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野郎達の英雄譚  作者: 銀玉鈴音
第三章 合金の竜
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第十三話 外道の師弟


 野太い男の悲鳴で目が覚めた。

 宙ぶらりんの体勢から、自分の真ん前を突き抜ける剣風が、父を奪った男を真っ二つに切り裂いたのを見る。


(ざまあみろ。ざまあみろだ)

 少年の父をなますに切り裂いた男は、三枚におろされていた。痛快であった。これは夢ではないだろうかと、少年は自身の頬をつねる。

 痛い。夢ではない。

 夢ではないが、夢が叶ったのだ。


 少年が自身を抱え上げた武者を見上げると、その顔は怒りに満ちていた。少年の怒りに呼応するかの如くの、烈火のような憤怒の形相。

 正に、少年にとっての悪を断罪する英雄だった。


「やはり、片手では多少の違和感がある。坊主、歩けるか」

 武者が少年を地面に下ろしながら、声をかけた。顔は憤怒の表情に彩られたまま、ぎょろりと少年をねめつける。必死で少年はガクガクと頭を上下に振った。


「離れすぎず、寄りすぎるな。巻き込む気はないが、当らんとも限らん」

 少年の垢染みた髪をポンポンと叩いた後、武者は大刀を片手から両手に持ち替え、疾風の如く走り出した。


 あっという間に離される距離に、必死で追いつこうと少年は走る。

 先ほどの男の悲鳴を聞きつけて、何人もその場に駆けて来た兵隊を、一人、二人、三人、四人。全て一刀の下に斬り捨てる。今度は悲鳴を上げる暇すら与えない。


 今までが単純に殺すだけならば、今はいかに美しく殺すかを追求しているのではないかと、勘違いするほどに滑らかな動き。

 赤い薔薇を散らしたように飛び散る血肉。熟れた石榴を地に叩きつけたように花開く頭蓋。全てが一撃必殺の、武者の剣舞。

 死の舞の範囲に入った者は容赦なく、その様を見て逃げ出したものもいつの間にか追いつかれ、切り刻まれる。


 五人目を斬ったところで更に武者は加速した。大地を大きく踏み切って、進路を邪魔する木の幹を足場に、蹴り込む様に飛ぶ。枝へと一気に駆け上がった様は猿を思わせるが、速度が尋常ではない。己を邪魔するものさえ利用し、しなる枝をバネに、また飛ぶ。

 少年は置いていかれまいと、走る。



(残り、六匹か)

 <迫撃>、<体当たり>等の移動補助にもなる"スキル"を駆使して枝から枝へと飛び跳ねたムショは、この近辺に残っている気配を辿る。一塊に固まっている気配はそのぐらいだと判断し、よくある(・・・・)試練(クエスト)なら恐らくこれで完遂できるだろう、と思う。

 足場になっている枝を折れるか折れないかの力で蹴り込み、一気に開けた箇所へと飛び込む。


 飛び込んだ先は、山が既に築かれていた。弱者、と呼んでよいだろう女子供ばかりが十人、二十人ほど、既に事切れている事が素人のムショにも判る程度に、山となって死んでいた。


「ふむ、相手は同じく外道か」

 だからなんだ、とは思うが、どこのどいつが受けても良心が痛まないというのは良試練(クエ)だろう。迅雷の速度で飛び込んだムショが、状況を把握するまでのたっぷりとした時間を使い、兵士達がようやく取り囲む。


「一体何だ、なんだって言うんだよ!?」

「畜生、コラ、ぶっ殺しちまえ!」

「おう、やんぞ!」

 各々勝手な雄叫びを上げ、挑んでくる彼らを、ムショはどこか醒めた視線で見据える。


(どいつもこいつも糞弱い)

 もう少し、せめて"鉄鱗"程に粘ってくれればこの胸のもやもやも解消できるだろうに、と。

 その場で動く者が存在しなくなるまで、さほど時間も掛からなかった。



 少年が駆けつけた時に、事は全て終わっていた。

 母も、姉も、友達も、全て死んでいた。


 涙は出なかった。ただ、苦しかった。

 少年が逃げた時から、恐らくこうなるだろうと言う予感はしていたのだ。

 予感が現実になったのは、弱かったからだ。侵略者に対して、十分に対抗できるだけの力がなかったからだ。

 全て、弱さがこうなる事を招いた。


 もしも、自分に全てをひっくり返す、圧倒的な力があれば。目の前の武者のような、力があれば。こんなにも苦しい思いをしなくても済んだだろう。もしも十分に力があれば、こんな思いはしなくても済んだ。弱さに対する憎悪が少年の全身を焼いた。この悪意に満ちた、弱者に厳しい世界が、憎くて憎くて堪らなかった。


