第二話 復活
1日目、便宜上、朝。邪神の広間。
チャカの腰のポーチをナイトウは漁っていた。先ほど自分のポーチ内部を漁った所、そこそこの量の回復薬が入っていたからだ。
回復薬の効果はすばらしいものだった。飲むと、全身にできた傷があっさりと癒えたのだ。 チャカがポーチをざっと漁ってあっさりと諦めたのを見ると。もしかしたら何も入っていないかもしれない。一応確かめなければならない、とナイトウは思ったのだ。
チャカのポーチの中身を覗いたナイトウは、その雑多さにまず驚いた。
――全部、魅せ装備しか入ってないべ。
そして、中身のガラクタ具合に逆に感心した。
――ネコミミ&シッポとか定番すぐる。
それで、中身の整理を引き受けたのだ。一つぐらい回復薬が入ってるんじゃね?と言い訳はした。
けして、チャカに白い目で見られるいわれは無い。たとえ偶然、ポーチをまさぐるついでに手がその太ももや尻に当たっていた、と言う事は不幸な事故なのである。
既に当たったというどころか揉んでいるという状態だが、それも真理の探究なのである。もしチャカの言うとおり、自分達が『絶望の迷宮』の中に居るとしたなら、自分達は英雄になっているのではないか。その体の違いを触感で確かめてもいいのではないか。名実ともに魔法使いのナイトウは、そう考えていた。
――うむ、さわり心地がタマラン。
ナイトウは元の世界でも魔法使いであった。自分の好みの娘の体をまさぐりたいと言う欲求を隠そうとしても隠し切れないのはどうしようもない。
ポーチをまさぐられるままに、チャカはタイタンに訊いた。
「で、タイタンのポーチは一体何がはいっているのさ」
「俺は…あまりいい物入って無かったぜ、何しろ入ったらイベントだ。最終日なんて、お前から聞かなきゃログインしなかったからな」
実はタイタンは、休止組である。要するに、ゲームに飽きたとか、現実が忙しくなったとか、様々な理由でログインしなくなった者の事である。休止のまま、引退という事もよくある話である。チャカが最終日だからと誘ったので、タイタンは戻ってきたのだ。
「しかし、何処のドラ○もんの4次元ポケットだ、こりゃ」
タイタンは自分のポーチに、剣と盾―寝ている時から手に持っていた物―を突っ込んだり取り出したりしていた。
「あ、この、ネ、ネコミミとシッポ装備してくんね?」。
「嫌です。あと、人の太ももとか尻を揉むな」
ナイトウの希望をチャカは断り、まさぐり続ける手を叩いた。
自分のポーチを探り終わったタイタンが、二人に問いかける。
「んで、さっきのBOT野郎の話だけどよ。死人が居るって話…どう思う」
「タイタン、証拠も何もないのにBOTer扱いするの、良くないよ」
チャカが窘める。ベルウッドに証拠は無い。少なくともチャカはそんなソースを確認はしたことが無かった。
火の無い所に煙は立たず、と言うが、MMO全般においてそんな事は無い。出る杭は打たれる。多少目立った行動をすれば晒される。行動が気に食わなければ晒される。装備が良ければ晒される。仲間内でも些細な事で晒される。ヲチ目的でギルドに潜入する輩も居る。火が無ければ自分で燃やせばいいじゃない、という話だ。
レベリングが早ければ「BOT」、金を持っていれば「RMT」、高レベルなPSは「チーターorバグ悪用者」、些細な失言で「性格地雷の糞野郎」。目立って無ければ捏造もある。
人それぞれがディープファンタジーに注げる時間は異なっていたのに、それを無視する人が多かったのも事実なのだ。
まぁ、話が往々にして事実である事も多いというのも、「MMOは魔界」という喩えが当てはまるのだが。
「そ、そういえばヒゲは、ど、どうなったっけ?」
ナイトウがチャカをまさぐり続けながら言う。
タイタンは、ああ、あの戦士か、と呟く。初めてPTを組んだ、あのヒゲダルマかと。
その言葉で、チャカの顔から血の気が失せた。
――そういえば、すっかり忘れていた。ヒゲダルマはどうなったのか。記憶を探る。邪神を倒す直前に、ヒゲダルマは確か、大ダメージを受けていたか、死んでなかったか?
