「んで、アレだ。アレ。シゴの奴ぁどうした?」

「シゴの奴、勝手にまたどっか行っちゃったよー、『拙者暑いのは堪らんで御座る! 水浴びしてくるで御座る! 会合には興味ないで御座る!』とかなんとか言って」

「おい、何で手前止めないんだ!?」


「それこそ、僕が止める訳にはいかんでしょ、無制限(アンリミテッド)なんだから」

 集めるのも本来はご法度さ、と嘯くエムオーに、ッカァー、と声を上げ、ゼロは天を仰ぐ。両手で頭を掻き毟る。「拙者も聞いてるで御座る、聞こえてるで御座る!」と遠くから頓狂な調子の声が聞こえる。恐らくシゴは女性用の水着(ビキニ)を着て、水源で泳いでいるのだろう。


「チュイオはどうなってるよ!?」

「ああ、チュイは目下、新入りの特訓中」

 新入りが使えるかどうかは、チュイオに任せて問題ない。多少鼻につく物言いの野郎だが、アイツほど面倒見のいい、ウチらしくない(・・・・・)奴が付いているなら問題なかろう、とゼロは思う。


「で、最後にこれはなんだよ? ムショ!?」

 そして、だ。最後に餓鬼を連れて現れた男を見て、呆れたようにゼロは言う。

「弟子だ。拾った」

 隻眼の武者は、何が問題だとでも言わんばかりであった。


「お前、何考えてるんだ」

 幾ら自由とは言え、これはどうなんだ、とゼロはエムオーの方を見た。

「ムショっぽくないけどなー。ま、その程度なら好きにすれば良いんじゃない?」

 肩を竦め、やれやれといった風体だ。つまり、黙認。


「もっと食え。太レ」「ぴけぇ」

 巨塊は手持ちの袋を差し出し、痴呆の表情を浮かべた女は少年に纏わり付く。

 アコニタは戸惑う。一体なんなのだ、この集団は。

 フェネクの土地の民は昼に午睡を取る。この、あまりに暑い太陽の下では、人はまともに活動する気にはならない。アコニタも、全身を覆う遮光の為のローブの中が、茹っている。それを気にせずに彼らは動く。