 目の前の武者の、恐ろしくも美しいその様を見て、少年は思う。

 人は鍛え上げれば、あれほどまでになれる。あれだけの力があれば、どれだけ我を通せただろうか。


(強くなりたい)

 未熟な自分には、師が必要だ。強くなる為には、師が必要だ。

 少年の口が、自然と動いた。

「弟子に……弟子にしてください、お願いします」

 血みどろの武者に向かって、頭を垂れ、精一杯の声量で少年は頼み込んだ。


 目の前の武者の表情が、悩むような、苦しむような、複雑なものへと変化した。


「弟子、か」

「はい!」

「しかし、俺は――」

 少年は、武者の隻眼をまっすぐ見つめた。武者も、少年の大きな両目をまっすぐ見つめた。

 武者の目は、世界を拒絶する狂気に満ちていた。

 少年の目は、無力な自分を、悪意に満ちた世界を呪う憎悪に満ちていた。


 ムショは自分を客観的に見て狂っていると思う。狂っていると思うが、気まぐれで受けた試練(クエスト)の、こんな子供(NPC)に話して通じる訳が無い、その程度の分別は持っているつもりである。

 だが、少年の目を見て少々考えを改めた。

 たかが(テクスチャ)だ、とムショが切って捨てるには惜しい位に、憎悪に満ちていた。

 ムショは、魅了されたと言っても良い。


(……面白い。所詮は遊戯(ゲーム)だ。どうせなら面白い方が、よっぽど良い)

 それに、師弟ごっこに飽きたらどこかに捨ててくれば良いだろう。ムショは内心で嘯きながら、途中で途切れた言葉を、紡ぎなおす。


「――世界を滅ぼす真っ最中だからな。それでも良ければついて来い」

 ムショは血塗られた手を伸ばす。少年は頷き、その手を取った。


「お前の名前は、何だ」

「……アコニタ」

 ムショは、少年の名前を聞いて笑いが腹の底からこみ上げて来た。

 実に、アコニタム(トリカブト)とは、縁起が悪い名前だ、と。本当に世界は良く出来ている。出来すぎている。


「実に、いい名前だ」

 花言葉は『復讐』。ずいぶんと上等な意味だ、とムショは思う。


「明日は早い。もう寝ろ」

「あの、師匠、師匠の名前は……」


 何と名乗るべきか、ムショは口篭った。ムショの由来は、無職(ムショク)刑務所(ムショ)を引っ掛けた名前だ。自分でつけた名前とは言え、ひどすぎるにも程がある。

 酷すぎるが、ムショはムショだ。名前で本質が変わるわけではない。


「俺か、俺は、ムショだ。ただの屑だ」

 自虐半分、韜晦半分。死体から剥ぎ取った衣服を地面に適当に引くと、ムショはごろりと横たわって、寝た。


 "魔竜"と"魔法使い"の争いは、ムショにとって既に興味を引く対象ではなくなっていた。





 朝。真夏の腐れた熱気は、周囲を腐臭に染めていた。

 鼻が捻じ曲がるような臭気で、ムショは目を覚ます。朝日は既に昇っていた。


 アコニタは既に起きて、ムショの枕元に座っていた。


「師匠、目が覚めましたか」

 少年の生への貪欲さは、遺憾なく発揮されたのか。大方の死体から、奪える物を奪いつくさんばかりに、剥ぎ取った衣服を身に纏い、兵士の持っていたずた袋は纏めて運搬用の大八車に乗せられていた。腰には身の丈に合わない曲刀をくくりつけて、ずいぶんと小汚い格好ではあるが、馬子にも衣装と言う感じの、いかにもな少年兵の出来上がりであった。


「応。飯を食ったら行くぞ」

「もう、出来てます師匠」

 鉄鍋が火にかけられ、グツグツと煮込まれる燕麦(えんばく)の粥が出来上がっていた。

 素朴な塩味の粥だった。久しぶりの暖かい飯だ。


(面倒ごとばかりではない、利点もない訳ではない)