「えっと、その、多分。ヒゲは多分…大怪我かしてるか、死んでるかの、どっちか」
チャカのその言葉で、ナイトウの太ももをまさぐる手はピタリと止まった。
「そ、それ、まずくね?」
ナイトウは『それなり』のHP減少量で満身創痍だった事を思い出す。もしかしたら、大ダメージを受けていたら、物凄い事になっているんじゃないか、と思う。
「更に、蘇生とか何とか言っていた。俺の頭がおかしくなったんじゃないならな」
タイタンは苦虫を噛み潰したような表情で話す。自分の言っている事が荒唐無稽な事を言っているような気がしてならないのだ。
「気に食わないけど、アイツについていった方がいいと思う。ナイトウはどう思う」
「お、オレもタイタンの意見に賛成」
――イケメンがやると何でも絵になりやがる。Fuck!って急にオレに振るなよ、オレアドリブに弱いんだから。ホント。どもるんだ。
ナイトウは特に反対する理由もなかった。なのでタイタンの顔に嫉妬を覚えた。駄目な男である。
「わ、私は……」
チャカは言いよどむ。当然行くべきだ。理性ではそう考える。でも確認するのが怖い。
PTで死亡者を出した場合、第一に責められるのは回復役の腕だ。実際にどんな理由があろうと、大抵の場合の責任の所在はヒーラーになる。本人自身もミスがあることは知悉しているので、更にやりきれない雰囲気になる。
「私、確認するの…怖い」
かってのゲームですらそうである。今の状況でチャカは耐えれるとは思えなかった。モニターというフィルターを通してでも耐え難い苦痛である。
「怖いとか怖くないとか、そういう問題じゃない。アイツの口振りから、ずいぶんと自信があるんだろうよ、蘇生」
ゲームかよ、とタイタンは吐き捨てる。
「でも、あの」
――そうじゃなくて、自分のミスを認めたくない。空気を悪くしたくない。
確かに、チャカの身勝手な考えだろう。だが、決して理解できない理由ではないはずだ。
タイタンの顔が鬼のように歪む。
「でもじゃねぇよ! ただでさえ訳判んない状況なんだよッ!」
「ひっ、あっ」
チャカの体が竦む。目に涙が浮かぶ。
身長が2m近くある、タイタンに怒鳴られて体が竦まない人を教えてほしい。大人と子供、男性と女性、その「差」は、恐怖を倍増する。
そこに、ナイトウが助け舟を出した。ゆっくりとタイタンに語りかける。
「タ、タイタン、止めようぜ、ロリ苛め良くない」
「虐めじゃねぇ!」
「い、いやよぉ、混乱してんのもわかるんだ。でもよ、今頭に血ィのぼらせても、解決、しねぇべ」
ナイトウが諭すように、場を収めるように、ゆっくりと語る。
「チャカも、アレだ。誰もこんな事になるなんて、思ってなかったべ。誰の責任でもねぇ。だから、ちみっと我慢してくれや」
「オレも混乱してっから、よくわかんねぇけどよ。行って見なきゃわかんねぇ事もあるべ」
ナイトウは男前だった。その手がチャカの尻に無ければなおさら男前だっただろう。
1日目、便宜上、朝。集合場所近辺にて。
ベルウッドは集合場所に向かいながら、ギンスズに推論を述べる。
ここはディープファンタジーの世界内部、『絶望の迷宮』の最下層部。自分達はゲームのキャラになってしまった、と。
「マスター、つまり、ボクらはディープファンタジーの中に居る、と」
「あくまで推測だ」
「じゃあ、深い事考えなくてもいいんじゃないですか?ボク達最強じゃないですか」
「そうだな。だが、最強だからこそ、考えなきゃいけない事もある」
――MOBを倒す能力だけで生きていけるのは、それこそMMO時代のディープファンタジーの時だけだ。
ベルウッドは溜息をつきたくなる。しかし、溜息をついている場合ではない。
「50LVとか、カンストですよ、超強いじゃないですか! 装備もスキルも最強ですよ!」
「じゃあ、お前、食事と水抜きでどこまで生きれるか挑戦してみるか?」
――それもいいだろう。実際にどこまでやれるか調べなければならない部分だ。志願者がやるなら一番いい。大体食料も水も、無い。
ベルウッドの真剣な目にギンスズは焦る。冗談じゃないですよ、と。
「え、マスター、目がマジですよ、ちょ、待って下さい。勘弁してくださいよぉ」
「ああ、割と本気だ。お前がやらなきゃ自分がやる。『餓え』と『渇き』にどこまで耐えれるか。だいぶ切実な問題だ」
ベルウッドは噛み含めるように、ギンスズに言った。
「知っているか?人間は水を飲まなきゃ3日でくたばる事を」
人間が水分を取らずに生存できるのは僅か72時間である。
1時間が1日、というゲーム内時間の設定がある。