「鉄鱗、花の道標、水華の祀り火、全部割った。お前らもう少し、働け」

 ムショは淡々と己の果たした結果を報告する。瞬時、笑いが生まれる。ゲラゲラと品の無い笑いだが、笑われたムショも、笑っていた。よくあるやり取りなのだろう。

「ムショが働けって言ったらダメっしょ」

「いや、すまん。確かに、失言であった。お前らもう少し、動け」


「ア、うん、その、あの」

 その場の誰からも省みられない、善良な一小市民的な風貌の青年が、口を開いた。アンパイである。

「何か、問題があったかい?」

「や、何にも無い。全部順調だよ。大体、帝国の"掌握"は済んだ」

 青年が吐いた台詞は、風貌に見合わぬ剣呑な内容であった。

「本当かよ、時々ヌケてるのが困るんだよなぁ。アンパイちゃんは」

 侮るつもりは無いが、ゼロはどうにもアンパイへの扱いが軽くなって困る。これもいつもの話である。

 エムオーは会心の笑みを浮かべながら、立ち上がる。


「――なあに、上手くいくさ、上手くいかなきゃゴリ押しさ、明日が楽しみだねぇ」





『ここは、センパイが創ったんだっけなぁ』

 樹海の湖、開発名称は『沈んだ都』だっけか、と八木はしみじみと思い出す。

『……センファイ?』

 首に巻きつく乙女が、透明度の高い湖を見ながら問うた。

『見えるかな、あの――沈んだ街が』


 八木が四本の足と十二本の腕で、指し示す。

 白蛇が目を細めて、水面の奥深くを眺めると、光届かぬ湖の奥深くには石造りの街が確かに、沈んでいた。

『確かに街が在ります』

 我らが神は、何事も知っているのだなぁ、と白蛇は思う。二百年の歳月も、神にとっては何ら障害になっていない、と白蛇が唄に付け加える文言を思いついた時であった。

 がらんどうの甲冑ががらんがらんと足音高く、八木達の下へ駆け寄ってきた。


『巫女様、蜘蛛達に異変が……枯れてしまっています』

 八木の傍にいる者たちは、往々にして気がつかないが、一万と八千の集団は長蛇の列となっていた。

 八木の体から溢れる神気を、浴びれぬ距離にまで離れて――調子に乗って、伝話網を広げようとした、蜘蛛達に異変が起こっていた。

 勝手に蜘蛛達が伝話網を広げてしまったので、悪態をつきながらもその整備をしている、甲冑が気がついた時には既に遅かった。


 長時間太陽に晒されて、蜘蛛は枯れてしまっていたのだ。


 八木の背から落ちぬよう、互いに糸を張り合って、八木の外套のようになっている子蜘蛛達はお互いに通じ合う。


 ――怖いね、枯れちゃうなんて、怖いね。

 食べられるのは怖くないけど、枯れちゃうのは怖いね――

 ――何の役目も果たせなくなるのは、怖いね。


 チキチキと声を上げながら、枯れてしまう、という言葉を聞いた、八木の背にいる子蜘蛛達は恐怖に身を震わせた。八木はその声を訊き、なんとかしてやりたい、と思う。

 だから口を出した。


『原因は判るかい?』

 (八木)が、動いた。ぬぅ、と伸ばされた手に、甲冑はびくりと怯えた。

『たっ……太陽に長く当たり過ぎたのでは、ないかと』

『そうか、中々デリケートだね、奈落蜘蛛も』

 ふむ、と八木は思う。太陽に当たらなければいいのかと。人差し指で甲冑の頭を撫でる、少し力加減を間違えると、甲冑の頭がカランコロンと落ちた。コロコロと転がり、ぼちゃん、と湖面に頭が落ちる。

 焦りながら頭を探しに行く甲冑と、甲冑の頭を飲み込んだ、ざぁざぁと波打つ湖面を見て、八木は思いつく。


 ――ならば、お誂え向けの物件がそこにあるではないか。


 ざぶざぶと八木が湖の中に入って行く。

 七色に光る油膜がぶわり、と水面に広がる。暫くすると、水がネットリと粘性を帯びる。更に八木がぶるりと体を振るわせる。

 千年樹海の命の湖。千年の時を持ってして育まれた、広い湖が、まるで油膜の張った寒天かゼリーのようにプルプルと固まっていく。


 八木が出来ると思った事は、出来る。直感的にだが、八木は世界を改変する力を理解していた。

『ツールがあれば、もうちょっと楽に作れるんだろうけどなぁ』


 固まった水を掻き分け、進み始める。湖に住む魚が粘水に囚われ、動きを止める。湖底に沈んだ都市に向かい、八木はトンネルを掘るように進みはじめる。

 動き出した神に付き従い、一万を超える物の怪達がそろそろと湖底を歩き、進む。


『楽しい』

 思考が声となって漏れる。神の声に付き従う信徒達も楽しくなる。むやみに暑い日の光も、程好く差し込む柔らかさだ。

 首に巻きついた白蛇も、唄を歌い始める。六本腕も、甲冑も、蜘蛛達も、有象無象の物の怪達も、それに唱和する。ガンガンキチキチガラガラと大合唱となり、八木の心は更に弾む。


 小一時間も十二本の腕で掘り進めると、湖底の都市の入り口へとたどり着いた。


『ここを、ひと時の住みかとしよう』

 希望の神殿よりかは、はるかに手狭だが、これはこれで味がある。





 ――一休みだ、サイハテに行く前に。





 湖が固まる事で、生じる異変など、八木は気にもかけなかった。

 サイハテへと流れ込む河の主水源の一つが丸々と潰れた事で、流量がとんと減った事に住人が気がつくのが先か、それとも、八木がサイハテにたどり着くのが先か。


 神すらも、それは、知らない。


                         閑話『邪神と芋虫』了

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