 こう、面倒臭い雑事を一手に引き受けさせる、丁度良い小間使いが出来たと考えても良い。鼻が曲がるような臭気の中、ムショは粥を啜りこむ。アコニタも粥をすする。


 ずるずると粥をすする音が響く中、ムショは眼前の少年を観察する。アコニタの両の手に刻まれた傷が膿んでいる事に気がついた。蟲が這っている。

 傷口をよく見ようと、ムショが無言で手を伸ばす。

 アコニタの手から木の器がぼろりと落ち、残っていた熱い粥が手に掛かる。尻餅をついたまま後ずさりをする。憎悪に満ちて澱んだ、大きな瞳が、裏切られたかのように揺れる。


「やめ……」

「坊主、手を見せろ。見るだけだ。何もせんよ」

 野生動物を手懐けるように、ムショにしては異常に穏かな口調で語りかける。動きが止まった所で手首を掴んで引き寄せ、水筒から飲用の水を引っ掛けて、流す。

 数日来、治療の治の字もなされていない傷口は、腐って膿んでいた。

 膿を絞り、水で流す。苦悶の声が響いた。


 ムショは屑である。自分を屑と認識している。

 屑であるが、屑なりに思うこともある。


(まだPOTは大量にある。多少ここで無駄遣いをしても構わんだろう)

 ムショのインベンドリに獲物から奪い取った回復薬(POT)は唸るほど有る。死蔵されていた小瓶を一本取り出し、少年の手に振りかけてみる。


「痛ぅ……」

「滲みるか。我慢しろ」

 序々に腫れが引き、抉れた箇所に肉芽が芽吹き、薄皮が張る。目を見張る効果に、アコニタの目が丸く見開かれた。


「剣をこれから振るつもりなんだろう、お前は。手は大事にしておけ」

 ふと、ムショは現実の自分を思い出す。手がまともに動かなくなるのは、恐怖にも似た感情を思い出させる。今では大分動くようになったが――と、思うと、怒りがこみ上げてくる。


「手が潰れる前に、言え」

 子ウサギのように震えるアコニタに、怒りをぶつけても仕方がない。吐き捨てるようにムショは言った後、立ち上がり、大八車の方へ向かう。


「どれが食い物で、どれが着る物だ。俺が持つ」

 NPC(じゃくしゃ)に持たせるよりも、己で管理した方がよほど楽だ、とムショは呟きながら荷物を漁り始めるのを見て、アコニタは恐る恐る近寄る。


「これと、それです、師匠」

 俺を恐れても師匠とは呼ぶのか、とムショは思う。ああ、腐れても親父を親父と呼び続けた自分もそうか、と思い、納得する。

 こう決めたのだから、こうなのだ。と、頑固なまでの信念が見え隠れする"弟子"を見ながらムショは思う。


 ムショに助ける理由が無かった。この世(・・・)に未練が無かった。

 総じて、ムショには、何も無かった。


 同じように、アコニタには助けられる理由が無かった。特技も何も無かった。今誇れる物は、この世に対する恨み辛み。

 総じて、アコニタには憎悪しかなかった。


 その憎悪がムショには眩しい。単なる子供(NPC)の憎悪が面白い。何処まで伸びるか、興味がある。

(それならそれで、骨までしゃぶって、楽しんでやろう)

 それまでは、師匠をやっても良いだろう。ムショはそう思う。


 そうして、(いびつ)な二人の師弟の旅路は始まった。





 凸凹の傭兵然とした二人組みが、街道を歩く。

 片方はあまりにも幼く、被った兜がいかにもずれ落ちそうな感じである。

 もう片方はあまりにもこなれた動きで、無駄一つ無い。

 そんなちぐはぐな二人に共通しているのは、眼。澱んだ(ドブ)川を思い出させるような、腐れた眼である。


 荷車を騾馬に引かせた行商人がすれ違った際、思わず振り向いた。振り向かずに騾馬に鞭を入れて、走り去ればよかったかもしれない、と後悔をする。

 今にもこちらが振り向いたことに気がつき、襲い掛かってくるのではないか。そのような気配を漂わせていた。


 暫く騾馬を歩かせて、何事も起こらない事で、行商はふぅ、と溜息をついた。まるで、あれでは、どこかの戦場帰りではないか。

 荒くれ者を、時に相手どって来た彼も、思わず肝が冷える二人組みであった。次の村での酒の肴にはなるだろうと、街道を急ぐ。ルイヨウの次は……どんな村だったか。地図にも記されない程度の小さい村だ。それでもあんな死人のような者たちは居るまいて、と。


 河のせせらぎは静かに、田園は青い。鳥は囀り、森には獣の気配。真夏の命に満ちた世界に、拭っても落ちぬ血の匂いがぷうん、と漂う。


 竜殺しの英雄達より一足先に、外道の師と弟子は、バイカに辿りつく事であろう。


 今日も変わらぬ、夏の暑い日が始まる。

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