ベルウッドはそれを思い出し、<神の祝福>の効果時間と対比した。
そこからこの「設定」は生きた設定だと確信したベルウッドは、真っ先に生存可能時間を計算する事とした。
この『絶望の迷宮』の攻略にかかった時間が約4時間。内、ボスにかかった時間が1時間、戦闘時間が2時間。そして、移動にかかる時間が1時間。
移動に掛かる時間が1時間というのも、常時<迫撃>のカラ撃ちや<高速飛翔><影渡り>等の高速移動スキル、<聖者の行進>等の移動補助スキルや、移動速度を上げる、<疾風迅雷の秘薬>を惜しげもなく使用したから出来た話だ。
少なくとも、全員が徒歩移動で歩いていた場合、何時間掛かるかは計測した事がベルウッドには無い。例え、道中のMOBが全く居ない場合でも非常に苦しい事になるだろう。
つまり、ただ走って迷宮を出るだけで机上の計算では丸一日かかる。しかも、休み無く走って、だ。歩いてだと何日掛かるか判らない。
付け加えると『絶望の迷宮』の近くに、人間の住む町は『無い』。
『絶望の迷宮』にスムーズに全員が集合できたのは、移動魔方陣を使って飛んだからなのだ。それも、町から先行拠点へ、先行拠点から迷宮への二段構えだ。
じゃあゲームの時にどうやって戻っていたか?
世界地図の「町」をクリックすれば済んだ話だ。
しかし、「今」ワールドマップを開ける奴が居たらベルウッドは教えてほしいと思う。どうやって開くのか、とね。
しかし、迷宮の外ならば水と食料はまだ、手に入る公算がある。最悪の状態は避けることが出来るだろう。
少なくとも現在、水源が無いと言うことが判っているのは、迷宮内部だけだ。
つまり、自分達が「生存」する為には、少なくとも72時間以内に迷宮を突破せねばならない。水分を補給する為の手段を全く思いつかなければ、の話だが。
もし自分達が(実に理想的ではあるが)「人間」とは全く異なる生命体と成っていたり、この世界の物理法則や自然法則があちらと物凄く異なっていたりした場合は話は異なる。
しかし、自分の直感がこう告げている。「そこまで設定するのは、製作者でも面倒くさいだろう」という点だ。
この世界の設定がある程度ゲームの設定を引きずっている以上、この推測は結構いい線を行っているのではないか?
ベルウッドは延々とギンスズに語った。
「ボク、考えるの苦手なんですよぉ……」
「これだけ覚えておけばいい。お前は自分の手足となって動け。決して悪いようにはしない。必ず、精鋭達は生還させる」
そして、集合地点に到着したベルウッドは思わず眉を顰めた。
「これ…か」
「おうよ…酷いもんだ」
ベルウッドが漏らした呻き声に、オジジが相槌を打つ。
集合地点に運ばれてきたのは、見るも無残なモノだった。鎧に何個もの大穴が開き、腸がはみ出している。だらりと投げ出された手足に力は無く、目は虚ろに開き、誰が見ても死んでいる状態だ。
遠巻きに取り巻いている群集も、惨状を見て思わず目をそらす者ばかりだった。
「ヒゲダルマ、か……」
ベルウッドは死人の顔を確認して、誰が死んだのかを理解した。
この特徴的なヒゲの筋肉は、ベルウッドのかってのギルメンの一人だ。まだギルドが少人数の時、「体験でいいから入れて欲しいぜ、頼むわw」と無理矢理気味に加入してきたのだ。
ベルウッドの記憶で、ヒゲダルマには悪い思い出はなかった。「いろんなギルドを見てみたいんだ、プレイヤーを全員見てみたいんだぜw」とふらりと去って行った後でも、話す機会は多かった。
「ヒゲダルマン…死んじゃったのかぁ」
呆然とギンスズが呟く。死亡者1名と伝えられていただけで。誰が死んだのかは伝えられていなかったのだ。数字の上での死者数と、実際に誰が死んだのかでは重みが違う。
オジジとヒゲダルマは仲が良かった。ギンスズもだ。ギルドを出ても話をする、というのは本当に友人じゃないと、中々できる事ではない。
「おう、ベル。本当にこいつを生き返らせれるのか?」
オジジがベルウッドに問いかけた。
「可能性は高いと思っている。もし失敗しても問題は無い。実験だ」
「おいっ!」
かっての仲間に対して死んだままでも問題無いとは何だ。その響きがオジジには許せなかった。もし、失敗したらどうするんだ。
――問題無い訳無いだろう。「死」がどういう扱いになっているのか、自分達は知らない。
失敗するだけならまだマシだ。とベルウッドは思う。
――もっと酷い、死んだほうがマシという状態だったらどうするのか。
ベルウッドは、もしもの場合にどうするか、まだ悩んでいた。
しかし、今後死亡者が出た場合、どうするのか?
実例が無ければ判断は下せない。そして、今目の前に実践せねばならぬ相手が居る。
――やらねばならぬのだ。
「下がっていろ。『儀式』の邪魔だ」
<完全復活の儀式>通称、『儀式』。
修道者のスキルの中では最長の詠唱モーションを伴う高レベルスキル。
死亡状態からの回復を行えるスキルの中で、復活時に対象者のHPを全回復する。
だが、詠唱短縮装備の影響無視の特性を持ち、ほぼ、戦闘中に用いる事が出来ない、「クズスキル」の代名詞。
そりゃそうだろう。戦闘中に使えなければいつ使うのか。戦闘後に使うにしても、膨大なMPを消費して得られるものがあまりにも少ない。
もっと簡単に戦闘不能から脱却する手段は何個もあるのだ。
だがしかし、ベルウッドがこのスキルを選択する理由がない訳ではなかった。
第一に、最高位スキルを使って駄目だった場合、他の蘇生スキルでも不可能と断じれるからだ。
第二に、その他の蘇生スキルは基本的に低HP状態で復活する。低HPで復活した場合、「痛み」をどう感じるかが判らないのだ。覚醒した時の周囲の者のHPは決してそこまで減少していなかったはずだ。なのにあのような惨状。麻酔がない状態で痛みに耐えるとなると、狂死しかねない、とベルウッドは感じていた。
第三に、MPの消耗具合による、自身への影響。何処までの減少が耐えれるのか。
<完全復活の儀式>は、ベルウッドにとって丁度良い実験なのだ。
「では、開始する。<完全復活の儀式>だ」
ネタスキルと言われる所以の超長時間のモーションとエフェクト。
長大な光の柱が死体を覆い、周囲を風が吹き荒れる、人の言語ではない言語がベルウッドの口から溢れ出す。
囁くような、祈るような、謡うような、念じるような。
膨大なMPが体から抜け落ちていくのを理解し、意識を手放しそうになる。
光の中に見える千切れた一本の糸。切断されれているその糸を硬く結束し終わった時。
光が爆発した。
べそをかいているチャカの手を引きながら、ナイトウが目にしたのは光の爆発であった。
何十人ものプレイヤーに囲まれた中心部で光の柱が立ち上り、爆発が起きた。
「ありゃ、な、何だ?」
「多分あれが、『儀式』だよ」
チャカが答える。何度か見た事があるんだ、と言う。
先行していたタイタンが小走りに戻ってくる。
「おい、やっぱり死んだのはヒゲダルマらしい」
ナイトウが繋いだ手がビクリと震えた。
「いこう、私達も合流しなきゃ」
チャカの声は震えていた。
――おいおい、チャカ無理してんなぁ。タイタンもこんな小さな子供を怯えさせたら、後に響くだろ。姪っ子を一度怯えさせた事があるけど、中々寄ってこなくなったんだぜ。
そんな内心のナイトウだが、ナイトウの姉曰く、ナイトウに姪っ子が寄り付かないのは、別の原因である。そして、寄らせたくないという。
――そんなオレは過去の経験を元に、対幼児スキルはばっちりだ!経験が生きたな!オレ!
微妙なポジティブ加減の男である。ナイトウ。
「おう、さっさと合流して、アイツのお話とやらも聞いてやろうじゃないか」
タイタンは極めて不機嫌だ。
三人が更に近づくと、「おおう、マジで生き返ってるぞ」「ありえねー、夢だろ」等の雑多なざわめきが広がっていた。
――成功した…のか?
ベルウッドの予想以上に派手なエフェクトと、魂を削られるかのような疲労感。
引き換えに得た、ヒゲダルマの無傷の肉体。しかし、破損した鎧は完全には戻らなかった。
呆けた顔をして、目を覚ました筋肉の塊が周りを見渡したのを確認した後、ベルウッドは演説を開始した。
出来る限り、堂々と、自信を持った声でベルウッドが群集に語りかける。
「諸君、予想している者も多いだろうが、我々は恐らく『ディープファンタジー』の世界に居る」
「そして、我々は『危機』の真っ只中にある!」
「食料を持つ者はこの場に居ないであろう。水を持つ者もこの場に居ないであろう」
ベルウッドの言葉で、ざわり、ざわりと不安が感染する。
PVEとPVPに主眼に置き、生活要素をそぎ落としたMMOの英雄になったという事は、生活をする上では実は非常に都合が悪い。
人間の三大欲求の、食欲、睡眠欲、性欲の全ての面で『貯金』が全く無いのだ。
「そして、この『絶望の迷宮』に水源は、おそらく無い」
――恐らく、水源はこの迷宮に存在しない。何度も何度も通った場所だからだ。
「MOBも再び沸いているしている可能性もある」
その言葉で、ざわっ、と空気が変わる。
これがゲームだったら、たいした問題ではない。モンスターは蹴散らす為に存在し、HPが尽きても回復魔法やアイテムで全快、次々に撃破できたであろう。
だが、HP減少の苦痛を味わった者なら判る。たとえHPが幾らあっても、傷を負えば痛みを感じ、苦痛で動けなくなる。
そして、あの死体を見たか。胴体に大穴を空けて、虚ろな目をしたヒゲダルマを。
「そこで、当ギルドから、一つ提案がある」
「『絶望の迷宮』から脱出するまで、当ギルド、『レゾナンスペイン』の指揮下に入ってもらいたい」
空気が凍る。一切の雑音は凍りつく。
「賛同するギルド、PTのリーダーは30分後までに当方に通達して貰いたい」
ベルウッドのその言葉を皮切りに、ざわっ…と、お互いに探り合う視線が交錯する。
「尚、これは自由意志による参加を基本とする。拒否して貰っても構わない。以上」
ベルウッドは先ほどの演説を行った場所から離れ、オジジを除くギルメン達を集合させる。オジジはヒゲダルマに付き添って、その場から離れなかった。
ギルドメンバー皆が不安な表情だった。
「マスター、本気ですか」
ギンスズが代表して、全員の意思を伝える。
ベルウッドは不安げに周囲を取り囲むギルドメンバーに向い、普段の通りに言い放つ。
「本気だ。今から30分間、「戦士」と「暗殺者」は5-5での対人訓練を行う。「修道者」は集団の横に付き、負傷者が出た時点で「即時に回復」しろ。「魔法使い」は様々なスキルを空撃ちして「射程の把握」と「実際の効果」を確認しろ。急げ」
ベルウッドは努めてゲーム時代の言い回しを多用した。
「あと、グッさん、ちょっと……」
更に、ベルウッドは死霊使いの、刺青を入れた坊主頭の青年を呼び出す。
「グっさんは、さっきの受付でお願いします」
「え、僕は訓練参加しなくていいのかい?」
どことなく、ほっとした顔を浮かべたグッさんに、ベルウッドは笑いながら続ける。
「グっさんはウチの面子じゃ一番人当たりいいからな。是非受付で」
「ほいよ、任せてちょ」
軽いノリで、人懐っこい笑みを浮かべ、「こっちでさっきの受付しまーっす」と走り出したグっさんをベルウッドは見送りながら、獲物を見つけた獅子の表情で残りの面子に向き直り、言い放った。
「何、ゲームだと思ってやるぞ。回復はしてやる」